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2005年02月05日(土)11時05分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


バリ師 - 2005/02/05(土) 08:20<

市川

辻斬りさん、こんにちは。私は現在姫路の市川のほとりに住んでおります。私にテンカラ(和式毛鉤釣り)を手ほどきしてくれた師匠は、戦後間もないころ、市川のサンカに毛鉤を教わったと言うておりました。どんな写真なのか見てみたいものであります。

また市川筋のサンカの人は、姫路の釣り道具屋に釣り餌のシラサエビなどを入れたり、市場にジャコを出したりしていたようです。サンカの漁は、ジャコでもウナギでもドジョウでも、そら量がでんでん違ごとったと言います。

姫路の水族館が開館したての頃、スッポンやイシガメなど亀をたくさん捕ってきたのもサンカ筋の人やと聞いております。

後藤興善のご子息の方が姫路に住んでおられるという話も聞いたことがあるのですが、ひょっとしたらお手元にたくさんのサンカの資料や写真が残っているかもしれませんね。

ya(・ε^)na - 2005/02/05(土) 00:20<

やっぱり・・はっはは

やっぱりちゃいますなぁ・・・
  花がおます・・おりょうさんのことでおますよぅ

 硬いばっかりやたら・・割れたりかけたりしますよね
      真実を語るときとか・・んんん
   人に知ってもらおうとするときって・・
         いろいろかんがえるやおませんか・・・
           穏かの中に真実が見え隠れ・・!!へへ

     わたしは・・なんも知らへんねんけれど・・
        ひとの邪魔もしないんやけれど・・

          おじゃまやけれど・・おせーてくらはいね・・へへ

                       ほな

      

こうへい - 2005/02/05(土) 00:17<

・・・・・・

おりょうさん、「泥棒部落」壊滅状態になったところで、本は終わっていたと記憶してます。
その後・・・っていうことでの聞き取りになると思いますが、清水・大谷の番太杭の時のように
なるような予感は、してます(^-^)

おりょう - 2005/02/04(金) 23:43<

サンカシノガラ(秘密結社)

フミのアヤタチのオビトさん
「三角寛がカミツケナイ理由」たくさん書いていただいてありがとうございました。
なんだか吃驚することばかりです。
サンカシノガラは八切さんや佐治さんも書いておられましたが、なにか雲をつかむような話のように
思っていましたが、ここで初めて具体的な話がでてきて驚きました。三角寛はサンカシノガラの組織
の頂点もしくは幹部だったんですね。
@ABCDを読ませていただいて、イチャモン、クレームつければ薮蛇になる恐れをいだいたという
意味がよく理解できました。
それと、八切さんが「自分はサンカである」と発表したのと違い、あくまで「部外者」としての立場
をとっておられる以上、自分の素姓が表に出れば作家生命にかかわるという恐れもあったのでしょう
か。
いろいろ教えていただいて、興味深々です。
「マージナル」の佐伯修の「大山藤松」の記録など読むと「やらせ」「とばし」はあり得る話かも知れ
ませんね。

尾張のクズシリさんが書いておられるM一家が知りたいです。
やなさん、やぞーさん、△うぶさん、こうへいさん、風さんご存知でしたー? 
三角寛は精悍な感じではありますね。

辻斬りさん始めまして
松島政次郎の話も面白いですね。

蜜柑さん
久保辰のムレコグループ58名も大所帯だったんですね。
戸籍名とは別に本当の名前は誰にも明かさないような気がしますがどうでしょうか。

こうへいさん
「泥棒部落」私も行きたいです。
おみやげ話楽しみです。

やぞーさん
久し振りにきていっぱい書き込んですみません。
  

フミのアヤタチのオビト - 2005/02/04(金) 15:27<

三角寛がカミツケナイ理由 水上準也の巻

面倒などで、拙論文の抜粋コピーを載せました。  

T 『山窩秘帳』から観た“イチャモン三角”の例外
昭和30年春、三浦守こと三角寛、五十三歳の時の出来事であった。
三角寛と・・・略・・・・・
昭和30年3月1日『山窩秘帳』が若潮社から発刊された。ボール化粧箱入り、そして表紙は多色刷りハードカバーという、立派な装丁の三七一頁なる単行本であった。
まず、拾い読みをしてみよう。文中の随所に固有の山窩言葉も、散見できる。

・ ・・山窩のやぞう(親分)・・・クリカラ(飯)・・・ポン衆とは、山に住む生来浮浪の種族で、「山窩」ともいう・・・山窩の秘密、ハタムラという掟を破れば・・・ドメ(殺して埋めること)され・・・ヤナギムシ(安心)・・・オヤドリ(夜明け)前には・・・バクチドリ・博奕鳥(慈悲心鳥)・・・ナガレ(仲間)のオヤゾウ(大親分)がポン衆(山窩)の・・・ウメアイ(両刃の山刀)・・・

