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2006年04月01日(土)17時55分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


tomb - 2006/03/30(木) 23:08<

珍説ですが

『南至投馬國水行二十日・・・
南至邪馬壹【臺】國 女王之所都 水行十日陸行一月・・・』

魏の使者は、投馬國・邪馬壹【臺】國を訪問していないだろう。
上記の2文は、情報だけの可能性が高い。

至對海【馬】國・至一大國・至末廬國・『到伊都國』・至奴國百里・至不彌國。

至と到を使い分けているのは何故か?
至は到着したとも読めるし、至るという情報とも読める。

魏の使者が確実に到着した地は、『到伊都國』しかない。

至と用いた地は到着した地と、情報だけの地と2箇所の地を意味していると考えます。

至對海【馬】國は到着したのは対馬、で情報の地は種屋久のようにです。

おりよう - 2006/03/30(木) 19:54<

寒いですね。

tombさんいつもいろいろ教えていただいてあいがとうございます。
広重の版画をみると品川の入江に鯨が一匹泳いでいたのは、利田神社に迷い込んできた鯨を描いたものかも
しれません。

過去に利田という苗字は少ないとかいってましたので、蜜柑さんに関係ありかもと思ってしまいました。


やなさん、豊中は大昔、ワニが棲息していたような環境だったんですね。
もしかしてナウマンゾウなどもいたんでしょうか。
遺跡好きには興味がつきないような環境のようですね。

tomb - 2006/03/30(木) 15:10<

鯨のイサナ

おりょうさん


大山咋と鯨のイサナ(ギ・ミ)が利田神社を会して繋がっているのかと思いましたが、
違ったようですね。


日本海には鯨は現れないはずですが、鯨の地名あるのはやはり、イサナ(ミ・ギ)と関係があるのでしょうね。







おりょう - 2006/03/29(水) 18:22<

くじら

tombo さんすみません。鯉伝説、スサノオさん、大山咋 いろいろ検索していた結果、利田神社が
目についただけなんです。
かがた神社と読ませるみたいで、鯨塚があるようです。

広重の絵を見ると品川は素晴らしい海の景色で鯨が泳いでたんですね。

tombo - 2006/03/29(水) 10:22<

教えて下さい!

大山咋と利田神社に相互関係があるということでしょうか?
もし、相互関係があるなら教えてください。



サンカフアンの皆様へ

『1.サンカはサヤン神とか云われるものですが。
 2.サンカが最も崇拝しているのは玉。』

という事に付いて何か知っている事があったら教えてください。

蜜柑 - 2006/03/28(火) 23:20<

利田神社

それは、我が家です。







って、言うことにしたかったんだけど、残念ながら無関係でした。

ya(・ε^)na - 2006/03/27(月) 22:31<

緑地ですかぁ???

まいど・・緑地よりも・・んんんん
    田能遺跡はいかがですかぁ??(伊丹・尼崎に位置しますよぅ)
   亀棺がよおさん出土しております
      古代の住居と倉の遺跡も出ております
       そないゆうたら・・阪急宝塚線蛍池に待兼山ってのがおまして
  そこから古代ワニの化石が出土しております・・
驚くべき化石が出たことで古代はこのあたりまでが海でしたんやろねぇ・・

      そうです・・昔・小学生の頃島田遺跡ってのがおました
   どこかの大学生のおにいちゃんと一生懸命穴掘りまして
  でてきた弥生の土器ほとんど完璧のんやったんですよぅ・・
          その頃のキャラメルと交換しました
  今となったら・・んんんんん
          くやしいかも!!・・へっへへへへ
              

おりょう - 2006/03/27(月) 19:25<

こんばんわ

大山咋検索していたら、東京の品川に利田神社があるのをハッケーン。
もしかして利田さんつながりありますか?

やなさん大阪池田に緑地公園ってありましたでしょうか?いったことあります。
なんだか、古代人の家があったような。

天川殺人事件って本ありました?

こうへい - 2006/03/27(月) 18:58<

天川

Yoshikoさん、こんにちは。
普通、何人でも、9000円とか、昼飯+交通費とかが普通です(^○^)
今回、小学生対象、国からの助成金があって、高額になりました(^^)

天川は、季節はわかりませんが、ただ、鉱脈ごそっと掘って持ち帰る人が居たので、
見回りがあるとかで、ガーネット拾うのもヤバイみたいです。

ヤマカガシって毒蛇が居て、ちっこいのに、コブラみたいに威嚇するそうで、
そいつにも会ってみたいと思ってます(^^)

yoshiko - 2006/03/27(月) 17:19<

橋の下・・・

ヨーカンさん、はじめまして!
子供の頃「長良川の橋のたもとに引っかかってたのを拾ったたんやから
もっといい子になりなさい!」(弟は木曽川でした)
と親に怒られたのを思いだしちゃいました。


こうへいさん、石器教室お疲れさまでした^^
25人で26000円っということは受講料一人1000円ということでしょうか?
なんて良心的な価格・・・!
材料費はどれくらいかかるものなのでしょうか?
天川に遊びに行かれるんですね。
春の天川、いいですね!
めっちゃ気持ち良さそうです。
やっぱり桜のシーズンを狙って行くのですか?

yanaさん
そんな、ご謙遜!
「北摂の主」とお呼びしたいくらいですよー
もう少し暖かくなったら絶対に石澄の滝に行ってみようと思ってます。
貴重な情報、本当に有難うございました。
どじょうのほね・・・私の言葉が足りませんでした!
ごめんなさーい!
柳川鍋にした状態の食感のことです〜
yanaさんは水槽でドジョウを飼った経験があるんですね!
yanaさんのお話は面白いです^^


tomb - 2006/03/27(月) 12:29<

764年なら

藤原仲麻呂の乱 天平宝字8年(764年)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%B5%E7%BE%8E%E6%8A%BC%E5%8B%9D%E3%81%AE%E4%B9%B1

との関係如何?

ヨーカン - 2006/03/27(月) 11:29<

鬼の子??

春も弥生の末の日に 
 貧しき鬼女の戯れで
  橋の袂で拾うてきた
   ドジ・ヨーカンとは おいらの事に御座候
「あんたは 橋の下で拾うてきた・・ふっふっふ##」 ええっ・・ばー様 マジかいな??
充分にボケてるはずの おっかさんが えらいことを いいはじめました

「こ〜の子ど〜この子 丹波のお〜にの子 鬼の銭 盗んで
 鯛こうて食べて のどに骨刺さって ひい〜ゆうて泣いた」
天井眺めながら歌うオババ様に 目を点にしてボーゼンと佇む妹と私でございます

 さて 鬼といえば 播州一円の春先の行事に「鬼追い」がござる
魚吹神社は3月最終日曜日と伝え聞き グズる嫁を連れて行ってみました
境内には・・だ〜れも おりません  ゴミ入れのバッカンがポツンと一つあるだけです
 ポスターがありまして    アチャ〜 昨日(土曜) 終わっておりましたでぇ(・!・) 
   
 一匹の雌鬼を見るはめに相成候共なんとか収穫をと・・
由緒書を読みますと 764年支那福州より家島に押し寄せた軍勢を打つべく境内にて五色の幣を祭ったところ西北から五匹の鬼が現れ風をおこし敵?を全滅せしめたと・・
 平安期に都からきた宮司に受け継がれ「鬼追い」に さらに明治には武神祭と変名して現在にいたる
 日本の歴史が凝縮されてますがな

丹波の鬼の子の立場から一言いわせてもらいますればですなぁ
 (なんで? おに *追い* ですねん??)





   

tomb - 2006/03/27(月) 10:05<

文字は

sujin kara 景行 no時にwakayama の狗奴國は解体され王家は津軽に逃れた。


です。

tomb - 2006/03/27(月) 10:00<

珍説

女王國より東、度海千余里にして狗奴國に至る。     ・・・後漢書
が、
女王國の東、渡海千余里にしてまた國あるも、皆倭種なり。・・・魏志

狗奴國の位置が
その南に狗奴國あり、男子を王となす。        ・・・魏志

女王卑弥呼は伊都在住で女王国を奴国(博多)とするなら、
博多小学校の      緯度:は33度35分26.秒 経度は130度24分43.600秒

和歌山県新宮市の  緯度 は 33°43 .      経度は136°00′
博多・新宮間の距離も渡海千余里に嵌っている。

博多の東に和歌山県新宮市がある。後漢書の狗奴國は和歌山県新宮市・三重県熊野市一帯だ。

崇澆C薹聞圓了「墨族了海龍蘚枹△浪鯊里気豌Σ箸歪天擇貌┐譴拭」

魏志の狗奴國は宮城の北で津軽。
邪馬壹國(イチコク)は宮城で漢・魏通じて所在地は不動で崇澆諒貘痢」

ya(・ε^)na - 2006/03/27(月) 01:59<

三月は・・

鉄ちゃんのママ・・ 少し寝てる間に時間がすぎちゃいましたごめんなさい!!
   またまた重ねた年月・・まだまだがんばってくらはいませね
 その三月のラストに控えし・・あなたは・・・はっはは
     もっともっともっと・・がんばってくださいませ・・


yoshikoさん、よく言いますねぇ・・
  いわんとってください・・
   知ってること意外・・
     なあんも知りませんよぅ
  皆さんのお話がおもしろいばかり・・・の
     熊野中毒ですよぅ・・へへへへ

  たしか・・んんん  どぜうには骨もひれもおましたと思います
    しまどじょうの髭は・・・チクリと刺しますよぅ
 水槽で飼いますと砂にもぐったりしますねぇ・・
   なかなかかわいいです・・・

          ほな   
                        ほな

こうへい - 2006/03/26(日) 19:32<

石器教室

岸和田で、石器教室やりました。
25人・・疲れましたが、講師料、破格の26000円(^○^)
天川のガーネットくれた人が来てました。
今度、一緒に天川に行きます\(^O^)/

9時半の予定で、7時に家を出たら、なんと、8時半に着いてしまいました。
岸和田・・こんなに近かったっけ・・

yoshiko - 2006/03/25(土) 11:01<

yanaさん、有難うございます

yanaさん、有難うございます〜!
本当によくご存知ですね!
北摂の生き字引っと呼ばせてもらいます!!

やっぱり行者さんが来るとこなんですね。
その辺のことが知りたかったんです!
きもだめしスポットとしては結構有名なので
廃屋があってナンタラカンタラっていう話は
よく耳にしていたんですが・・・
あの小さな尊鉢さんに全国から山伏が来るなんて知りませんでした。
うちの鎮守さん、阿比太神社の辺りにも古墳やら遺跡やら
いろいろあるようですし、もっとマジメに地元の
ことを調べないと勿体無いですね〜
あと、以前から気になってたんですが
茨木市に磯良神を祭る神社(新屋坐天照御魂神社とか磯良神社とか)
がいくつもあるのはどうしてなんでしょう?
なんで山に海の神様なんでしょう?

どじょうって骨がないんですね!
意外です。
あの、うにょうにょしているヤツを
見ている限りではとても美味しそうとは思えないのに・・・
あんこう・カニ・河豚・・・etc
最初に食した人ってスゴイ!


tombo - 2006/03/25(土) 01:31<

鯉は大山咋の神かも

素盞鳴之尊が高天が原より鯉に乗り降りた。
と言う鯉は素盞鳴之尊の孫の大山咋の神の事ではないでしょうか?
kui が母音変換でkoi になっている。

シュメール語の鯉の文字構成は、「HI.SUHUR.HA」の3文字で、
Hi は混ぜる、SUHUR.は髪を整える、ha は魚です。
大山咋の神が素盞鳴之尊を連れてきて神々を統制をした。

神功皇后も新羅へご出発の時、神々をこの神庭に集め、
幸をお祈りになったという話もあるようですね。

ya(・ε^)na - 2006/03/25(土) 00:16<

追加2

おりょうさん・・そのとうり・・そんな話でしたよぅ
  椋橋神社の鯉池はミドリ藻がわいていたように思います
 こんどチェクしときますわ・・

初めての柳川鍋は信州松本の女鳥羽川ぞいの木曾屋でした
 田楽のおいしい、古いお店でした
  今のお店は昔の面影がなくなってしもてますが
   牛蒡のささがきをタマゴで閉じたあの味はいまでもわすれられません

せやせや・・池田でも柳川の専門店おましたよぅ
    確か消防署のまえにおましたよぅ
  園芸高校の農地から夫婦池に向かい右に曲がった消防署の阪急宝塚線よりだったとおもいます
  ここのどじょうは秋田から入れてるって言ってたとおもいますよぅ
ご近所の方是非どうぞ!!
(いまでもあるのんかなぁ??)
  でもここの味は、松本の木曽屋のあじとはちごてました・・
      まあ関西風なんやろけど・・
私は木曾屋の味がすきですわ・・

ほなまた

ya(・ε^)na - 2006/03/24(金) 22:56<

追加・

せやせや・・石澄の滝も箕面の滝も行者さんが来たはりましたねぇ
 そこから池田方面に行きますと尊鉢ってとこがおましてそこの厄神さんは
小さいですねんけれど全国から大勢の山伏が集りはりますよぅ
     護摩を焚くその日はえらいさわぎでした・・
  あの周辺いろいろな古墳がおまして・・
   結構おもしろかったですよぅ・・
                へへへ
  
 
     

おりょう - 2006/03/24(金) 19:53<

追加

素盞鳴之尊が高天が原より鯉に乗り、神前(神崎)の水門(ミナト)を経て当荘に御降臨なされたことにより、崇神七年椋橋部連の祖、伊香我色乎命(イカガシコヲノミコト)が斎い定め祀ったと伝えられている

おりょう - 2006/03/24(金) 19:44<

椋橋神社

  鯉神社とも呼ばれる椋橋総社は、現在大阪府豊中市の庄本町に位置するが、中世に猪名川を挟んで東と西に広がっていた椋橋荘の総氏神であったとされる。昔、行基がこの椋橋荘を訪れ、猪名川に板橋をかけようとしたが、流れが急であったためにうまくいかなかった。そこで、椋橋総社に参籠し、工事の成功を祈願したところ、無数の鯉が集まって背を並べて魚橋となり、それによって板橋をかけることが出来たと言われる。行基は椋橋総社の祭神が鯉を遣わして工事を助けてくれたと大いに感謝し、それ以来、椋橋荘の人々に鯉を捕まえたり食べたりすることを禁じたとも言われている。
  旧椋橋荘には、行基の話以外にも、鯉伝説が数多くあり、鯉に対する禁忌が未だに残っている。鯉が神の使いであるから、鯉を捕まえてはいけないし、鯉を食べてはいけないというふうに伝えられている。万一の場合に、鯉を捕まえたら神社の鳥居の脇にある鯉池に放してやる。死んでしまった鯉は境内にある鯉塚に埋めることになっている。 以上貼りつけです。

スサノオさんというのは、朱砂王(水銀王)と州砂王(砂鉄を沸かす鉄王)の性格が考えられるそうです。
片目の鯉も片目のドジョウも鍛冶に関係ありそうですね。
木地師も、昔は鍛冶の仕事もかねていたようです。