『山窩秘帳』は、題名のみならず内容も山窩の隠語が用いられた、三角寛の間違いない山窩文学小説であった・・・・・と思われた。
・・・・略・・・・・・・・
三河の嵩山(すせ)を舞台に遠州〜三河の山窩(サンカ)集団と、官権勢力との攻防戦やその活躍を、山窩言葉を交えながらリアルに描いている。
水上は・・・・・略・・・・・
根拠は、先に数例を示した中に、ポンシュウ(衆)・オヤゾウ・クリカラ・ウメアイなどは、じつは三角寛が極力伏せていたサンカの地方隠語であった。これらの語彙は、三河〜尾張〜美濃地域のセブリサンカ(オタカラシュウ)の方々の、または、より以西のサンカ部内の符牒であった。水上は三河東部地域のフィールド調査をし、サンカであった方にも接して研究をしていた可能性がある。
・・・・・略・・・・・
このことを記憶して、すこし話を挿みたい。同じ三十年代に二冊の山窩・サンカの小説と記事が掲載された。
昭和32年7月、福田蘭童「ダイナマイトを喰う山窩」  (『別冊小説新潮』所収)
昭和37年9月、須藤輝雄「生き残った古代―サンカとは―」 (『中学時代二年生』所収)
の、二編である。
著者の福田蘭童と須藤輝雄。二名の “山窩”・“サンカ”記述に対し、三角寛はすごい剣幕で怒ってしまった。裁判も辞さない三角に、結果的には出版社と著者は謝ることになったのである。掲載誌の続刊号に謝罪文を掲載することで決着した事件であった。前者は著作権問題まで絡み、新聞にも取り上げられた。俗にいう三角寛の“イチャモン事件”である。
三角の言い分の要旨は・・・・・略・・・・・・
しかし、同じ昭和30年代の水上準也のサンカ著作『山窩秘帳』には、まったく三角寛はイチャモンや、クレームはつけていないのである。水上の用いたサンカ言葉と・・・略・・・・
@ 三角寛は自他ともに認める、各地のサンカ調査をしてきた研究学者という自負があった。
A 水上準也は、限られたフィールドではあったが、実際に現地調査をして、独自採集の語彙や素材を採り入れて、山窩小説を記したことを三角が認めていた。
B 水上準也に対して、不用意に前述の「@」・「A」のクレームをつければ、サンカの事実論争に持ち込まれると三角寛は危惧を持った。
C そのような検証論争なれば、三角自身が伏せる約束をしてきた、各地のサンカ内部の事項まで露呈する事になってしまう。
D この際、福田蘭童や須藤輝雄の盗用・盗作とは異なり、水上準也には“何も言わない方がベーターである”と、三角寛は判断した。


U 三角サンカ著述と博士号とトケコミとシノガラ
戦後の昭和20年代以降は、三角寛はサンカ・・・・・略・・・・・
して“この祝賀会を企画主催したのは、京都と名古屋と大分の定着化していた元セブリサンカのグループであった”という。このことは、社会にトケコミした後でのサンカ組織を三角寛は“シノガラ”と表現していたが、どうやら、このシノガラ組織の頂点(または、それに近い幹部の地位)に“ミスミセンセ(三角先生)”は、上り詰めていたようである。・・・・・略・・・・・・・
        フミのアヤタチのオビト

辻斬り - 2005/02/04(金) 12:02<

松島政次郎

以前に書き込みしたこともあるんですが、
みなさんはじめまして。
ヤゾーさん、蜜柑さん、ご無沙汰しております。

クズシリさんの書き込みを見て僕も大変驚きました。
三角が組織の上位にいたとすれば、社会探訪の記事と照らしてみても
整合しますね。うーむ・・・。
そんな事実があったとは…。

クボタツさんの奥さんのお父さんにあたる松島政次郎についてですが、
大正2年12月11日の『萬新報』に登場します。
「下谷区万年町二丁目五十八偽名水野政太郎事前科五犯松島政次郎27」で、
彼を検挙したのは、石森警部と、大塚刑事他3名の刑事です。
三角のサンカ研究の発端になったといわれる大塚刑事です。
明治末から大正頭のサンカ検挙に関する報道は、数多く眠っていると思われます。

後藤興善についてですが、「科学知識」という雑誌に掲載されている「山窩記」には
写真が以下四点添付されていました。
・岡山県のサンカ部落
・兵庫県市川のサンカ
・兵庫県サンカの妻
・兵庫県サンカの娘
しかし、学校がもう休みに入ってしまったので、
これ以上の情報は得られませんでした。
なにか取っ掛かりがあれば…。

以上、みなさんのご参考になったら幸いです。

こうへい - 2005/02/04(金) 11:28<

現在のサンカを知りたい

今年、もし九州に行けたら、田川の友達に「泥棒部落」に案内してもらおうと思います。
サンカの末裔でしたよね。(^o^)生き残ってるかも知れません。
生きて帰れたら、報告します(^o^)

- 2005/02/04(金) 08:36<

御岳に三浦在り。


浦は占。… 鹿の骨
御岳は犬と係わり合いが深い。
三は出雲系か? それとも 宇佐系か?… 宇佐に土蜘蛛あり。
三角寛は出雲系の出自、且つ王家の者。…調べて下さい。
角 スミ sumi isum isumo  … お遊び

△うぶ - 2005/02/04(金) 01:45<

層化!

風さん 品=ポン 納得です。 最近、品性、居付きを検討していたのですが、
これで確証得ました、現職業も納得出来ました。
千早降るは瀬降る南ですね。
おりょうさん、御岳に三浦在り。

蜜柑 - 2005/02/04(金) 00:19<

久保田辰三郎のこと

彼の、本名は確かに別にあったようです。
聞き取り調査をしていたときに、ハテナと思う名前が出てきました。
ノートをひっくり返せば出てくると思いますので、そのうち書き込みます。

おりょう - 2005/02/04(金) 00:12<

こんばんわ

フミのアヤタチのオビトさん
水上準也さんは現在も活躍しておられる方ならなにか発表していただきたいですね。
三角寛が「水上」と「雑司十朗」にイチャモンつけられない恐れる事情とはなんでしょうか?
おさしつかえなかったら教えてくださいませ。
福田蘭童さんとの喧嘩はサンカの領域を侵してのことと思っていたのですが、フミのアヤタチ
のオビトさんの資料で、福田蘭童さんの喧嘩以前に水上準也さんや雑司十郎さんがサンカ小説
書いておられるのにとちよっと不思議に思いました。

尾張のクズシリさんご無沙汰していました。しばらくです。
@AB 読ませていただきました。
特にAB読ませていただいて えッ!えええーって感じで吃驚しました。
三角寛はサンカ組織の一員で、クボタツの上司!!?? そうなんですか?
じゃー、三角寛はサンカだったんですね。
そうしますと三角寛とクボタツはNHKの取材のために演出したということですか?
なんだか面白くなってきました。
三角寛が晩年に再婚された女性はサンカだと聞いてましたが・・・。そうでしょうか?
三角寛はなんだか本当に厭きない人ですね。

久し振りにサンカの本出してきてあちこちみて、やっぱりサンカは面白いですね。

なんだかいろいろ質問してすみません。

本出るのを楽しみにしています。

尾張のクズシリ - 2005/02/03(木) 20:51<

セブリサンカのクボタツさんのこと

本日、蜜柑さんとお話しました。その中での三角寛とNHK、クボタツの面談エピソードを1つ。


@千葉の窪(「クボ」)村生まれで、「タツ」と自他称されていた箕作りさんが、「クボタツ」さんです。
入籍の際、クボタ タツに三角が自分の「三」をつけて、タツサブロウにした。漢字では「久保田 辰三郎」として籍を創った。

A三角寛は、南関東を取り仕切っていたM一家の舎弟頭で、組織内ではクボタツよりズート上の、実は上司であった。

B取材のときは、NHKのスタッフに「組織幹部」であることを知られないように、三角1名だけで交渉しようとした。(しかし、若手のHがバットをもって護衛についていた。)

この様な、顛末でクボタツが無理やりに、取材をされた。
以後は、三角の数多い取材でも、クボタツのムレコグループ(58名)だけがM一家に、発表を許されていた。
いわば、久保田さんがサンカの取材のモデルの代表にされていた。

ヤゾー - 2005/02/03(木) 18:39<
みなさん こんばんわ

尾張のクズシリさん お久しぶりです。
フミのアヤタチのオビトさんとおりょうさんのやり取りは 
流石に読み応えがあります。

9月から掲示板の更新をしていませんでした。
数日中に過去の掲示板へ移行しますので 
フミのアヤタチのオビトさん 
差し障りのある文章がありましたら
削除をお願い致します。

- 2005/02/03(木) 14:27<

ちはやふる!

@.一、出雲系サンカ
一、 伊勢系=諏訪系サンカ

  市井とは感染速度を述べたものかも?
  邪馬台国の壱余の感染速度も凄かった。
  市井の市 と 壱余の壱 は同じ意では?

A,品(盆)という島から外に出向いた者のことですから、【「盆」「番」を、「ポン」と読み下しをしても】 障りはないのでわ?

日本国で 最大の品(盆)を 鎖国 と言う。…家康…水上?

おどま ぼん ぎり ぼん ぎり ……

尾張のクズシリ - 2005/02/03(木) 10:46<

「サンカ」=「ポン」の件

ヤゾーさん。皆様。 ご無沙汰です。
風さん、「サンカ=ポン」拝見いたしました。以下のこと、参考になりますでしょうか?

@「ポン」の分布…木曾川・飛騨川・長良川の中流〜濃尾平野〜三河〜信州〜信越に、サンカ意称として市井言葉に分布しております。

A地方文書の記録…「盆之者供」「番之衆」が、竹細工類を売りにくる・・・・・「盆」「番」を、「ポン」と読み下しをしても良いのか?
もし可能なら、嬉しいです。
  ご教示を乞う。

- 2005/02/03(木) 09:34<

品!

サンカ=「ポン」

「ポン」は 品 それともお盆の 盆。… 凡

行き着く意味は一つでしょう。

シマ(島) があるから 品(盆) もある。

フミのアヤタチのオビト - 2005/02/03(木) 09:04<

補遺、水上準也の検証の要あり

三河の豊川流域のサンカ調査で、水上と名乗る人が三河一宮〜東郷のあたりまで、聞き取り調査をしていたようです。
水上準也ではないかと思います。
水上準也「山窩秘本私註」『風俗科学・第1巻第2号』には、ぜひ見たいサンカ=「ポン」の秘密内部文書が掲載されております。
これなどは・・・・・>大変に怪しい疑問文献ですが、水上準也に聞いてみたいです。
どなたか水上準也にコンタクトできる方はいないでしょうか?
さすがの三角寛も、おりょうさんの言われたように、「水上」と「雑司十朗」にはイチャモンをつけなかったです。
それには、三角も恐れる事情がありました。
      フミのアヤタチのオビト