ドジョウは、柔らかくて「うーんワンダホ」という感じで、骨のホもなかったです。生で泳いでいるドジョウみると骨っぽいですね。
江戸時代の牛鍋屋さんのように、座敷がテーブルでカンテキかこんで食べる雰囲気がよかったです。
 

ya(・ε^)na - 2006/03/24(金) 17:39<

へっへへ

yoshikoさんこんにちは・・
 東畑の石澄の滝ですかぁ・
  上渋谷・東畑から箕面に向かってすぐに石澄川があります
私の知ってるころ、この辺、梅の花がきれいで初夏には蛍がおりました
     今はどないでしょうかいねぇ
 もうずいぶんとむかしのことなので忘れましたが
  確かこの川の上に滝がおました
 箕面の滝に比べたらなんともへぼい滝だったようにおもいます
    水は結構きれいでした
       オイカワ・カワムツ・ハゼなんかが居てましたよぅ
        そんな位しか知りませんわ

                   ほな
  

yoshiko - 2006/03/24(金) 14:00<

こんにちは〜

おりょうさん、yanaさん、みなさんこんにちは〜

おりょうさん、こちらこそはじめまして!
どうぞよろしくお願いします!!
ドジョウってどんな食感なんでしょうか?
ちょっと興味があります。
イメージでは小骨が多そうです。

yanaさん、垂水神社に箕面の滝壺の水が湧いている
というのはあくまでも伝説です〜
昔々、お侍のおっちゃんが大切な刀を滝壺にドボンしてしまい
困っていたら垂水神社の湧き水から刀が出てきて
「箕面の滝壺はこんなにも深いんやー」チャンチャンっていう
お話が箕面市配布の今年のカレンダーにのっていたのです。
yanaさん、唐突なんですが池田の東畑の石澄の滝についてなにか
ご存知でしたら教えてください!

tomb - 2006/03/24(金) 02:25<

珍説ですが3・・・・・

・ ・・その道里を計るに、まさに会稽東治【冶】の東にあり。

会稽の地を緯度で追うと、沖縄に当る。
その主地は与那国島でしょう。

「与那国島面積28.88平方キロ 西表島 面積は約289平方キロ 石垣島 面積228.64平方キロ
宮古島 面積は約140平方キロ・・・合計686.53平方キロ」
が、一大国。

七千余里にしてはじめて一海を度る。千余里にして対海【馬】國に至る。
また南に一海を渡ること千余里(名を瀚海という)にして一大國に至る。・・・魏志倭人伝

一大国(与那国島・八重山)の北400キロに種屋久がある。
(一里は長里で400メートルとする)種屋久が対海【馬】國。
種子島:面積447.1平方キロ 屋 久 島:面積 504.9 平方キロ・・・合計952平方キロ

対海【馬】國・・・方四百余里ばかり。
一大國・・・方三百里ばかり。・・・・面積比4:3.

対海【馬】國=種屋久と一大國=与那国島・八重山の面積比は
952平方キロ:686.53平方キロ≒4:3 。

韓國・対海【馬】國間の距離も≒400キロ(千余里)。

韓國・末廬國(長崎)間の距離も≒400キロ(千余里)。

渡海距離を考慮しなければ、対海【馬】國は対馬、一大國は五島列島。
つまり、重ね文に成っている。

邪馬壹國の壹は「ィ又はイチ」と読んで東北。

邪馬臺國の臺は「タイ」と読んで、
伊都國から「東行して不弥國に至るには百里」の位置で大宰府から夜須・八女あたり。
女壹【臺】與が王に成っての事。

不弥國も宇佐との重ね書き。

ya(・ε^)na - 2006/03/23(木) 21:58<

ほんまや!!

おりょうさん・・そうですねぇ
  椋橋なんや・・クンクン・・
  においますねぇ・・
 木地師の方まで気が付きませんでしたねぇ
    今度聞いてみますね・・

おりょう - 2006/03/23(木) 19:54<

追加

どんぐりさんしばらくです。お元気でしょうか?
すみません どんぐりさんのメルアドわからなくなってしまいまして・・・。

おりょう - 2006/03/23(木) 19:40<

こんばんわ

yoshikoさん はじめましてよろしくおねがいします。

ドジョウは浅草の駒形で一回だけ食べたことあります。江戸時代から続いているお店で、入口入ると
座敷がだだぴろくてテーブルがないんです。座布団にすわるとカンテキ(しちりん?)がでてきて、
その上に柳川ナベおいてたべます。ゴボウのさいたのがはいっていて、玉子とじになっていたような
気がしますが忘れましたけどおいしかったです。ですけど<゚)))彡屋さんに売っている生きたドジョウ
見ただけで駄目ですね。
鯉は一本まるまる空上げしてあんかけかかったのとかこいこくにおさしみおいしいですね。
すっぽん、なまずは食べた事ないです。なまず食べるとなんとかになるとききました。

椋橋というのは木地師に関係あるんでしょうか。

ya(・ε^)na - 2006/03/22(水) 23:42<

雉も鳴かずば撃たれまいに・・

yoshikoさん・・毎度です
 垂水の神社の中にたしかおましたねぇ・・
  雉も鳴かずばの碑・・
 そうですかぁ・・箕面の滝つぼのみずがここで湧いてたんですかぁ・・知りませんでしたよぅ
  垂水神社の中に今でも湧き水あったんとちゃいましたかいねぇ
北摂のこの地は結構おもしろい土地で・・織部や隠れキリシタン・井口堂・鉢塚の古墳・秦氏のはなしもたくさんおますし・呉服・・木部のあの神社もなんや秦とかにゆかりがあったんとちゃいましたかいねぇ??
   しかしなんですねぇ・・なにもかもみんな・・
  もう昔のことで消えてゆくばかりなんやろかいねぇ・・
      おもしろい話が聞けるうちに聞いとかなあきませんねぇ
おりょうさん、どじょう食べへんところおますのん??
   豊中の南の端に椋橋神社ってのがおまして、そこの守り神が鯉なんやそうです
 庄本ってところですねんけれど、今でもそこの氏子さんは鯉、食べはりませんよぅ
    そちらの人と、宴会が一緒のときいつも言います
  「おおおおっ!!・・この刺身鯉や!!うまそうやなぁ」
     「みんな・はよいただきましょかいねぇ」って
        庄本の人、箸つけませんよぅ・・
                へへっへっへ

                          ほな

ヤゾー - 2006/03/21(火) 18:30<

みなさん こんばんわ
しばらく山小屋を留守にしていました。
WBCでの日本 二次リーグで韓国に負けて終わりだと思っていたのに
初代王者になっちゃいましたね。
今日のキューバ戦 出先で最後まで観てました。

yoshikoさん ありがとうございます。
とても博識でいらっしゃいますね。
山小屋からほんの数百メートル離れたところでもアライグマの目撃が増えてきています。
山奥へと追いやられるタヌキたちを見ていると複雑な気持ちになります。
心ない嫌がらせをする人がいますので メールにはくれぐれもお気を付け下さい。

のまどさん 磐船神社の登美毘古の石碑の写真
風の王国へアップしておきますね。

PIKKIさん 職人はお互いの悲哀みたいなものも
知っているからなのかも知れませんね。

東沢さん 思わず懐かしい「花嫁」のメロディーが頭の中で流れてきました。
和歌山には確かもう夜行列車は走ってなかったと思います。
小さなころ 家族旅行かなにかで汽車の一番後ろに乗ったときに
ギターを持ってチューリップハットを被ったお兄さんたちと仲良くなったことがありました。
とても優しい人たちで いろんな歌を聴かせてくれました。
車窓から見える風景とその歌が相まって とても情感のある旅の一場面だったような気がします。
ふと そういうことを思い出させてくれる文章でした。

東沢美史 - 2006/03/20(月) 01:17<

命かけた「♪花嫁」は、夜汽車に乗って和歌山県から京都へ

1960年代の頃は親や親族の話し合いで決められてしまうような結婚というのがあって、もう少しで婚礼だというのにお嫁さんになる若い女性が知らぬ間にいなくなってしまい、それが村中の大きな話題になってしまってたということが子供とき近くの農村でありました。でも当時、そんな例は日本のいたるとこであったでしょう。

後年、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」がヒットして、おそらくそのお姉ちゃんも「駆け落ち」してあの夜汽車で行ったんだろうな、なーんて地元の田んぼの線区を遠くに見て子供ながらに想像していました。

でも、この曲について書いたテリ−伊藤さんの新刊読んでたらこの歌は、端田宣彦さんの実話をもとに北山修氏が作詞した近畿に実在する路線の夜汽車とだいうことが解かりました。
それでドライバー用の全国道路地図を開いて歌詞に出てくる「海辺の町」を探してたら梅に関する観光地の記載が多い場所で、
ヤゾーさんのお住まいのすぐ西隣の町だったんですね。

この歌詞は、彼のもとへ嫁ぐ女性を第三者の視線から描いており、よく読むと順番では、@野菊の咲いてた丘がある彼女のふるさと→A命がけの恋で落ち合う海辺の町→B彼が住む嫁ぎ先の新居のある京都と夜汽車は走り、計3箇所の場所が書かれていることになってるようです。

21世紀の今日、新幹線の発達した現在はあまり深夜に普通便が運行してることはないけど、和歌山県では今も夜汽車は走ってるのでしょうか。
また、その汽車に乗って京都へ向かうときは車窓に、
ヤゾーさんやこうへいさんの写真のような梅畑の花々や海が見えるポイントがあるのでしょうね。
ココロに「花嫁」のメロディーがひとりでに流れてきてゴトン、ゴトンと想像するだけで旅行した気分でサイコーです。
・・・・タダ、無賃乗車だし 。


tomb - 2006/03/19(日) 01:30<

相似!

宮城・小牛田と「琉球国由来記」
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060319005457.jpg


歌津・伊里前と渡口のテラ
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060319012840.jpg

こうへい - 2006/03/18(土) 20:39<

レインボウガーネット

風の王国 掲示板にアップしました。
うまく、撮れませんでしたが(^_^;)

tomb - 2006/03/18(土) 20:33<

3つの「入」+one !



東沢さん
再検査して頂いたのですね。深謝。

碑の文字の原型は、「逆さYが3個」と「一」ということですね。
それと、L字に配置された5本の石碑。
tombは可也驚いています。
イリヒコ・仁徳・継体が直列に繋がる。
宮城・沖縄・比国も直列に繋がるものがある。・・・・・・


南三陸、歌津(うたつ)町の uttatu も面白いが、
魚を獲る仕掛けの「簗・やな」も又面白い。
yana のY を外すと ana 、ana と言うシュメール文字は ta 、ta と言うシュメール文字をBrahmi文字に置き換えると「逆さY」。
3個連結の「簗・やな」で「3個の逆さ Y」を作って「山一神の碑」で遊ぶ 東沢さん。

魚を獲る仕掛けを比国・タガログ語では、「bon」と言う。
サンカを「ボンの人」と言うのは、魚獲りの仕掛けに嵌ったからか?

珈琲でも飲みながら、下の資料に目を通して下さい。
ユックリ、ノンビリと付き合って下さい。

継体・今城遺跡の埴輪のしぐさと比国・イグロットのしぐさが同じなのは何故?
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060318182321.jpg

継体・今城遺跡の埴輪と沖縄
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060318190214.jpg

今帰仁(ナキジン)が沖縄・第一尚王朝建国の柱と成っている。
今帰の帰は城(グスク)と置き換えれば継体が炙り出される。
仁は勿論、仁徳の仁。

安里のテラ・渡口のテラ
http://www.otc.ne.jp/~kitakaze/asato&toguti.htm

PIKKI - 2006/03/18(土) 14:47<

ヤゾーさんみなさんこんばんは

白鳥伝説は谷川健一氏の本にくわしかったですね。
ほとんど覚えていず、本がいま手許にないのでまたの機会に。
粟島や青島等も「青」の一族という・・海中葬祭に関係がある人々の残した地名なのでは?
スクナヒコというのも、金属加工に関連した神さまでは?
ヨーロッパでは、小人が金属加工や鉱業に関係深かった記憶が。
詳しくは谷川健一氏の著作と・・
僕のHPの「落書帳」ページをご覧ください。
数千年前からの日本海を中心とした貝交易や黒曜石ヤジリ交易のシステムは、日本の古代史を解明する最重要のものではないのでしょうか?
現在でもそうですが・・技術者というものはお互いに親近感が強いのではないかと思う。
最先端の技術等の情報交換が最重要の死活問題なので・・

yoshiko - 2006/03/18(土) 12:09<

レインボウガーネット

こうへいさん
レインボウガーネット、ぜひ見せてくださいね!
楽しみに待ってます!!

今城塚古墳・・・
学生時代、この近くの学校に通い
卒業後何年かそこに勤めていたのにも関わらず
一度もちゃんと見たことありません。
ちょっと損した気分です(涙)


東沢美史 - 2006/03/18(土) 01:39<

「kurgi」と白鳥の古名「鵠・くぐい」について

tombさん
ヒンズー教のサイトの絵では「ハンサ」はガチョウだけど真っ白なのもいた。
また南国なのに白鳥もいるし、孔雀もいる。孔雀明王もここがルーツだろうか。

大阪府高槻市の今城塚古墳は最近、継体天皇陵と言われるようになりましたが多くの水鳥が出たしニワトリの頭の埴輪も出た。埴輪の水鳥の種類が見分けられれば面白いでしょう。

>Mohenjo Daro(紀元前2000年頃) から出土した粘土板には、船の中央に、
>インダスの象徴の8(方形=4+方形=4)が
>2本の柱である多葉樹(ナツメヤシ)と共に2羽の鳥がいる。

>2羽のガチョウは kurgi と su zig か?
>背を向ける2羽のガチョウは「呉越同船」を彷彿させる。

「呉越同舟」と聞いて「カゴメかごめ♪」を連想しました。ナツメヤシがかなり重要かも。解明のための竹細工でもしインド風かアラビア風の鳥カゴができたら風の王国に掲載させていただきます。
KUR=くる=鶴では発音的に苦しいでしょうか。鶴とガチョウは鳥類学的には違うけどヒマヤラの山を越える「姉歯鶴・アネハヅル」(NHKで深夜早朝何度も放映してる)もいます。

白鳥の古名は「鵠・くぐい」。「kurgi」と発音が似てるし、白鳥だった可能性も考えてみたいです。

刈田郡や柴田郡などを中心に宮城、岩手などでは白鳥信仰が残り、白鳥神社が多く、白鳥一族は大地を陰陽形に土木工事し、廻りに水を太極図形に湾曲させ流し、その中に舘を築き住んだと私は推測しています。水鳥は御霊・水玉(みたま)でもあったの かも。

ヤゾーさん
引き続きマニアックな話題でしつれいいたします。

こうへい - 2006/03/17(金) 12:30<

こりゃ、どうも

Yoshikoさん、ありがとうございます。
懐かしいのは、Yoshikoさん・・っていう名前でありまして(赤面)

そうですか、関係有りますか。
レインボウガーネットって、ボクも初めて見たのですが、結晶の面が虹色に光るんですよ。
今度、風の王国掲示板にアップしましょう。

面白い、お話ありがとうございます。
興味津々です(^^)

yoshiko - 2006/03/17(金) 11:08<

こうへいさん、はじめまして!

なつかしいのは私の名前?
それとも天川?

天川は天川村の天川です。
レインボーガーネットってどんな色の石なんでしょうか?
とても綺麗な赤と翠のグラデーションを想像してしまいます。

すごい鉱脈と信仰は大いに関係ありそうですよね!
あと、鬼も。
知識がないので感覚でしかモノが言えませんが
初めて高鴨に行った時は土地の磁場に慣れるまで
具合が悪くなって大変でした。
当麻寺の辺りからいろいろ変わりだして・・・。
人によって辿り着けない人もいるそうです。

鉱脈には何かしらすごいパワーが秘められているのかもしれませんね。
神社には必ず裏と表(陰陽)があると聞いたことがあります。
何かしら磁場のバランスをとっているのかも。
天川神社は玉置神社の裏(陰)だったと思います。
今度、高鴨の宮司さんに鉱脈と信仰の関係に
ついて質問してみます。

こうへいさん、面白いことに気づかせて下さって
ありがとうございます!

続けて長い書込みをしてしまい失礼しました。



tomb - 2006/03/17(金) 10:58<

ガチョウと崇神(スジン)・・・・・

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060317105359.jpg


3個の△で山を表すことはシュメールも同じであった。
シュメール文字の3個の△は KUR と言う文字で、このKUR を gin と読むと「山」です。(画像参照のこと)。
この「山(KUR)」と言う文字を頭に置いている鳥が kurgi = ガチョウです。
ガチョウの異種で、頭に瘤のあるガチョウを su zig という。
su zig に敬称をこめると su zin となる。 su zin は崇神(スジン)か?

Mohenjo Daro(紀元前2000年頃) から出土した粘土板には、
船の中央に、インダスの象徴の8(方形=4+方形=4)が2本の柱である多葉樹(ナツメヤシ)と共に2羽の鳥がいる。
この2羽の鳥は「山」を象徴するガチョウであろう。

「生命樹と山」の旅立ち?

2羽のガチョウは kurgi と su zig か?
背を向ける2羽のガチョウは「呉越同船」を彷彿させる。
(kurgi は呉、su zigは越)
列島に渡来した頭に瘤のガチョウは崇神朝を興した。
が、
kurgi(ガチョウ)・雀(仁徳)連合に敗れた。
頭に瘤のあるガチョウは、ここで王家の血筋を奪われ サンガ・サンカと言う差別の地位を与えられる。

サンガ・サンカが戦ったガチョウは kurgi であろう。

yoshiko - 2006/03/17(金) 10:01<

うふふ(←yanaさんのへへへに対抗!)

yanaさん、はじめまして!

箕面⇒みのおもて・・・
ああ、ほんとだ! なんかありそうですね!!
yanaさん、すごーい!
私は単純に「箕面の滝壺が箕の形に似ているから」
という通説を信じきってました。
茨木市の山際の古戦場近くの「耳原」(みのはら)も
単純に「古戦場近くやしお印で耳切り取ったからちゃうの!」
というだけではないかもしれないですね。
周りは古墳密集地帯ですし・・・
茨木はアラハバキが訛ったものなんて話も聞いたことがあります。

昔話、私も大好きです! うふふ
でも案外地元の昔話って知らないです。
きっとyanaさんの方がずっとお詳しいですよ。
箕面の滝壺が吹田市江坂の垂水神社に繋がってる
なんて話が箕面市配布のカレンダーに載ってたかなあ
という程度の知識しかありません(汗)
あ、そういえば長柄の人柱の着物が流れ着いたのも
垂水神社ですね!
yanaさんもこの辺りにお住まいの方なのですか?

多田銀山、タチソ、隠れキリシタンの里
古墳群・・・etc 古いものから新しいものまで
北摂は興味深いですよね、うふふのふ!

yanaさん、これからもよろしくお願いします。
いろんなこと教えてださいね!
他の方達、ローカルな話ばかりを
長々と書込んでしまってすみませんでした。
退屈でしたよね、ごめんなさい!


こうへい - 2006/03/17(金) 09:51<

やなさんに続け・・

Yoshikoさん・・はじめまして
ボクには懐かしいお名前で・・
天川って、天川村のことですか?
このまえ、レインボウガーネットという石をもらいました。
天川村から持ってきたそうで・・
鉱物の本やら見てますと、天川村が頻繁にでてきます。
修験者の信仰の厚いところらしくて・・
様々な鉱物の出るところみたいですね・・金も・・
すごい鉱脈と信仰はやはり関係あるのでしょうか。

ya(・ε^)na - 2006/03/17(金) 00:18<

へへへ

yoshikoさん・・はじめまして・・

箕面(みのお)・・みのおもて・・
  なんや感じるものおますよねぇ・・
硬いこと言うとったら・・深いものみえてけえへんし・・
  やさしいこというとったら・・んんんん
  なんもなくなってしまうし・・

       んんんん・・どないせぇちゅうねん!!
    私は、昔話が好きです・・その土地のむかしばなし・
 北摂にはけっこうたくさんの昔話がおますねぇ・・
      角付けの芸人の話・・
        弾左衛門は摂津の出やとか・・

なんやよおさんおますねぇ・・
 おもしろいのがおましたら・・おせーてくらはいませ

yoshiko - 2006/03/16(木) 11:07<

東沢さま

東沢さま、こんにちは!東沢さまやtombさまの書込みを拝読するたびに
「この方達はどれ程沢山の資料に目を通されたのだろう!?」と
その情熱と勤勉さに感動しています!

なーんの知識も前後の内容もよくわかっていない私ですが
「ガチョウと敵対する鳥は?」というくだりで「鴨」と
「京都の加茂神社」という文字に反応して書込みを
させてもらいました。
的はずれなことを言っていたらごめんなさい。

「鴨」なら京都の賀茂神社よりも奈良県御所市の「高鴨神社」に
関係がありそうな気がします。私が物知らずなだけかもしれない
のですがこの高鴨神社って三千年の歴史を持ち、全国の賀茂神社の
総本宮なのにも関わらずあんまり知名度がありませんよね?
何故なのでしょう?
私が高鴨神社を知ったのは偶然にも友人からこちらの宮司さんが
プライベートで行っている神事に誘われたことが
きっかけでした。

御祭神からちょっと抜粋してみます。

主祭神 阿治須岐高日子根命(あじすきたかひこねのみこと)
(迦毛之(かもの)大御神(おおみかみ))
 事代主命(ことしろぬしのみこと)
 阿治須岐速雄命(あじすきはやおのみこと)
 下照姫命(したてるひめのみこと)・天稚彦命(あめわかひこのみこと)

 当神社は全国鴨(加茂)社の総本宮で弥生中期前より祭祀を
 行う日本最古の神社の一つです。

「カモ」は「カミ」と同源であり「カモす」という言葉から派生し 
「気」が放出しているさまを表しております。

「当神社の神域は鉱脈の上にあることも重なり、多くの「神気」が
 出ていることでも有名です。
 夏場に参拝されますと涼しく感じられるのもその為です。


高鴨神社の神様は神様に「機能」を与える神様だということです。
「機能」を持たない神は死んでいる状態なのだそうです。
丁度、今月久しぶりに神事に参加しようと思っていたところなので
宮司さんにいろいろ聞いてみようかなっと思っています。
とはいえ何分にも知識がないので上手く質問できるかどうか・・・
以前、宮司さんが天川から繋がる磁場がナントカカントカって
お話を聞いたことはあるのですが・・・(汗)

ごめんなさーい、もっと勉強してきまーす!

東沢美史 - 2006/03/16(木) 02:08<

サンカ解明に光差す謎のヒンズー教の神鳥「ハンサ」、柳田國男の真意は

古本屋の軒下にある100円均一のリンゴ箱の中で柳田國男の本が6年も前から日晒し、雨当り、砂ホコリになりながらも頑張ってお店番をしています。1000円だか800円だかした頃はいつかは絶対買おうと決めてたのですが、寄るたびにあちこち立ち読みしてて未読ページももう少ないのでおそらく買わないことになりそうです。

その中で柳田は「ハンサ」、ヒンズー教の神鳥=ガチョウ(図書館の辞書類に無く、ヒンズー教のサイトで見つけた)と敵対するのがサンカだと述べてたのですが・・・・全く意味不明なんです。サンカの信仰をホノめかしながらなぜ、もっと詳しく説明しなかったのか?。戦中から戦後にかけて猟奇、色物、あるいは犯罪に絡められ興味本位の大衆小説や研究に山窩が貶められ知れ渡っていったその同時期に、それらに背を向けるように彼は後世に何を伝えたかったのか。

ガチョウと敵対する鳥?・・・とは。ガチョウは飼われて羽が退化して飼鳥になった。そうすると人に飼われないで自由に異国まで渡る「鴨・かも」とか「雁・がん・かり」を意味するのか。京都の賀茂神社となにか関係がありか?。
最近、山人の研究から常民の研究に移った、仏教の視点がないなどと梅原猛に朝っぱらから全国民の前で馬鹿にされた柳田國男ですが、冗談ではない。若い頃のロマン、幻想文学としてのではなく、学術としてのサンカをしっかりと啓示してた。・・・・でも、梅原大先生、偉人の悪口、また期待してます。

tombさん。たいへんな解明作業、ごくろうさまです。と、いうわけで@の解釈、「te」という「犠牲の鳥」が気になりました。

>ホマツツタエの東北・邪馬台国説には、興味を持っています。
鳥居礼氏は日本列島の琵琶湖、富士山、日高見国が3つの「壷」という聖域で仙台は高天原との説でした。幼い女の子が両手の笹で牡鹿を誘ってる絵もある。

>仁徳陵の前方部の円は243mで、これは金星の自転日数「243」に同じのよう>ですね。
「同じ」の意味がわかりませんでした。金星は明けの「明星」=「日+月の知らせ」と考えています。星の信仰は東京、千葉から青森など東日本の太平洋側に多いみたいです。だけど、フィリピンやインドネシアなど南洋の北極星を目印に航海した海洋民の影響というより、晴天の日が多い砂漠地帯のペルシャ&アラビアの星信仰の伝播をなんとなく感じます。千葉(チバ)や安倍(アベ)の発音は妙に中近東っぽいし。

>サンカと仁徳王朝の関係を追及しているところです、その中心にヲケ・オケ(第23代 顕宗(ケンソウ) 第24代 仁賢(ニンケン) )を据えています。
>サンガ・サンカの出自は此処当りかと検討中です。
大阪の継体天皇陵については何かわかりますか。サンカの別名は「オゲ」とか「ポン」だとか。仁徳陵のこと、みなさんも知りたいはずです。期待しています。

>アッカド語に、uttatu と言うのがあります。日本語に置き換えると大麦;穀物です
日本には「畑」と「畠」、「鍬・くわ」と「鋤・すき」と同じような意味の漢字がなぜか2種類ある。水利工事や田畑を耕やすには唐鋤(犂・からすき)を使うが牽くのは牛か馬。北上川流域ではモチ(米)に対してウル(米)というし、「すいとん」をシンドバッドかバグダットを連想させる「バッド」または「ハット」と言います。
これらには中東の神話や言語の影響がありそうだと勝手におもっております。
三陸には「歌津・うたつ」という漁港の町があり一年ほど前そのなかの「名足・なたり」という漁村の集落をほぼ廻りました。・・・ナタリーィ♪。「おだつ」は「推す、出征、お立ち酒、そそのかす、けしかける、そやす、人をたてる」の意味あるとおもう。千葉で生まれた「刀E・・金と銀との鞍〜載せて♪」の「月の砂漠」、鞍(くら)が御神体の諏訪信仰やオシンメイサマをも連想させる。

PIKKI <http://members.goo.ne.jp/home/pikkibikki> - 2006/03/15(水) 10:28<

時間がないのでコピーで申し訳ありません

こんにちはヤゾーさん皆さん。
ジョンレノンの「イマジン」も和訳対訳で聞くことが。
さっき日記に詳しく書き込んだところです。
戦争のない平和な社会こそが最優先されるべきものだと思う。

tomb - 2006/03/15(水) 01:20<
画像が見ずらいと思いますので、画像をコピーして Microsoft Office Word に貼り付けてください。

山一神の碑その物が手紙なら、手紙と言う文字を添えて解釈するのは有効であると考えます。

刻まれている文字が紀元前700年頃の文字ですから、シュメール語も有効です。

tomb - 2006/03/15(水) 01:04<

山一神の碑は野牛からの手紙だった。


野牛とは崇神かそれとも都市牛利か?

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060315005239.jpg

分析

先ず、やや中央の小さな黒●(円)は、Brahmi文字の子音 m である。
子音 m は上下に印されているので中央の Y の逆さ文字と下段の「一」の二文字に掛かるものとする。

次に、この碑は境界碑ではなく、メッセージ(手紙)である。
ゆえに、不可視に成っている手紙( unedug )という文字を可視にさせる。

そして次に、中央下段の「一」という文字であるが、山一とだけとるなら、「一」の字があまりにも小さく全体のバランスが取れていない。
それ故に、「一」は as と残すと同時に as = 三角形としその一辺を上段3文字に点として添える。

@の解釈。
現状の文字はYの逆さ文字 ta に左右に一点があるが、右にもう一点添えて正確な、Brahmi文字の te とする。
Te というシュメール語を日本語に置き換えると、「犠牲の鳥」。

Aの解釈
現状の文字はYの逆さ文字 ta に右に一点しか無いので、Brahim文字の ti である、これに一点を添えると tu というBrahim文字になる。
この tu に子音 m を 添えると tum という Brahmi文字になる。
tum と言うシュメール語を日本語に置き換えると「石塊」。

Bの解釈
現状の文字は Brahmi文字の a の反転文字である。
この反転文字は実にサンカらしさが伺える。
この a の反転文字に横一を添えると、Brahmi文字の na と ga の合わせ文字で naga となる。

Cの解釈
一心即三観、一即三の仏教概念を用いるなら、下段の一は上段に三角形の一辺として分配しても下段の「一」は「一」として健在である。
「一」は シュメール語の as と置き、不可視に成っている手紙= unedug を可視にし、 as に子音 m を添えて asm +unedug(手紙)。
asm +unedug(手紙)の文字配列を変えて、am + sune + dug 。
sune は上段Bに移動して naga sune とする。
下段は、 am と dug。
am と言うシュメール語を日本語に置き換えると「野牛」
dug と言うシュメール語を日本語に置き換えると「言いました」


上段は
犠牲の鳥の石塊 ナガスネ

下段は
野牛が言いました。


とんちんかん小僧 - 2006/03/15(水) 00:36<

東沢さん、ありがとう。

もう季節的には春らしい日差しもあった時期もありましたが、今週に入ってまた冬に
逆戻りになりましたねえ。。
月曜日に一日早いホワイトデーのお返しに大阪の難波の方へ遊びに行ってました。
まさか本当のホワイトデーになると思いませんでしたよ。
雪が空全体に舞っていてなるべく地上を歩かないようにして時間を過ごしました。

まだ見ぬ東北への旅が今回実現しそうなので、東沢さんから教わる話は今の僕に
とって重要です。これからもサンカがらみの東北話を聞かせて下さい。

やぞーさん、それ花粉と思います。僕も月曜日異常なぐらいハナタレ小僧でした。

のまど - 2006/03/14(火) 20:26<

磐船神社・・

磐船神社は私も行ってみたいですね!!