おりょう - 2005/02/02(水) 19:14<

水上準也

ひゃー今、このBBS遡って読んでいてサンカ選集「サンカが世にでるまで」「昭和妖婦伝」「サンカ血笑記」と次々出版されていたなんて全然知りませんでしたわ。少しサンカから離れている間にこんなに出版されていたなんて驚きました。
「サンカ血笑記」は好きな小説です。

フミのアヤタチのオビトさんの資料で
3月1日 水上準也『山窩秘帳』…三河サンカの記事。「オヤゾウ」など三角隠し言葉採取。
この本持っていて読みましたが 、それ以前にも10月15日 水上準也「山窩秘本私註」『風俗科学・第1巻第2号』P130〜P135、100円、第B文庫。出しているんですね。
水上準也で検索すると怪奇・伝奇ものの作家のようです。三角寛がサンカの世界を独占しているわけでもな
かったんですね。後の福田蘭童「ダイナマイトを・・・」は内容が怪奇過ぎたからクレームをつけたという
ことでしょうか。
でもフミのアヤタチのオビトさんって凄い!


ヒロさんのその後、まさこさんの現在は蜜柑さんが追跡中なんですね。

みき - 2005/02/02(水) 12:15<

おはよう

春之助くん おはようございます。
心配してくれていたのにレスおそくなって、きのう急いで書き込みしてごめんなさい。
春之助くんは、いつもお父さんといっしょでいいな。
ミキのおかあさんは毎日働いているのでいつもお留守番です。
今年になって2回雪が降ったよー。でも、わたしはコタツで丸くなってた。
以前おじいちゃんがいたころはよく怒られて、ミキおとなしくしていたけど、今は、
おばあちゃんとおかあさんと妹のピアスと4人家族で元気です。
この辺は、少し遠く散歩すると野菜農家がたくさんのこっていて、もぎたての野菜は
甘くてとても美味しいのよ、みんなに本当の野菜の味をおしえてあげたいとおもうわ。
花をつくっている農家もあるしとてもきれいよ。

春之助君、声かけてくれてとてもうれしかったのよ。
それでは またね。


フミのアヤタチのオビト - 2005/02/02(水) 10:15<

しまった!! 編集途上で・・・・第6回・・・

   クマノシュウの皆様

「第6回」の編集の途中で、登録してしまいました。

余分な個人覚えのメモ録まで、消さずに掲示板に載ってしまいました。

お見苦しいですが、今回はお許し下さい。

不備のままで、お恥ずかしいですが、お許し下さい。

   フミのアヤタチのオビト

フミのアヤタチのオビト - 2005/02/02(水) 09:55<

サンカ文献ガイダンス その6 転載禁止




1946年 昭和27年  
2月9日 東京日日新聞「記者・人物履歴 作家 三角寛 “今に書くよ”知るや児童福祉法の生みの親」
3月19日 日本読書新聞「山窩小説−こうして生れたー」(写真2・三角顔、「秩父山中の瀬降で 三角氏撮影」辰とヒロ)
5月10日 三角寛『山窩は生きている』P294、且l季社。
7月1日 三角寛「巻頭グラビア 山窩は生きている」P4、三角寛「天人お艶」P208〜P231、『実話雑誌・第7巻第7号』且O世社。
11月1日 三角寛「山から来た女」『小説倶楽部(第5巻11号)十一月特大号』A5版、桃園書房

2・15「人生32号」(この号から早川が採用され人生の編集を担当する)。6・3人生35号。7・8人生36号。8・11人生37号。9・10人生38号。10・10人生39号。11・10人生40号。12.10人生41号。
12月弁天坐オープン(堀之内支配人)。
【資料】@パンフ校正ゲラ「街は自衛する」「河」一枚。三角「日誌」3冊。早川ノート2冊。三角ノート5冊。三角写真メモ類179点。手紙類ダ2箱。三角記録解析未だ。

1947年 昭和28年
6月15日 三角寛『山窩秘譚 瀬降の嵐』p290、180円、小峰書店。
8月12日 「記者・山窩と対談一時間 大井村の密林・弁天様の廃墟で(写真1・辰G)」(三角の関与の無い記事で貴重)
11月22日 三角寛「問答無用(第137回)・・・徳川無声連載対談」『週刊朝日・11月22日号』30円。
12月26日 「三角寛(本名 三浦守)(作家)・私のペンネーム」

10月15日 水上準也「山窩秘本私註」『風俗科学・第1巻第2号』P130〜P135、100円、第B文庫。
1・10人生42号。2・10人生43号。3・10人生44号。4・10人生45号。12・10人生47号
寛子に長女誕生。
【資料】@メモ《「人生」日本はこの雑法でやって救われた。てめえ読んだのかよ。人生を。》
Aメモ10月20日、人生坐社員に朝日新聞入社試験をさせる。平易な実力、女子65点、男子48点。B三角メモ〜原稿類、186枚。住所録1冊。その他ダ2箱解析中。

1948年 昭和29年
1・10人生48号。
【三角資料】ダ5箱解析中。

1949年 昭和30年
12月?日 三角寛「  」『人物往来・第48号』(仕舞い忘れ失、探すこと)

7月24日 三角寛「現代新聞批判・・・ほしいユウモア」『週刊朝日・7月24日号』
10月25日 「三角寛・私の処女出版 売れ残りなし」

3月1日 水上準也『山窩秘帳』…三河サンカの記事。「オヤゾウ」など三角隠し言葉採取。
12月文藝地下劇場オープン(加藤裕治支配人)


春之助 - 2005/02/01(火) 23:00<

げ!それだけ

ミキちゃんしばらくです
で、これだけなの

さみしいなあ
でもお元気そうなので安心しました

昨夜から北風がビューーンビューーンと吹いてました
夜中に表を見ましたら
雪です!!
本当に寒いはずです
朝、ガレージに行ったら珍しい雪景色!
子供達がお父さんの車のボンネットにハートマーク書いてました
フロントガラスはバリバリに凍ってます
「こりゃたいへんや」って言いながら笑ってます

ミキちゃん
そちらはどうでしたか
やっぱり、雪つもりましたか

それじゃぁまたね

ミキ - 2005/02/01(火) 18:27<

春之助くんしばらく

春之助く〜〜ん しばらくー げんき?
ミキも毎日げんきはつらつおろなみんしーで、
北風ピューもびっくりしてこうさんしてるよ。
春之助くんもおとうさんもしばらくぶりだけど
げんきそうでよかった。
じゃーね ばいばい またねー。


ヤゾー - 2005/02/01(火) 16:58<

寒波

みなさん こんばんわ
朝起きたら薄っすらと雪が積もっていました。
外のバケツの水も凍ってしまい
しばらく蛇口から水が出てきませんでした。
雪は昼には溶けてしまいましたが また雪が舞いはじめました。

いちご麦さん ご紹介のサイトですが 逆書きシステムもあって参考になりました。

ツトッコさん はじめまして。
岩藤みのる著「陽は西に−三弥長者異聞−」は初耳でした。

ヒロさんのことも 色々と聞きました。
辛く悲しいこともあったそうです。
ヒロさんの気質を 少しマサコさんが受け継いでいるような気がしました。

おりょう - 2005/02/01(火) 00:46<

サンカのひろさん

こうへいさんしばらくです。(^_^)
こうへいさんの書いてる「白い雲」不思議ですね。

 「日収千円の箕作り」川越のサンカひろさんを三角寛とNHKが取材(昭和25年8月27日
の読売新聞記事)した写真が「彷書月刊」3月号の9ページにのってますが、あの辰さんのキャ
ハンのヒロさん日収千円も稼いでいたんですね。ちなみに昭和17年のサンカの本1冊の定価
1円80銭、昭和31年で定価180円。サンカってやっぱりお金持ちなんですね。

「あけび谷のサンカ」昭和16年発行 の最後にも「サンカを尋ねて・・」がのってますが、
ボーナスつぎ込んでのセブリ行脚面白いですね。

ツトッコ - 2005/01/31(月) 20:17<
はじめまして、ツトッコといいます。

既にフミのアヤタチのオビトさんのサンカ文献ガイダンスに削除されている部分で掲載済みかもしれませんが、我が家にある雑誌では三角寛、松野一夫画「山窩を訪ねての旅」P116〜121 昭和13年4月1日「旅」4月号 30銭 鉄道省があります。三角寛サンカ選集第一巻に掲載されているものです。
また、自主出版の書籍ですが岩藤みのる著「陽は西に−三弥長者異聞−」1997年8月5日発行があります。
この程度の情報しか出せませんがサンカ談義が再燃することを私も望んでいます。

いちご麦 <http://applepig.idv.tw/kuon/special/misc/sindaimonji/sindaimonji.htm> - 2005/01/31(月) 19:44<

文字

上記のサイトでいろんな古代文字を見させていただいています。

- 2005/01/31(月) 18:46<
サンカ文字の ナ は 魚 でだけではなさそうだ。
月読の右目じゃないか?
スサノヲは知性。ウメガイは知性の象徴。
サンカ文字の アブリダシ は文字を秘密にしたことだけではなさそうです。
イ の文字をあぶりだすと矢は東を刺す。これが真のサンカの文化ではないか?
豊国文字と類似しているが対照的な文化でしょう。
サンカは日輪、豊国は十二星座。田和山遺跡の八本柱はサンカの先祖。四本柱は豊国(宇佐)の子孫。列島のサンカの故郷は宮崎ではなかろうか?
高千穂の峰と日田?

こうへい - 2005/01/30(日) 23:22<

おりょうさん こんばんは

お久しぶりです(^o^)

ヤゾー - 2005/01/30(日) 22:20<

おかえりなさい(^(ェ)^)

みなさん こんばんわ

おりょうさんが戻ってきてくれてよかったです。
蜜柑さんの存在がなければ ここは商業サイトとして運営していたと思いますし
おりょうさんの投稿がなかったら 掲示板が盛り上がることもなかったでしょう。
そして ヤナさんたちの優しさがなければ ここまで続けてこれなかったと思います。
フミのアヤタチのオビトさん スッパ ランパさん 自然の流れに任せて
進めてまいりたいと思いますので よろしくお願い致します。

風さん サンカ文字のナが魚を表したものではなく 
アマテラスの左目を表したものだというお話ですが
イザナギが禊ぎで 左目を洗った時にアマテラスが生まれたというような意味ではなく
アマテラスの涙 または泣く という意味を込めておっしゃっているのでしたら
少し感じるところがあります。よろしかったら詳しく説明をお願いします。

- 2005/01/30(日) 11:00<

サンカ文字

サンカ文字の ナ は 魚 ではなさそうだ。
アマテラスの左目じゃないか?
スサノヲは知性。ウメガイは知性の象徴。

蜜柑 - 2005/01/29(土) 23:22<

情報求む!