岩石祭祀学のHPの写真では、ナガスネヒコの石碑まで確認できないので・・

岩手の地名由来の鬼の手形付きドルメンも風情がありまっせぇ〜

yoshiko - 2006/03/14(火) 10:24<

ありがとうございます

ヤゾーさん、お返事有難うございます!!
磐船神社は以前から興味があったので是非行ってみます!
こちらのHPの影響を受け、この数日間ですっかりサンカに
はまってしまいました。今、「風の王国」を読んでいるのですが
久々に時間を忘れて小説を読んでます。
単純にストーリーが面白いというだけではなく
サンカの自然に対する思いに深く共感します。

kumanolifeは読めば読むほど奥の深いHPですね。
会社に居ながらにして気分は熊野です!
たぬきちゃん達めっちゃかわいいですね〜
たぬちゃんがドックフード食べるなんて知らなかったです。
ドックフードが好きなんですか?
アライグマ君達に負けないで頑張って欲しいです!!

ヤゾーさん、花粉症(風邪!?)お大事に!


ヤゾー - 2006/03/13(月) 23:08<

なごり雪

なごり雪

みなさん こんばんわ
今日は急に寒くなって雪が降る一日でした。
花粉症なのか風邪なのか 鼻水が止まりません。

くもりさん はじめまして
自分もカムイ伝は夢中で読みました。
とりあえずは三角寛を読まれたらと思います。

yoshikoさん はじめまして
ここのところ少し忙しくて返答が遅れて申し訳ありません。
交野市にあるニギハヤヒゆかりの磐船神社なんて面白いところでした。
古代の巨石文明のなごりみたいなものを感じさせてくれるところで
巨石の下に登美毘古(ナガスネヒコ)と彫った石碑が印象に残っています。

PIKKIさん アイシンクソウです。
交野市の磐船神社だけではなく
何者かが古代の文明を隠蔽し歴史のすり替えを意志したと思わせるようなところって
結構あちこちにあるような気がします。
今の天皇家はおそらく南朝の系統だと思うのですが
南朝の聖地である天川弁財天には
沖縄のユタやアイヌのシャーマンの人がお参りに来ていたそうです。

東沢さん ありがとうございます。
東北は一度はゆっくりと廻ってみたいところです。
気を使うことなく なんでも書いて下さいね。

MOuri - 2006/03/13(月) 10:24<
流れに関係なくすみません。

蝮(まむし)を誘(おび)き寄せるのに女の髪をもやしたら匂いにツラれ、気分が悪くなるほどたくさんの蝮が集まってきた・・・。 by東沢さん

最近、いのししの被害に悩んでおられる方は、人間の髪の毛をその通り道に撒いておくそうですよ。
いのししは人間が近くにいると警戒し、結構効果があるらしいです。

東沢美史 - 2006/03/13(月) 02:04<

「山神」碑の交通案内

とんちんかん小僧くん

「山神」碑は東北新幹線「古川駅」下車してから東の小牛田(こごた)方面を目指し李埣(すもぞね)を通り徒歩40分くらいで着きます。途中、江合川で籠を使い「モズク蟹」漁をしてたら東沢ですので声をかけてください(秋季のみ)。竹細工売り車でご案内します。ただし、途中で農家へ販売のため門付けしますが、あしからず。

風の王国の画像の石碑の向こうが山窩が実在したとされた奥羽山脈です。蝮(まむし)を誘(おび)き寄せるのに女の髪をもやしたら匂いにツラれ、気分が悪くなるほどたくさんの蝮が集まってきたと報告された山です。

この山窩を報告した彼は東北切支丹の研究者であり、切支丹が転向しないので目鼻までパーツごとに細かく切り刻まれるという凄惨な処刑シーンを克明に解説した本を書きました。元となった400年前の古文書は現在奈良県の天理大学に移管されていますが、私の自宅の向かい宅に所蔵されてた古文書でした。

江戸時代の初期には宣教師や切支丹がたくさん鉱山で働いていたといわれ、また禁令が出て逃亡に明け暮れる信者の様子を描いた郷土史の本が多く出版されています。もちろん白人も多く、迫害を受けそれでも頑なに信仰を守り抜き、師走の風吹く川の冷水に裸で沈められては吊るし上げらることを繰り返され、説得されても転ばず天に召されて行くという光景が描かれていますが、こちらの方が資料も確かであり戦前まで切支丹は多くの人が何度も牢屋に入れら警察資料もあふれるくらいありますので、よっぽど山窩っぽいと感じてたしだいでした。

ヤゾーさん
地味な場所ですがもし近くへ来られるときはどうぞ、ご連絡ください。

とんちんかん小僧 - 2006/03/12(日) 21:27<

みなさん、こんばんわ。

こうへいさん、僕も知りませんでした。確かに長いトンネルが中央部分が高い
です。そんな訳があったと初めて知りました。お調べして頂きありがとうございます。
さすがに蛇みたいにウネウネと高低のある道路はあってもトンネルは無いですし。
水が流れずに大きな水たまりになりそうですね。

こうへい - 2006/03/12(日) 21:06<

長いトンネルの出口が見えない訳??

渦を検索していて、

山をぶち抜いてるトンネルは、山の重力の影響を受けて「等重力面 」が山形に曲がるので、それ以上の曲率で中央を高くしないとトンネル内の水が出口に流れていかない

というような記述を見付けました。
峠なので真ん中が高いと思っていましたが・・ばかですねえ・・考えてみると真っ直ぐなトンネルを掘る方が簡単ですよね。

知らなかったのはボクだけ?

バカボンのほっぺ - 2006/03/12(日) 19:49<

渦について

みなさんこんばんは

渦について
すごーく気になることがあります。
南半球と北半球では渦の回転は反対ですよね。
なのに、どうして北半球に住んでいる人も南半球に住んでいる人も体のつくりがおんなじなんでしょうか?
どっちかに住んでいる人は例えば心臓が反対にあるほうが体の負担が少ないとか...ないんでしょうか?
カレイと平目は反対ですよね。そういうことが関係しているような気がしないでもないですが...。

もうひとつ長年のなぞがあります。
海に住んでいる哺乳類、ひげのあるのと無いの...何ででしょう?
サルにもあるのかな?ヒゲ...?

知ってたら教えてくださーい!

とんちんかん小僧 - 2006/03/12(日) 01:56<

夜中にゴメン下さいまし。

やっとパソコンの使い勝手良くなって身体は眠たいのに頭がイヤに冴えてる
変な状態です。やっと電話回線からのインターネット生活が終了しました。
9日から病院でもらった花粉症の薬が効かなくなってハナタレ小僧になってます。
去年同様キツイですわ。

東沢さんとtombさんのお話大変難しいですけど何度も読んで今は段々楽しくなってきてます。
これからもお二人さんのお話じっくり読まさせてもらいますね。
東沢さん、風の掲示板にあった「山神」の碑は何処にあるのでしょうか?
かなり興味が湧きました。ここでまずいならメールで直接教えてくれないでしょうか?
自分の目で見てみたいと思いましたので。

東沢美史 - 2006/03/10(金) 23:19<

「山神」碑、解読について 答え=3個の「入」か?

なんのことか分からないという方も多いかとおもいます。すいません。私の地元の「山神」の石碑の「山」は逆さ「Y」字が3個並んでて、その下に「一」の字が加えられた形で構成され彫られています。この石碑は何を意味するのか。山神の正体が、もしかしてサンカのことまで分かるのではないかと思案しておりました。
その問い掛けにたいしてtombさんがシュメルや中国の古代文字から解読を試みてくださっておりました。石碑の向うに見える方角の山が「頭が小さく山道を走るのが速い」と戦前、只野淳が河北新報に記した山窩がいたとされる場所です。じつは、弾圧が激しかったキリスト教の答えも用意しておりましたが間違いのようでした。

tombさん
「両」と同字の「兩」で私なりに納得できました。リンク先画像の古代貨幣の画像を拝見すると先秦or漢鋳八銖「半兩」銭の「兩」という漢字には漢字の「入」が2個入ってる。漢和辞典「漢語林」では「入」の甲骨文は「∧」だけど、金文は逆さ「Y」、篆文も逆さ「Y」。重症の妄想癖者=東沢は、宮城には御真木入日子(ミマキイリヒコ)の宮城(きゅうじょう)が存在したという爆説を抱えてる。イリ王朝が関係してたりして。

ということで、まさか解読できるとは思ってもみませんでした。すごいパワーです。ありがとうございました。シュメル文字は解りません。しかしお聞きしたい事がいろいろあります。画像サイトをお持ちなんですね。もしホームページや投稿済みの関連サイトがあるのでしたらURL教えて下さい。

ヤゾーさん 
連日、書きっぱなしで、すみません。でも・・・

祝! KUMANO LIFE ゲストブックの訪問者「90萬人」突破!!

tomb - 2006/03/10(金) 11:49<
東沢美史さんの書き込みには、tomb のコメカミがピクピク反応させられます。
「百済」の語源、「寶龍」、「宝良」はtomb的には分析終了。
興味があれば、書き込ませていただきます。

とりあえず簡単ですが、

・・・「鰓」は魚のエラ、あぎと、と出てる。

「鰓」をエラと読んでいいなら、シュメール語の ela は天蓋のことです。
「鯨と鯢」の拝み合いの天人天蓋?

tomb - 2006/03/10(金) 11:22<

東沢美史 さん!

・・・「邪馬台国の宮城説は、初めて聞きました、(´ー`)ノ。」
ホマツツタエの東北・邪馬台国説には、興味を持っています。
スメル・スメラはシュメール語と思っておられる方が多いようですが、あれはアッカド語です。
鯨に関しては、沖縄・オモロで「北の鯨」と現れているのでそれがイサナミ・イサナキ信仰と成っていると推測しています。

星に関して詳しい東沢美史さんのことですから知っていると思いますが、
仁徳陵のの前方部の円は243mで、これは金星の自転日数「243」に同じのようですね。

クフ王のピラミッドの底面積は53078.162(平方メートル)。
ストーンヘンジの円の面積は6054.51(平方メートル)。
ピラミッドとストーンヘンジの面積の和が59160.29(平方メートル)で仁徳陵の面積に近似である。とも云われています。
もしも、相互関係が成立しているなら、古代人に脱帽です。^^;

サンカと仁徳王朝の関係を追及しているところです、その中心にヲケ・オケ(第23代 顕宗(ケンソウ) 第24代 仁賢(ニンケン) )を据えています。
サンガ・サンカの出自は此処当りかと検討中です。

・ ・・ここに市邊の王の王子等、意祁(おけ)の王・袁祁(をけ)の王【二柱】、此の亂(みだれ)を聞きて逃げ去りき。 故、山代(やましろ)の苅羽井(かりはい)に到りて御粮(みかりて)を食(は)む時に、面(おも)黥(さ)ける老人(おきな)來て、其の粮(かりて)を奪いき。 爾くして其の二はしらの王の言いしく、「粮(かりて)は惜しまず。 然れども汝は誰人(たれ)ぞ」。 答えて曰く、「我は山代の猪甘(いかい)也」。・・・・古事記

当りです。


「おだづ人(道化)」の事・・・
シュメール語に、 ud-da-tus があります、文字はUD.DA.KUと書きます。日本語に置き換えると "jester・道化師" です。
アッカド語に、uttatu と言うのがあrます。日本語に置き換えると大麦;穀物です。
おだつ(ウダツ)とウタツは違う言葉ではないでしょうか?
「ウダツが上がらない」と使うのは誤りで「ウタツが上がらない」が正しいかか? 大麦・穀物の収穫量から発生していると思われる。

tomb - 2006/03/10(金) 10:03<

サンカ文字は何処の影響を受けているか?

女名沢遺跡出土粘土板とシュメール文字・Brahmi文字・刀幣の干渉度
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060310090228.jpg


中国の古銭に刻まれている文字は、インド・ハラップの影響を受けている。
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060310093802.jpg

インド・ハラップの影響下にある中国の円銭。
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060310095254.jpg

tomb - 2006/03/09(木) 18:59<

「山の神」の碑の正体が見えてきつつある。

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060309185752.jpg



左のYの逆字は、左右が跳ね上がっているようだ。
この紋は春秋戦国時代の刀幣に現れている。
刀幣は越 (紀元前770年)、燕 (紀元前475年)・燕 (紀元前221年)がある。
越・燕は古ヘブライ系だったということか?
燕の血筋を追いかけると周まで行ける。
周の血が列島に入り込んだのが、ホアカリだろう。
後に漢系の血が混ざる。
最後の燕は、北燕の馮 弘で継体にその血が流れる。

右のYの逆字は、シュメールと沖縄、 Brahmi文字の ga は与那国島海底遺跡にきざまれている。

中央のYの逆字は、インドでしょうね、その義は信頼。
その下の「一」を as と読んで ESまで導けば 「姫」の義。

tomb - 2006/03/09(木) 14:39<

秦・漢の貨幣

Yの逆さ文字は、秦の貨幣に刻印されている。

「恵文王二年(前336年)に「半両銭」を秦国の法定貨幣と定めその鋳造発行を中央政府が行うという銭法が定められた。」

このYの逆さ紋は漢の時代には消えるが、
漢の高祖(劉邦)の没後(前195年) 妻である呂后が執政して、再び漢の貨幣に刻印されている。

秦・漢の貨幣
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060309143742.jpg

東沢美史 - 2006/03/09(木) 10:57<

鯨のエラと義経と熊野信仰

tombさん
「日本中央」の石碑が東北にあるし「壷の碑・多賀城碑」と共に荒俣宏などのおかげで最近は知られるようになりました。
でも邪馬台国の宮城説は、初めて聞きました、(´ー`)ノ。
「山の神」さまの参詣客のうち明治前半生まれは「義経東下り」、「天の岩戸開き」などお神楽で、明治後半生まれは無声映画の弁士が語る「アラビアンナイト、イソップ物語」を境内で見て少年時代を過ごしたそうです。記紀の講読、研究などはなかった。その少年たちがジジイになってユダヤとかスメラとか白熱してしゃべってたのを子供のとき見てたので少し知ってます。