クボタツ一家がセブっていた辺りをフィールド調査していたときに、
NHKの宮田輝アナウンサーがサンカの取材に来たという話を聞きました。
藤倉アナが来た場所とは明らかに違うセブリ場です。
それと、クボタツ一家がテレビに出たという話も複数聞きました。(多分昭和28年〜35年くらい)
見た人いますか?






1946年は昭和21年。
NHKラジオ「社会探訪」は昭和25年。1950年です。

フミのアヤタチのオビト - 2005/01/29(土) 22:06<

おりょうさん 補填情報ありがとう。

おりょうさん。貴重な情報を補填して頂きまして、有り難う御座いました。
さっそくデーターベースに記録しました。
三角寛は、まだまだ未発見の発行本・冊子が多いと思います。
その根拠は、直筆原稿がありながら、肝心の掲載誌〜本が見当たらないものが、かなりあります。

 クマノシュウの皆様!! 
おりょうさんのような、補填情報などお持ちでしたら、ぜひこの掲示板に乗せてください。
そして、サンカ談義を、もっと!! もっと!! 熱い議論を再燃していきましょう!!!

私たち「フミのアヤタチのオビト」一派は、ハラコサンカシュウです。
ですから、それに答えてさらにサンカ情報を掲示していきます。
この掲示板での“サンカ談話〜議論”が、熱く熱く、燃えてくれば、質問にも答えさせていただきます。

そして、ついには「フミのアヤタチのオビト」の本名も、公開する時がくるかもしれません。
  ヤゾーさん! クマノシュウの皆様!! もう一度 頑張り すごい掲示板にしましょう!!

          フミのアヤタチのオビト

おりょう - 2005/01/29(土) 20:23<

始めましてとお久し振りで緊張します。

やぞーさま始め皆様、ご無沙汰していました。
やなさんにメール頂いて久し振りに覗きにきましたらスッパ ランパ さんの「出頭命令」
で吃驚。なんかドキドキします。

おおおおー凄い! フミのアヤタチのオビトさんの 「サンカ文献ガイダンス」。
貴重な資料ですね。これだけ集めるのに相当な御努力があったとおもいます。
見せていただいて有り難うございます。
三角寛さんってこんなに活躍していた作家だったんですね。

三角寛さんが活躍していた頃の「オール読物」など探してみますが、ないに等しいですね。
雑誌でやっと手に入れたのは以下の2冊があります。
サンカ秘話「お澄みごろし」「絢爛読切号」十二月号 昭和23年 創世社 定価55円 
内容は「中山道の犬(おばさん)」サンカのすずめ直吉の話と同じでした。
現代人情捕物小説「哭くな手錠」 「富士」10月号 昭和25年 95円 
罪を憎んで人を憎まずー老刑事の温情にさしも凶悪な脱走囚の眼にドッとあふれでた悔悟
の涙! 目白署の刑事の活躍話
以上の2点です。
三角寛と「表に出ろ!」と大喧嘩になった福田蘭童の「ダイナマイトを食う女(サンカ)」
なんか読んでみたいですね。

クマノライフ少しさかのぼって読ませていただきました。みなさまお元気そうでお変わり
なくよかったです。
初期の頃の方たちもどってくるといいですね。













 
 


フミのアヤタチのオビト - 2005/01/29(土) 09:09<

サンカ文献ガイドの「その3」は削除しました


クマノシュウのウカラヤカラ(みなさま)!!
アノのバンドリです。(お早う御座います)
ムスフミの「その3」と「その4」は、カンヤリにしました。
  (仲間内の伝達情報は、3・4は消しました)

ドンドン、サンカ・三角寛他の新資料や情報の続稿をだしていきます。
ですから、クマノシュウの皆さん!!
このヤゾウさんの「クマノライフ」の掲示板で、熱気に満ちた、サンカ論議を復活しましょう。
    フミのアヤタチのオビト  

こうへい - 2005/01/29(土) 00:58<

路上に浮かぶ白い雲 (◎-◎;)

職場の人がね、帰り道、変なもの見たんですよ。
午前2:10頃、いつもの近道を原チャリで走ってたらですね
ある神社の前で、路上 1メートルの高さに、一抱え程の真っ白な雲が浮かんでたそうです。
急ブレーキで止まって、後ずさりした、そうっと横を擦り抜けようとしたら、
顔に冷たいものが触ったそうなんですよ。
だいぶ行ったところで振り返ったら、まだ浮かんでたって言うんですけど。
向こうが、透けない濃い雲で、色は真っ白だったそうです。

冷たい空気の固まりが、空中にあったのでしょうか?
その人は、以前お化けが見えて、真言密教の大僧正に封じてもらったそうなんですが・・・

せっかくの、サンカの流れを乱して済みません。
心に、止めておけないもので m(__)m

ya(・ε^)na - 2005/01/28(金) 23:03<

へっ!!・・春之助こっちに来なさい

そうやねぇ・・春之助のところにミキちゃんからメールきませんねぇ・・
 ミキちゃん!!・・春之助にメール送ったってくださいね
   ほんまに淋しそうです・・
 ミキちゃん元気なんやろか??
     春之助の肩を落とした姿がなんだか淋しそう
       あの、 深い緑の瞳が忘れられません・・・・

   ほんまやねぇ・・わたしもそないおもいますわぁ・・

      ミキちゃん・・

         私も待ってますよぅ
               みんなも待ってますよってに・・


   バリ師さんはどないしたはりますのん??
           