鯨をキーワードに古代を読み解くという例はあったようですがごく少数ではないでしょうか。陸奥、北上川の安倍氏などの塚は鯨の形をしており、もしかして時代遅れの陸奥式、ミニ前方後円墳?なんて見ています。頂上の一本松が潮吹きだったりして。というか、畿内の前方後円墳が鯨の形に土盛りをしたということはないでしょうか。・・・まさかですかね。また「鷹」の古代朝鮮語と鯨の発音が同じらしいけど、東北ズーズー弁では「鯨」は「くぅどぅら」で「百済」とほぼ似た発音です。「野史呼び名辞典」も興味深い解説をしています。岩波の「広辞苑」に影響を与えた大槻文彦は仙台の学風のせいか国語辞書で「蝦夷語」、「新羅語」、「百済語」と分別しますが、安倍氏の塚や鯨の骨が出土する地区では例大祭のお神楽の幕間におだづ人(道化)が「百済舞い」で客を笑わせていたそうです。はたして鯨の舞いだったのか。

「鯨」と「サンカ」とから平泉へ逃亡する「義経一行」のことを連想します。
「さんか山」の伝説では六部が何度もたいへんな目にあうのですが笊(ザル)を使って水汲みするので苦労すると言う話しがあります。
合併した今の岩手一関市、猿沢のお寺さんへは父母が訪問しはじめてからすでに30年以上もたちますが、ご家族の方が毎年笊などを買ってくれます。
歴史に興味がないので今まで気づかなかったのですが昨年行ったとき科学的な真偽はともかくお堂に本物とされてる義経の「笈」が保管されているとの説明板を見ました。
もしかして笈で水をくめば苦労するので「サンカ」みたいとおもいました。追われて列島を漂泊してるし昨年の大河ドラマでのタッキーやマツケンの装束は熊野修験の一団みたいだったし。
その寺の南の方には大きな丸岩の下に小さな穴があってそこに確か「寶龍」、「宝良」とチッチャく書かれた祠がありました。この神様を拝むとしぜん陸奥の三陸を代表する熊野信仰の地、室根(むろね)山の「室根神社」の方角を向くんです。「寶龍」、「宝良」は「母衣輪」とか「保呂羽」などと同じく「ほろ」の発音ができ「むろ」とも近い発音なので「法領神社」と同じかと考えています。
とすると柳田が謎としてた「法領神社」やペアー神の「雲南神社」は熊野系とも考えられる。

義経の腰越状に原文で「不痛沈身於海底 懸骸於鯨鯢之鰓・・・・・・・本意併奉休亡魂憤。」という漢文があって鯨が出てきます。漢和辞典を引くと「鯨鯢之鰓」の「鯨鯢」は鯨の雌雄、「鰓」は魚のエラ、あぎと、と出てる。
サイトや出版物ではこれを鯨の餌食になってというような寂しいちっぽけな解釈をしていますが、もっと別の解釈、義経が鯨に成って化けてしまうとか、鯨の形が人玉に似てるから大御霊だとかもっと壮大に解釈したいです。

tomb - 2006/03/08(水) 14:44<

珍説ですが2.・・・・

「東南、陸行五百里にして、伊都國に到る。」
東南は北東と読む。
で、
諫早(佐世保)の北東には、糸島がある。

「東南、奴國に至るには百里。」
東南は北東と読む。
で、
伊都國(糸島)の北東に博多(奴國)がある。

末廬國・伊都國間は「東南、陸行五百里」。
伊都國・奴國間は「奴國に至るには百里」。
合計六百里。
長里の一里を400mで計算すると600里で240Km。

末廬國(諫早)→伊都國(糸島)→奴國(博多)
の距離は、600里(240km)ぐらいでしょう。

「東行して不弥國に至るには百里。」

福岡の東端から真東に宇佐がある。
距離は「百里(40km)」ぐらいか。

tomb - 2006/03/08(水) 14:10<

珍説ですが・・・・

先天の図は、伏義八卦図とも称される

伏義八卦図は歳差の半周期の13000年を用いて東西南北を180度反転させている。
この方法が魏志倭人伝に用いられているのではないか。

只、魏と卑弥呼は契約に因って、魏は東王父、卑弥呼は西王母
という事項が機能しているので東西の180度反転は不可。
南北だけが180度反転されて書かれたと思われる。

「東行して不弥國に至るには百里。
南、投馬國に至るには水行二十日。」

投馬国は不弥國(宇佐)より、南は北と読み水行二十日で大阪・奈良。

「南、邪馬壹(【臺】國(女王の都する所なり)に至るには水行十日、陸行一月)、は

投馬国(大阪・奈良)から水行10日で尾張。尾張は陸海軍の集合地。
此処から陸行1ヶ月で宮城まで行けるの。
時速4キロで1日8時間の行軍で一日に32キロ。
1ヶ月なら900キロは行軍できる。。
邪馬台国は宮城県小牛田なり。^^;

「これ女王の境界の尽くる所なり。
 その南に狗奴國あり、男子を王となす。その官に狗古智卑狗あり。女王に属さず。」
南を北と読みかえれば、東北の北は北海道しかない。
従って、
狗奴国は北海道(秋田が侵攻されていた可能性あり)。 

「千余里にして対海【馬】國に至る。
その大官を卑狗といい、副を卑奴母離という。
南に一海を渡ること千余里(名を瀚海という)にして一大國に至る。
方四百余里ばかり。
官をまた卑狗といい、副を卑奴母離という。
方三百里ばかり」

1.対馬島の面積は696.29ku … 対海【馬】國

2.福江島 326.29 ku
  中通島 168.33  ku
  合計494.62  ku … 一大國 

面積比率 : 対馬方四百余里対して一大國 (五島)は方三百里  4:3
696.29ku:494.62  ku ≒ 4:3

「また一海を渡ること千余里にして末廬國に至る。」

末廬國は佐世保から諫早の範囲。

上陸して此処で南北を180度反転する。
諫早(佐世保)→伊都(糸島)→奴国(博多)・・・・


「対海【馬】國に至る。その大官を卑狗といい、副を卑奴母離という。
一大國に至る。官をまた卑狗といい、副を卑奴母離という。」

対海【馬】國と一大國の官、副は卑狗、卑奴母離と同じ官名が使われているから兄弟国であろう。

yoshiko - 2006/03/07(火) 10:15<

はじめまして

ヤゾーさん、はじめまして。五木寛之さんの「サンカの民と被差別の世界」を昨日書店で見つけて
その勢いで「サンカ」で検索をかけたらヤゾーさんのHPを発見しました。ヤゾーさんの素敵な世界にすっかり引き込まれてしまいました!「酒呑童子」と「茨木童子」に興味があって気が向くままに資料を漁っていたら「サンカ」にぶち当たりました。私は関西の北摂在住なのですが(箕面市という所に住んでまーす)どこか近場で訪ねてみると面白いところってありますか?もしご存知だったら教えてください。

P.S.「土蜘蛛」って「サンカ」の蔑称なのでしょうか?(「サンカ」そのものが蔑称!?)

tomb - 2006/03/07(火) 09:38<

ダキニ真天から・・・・

「天竜川を溯るとダキニ天の姉を祀る祠がありますが、
そのお使いはイノシシなんですが、これもインドでは・・」
の、
「ダキニ天の姉」とは誰のことでしょうか、アマテラスですかそれともイサナキのことでしょうか?
イサナは鯨の古名ですね、三内丸山遺跡から約5500~4000年前のものとされる鯨の骨が出土し、『古事記』にも鯨が登場しています。イザナキのキは木氏(殷)で、イサナキとは鯨と殷の習合によって生まれた神か?
又、
猪は港川人人骨と一緒に2万年前の化石が出土しています。
ダキニ天の姉を祀る祠は、仏教との習合がなかった祠であれば、猪をダキニ天の姉の使いと置くことは理にかなっていると思われます。

渦は左右巻きがありますが、アフリカを出発した ur (ライオン→犬)はメソポタミア経由でインドへ、此処では虎や犬に捩れ、又、
逆渦は海路の沖縄では猪で、それがインドでは猪の牙が角に捩れて一角獣、二角獣と捩れた。
インドの紀元前2000年頃の出土品には、虎、犬、一角獣、二角獣、豚等がありますね。
紀元前2500年頃の列島では世界に類例をみない冠火焔土器が出土しています。
大陸では夏王朝の出現、このあたりの時間軸帯でアジアに大きな文化変動があったことが推測できます。

のまど - 2006/03/06(月) 21:22<

ダキニ真天

ご無沙汰しております
私の住む近くの豊川稲荷はダキニ真天を祀ってますが
そのお使いのキツネは、じつはハイエナなんですね・・へぇ〜
天竜川を溯るとダキニ天の姉を祀る祠がありますが、
そのお使いはイノシシなんですが、これもインドでは・・

森の石松で有名な森町のお祭りは
村の選ばれた稚児を山車に乗せて夜練り歩く・・
インド、ネパールあたりのクマーリーの祭りみたいではある

PIKKI - 2006/03/06(月) 04:00<

かなり酔って候

ヤゾーさんみなさんおばんです。
すごく大雑把な考えで申し訳ないのですがー
古代天皇制の成立時期に、大規模な歴史のすり替えや換骨奪胎があったのではないでしょうか?
詳しくは谷川健一氏の諸作を読んで欲しいのですが・・。
その時に、古代天皇制からはじき出された人々が、北では蝦夷やアイヌ人になり、南では沖縄の方へ・・内地ではマタギやサンカへと分散・離散して・・独自の進化を遂げたのではないのでしょうか?その伝統的な宗教観&技術的な伝統の比較が重要なのではと思う。
一万年間!以上という縄文文明の伝統や交易圏というものは・・今日の我々が考える以上に確固としたものであり多彩なものであり・・それゆえに、弥生時代以来千数百年の大陸からの侵略した側がむしろ、その縄文的伝統に同化させられてしまって、日本史が他国にはない複雑さを持ってしまったのではないのでしょうか?
なにをその証拠かというかというと・・縄文的な文明・文化の継承特にその宗教観・自然観や土器を含めた金属加工等の技術的側面ではないのでしょうか?
天皇制でさえも、その中心にある大部分のものは・・沖縄やアイヌや新大陸・シベリア等とほとんど同じようなシャーマン的な儀式です。

くもり <http://homepage1.nifty.com/kumori-hibi/sirato01.html> - 2006/03/05(日) 20:49<

はじめまして

白土三平作品を読み「カムイ伝」ではアイヌに「カムイ外伝」では山窩に興味を持つようになりました。一般ではあまり語られていない人達ですが、長い歴史を持ち、つい最近まで集団文化を守っていたという点で、今では日本人の源流を調べる上で外せない存在だと感じております(その割には一般にあまり知られてないなあと思っております)。

ところで、私はまだ知識がとても浅いのですが、山窩研究における神武天皇など神話伝説との繋がりがあまりよく理解できていません。サンカというのはそんなにも昔に農耕民族とルーツが分かれ、独自の文化を育んでいった人達なのでしょうか。それならば言葉では大野晋氏研究による日本語とタミル語の関係(漢字以前)なども重要になってくると思いますが、そういった最近の資料と照らし合わせ起源を探っている書籍(またはサイト)はあるのでしょうか。ご紹介いただければ幸いです。

山窩の知識的に私はまだ白土先生に関係する単行本「漂泊の民 山窩の謎-忍者カムイと出雲阿国-」佐治芳彦著(挿絵:白土三平)、雑誌「歴史と現代」(これも連載小説「犬神一族の陰謀」坂口義弘著に挿絵)しか所有しておりません;; ちなみに白土先生はご自身を「狩猟民族の末裔」と語っており、現在竹細工がもっと上達するような先生を探しているみたいです(笑)

こうへい - 2006/03/05(日) 20:46<

うーむ

いい、お話じゃのう(^ニ^)

ヤゾー - 2006/03/05(日) 18:27<

ヤマガラの営巣

みなさん こんばんわ

こうへいさん ありがとうございます。

東沢さん さんか山のお話 楽しみにしています。

去年 しばらく東京に滞在して山小屋に戻ってヤマガラの巣箱を見たら
蛇が出てきて驚いたということがありました。
雛が蛇に襲われたと思うと辛いので
無事に巣立ってから蛇が巣箱に入ったのだと自分に言い聞かせていました。
それでも一度でも蛇に襲われた巣箱には もう営巣してくれないかも知れないと寂しく思っていました。
それが数日前から 巣箱の中をコツコツと突付く音がします。
外に出て見てみると ヤマガラが巣箱から出てきました。
ああ 今年も営巣してくれるのだなと思うと
ほんわかした暖かい喜びが湧き上がってきました。
そういうことって 結構大きな喜びだったりします。

tomb - 2006/03/05(日) 09:21<

木と枝の「Y」字の発生!



Brahmi 文字 ta の分析
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060305084547.jpg

プリストキングの
耳の下の2つの穴にはイヤリング、
左の肩は、もとは赤い顔料によって満たされ、
目は深く彫り込まれて、象眼細工がされていたかもしれない。
と、分析されている。


学者の三つ葉紋分析は「シロツメクサ」といわれているが、本当はデイゴではないか?
何故なら、デイゴは赤い実を付け赤の文化を受けている。
デイゴの意味は、神聖な母、神聖な子ということだろう。


「シロツメクサ」
マメ科の多年草。茎は地をはい、三枚の小葉からなる複葉。夏、葉の付け根から花柄を伸ばし、白い小花を密集してつける。ヨーロッパの原産で、牧草などとして栽培もされるが、野生化している。名は、江戸時代に渡来したギヤマンを入れた箱の詰め物に使われたことによる。クローバー。オランダげんげ。つめくさ。《季 春》yahoo辞書

Brahmi 文字の ta (Y) と沖縄の合体。

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060305091553.jpg

東沢美史 - 2006/03/05(日) 07:50<

「山」シュメール文字の分析 

tombさん。
シュメール文字の解説ありがとうございました。木と枝の「Y」字の部分を人の生まれる「木の又」、子供が鳥を撃つのに木の枝を「Y」字に切るのを「叉木っこ」と言い、両端にゴムをシバってパチンコにします。「Y」字は3又のブーメランや6角目の篭目の基本組みにも見えます。「山」の分析、ありがとうございました。

tomb - 2006/03/04(土) 18:28<

「山の神」の碑分の基本部

「山の神」の分析 V.

山という文字を構成している、Brahmi 文字でそれは、 " TU ・TA ・A " と思われる。
シュメール文字の TU は「聖職者」・TAと言う文字は2種あり、日本語に直すと「何という代名詞」です。TA と書いて ana と読む。この ana が 穴として用いられている事もあるようです。例えば、沖縄のウタキ(御嶽)がそれに当るとおもいます。
又、いま一つのTA は、 ta と読む場合と ES と読む場合があります。
このES という音は、3と言う数字と同じであり、又、10と言う数字の音でもあり、
又、ES と言う音は「姫」と同じ音でも有ります。

A と言う文字も2種あり、A と書いて a と読めば「水」、id と読めば「川」です。
今一つの A は a と読んで「腕(ウデ)」です。

写真には、小さい黒丸が2コ有るようですが、Brahmi 文字で小さな黒丸は m という子音を表しています。

「山の神」の分析T.では tum tam へ子音 m を置きましたが、 tu tam am 、 tum ta am と言う文字の組み合わせも考えられます。
碑に刻まれている文字はイクスプレジョンの可能性が高いので当然検討を加えなければ成らないでしょう。

tum  tam は 提供画像を参考にしてください。
am と言うシュメール語を日本語に置き換えると「鳥」です。
鳥は、亀信仰以前よりも古い信仰象徴だったと思われる。

総括は致しませんのでご了承下さい。

tomb - 2006/03/04(土) 11:38<

「山の神」の分析 U.

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060304113353.jpg

漢数字の「一」をsagKAK と読み、
sagKAK の 無声音 K を脱落させて sagka  サグカ → サンカ.

sagKAKを sag と KAK を分離させると。
sagga を受けて「sagga の人が建立」。

補足
又木はマタギですか?
桑も又木も明確にできます。

tomb - 2006/03/04(土) 10:45<

「山の神」の分析 T.

sagga と kak !


http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060304102709.jpg



漢数字の「一」は もう一枚画像を作成します。

シュメール文字の dis は 、或る時間軸に於いて、sagtak から sagKAK に変異しています。

sag は頭、 kak は建立 と言うことですが、文字構成もその様になっています。



こうへい - 2006/03/03(金) 19:30<

3月3日ひなまつり

やぞーさん、お誕生日おめでとうございますう
って言ったのが、つい、この間だったような。

tomb - 2006/03/03(金) 17:11<

ひらかな・カタカナの kana の分析・・・

シュメール語の kana  と言う文字は3種ある。
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060301092027.jpg

ひらかな・カタカナの kana の分析T.
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060301092252.jpg

 ダキニ天は、仏教のタントラでは般若の智慧そのものと見なされていました。ダキニ天と性的なヨーガを行えば、速やか成仏が得られると云われ、般若系タントラだそうです。具体的にどうするかは承知していませんが、成仏に導く機能があれば、仏と言えるのかも。

 仏教の守護神は仏ではないのです。守護神なのです。それが日本にやってきて祀られて、朝廷から正一位稲荷大明神と認められるまでになったのです。神です。・・・神奈備より
「ダキニの正体がハイエナだそうだ」という書き込みも有ったたが過去ログへ沈んでしまった。

KAと言うシュメール文字を書いて、kir と読めばハイエナ。
LUL と言うシュメール文字を書いて ka と読めば キツネ。
ハイエナがキツネに変貌したキーワードは 「 KA 」 です。

mi と書いてgiggi と読んでも、mimi と書いて kuku と読んでも「黒、墨」に変わりはない。


ひらかな・カタカナの kana の分析U.
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060303171010.jpg

SAG と書いて sag と読めば 「頭・人」である。
SAG と書いてsaggar と読めば、あのイフガオの記憶装置のストーン・バランス・No.1134869427(風の王国 掲示板)の事なのだ。
若し、kana が文字と係わっているなら、「ひらかな・カタカナ」文字には土台があって誕生したことになる。
だから、「ひら・カタ kana 」と呼ぶのであろう。

カナ(kana)の土台と成った文字が沖縄・カイダ文字やサンカ文字と言えるかどうか?

ひらかな・カタカナの kana の分析V.
http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060301092511.jpg


日本   与那国島   北緯24度27分4秒   東経122度56分45秒
インド  デリー    北緯28.67度      東経77.22度
アフリカ カイロ    北緯30.08度      東経31.25


与那国島とデリーとカイロも東経が約45度ずつずれている。
この45度のズレが、kana という文字と係わっている。
アフリカの三角地形、インドの三角地形、与那国・三角ループは45度のズレ位置にある。

ka はアフリカではライオン、インドではハイエナ、日本ではキツネと
変貌した。

だから、沖縄には カ〜(水源・井戸)がある。
カ〜 にはキツネが隠れている。

東沢美史 - 2006/03/03(金) 03:49<

「ひな祭り」の日の田螺料理とオリオン座

荒俣宏は「つぶて」は小石を相手にぶつけて通信した石文だとしています。
でもちょっと違う気がするので、子供のころの記憶から想像しますが1960年代頃は電話がまだ普及しておらず、手紙を直接渡すには人目が気になるし郵送するにも年頃の娘さんのいる家には元兵隊さんだった親父がいてポストに出せずといった時代状況だったので、古い方法だけど田螺(タニシ・つぶ)を食べた殻を利用したのが「つぶて」=「田螺手紙」だったのではとおもいました。

農薬や科学肥料が田畑へ大量に散布される以前は池や沼や田んぼにたくさん「タニシ」がいて大鍋で煮たりして食べたものです。
タニシの殻も鶏のエサになるのか、あちこち庭に捨ててあったりしました。
たしかにその時代は小石をぶつけてからかうとか、合図をするというようなことは大人ばかりでなく子供たちにもありました。でも、交際の申し込みとなれば小さな紙切れに「ぜひ、お付き合いしてください」などと恋文をしたためタニシの殻の奥へねじり込んで周囲の人に気づかれないよう道端で自然な動作ついでに相手の女性にぶつけたのかもしれません。
「ハッ」と思った女性はすぐなんの「つぶて」だかは解る。でも、落し物の振りをしてさっと拾う。もし拾われなくても「タニシ」の殻なので、だれも拾わない。そんな感じの告白だったのでは。

「たにし」は漢字で「田螺」。「田螺」の「螺」は訓読みで「にな」または「みな」、「にし」と発音するそうです。またよく似た「蜷・にな」というタニシの仲間の巻貝がありますが福岡県甘木市、美奈宜神社の「蜷城の獅子舞」の「蜷」は「ひな祭り」と同じく「ひな」とも発音するということでgest bookをご覧の皆さんには赤色ランプを廻し民俗学的警戒警報のサイレンを鳴らさせていただきます。

いま現在はかなり少なくなったとおもいますが、なぜ我が国では昔から「ひな祭り」に白酒と一緒に「タニシ料理」が供えられ食べられていたのか。
講談社の大図典「VEW」には船乗りが船内に納める男女一対の「船霊様」の写真が載ってまして、12枚の硬貨と2個の「サイコロ」も一緒に収められていましたが、その様子から「おひな様」や「オシラサマ」を連想しました。

三陸の漁師たちは「すそうのお星さま・北斗七星」と「唐鋤星・オリオン座」のつながりの言い伝えを残しました。2つの星座は向きは違うが配置が似てる。生まれ変わりの北斗、野尻抱影が死んだら入りたいと言ってた「柩・ひつぎ」のオリオン。
大言海によればダイス、サイの目が「四・三」で「しそう」つまり北斗七星、だったら藤純子演じたところの東映映画・緋牡丹のお竜さんが「四・三」と重ねて「つぼ」を挙げれば「オリオン・からすき星」にならないか。

さんか山の伝説はかなり多くあるようで、自分なりに抽出すれば山に埋められた女の子を牛に引かせた「唐鋤・犂・からすき」で掘ったら「生き返った」=お福、おかめ、おたふく=といったような骨格になるのではと予想してます。

ヤゾーさん。おだやかで、いい「ひな祭り」の日になりますように。

tomb - 2006/03/02(木) 16:52<

山窩と三輪の大物主



山という文字の象形文字は三個の三角形が描かれている。
シュメール語の dis と言う文字を書いて dis と読めば「1(one)」 です。
dis と書いて、「santak」と読めば三角形です。
dis・dis・dis と書いて es と読めば「3(three)」 です。
が、
3個のdis を三角形に置き換えると「山」という文字になる。
つまり、
山窩の「山に三」を置換可能であるということ。
又、
山窩の窩は、「ワ」とも読みますから、山窩→三輪 と。

山竒 - 2006/03/01(水) 22:33<

山窩の窩

確かに「むろ」とか「隠す」という意味があるが、
それより「カ」という発音が本来は無くて
もともと「クワ」という音しか表さなかった。
まだ歴史的仮名遣いを使っている時代に、
「山窩」という表記より先に「サンカ」という記録があったそうだから、
「山窩」というのは後からの当て字で、
すなわちサンカ本来の字義ではない、という説がある。

どのみち、「サンカ」という呼称そのものが
かれらを差別的に見ていた「さともの」の使っている言葉だから。
かれらは自分たちを「サンカ」とは呼ばず、
「ショケンシ」と呼ぶ、という報告もある。

ちなみにおれは、
「サンカ」の語源は「坂者」→「さンか者」→「サンカ」だと考えている。
川原者、と同じで蔑視がこもっている言葉だ。

tomb - 2006/03/01(水) 12:47<

差別語

山窩の窩は、「カ」とも「ワ」とも読む。
亦、
「むろ」とも読むのです。
「むろ」は家の中に作る倉庫のようなものです。

「山に作ったムロ」を意味して山窩と呼んだ可能性が高い。

つまり、居住地を意味している、と言う事ではないか。


山の中にムロを作ってその中に自らが入る。
人を保存食に喩えた言葉である山窩は差別語である、というのがよくわかる。^^;

tomb - 2006/03/01(水) 09:09<

サンガとサンカ



人を掴んで「サンガ」、住まいを掴んで「サンカ」と言う。

サンガは「 sanga 」としてシュメール語にある
日本語に置き換えると、「寺院を構える集団の最高責任者」です。
此れを外から時間軸で追うと

「寺院を構える集団の最高責任者」→「「寺院を構える集団=僧」→「同じ一つの信仰を持つ人たちの集団・グループ」

と推移した。

「サンカ」は「 santak + ka = sanka + tak 」です。
(仏教の「三車火宅の喩え」は意味深です。)

「 santak = 三角形」、「 ka = ライオン(アフリカ)→ ハイエナ(インド)→ キツネ(日本)へ変貌」、「 tak = アシ(葦)の避難所」。

ka の変貌は、「ひらかな、カタカナの kana 」がその弁証法になっている。(割愛)

東沢美史 - 2006/02/28(火) 02:45<

前衛芸術家の平和活動についてなど

PIKKIさんへ

イランへ対する米軍の策略の記事、読みました。
こういうことは戦前の日本とアメリカでも同じ様なことがあったし強国のすることはどの時代も同じなのかもしれないけど、未然に核戦争の危機を防ぐという考えが米軍にあったとのではと公平にみることも必要かもしれませんね。

ただ、いつもおもうことなんですけど、おおよそKUMANO LIFEに来られてる方々はだいたいこういった世界情勢や歴史をかなり知ってるほうだとおもいます。
問題は日本の一部のインテリ層とか政治や軍事に関心が高いとか前衛芸術に親しんでるような少数の人口の層だけが理解したところで情勢は変わらないということだとおもいます。

文学とか音楽や絵画など前衛的な芸術の才能のある方々に私が期待するのは、政治的な行動を直接するんじゃなく、ふだん芸術作品なんか鑑賞しないような大多数の国民に受け入れられるように、私みたいな低い志しでエヘラエヘラ日々生きてるような人間の形而下にまで届くような内容の作品でぜひ「有名」になって欲しいということです。作品の中で特別平和や反戦の言葉がなくとも、作品が素晴らしければ多くの人々が自然と平和な世の中に憧れつづけたりするものなのではないでしょうか。

N・Yで活躍してる日本人で反戦&平和の行動とか発言する人というと小野洋子と宇多田ヒカルがいつも思い浮ぶけど、二人とも前衛的な活動と同時に一般受けするポップな作品をも発表しながら平和活動をしたり、ブッシュ大統領に直接会うかとおもえば反イスラムに対するアメリカ人の安易なナショナリズムを公然と批判したり(最近は三島由紀夫の文学を論じその作品をモチーフにCD出して低迷した)というような命がけの行動があって、なかなかに一般の人の心にも響いてるくるものだったとおもいます。
詩作のほう、引き続き期待いたします。

とんちんかん小僧くん

水門吹上神社の恵比寿さまのこと、またなにかおもうことあったら教えてください。
ムーミン谷のムーミンたちは冬眠するんだもの、スナフキンは旅に出たくなるのも無理ないかも。

やなさん

「ど」について言及いただき、ありがとうございます。
学者さんから見れば無視されるか一笑にフサれるのかも知れませんが、「ど」のつく言葉は以外に少なく「ど」の音の持つイメージを膨らましていただきたくて書き出しました。
三田誠広って大阪だったとおもうけど、ラジオで同じようなこと言ってました。団塊の世代は人に説教することやスローガンとまるっきり反対のことをして生きてるっんだって。
そういえば、70年安保の学生運動の闘士の皆さんはヘルメット姿で「反米」、反資本主義」、「反政府」でしたが21世紀のいま現在は多くが「親米」で資本主義の大企業にお勤めをされ日本の政府を支えてらっしゃいます。たいへん立派です、◎。

ヤゾーさん、また引き続き投稿させていただきます。

ya(・ε^)na - 2006/02/26(日) 01:28<

ドツボの・・

とつぼのDOは・・最上級なんとちゃいますやろかぁ・・
  なんやそない思て・・使こてますよぅ
 どあほ・なんてのがその最たるモンとちゃいますやろかぁ・・
  おんどれ!!DOたまかちわったろかぁ!!
        なんて、大阪では言いますよぅ・・

  大笑いするとき、つぼにはまったっていいますねぇ・・
       その類やおませんやろかぁ・・
      学者の先生はいつもなんや難しいこといいはります・・
  フーーーーン・・そおなんや・・
     あほな私達は・・いつも・・納得しますよぅ・・

       おおさかのひといいますよぅ・・

         最後に・・・嘘やがな・・あははっははは・・・

                                って!!