                  ほな

スッパ ランパ - 2005/01/28(金) 19:16<

サイギョウ1号 「以下のものに出頭命令!」

サイギョウ 1号

  おりょう  ドングリー  蜜柑
 
  尾張のクズシリ  セブリ  あおき

以上の流れの者は、3日以内に、必ずクマノライフへ出頭するように!!

特に、「おりょう」には、「フミのアヤタチのオビト」 の目録欠如の補填とコメントを命じる。 

ヤゾー - 2005/01/28(金) 14:15<

クボタツさん

みなさん こんにちわ

ナイスタイミングさん お久しぶりです。
>ミキちゃんからこのところメールも来ないのが一番気になります。
ヤナさん そうですか なんだか寂しいですね。

久保田辰三郎さんのことをクボタツと呼んでいたんですね。
蜜柑さんとハジメさんを連れて クボタツさんをよく知るテキヤをしていた老夫婦を訪ねて
クボタツさんのことをいろいろと教えて頂いたことがありました。
体格のよいがっちりした腕力の強い人だったそうですが 
普段はとても寡黙で物静かな人だったそうです。
怒ると 怖い人だったのかも知れません。

フミのアヤタチのオビト - 2005/01/28(金) 11:16<

サンカ文献ガイダンス その5 転載禁止

『三角寛』及びサンカ文献資料 5 
  【ハタムラ】先回の「1」から以後も引用・転載を禁止します。
  【ヤエガキ】オオミタカラシュウはムスを守ります。

   「昭和24年〜昭和26の前4半年」の巻


1946年 昭和24年
1月1日 三角寛『山窩物語 犬娘』P241、百円、操書房。
1月30日 三角寛『愛欲の娘山窩』P257、百二十円、七曜社。
2月5日 三角寛『怪奇の山窩』P217、90円、日京書院。
2月20日 三角寛、北富三郎画「初潮の山窩 シルのツル」P70〜P77、『別冊 娯楽世界・第1集』80円、銀座書房。
2月25日 三角寛「蟹の刺青をした女 妖婦の殺人」『面白倶楽部・第2巻第2号』。
3月1日 三角寛、北富三郎画「呪ひの掟」P53〜P67、『ユーモア・3月号・第13巻第3号』春陽堂。
8月5日 東京日日新聞「記者 秋口四男・人物採点64・三角寛寛 仕事師的風格」
9月10日 三角寛『山窩美女傳』日本社。
11月5日 三角寛『山窩血笑記』金鈴書房。

NHKラジオでサンカ取材「社会探訪」。三角寛とNHKスタッフが、懸命に取材の申し入れをするが、頑固に取材を拒否される。
このとき、三角寛が「自分は松島一家のクニコナライの三角寛です」とオメンアワセのアイツキをする。
急遽、セブリサンカの家長は豹変して、三角に謝罪する。
恐縮しながら「自分は、松島一家のシマモチムレコのステの身内のツギムコです。名前は、千葉生まれのクボタツです。こちらはステのカミコのヒロです」とメンアワセの挨拶をする。こうしてラジオ取材は許可された。

雑誌「人生」は24年1月、ガリ版印刷で創刊と思われる。活字印刷は「人生・12号=8頁」はS25年12月発刊される。

【資料類はマル秘】「銀行勘定帳・2月1日〜7月31日」1冊。「契約書・人生坐増床工事」1組。サンカ取材ノート7冊。三角日記帳。警察資料類綴。


1947年 昭和25年
3月1日 三角寛「山窩の生活」『旅・3月号・第24巻第3号』65円、&#12854;日本交通公社。
7月11日 東京日日新聞 日曜読物「三角寛・興行師一年」
8月27日 読売新聞「記者・江戸っ子山窩のセブリ 日収千円の箕作り 社会探訪=川越在を行けば」(写真。三角とヒロのテンジン対談中)
9月5日 三角寛「山窩の探訪記」P24〜P35、『人生・第16号』文藝会館人生坐。

9・5人生16号(この号から月間になる)。11・7人生18号。
【資料類はマル秘】@「サンデー毎日記者、松本昭」の名刺と新聞切り抜き、三角の反論メモ原稿〜1組。取材資料578枚。


1948年 昭和26年


4・3人生23号。6・5人生25号。8・7人生27号。9・11人生28号。10・9人生29号。
11・6人生30号。12・28人生31号。
11月3日に寛子、山下大四郎と養子結婚、大四郎は人生坐にS27年1月から参加する。

   「クマノシュウ」はムスノハタムラを守ってください。
    本稿の転載禁止。また第三者に伝達を禁止します。
    漏洩などが判れば、全てを消します。
       フミのアヤタチのオビト

ヨーカン - 2005/01/27(木) 08:55<

うれしい!