                    ほな

東沢美史 - 2006/02/26(日) 00:57<

「どつぼ」と改名について 

「どつぼ」についてはなんか夜中に寝てても頭が自動的に連想し興奮してるらしく画像付きでいろんなことを想像してたようです。それも一晩に何度も脳が爆発したような感じで。・・・・ということですみません。今度は少し整理して書きます。

「どつぼ」は「土壷」と考える事もできそうですが音訓が続き無理っぽいので夕方、図書館へ柳田國男全集や国語辞書を引きに行ったのですが、どこにも書いてありませんでした。
しかし、この「どつぼ」を「ど」と「つぼ」という発音で切ってその周辺を調べ考えて行くとナゼか「罠、わな」、「男性の性器」、「肥、糞、黄金」にまつわる事柄に単独で、あるいは重なって出会ってしまう気がしました。

「どつぼ」の「ど」が最初につく言葉を国語字引きの『大言海』で見ると魚を捕獲する仕掛けの筌(せん、うけ)を意味する竹冠に奴の「ど」、古代の強力な弓の「弩」、「土民」、「努力」、「奴隷」、「土下座」、太った人、水死体などを意味する「土左ェ門」などがあり、これらから奴隷、囚われの身にあるような人、捕獲というような事を連想しました。

「どつぼ」は肥溜めの地面に穴が掘ってあるか埋ってる大瓶(カメ)の中に小便が溜まってるようなものだとおもいますが、カキコミのように子供など人間がハマり易いものでもあります。「思う壷」とか「壷に嵌められる」という話し言葉も有名だし、この形態、特性から縄文時代や平安時代にイノシシや鹿を捕獲するために掘られた「陥し穴、落とし穴」をも連想してしまいました。鹿などが落ちて飛び上がらないように地面の口を小さく丸く開け、地中には壷の形に底深く掘ったのがあります。

話しは「壷」とは少し違いますが、壷状のものに注ぎ管がついた形の「土瓶」という同じく「ど」が最初につく似たものもあります。この字引きでは「ど‐ビン」を牛馬や人のきんたま、睾丸、「ど‐びょう・土瓶」を「蛇霊を使役しての蠱物(まじもの)」と説明してます。四国の民家ではこれに実際に蛇が入ってたという話しも読みました。

柳田は「壷・つぼ」と「田螺・タニシ、つぶ」との関係を述べています。
荒俣宏は石文のことである「石の飛礫(つぶて)」と坂上田村麻呂の「壷の碑」の関係を確か著書にしていました。高齢の女性を揶揄する「お局(つぼね)さま」という言葉もありますね。

ヤゾーさん。
しつこいようで申し訳ないのですが「どつぼ」について、また考えを述べさせてください。

ya(・ε^)na - 2006/02/25(土) 00:50<

私お好きな遊びに凧揚げがあります
 これまでの手作りの凧で一番上がったのが行灯の凧でした
かなり太いタコ糸でしたがプツンと切れてしまうまで上がりました
凧揚げの基本は、走って上げるのでなく
 その場から糸をスルスル延ばしながら上げていくんですよね
上がる凧はどれだけ揚がるのか想像もつきませんよ
  長崎のハタという凧は揚げるのが難しく喧嘩凧なんです
    揚げながら隣の凧の糸を切り合うんですよね・・
そんな凧の中に立体凧ってのがおまして
  柳の枝で立体的にかもめを作ります
    そしてそれを揚げるとき・・・・・
      かもめが仲間と間違えてよってくるんですよ・・
  あの時は感激やったなぁ・・

手作り・・・最初から自分で作って納得する!!
   なんやこのところ・・みんな忘れてへんやろかぁ・・

          

女神 - 2006/02/24(金) 22:20<

星神を検索していたら・・・

はじめまして。
星神について調べていましたら、こちらのHPにたどり着きました。
何故、星神か? というと、私のお気に入りのサイトで、
千聖の森さん、という所で、最近UPされた内容が
星神様についてだったからです。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/2534/sen2dl.html

こちらのHPを拝見させて頂き、
千聖の森さんの所で取り上げられている内容と
リンクしているような気がして、こちらの掲示板に
勝手ながら書き込みさせて頂いた次第です。

手短ながら、失礼致しました。

ヤゾー - 2006/02/22(水) 18:03<

ブーメラン

みなさん こんばんわ

ツトッコさん カメムシが渓流釣りの餌になるなんて 良いことを教わりました。
東沢さん アハハ 僕は昆虫は苦手ですが 近親憎悪だったりして?
PIKKIさん 東アジアの国々もなにか動いてきそうな気配ですね。

小さなころ ブーメランが流行ったことがありました。
稲刈りが終わった田圃や畑などでブーメランを投げて遊びましたが
友達の一人が腰までどつぼに落っこちてしまったことがありました。
どつぼに落ちた友達は 名前を変えるというより
どつぼ男という名前で呼ばれることになりました。

こうへい - 2006/02/21(火) 18:46<

ずいずいずっころばし

歌詞は、全部知ってるのに、意味が全く分からない。・・子供の時にどういう意味やって思ったことはありますねえ。
どつぼは、年下の子がはまりましたね。
風呂なんて、とんでもないって感じで、即、川の中でしたね。
母親が、さっさと全部脱がして、川に浸かってました・・
でも、名前変えた事実はありませんねえ。

東沢美史 - 2006/02/21(火) 01:15<

Re:「どつぼ」と改名

子供たちが何人か囲みながら片手を壷の形にして出し合い、それに一人が人差し指で順にさしながら唄う「ずいずいずっころ橋」。
とちゅうで「茶壷に追われて」ってどうして静物のはずの陶器が追っかけるのか意味不明だったけど、ゴマ味噌で誘って滑らして子供を壷の中に落すことだったのか?。
「どっぴんしょ」ってのも意味がわからなかったけど、これを「土肥(土糞)+小便」だと都合良く自分的に解釈すると「どつぼ」はおそらく「野壷」=「肥壷」=「糞壷」を意味してたんですね。

昔は三三九度でお神酒を注ぐときに使う容器をそのまま大きくした形の肥樽のなかで糞を小便で溶かし、それを三三九度をするように畑に注ぎお百姓さんは追肥をしていました。
ただし「土肥」はもう一つ「土の中に含まれる砂金」をも意味してたんで「どつぼ」に子供が落ちれば金粉まみれの仏になってしまったのであり、「どつぼ」から這い上がって家に帰ってきても一度死んで生まれ代わった子と見立てていた時代があったのではないでしょうか。とにかく、これに落ちゃおしまいよと。黄泉の国ではイザナミが蛆虫だらけになってたともいうし。

「どつぼ」にハマって名前を変えるという例をよく知らないんですが氏名が変わるとき、たとえば元服、結婚、法名を貰うときとかそういう儀式に共通する考え方から逆にその意味を探ることもできるのではないでしょうか。
それにしても「どつぼ」や肥溜めにハマった出来事というのはいつまでも忘れることのできない生涯の思い出になるんですね。

GAiNA - 2006/02/19(日) 14:41<
「どつぼにはまる」と名前を変えないと・・・。
私の田舎でも同じことを言いますが、本当に変えたという話は聞きません。
高校時代に友達も、夜の暗いのに柿を失敬しに行きはまりました。
川に入って洗っていた記憶が甦ります。

ところで・・・「名前を変える」というのは全国共通なのでしょうかねえ。
これも、立派な民族学かも。
それが何になる・・・なんて言わないでください。

こうへい - 2006/02/19(日) 11:42<

どつぼにはまると・・

名前変えるって言いましたよねえ・・あはは

ya(・ε^)na - 2006/02/19(日) 00:08<

どつぼ・・

どつぼ・・踏みました・

  昔にねぇ・・春・・そう春のことやねんよぅ
田んぼの菜の花畑のその向こう・・
  蓮華の花がたくさん咲いてました
     アホ仲間と走り回って・・
   遊んどりましたら・・・
       突然・・あほが消えました・・

       あちゃーーーぁ・・
          草が生えとったからわからなんだ??
              野つぼのどつぼ!!・・

          はははは・・

とんちんかん小僧 - 2006/02/17(金) 14:53<

スナフキンって・・

今職場でムーミンの話を聞いていて無性に知りたくなってムーミンの公式HPを
見ていました。一つ気になったことがあったので書きます。
父ヨクサルは「すべてのことを自然にまかせるのがいいという考えをもっている」とあり
息子のスナフキンも「自由人でムーミン屋敷に泊まることなく川のほとりにテントを張って
暮らしている」とある。冬は暖かい国に移動し暖かくなれば戻ってくるのでサンカみたいだ
なあと思いました。

カメムシは非常に臭くて僕も顔色が変わるくらい苦手な天敵ですわー。

PIKKI <http://members.goo.ne.jp/home/pikkibikki> - 2006/02/15(水) 04:47<

今年は米・英・日や世界破滅の年かもしれないと思う

ヤゾーさんみなさんこんばんは。
東沢さんお久しぶりです。
タイトルのないようについては。
詳しくはー「田中宇の国際ニュース解説

東沢美史 - 2006/02/15(水) 01:07<

カメムシ警報でサイレンが鳴る稲作地帯

カメムシが吸った後の収穫した米粒にはゴマ粒くらいの黒い染みが残ります。こちらでは収穫前の発生時期に有線電話や大音量の防災無線などで駆除の呼び掛けがありました。
この虫の発生の原因は棲家である畔(あぜ、くろ)の草刈りを兼業農家がこまめにしないからだと専業農家の人達は口々に私に対し説明しました。

しかしさらにその背景には都市部の皆さんの「食に安全な高級ブランド米指向」と日本人の「ごはん離れ→洋食化」があるのではないでしょうか。ここ数年、それに合わせるように農協は農薬散布回数などを減らすように指導してくるし、生産調整で減反面積を増やすよう命じてくるから昆虫の住みやすい草ボウボウの休耕田が年毎に増えてきています。
農薬を減らせば草取り草刈はたいへんだし、草刈に精を出したところで農協が厳しく推進する低農薬のお米は供給過剰で米価は年々下がり続けてるから兼業稲作農家の皆さんはどうしても農業以外の仕事のほうへ精を出さざるを得ないのだとおもいます。

ゴマ粒くらい2、3_ほどの黒く染みの付いた斑点米はたまに茶碗のなかに一粒くらい見かけますが気にせず私は食べています。無害だし。しかし、この斑点米の比率が多いと農協の米検査にひっかかって等級が下がってブランド米にはもうなれないんですね。

でもよーく考えれば大海原のような大田園のなかからカメムシの本能に基づいて選ばれた稲穂のお米のほうが等級が高く美味しいとはいえないでしょうか?。
稲穂が硬くなる寸前のミルク状態のところをチュ−チュ−吸ってるカメムシさんこそがブランド米にこだわる日本人よりホントのグルメ、美食家といえるかもしれません。

名前:カメムシ

▽∵△ コシヒカリや高級ブランド米のエキスをたっぷり吸い、甲羅にドクドク浴びたところを美田をわたる風に吹かれてオラは幸せでありんす。
身体に浴びたコクの濃い甘いツユが乾燥すれば、なるほど臭(くそ)うございます。
臭いオナラも美味いもん食ってるからこそのこと。えろう、迷惑かけたな、m(__)m。

けどあんたら人間さんが、えぇお酒えぇビール飲んで酔ってコップごと着物にこぼしたとします。それをストーブで乾燥させて嗅いだら、どうでっしゃろ。
薄い酒では臭いも香りもせんけど、コクが濃く美味ければ旨いお酒ほど乾(かわ)けば臭いというのとまぁ〜同じよ。臭い=香りが強過ぎ。せいぜいええもん食えよ。

>もしかしたら 自分はカメムシに近いのかも知れません。

粘り強い東北人というか執念深い蛇みたいな東沢は爬虫類だが、
人間なのに年がら年中魚釣りのことばかり心配してて釣った魚に対面して喜ぶ
ヤナさんやバリ師さんはお気の毒に手遅れ魚類なのかもしれん。
でも、ヤゾーさんが同類、昆虫だったとは・・・。カミングアウトして楽になったね。▽∵△

(お詫び:みなさん、気をわるくしないでくださいね)

こうへい - 2006/02/14(火) 13:51<

カメムシ

カメムシの匂いは、ダメっす!!
前に、自販機でタバコ買って、タバコ取り出そうとして、一緒におっきなカメムシをつかみました。
参りました(>_<)

ツトッコ - 2006/02/13(月) 22:18<

大雪

ヤゾーさんこんばんわ

秋にカメムシが多い年は大雪だといいますね。
先日行った白川郷の民宿の部屋にもカメムシを入れるように水を張ったコップが置いてありました。
また、カマキリの卵の位置が高い年も大雪だと言いますね。

渓流釣りも解禁のシーズンになってきましたけど、実はカメムシは渓流釣りのエサに良いみたいですよ。釣った魚も臭くなるからあまりエサにする人はいないみたいですけど。
あの臭いが魚に利くのかもしれませんね。

ヤゾー - 2006/02/13(月) 17:12<

カメムシ

みなさん こんばんわ

しばらく山小屋を留守にして
少し前に戻りました。
カメムシ三匹テーブルの上で捕まえました。

質問者さんの投稿を読むと 
以前 下北山へテレビ取材に同行したときのことを思い出します。
昭和初期頃 下北山の河原に半年程居たという
子供連れのサンカと思しき人たちと親しくしていた
お爺さんから話を聞くことができました。
そのサンカと思しき子供も 一緒に学校へ通い 勉強もよくできたということでした。
親は竹細工を作ったり ウナギや川魚を獲って売り歩いていたそうです。
差別のようなことはなかったのかと訊ねたら 自分たちも似たような生活ぶりだったし
そのようなことはなかったと言っていました。
そして彼らのことをカメツと呼んでいたそうです。
カメツとはひとつの尊称のようなもので 
なによりも川で魚を獲ったりするのが好きな人のことだそうです。

今年は微妙にカメムシが多いです。
一日に数匹は捕まえて外に逃がします。
大の虫嫌いですが カメムシはあまり苦手ではありません。
ひっくり返すと 自分で元に戻ることができないくらいドンクサイです。
なので簡単に捕まえて外に逃がすことができます。
問題は 知らずに踏み潰してしまったりしたら
別名ヘッコキ虫というくらいですから 草っぽい匂いが部屋中に漂います。
この匂いが嫌いだという人が多いですが 僕はそんなにも嫌ではありません。
セロリが嫌いだという人は あの匂いが駄目だといいますが
セロリ好きの自分にとっては どこが嫌な匂いなのか分かりません。
もしかしたら 自分はカメムシに近いのかも知れません。

質問者 - 2006/02/09(木) 18:20<

こんなヤリトリ見つけました

536 :テンバ、ユサハリからの独り言 :2006/02/09(木) 14:11:01
私は13歳までセブリで育ちました。昭和31年、静岡の施設「I」に引き受けて頂き中学1年に通いながら、小学生の勉強もしてきました。
仲間の子供も何人かおりました。本や学用品などは、田中角栄さんの関係者や三角寛さんが名前を入れたものがいただけました。
それは、とても嬉しかったです。仲間の助け合いが強く有ったです。
頭の優秀な緑さん、伸一さん、歌の番組で合格ばかりのアケちゃん・・・
皆、有名人になりました。お父さん、お母さんからは胸を張って生きて行け。そして・・・
テンバのチカラを世に見せ付けたら、それで良いと教えられてきました。
ユサハリのカヅ歌
カミのみなし・・・ツキの箕なおし・・ミの箕つくり・・・ヨツのさそい・・
イツのおーみ ・・・ムのチカラ・・・ナナツのテンバ・・・

私たちのことをテンバを何故「サンカ」と呼ぶのか、今でも判りません。私たちはユサハリとかテンバといいます。


537 :天之御名無主 :2006/02/09(木) 17:18:27
貴重なお話をお聞かせ頂き、ありがとうございます。

「ユサハリ」「テンパ」という言葉は初めて聞きました。
地方によっても呼び方が違うのでしょうね。

自分たちの事を「セケンシ」と呼ぶという風に何かで読んだ事が
ありますが 山窩(サンカ)と同じように差別的なニュアンスが
あるので本当なのかどうか疑問でした。

お聞きしたい事は山ほどありますが、質問するのは控えておきます。

質問に答える形ではなく、貴兄自身が気が向いた時にまたお話を聞
かせて頂けたら幸いです。





538 :天之御名無主 :2006/02/09(木) 18:02:01
関西 ケンシ、ショケンシ、
関東 ナデシ
 
地方により  テンバモン、ポン、ノアイ、オゲ、ヤマモン、カワラコジキ

ユサハリとはテントのような物

ya(・ε^)na - 2006/02/07(火) 23:56<

めだかの・・

せや!!
  めだかの写真85CMにして
  こっさえとったろかしら・・・・
     今度魚拓みせたるゆうとったさかいに・・
       これ見てみ!!って・・言うたら・・
     へっへへへ
            根性わるーーやろか??
             あははっはは

バリ師 - 2006/02/07(火) 15:36<

うひょ〜!

84センチの赤い鯛とはこりゃまたでっけーな。

最近は携帯で写真撮って、そのまんまメールで送ってきよるからなあ。そらまあ、どんな魚でもある程度以上大きなると、えずぐるしいちゅうか、えぐ〜い顔つきの魚になりま。

ヤナさんの心中、察するに余りあります。アハハ!まあまあ、釣師の自慢はほんま子どもの自慢といっしょですわ。アハハ!

こうへい - 2006/02/07(火) 09:26<

ありゃー

84センチって、ごっついですね、見たことないっす。
そんなん泳いでる海ってすごいですね。
よく釣り上げましたねえ。

嬉しかったんで、電話せんとおれんかったんやろね(^○^)

ya(・ε^)na - 2006/02/06(月) 23:39<

あのねぇ

聞いてください!!
  このところ大好きな釣りにも行ってへんのに!!!
 つれ!!なんと・・なんと84CMの真鯛釣りよってんよぅ!!
    悔しいと思いませんかぁ!!
 ほんでから自分が嬉しいよってに・・携帯にtelしてきはりますねんよ・・

   むかつくよってに、足で踏んでのばしたんやろって言うたりましたよぅ

   やっぱり・・んんんんん

   負け惜しみなんやろかいねぇ・・へへ

tanuko - 2006/02/03(金) 23:16<

前回の銭金

前回の放映分(徳之島)を見てみましたが、割合ほのぼのとしたいい感じの内容だと感じました。
「貧乏」を強調するんじゃなくて、お金以外の何かを大切にする生き方そのものを紹介してくれるんだったら、クマノライフ仲間としては辛くないですね。
ヤゾーさんの場合、どっちのバージョンになるんだろう???

ヤゾー - 2006/02/03(金) 22:23<

言霊供養

みんさん こんばんわ

憑いたのではなく 付いてきたという感じでした。
言霊で供養してからは 肩が軽くなっただけでなく
気配のようなものはなくなりました。
そして亡くなった友人が感謝してくれているような気がしました。
言霊の供養に必要だったものは 塩とみかん三つにお茶と砂糖湯だけでした。

良介 - 2006/02/03(金) 21:32<

供養

やはりそうでしたか
四十九日までは、傍にいる
と思いました。
ヤゾーさん〜〜憑いたなと判るだけ
すごい!

とんちんかん小僧 - 2006/02/03(金) 20:00<

少し冷え冷えしてきましたね

ヨーカンさん、その釜の鳴る話を大学時代に母から聞いたことがありました。
何故釜が「ゴォ〜〜〜ン、ゴォ〜〜〜ン」となり響くのか判らないですけど霊的なモノが
憑いた部屋とそうでない部屋を見つけるのに、そういう釜を使ってやることが、かつて
近所であったと話していました。はっきり覚えてないので、また改めて聞いてみます。

銭金出演に、ちょっと期待しすぎました。
(今度打診されても)あはは!貧乏じゃないから出ない方が良いと思いますよ。

ヨーカン - 2006/02/01(水) 12:49<

稲荷寄せ

〈私も憑かれたことがあります・〉に関連?
奇遇と申しましょうか??
昨日 同僚から聞いた話を披露しますと
彼が子供の頃、「稲荷寄せ」なるものを体験しております
お稲荷さんを祀っている家に近所の人たちが集まりますと、一人のばーさんが現れます
最初の言葉は「ここに犬年生まれは居らぬか?居ればすぐに出てゆけ!」
座が治まると 大きな釜を伏せた物を撫ぜます
ワォ~ン〜〜といつまでも鳴続けているのを持って歩き回ります
具合悪い人の前に行きますと音が消えます
「おまえさんには 00が憑いている ・・」
祈祷が始まり・・彼は随分怖い思いで見ていたそうです

「そのばあーさんは どこから やってきた? どこの在所のひとやった?」
(わからんけど そらあ〜 こわかった)

「なにが憑いてると ゆうてた?」
(わからんけど そらあ〜 こわかった)
(わしゃ〜 自分の前で音が止まってしまわんかと ほんまに こわかった)

彼との話はいっつも こんな具合で・・楽しいけど らちあかん(^!)

GAiNA - 2006/01/31(火) 23:19<

RE供養

こんばんは。

私も憑かれたことがあります・・・
わたしの場合は頼られたかどうか不明ですが。
自分でも憑かれたことが、不思議に判かるものですね。
数年前に武田信玄が京に上がる際、
三河から突然に方向転換して甲斐に帰る途中、奥伊那の根羽村で死亡したのですが、
死亡した場所に供養のための塚があり、迂闊にも夕方にお参りしたのがきっかけでした。
その時も肩が重く、肩が平行ではなく片方の肩だけが下がり始めたりで、かなり強烈でした。
早速、現地に行き、塩と酒で供養をしたとたんにスッキリした経験があります。
精神的なものかどうかは、いまだに判りません。

言霊遣いのおっさん(こう呼ばしていただきます)の供養法は、なかなかのもの。
ときどきはその友人を思い出してあげてください。
それも供養になるようですから。

それにテレビの話、視聴率だけでの番組制作には疑問を感じますね。

tanuko - 2006/01/31(火) 22:27<

銭金のスタッフ様&蜜柑様

>銭金スタッフ様
 「シロウトをいじくって笑いを取る」番組ということですが、ぜひともヤゾーさんの生き様をリスペクトした内容に仕上げていただきたく、お願い申し上げます。

>蜜柑さん
 どうかお力添えを!

こうへい - 2006/01/31(火) 22:15<

言霊

それは良かったですね(^-^)

ヤゾー - 2006/01/31(火) 21:25<

供養

みなさん こんばんわ

PIKKIさん ありがとうございます。
ヤマガラが窓に激突することがあるので
要らなくなったCDを貼り付けたら 激突することはなくまりました。

土曜日に友人の遺品の整理に行ってきました。(・_・、)
そのときに肩が重くなり 付いてきたなという感じがありました。
帰り道 亡くなった友人が一番世話をかけた友達にそのことを電話で話すと
おまえに付いて行ったような感じがしてたと言われました。
これはなんとかしなければと 知人の言霊遣いのおっさんに電話して
喫茶店で会うことにしたら 言霊遣いは付いてるなと一言(;゜0゜)やっぱしなと思いました。
どうして僕に付くのかと訊ねたら 生きてるときに頼れる人間が居れば そこへ行くし
死んでから頼れる人間が居れば そこへ行くのは当然だと言われました。
生前のよしみで 仲良くしてくれてありがとう ということで
言霊遣いのおっさんに教えて貰った言霊で 迷わず安心できるところへ行けるように
僕が言霊で供養してあげなければならないと言われました。
それで言われた通りに 今日言霊で供養して 言霊を書いた半紙を燃やし 塩と一緒に川へ流してあげました。
こういうことは 気持ちの問題もあるのでしょうが 嘘のように肩が軽くなりました。

多分 銭金?の取材は 一応断りましたが 今度電話があったら 面白そうだから受けるかも知れません。

とんちんかん小僧 - 2006/01/31(火) 20:27<

ワクワクしてきました!

・・ということは銭金に出るんですね。
かなり面白いことになりましたね。
貧乏じゃないけど、当日は貧乏自慢出来て楽しそう。
ふふふ、人事じゃないけど自慢しちゃって下さい。
テレビの前で期待してま〜す。

こうへい - 2006/01/30(月) 19:16<

ya(・ε^)na さんの、おっしゃるとおりです。

ミカンを作ってた頃、朝早くから家族総出でみかんをとって、
ミカンを入れたコンテナを何十箱も道に積み上げて、昼飯食いに帰ったのです。
で、また来てみると、コンテナごとすっかり持っていかれてしまったのです。
怒りを越えて、随分情けない思いをしました。

畑にあるものは、なってるのではありません。
作っているのです。
一つ下さいって言える勇気を持って欲しいとおもいます。

PIKKI <http://members.goo.ne.jp/home/pikkibikki> - 2006/01/30(月) 04:12<

そういえばぼくが唯一親父に怒こられたのも・・

yanaさんおばんです。父親に激怒されたのを思い出したとこです。
北海道の開拓二代目の父には畑のものを盗むのは許せなかったんだと思う。
でも僕は、果物や大根の一個ぐらいいいじゃないかと・・学校帰りや牛乳配達の途中でも失敬する少年でした。
学生時代や、少し前の失業時にも、食べ物とお金が無くて失敬したこともあったのですが・・
盗みという仕事や、買うお金がある人間は、そんな盗みはしてはいけないと思うのです。
でも、ほんとうにお金も無くひもじいい人間には、大目にみてやって欲しいと思うのですが・・

こうへい - 2006/01/29(日) 20:04<

翔ぶ女

久しぶりに、風の王国 読んでみました。
主人公が、翔ぶ女と初めて「ノル」ところです。

ボクも、歩きたくなりました。

初心??

あおき - 2006/01/28(土) 10:09<

テレビ朝日といえば

 くりいむ○ちゅーの銭金じゃないですか 毎週楽しみにみてます
いろいろ参考にして自分の生活にも生かそうと思ってます
そろそろでるんじゃないかなーとは思ってました
 

PIKKI - 2006/01/28(土) 01:58<

新年会のあとまだ三日酔いだった

ヤゾーさんみなさんこんばんは。
ヤゾーさん新事業おめでとうございます。
ついでに溶けるスプーンとか・・溶ける素材をお願いできないでしょうか。
毎日コーヒーを飲むのですが、砂糖を入れたりスプーンを洗うのが面倒くさいかなわんです。
その他にも、小鳥たちが釣り糸で死んだり・・ぼくの仕事場でも、ガラスにぶつかって死んだりとかがおおいのですが・・江戸時代のようにゴミのでない社会をもっと真剣に考えて事業化すべきではないでしょうか?
是非インターネットで誰かやってもらいたいと思う。
現在過労死寸前だったり・・母の介護で十数年間旅行もままならなかった僕としては・・自由な時間が何よりも最高の贅沢だと思う。
お金は最低限あればいい・・いよいよなければ畑からでも、どこからでも盗めばいいのではないかと思う。時々失敬してきたこともあったけど・・

こうへい - 2006/01/28(土) 01:28<

貧乏すすめたらあきませんよう!!


自由を求めて、フリーターになったら、有給・・ない、ボーナス・・ない、通勤費もでない。

前より、不自由です・・あっはっは

宝くじ当たったら・・って、お金があったら、殆どの問題が解決する。

解決しない問題は、金持ちでも、貧乏でも同じ。

であるからして、金があるに越したことはない。

ボロはーきーてても、こーころっの にしきィー・・なんて、歌ってなきゃやってらんないか・・

って、金のためなら何でもやるって風潮も気に入らないなあ。

ヤゾーさん、芸能人って、女性だったら、山小屋にボクも呼んでください・・あっはっは

蜜柑 - 2006/01/28(土) 00:59<

貧乏自慢

それって、何の番組?
ついでに新事業の宣伝させてもらえば??

ya(・ε^)na - 2006/01/27(金) 23:01<

貧乏人・・

あはっはは・・貧乏人はだれや!!
 あけても暮れても仕事ばかり・・
  こんど暇ができたら旅をしたいなぁ・・
      そんなこと思いながら・・仕事に励む!!
  貧乏暇なし・・ちゃいますよぅ・・
       貧乏金なし!!やがな・・

    せやねんなぁ・・
      貧乏なんよ・・こころが!・

     ちゃうねんなぁ・・
         求めるものがちゃうねんなぁ・・

  でも・・・・
      求めるもの掴まれへんよってに・・
  やっぱり・あたいも
        貧乏なんよね・・

             けけっけっけ

tomb - 2006/01/27(金) 22:54<

管理人さんの許可がでました!

日本のクワの木とシュメールの KUA (wooden item)とは同義であろう。

an の帽子の抽象形状はシュメール語でKUAと呼ばれたポプラーの木であり、
日本で、同じ an の帽子の抽象形の葉と実を持つ木は、 kuwa と呼ばれたのではないか。
フィリピンのマニラヤシは bua と呼ばれていますが、 buwa と発音しても間違いではないようです。

KUA=ポプラーの木の文字は「ポプラーと補強と精液」の3文字構成になっているところが興味深い。

http://adam.olug.gr.jp/~nesu/img-box//img20060103172204.jpg

ヤゾー - 2006/01/27(金) 21:13<

取材依頼(友達が爆笑)

みなさん こんばんわ
なんでも気軽に書いてくださいな。
せっかくある場所ですから
思いやりを失わないものでしたら
柔らかい話 難しい話 面白い話 暖かい話等
管理人に なんの気遣いも無用です。

良助さん これからが本番だと思っていますから
僕は簡単にはあっちに逝ったりしませんよ。

tombさん こちらこそ宜しくお願いしますね。
管理は複数の人にお願いしていますので大丈夫だと思います。
後は自然の流れに任せておけば良いと思っています。

夕方前に出掛けようとしている矢先に電話が掛かりました。
テレビ朝日ですが・・・取材をさせていただきたいのですが・・・
ん? 蜜柑さんの部下かな?と最初は思いました。
どういった取材ですか?と一応訊ねてみました。
え〜とですね 芸能人がお宅を訪ねて話を聞くというものなのですが・・・
そっそれってもしかして 貧乏自慢のようなものですか?
う〜ん そうとも言えますが・・・
あの〜それほど貧乏ではないのですが・・・
いえいえユニークであれば大丈夫です。
自分では普通だと思っているのですが・・・
というような会話が10分ほど続きました。
出掛けるところだと言っていたので
向こうの方が気を利かして また今度電話しても良いですかと言われて話は終わりました。
なんでもネットサーフィンでサイトを見つけて電話したとのことでした。
その話を友人にしたら
あの〜それほど貧乏ではないのですが・・・
という辺りが傑作だと爆笑されました。
これから事業を始めようとしている矢先に
貧乏自慢に出演してどうするのだと 自分では思ったりします。

tomb - 2006/01/27(金) 09:22<

皆神龍太郎さんの警告の鐘!

おそくなりましたが、

あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いします。


1月1日 pm10:00のカウンター数が866170
1月27日am7:40のカウンター数が878443
一日平均カウント450で書き込み者率0.9%

管理人さん頑張ってくださいね。
期待しています

良介 - 2006/01/24(火) 23:35<
四十九日までかなと思ってましただ
良かったよかった!

あっちに、逝く奴では無いと
思ってますよ

ヤゾー - 2006/01/23(月) 18:20<

雑感

みなさん こんばんわ

ヨーカンさん お気遣いありがとうございます。
僕は自殺しないタイプの人間だそうですから大丈夫です。
自殺は残された