なつかしい?お名前が久し振りに!!
 オビトさんが出てこられて お! これは!と 期待した雰囲気に やっぱりなってきましたね
私は わくわくしながら 読ませてもらいますネ
 きのう うちにもデジカメなるものが やってきました
 「風の王国 掲示板」のほうにサンカさせてもらおうかと おもてます  

ナイスタイミング - 2005/01/27(木) 03:22<

ご明察です。

春之助さん、こんにちは。

》でも皆さんきっとクマノライフのこと見てくれてると思いますよ

私は毎日、この掲示板を訪問しています。

「風の王国」を20年近く前に読んだことを思い出しました。

春之助 - 2005/01/26(水) 23:49<

こんばんわ

ヤゾー兄ちゃんお久しぶりです
僕も淋しく思っています
モンムーさんや、Rainyさん、にっちょさん・ナイスタイミングさんとか
懐かしくおもだします
でも皆さんきっとクマノライフのこと見てくれてると思いますよ
僕としては、ミキちゃんからこのところメールも来ないのが一番気になります
みんなどうしてるのかなぁ
クマノライフのファンのみなさま
ヤゾー兄ちゃんにファンレター代わりの書き込みお願いしますね
きっとヤゾー兄ちゃん喜ぶと思います

それから僕には、ミキちゃんメールちょうだいね
返事書きますからそれじゃまた

こうへい - 2005/01/26(水) 23:35<

そういえば

ボクは、「風の王国」読んで、ここに飛び込んで来たんですわ。
そこで、トンちゃんや、おりょうさんに色々教わったんですわ。
歴史の時間、眠っていたボクが、なぜか歴史に興味をもっちゃって・・・
サンカに憧れて・・・
そうでしたねえ

ヤゾー - 2005/01/26(水) 22:45<

頑張ってみます

フミのアヤタチのオビト様 ありがとうございます。
初期のころは ワクワクするような楽しさがありました。
サンカを愛する人たちと出会えて
ネットの可能性というものを強く感じたりもしました。
しかし ここのところ 少しネットというものが億劫になってきておりました。
もう何年も執拗な嫌がらせを受けております。
歴史やサンカのことを話題にしたり 
掲示板が活発化してくると 嫌がらせが増加したりします。
そういうこともあって ここのところモチベーションをなくしていました。

四年間以上メールのやり取りをさせていただいて
不思議なことに 未だにどこの誰だか分からない方がおります。
その方も たぶんサンカに関係のある方だと思います。
その方に ネットの辛さなどをぼやいたりしたことがありましたが
良いこともたくさんあったでしょうと諭されたことがありました。

確かに たくさんの良い出会いがあり
蜜柑さんを通じて ハジメさんとも出会うことができました。
ハジメさんの人柄といい 感性といい
蜜柑さんが人間国宝だと形容するくらい
人間として美しいものを感じることができました。
もう一度 微力ながら 頑張ってみようと思います。

おりょうさんセブリさんたち 初期の人たちも
よかったら戻ってきて下さい。

やなぎむしさん こうへいさんの優しさがなかったら
クマノライフは閉鎖していたかも知れません。

フミのアヤタチのオビト - 2005/01/26(水) 21:35<

クマノライフのサンカ論議を望みます。

ヤゾーさんの「クマノライフ」発足の意義を大切にしたいサンカハラカラのグループです。
クマノシュウの皆さん!! 初期の熱烈な進行論議に戻りませんか・・・・・
再度、燃え上がるような、サンカ論議の復活をいたしましょう。
もし、そうなれば、私たち「フミのアヤタチのオビト」 のサンカシュウも、最新のサンカ情報をドンドン提供させていただきます。
       フミのアヤタチのオビト    

△うぶ - 2005/01/26(水) 02:07<

うほつ!

ver.0 嬉しい。落ちてた肩が上がりそうな気配。

こうへい - 2005/01/26(水) 01:43<

英雄 HERO

を見て、
剣の奥義とは、
心からも剣を捨て、大きく包み込む愛である と到達すること
深く、感じ入ってるところであります

恥ずかしき書き込み、失礼をば致しました

では、ごめん

- 2005/01/25(火) 23:02<
アヤは招待の意と思われますが、
タチはアマと解釈して宜しいのでしょうか?
オビト、つまり 不比等 ということですね。

【ハタムラ】【ヤエガキ】【ムスノハタムラ】も古代語ですね。

フミのアヤタチのオビト - 2005/01/25(火) 21:06<

サンカ文献ガイドのその1・その2は削除しました。

管理人ヤゾー様、ご苦労様です。
「その1」と「その2」は、クマノシュウは既にお読みになられたと思いますので削除させていただきました。
必要なお声が掛かりましたら、再度、改訂版にして掲載させていただきます。
実は「その・1」の前の「その・0」(平安〜江戸期)を掲載モレしておりました。前後しますので、機会を見て投稿させて頂きます。
このクマノライフの掲示板で、サンカ論議が、益々燃え上がりますことを、心より祈念いたしております。
    フミのアヤタチのオビト

ヤゾー - 2005/01/25(火) 20:36<
みなさん こんばんわ

こうへいさん 面白いです。
いい歳したおっさんに いきなりこれ食いたいとパンを差し出されて
よその奥さんもびっくりしたことでしょうね。(^○^)

通りすがりさん その方はサンカの人ではないようですよ。

フミのアヤタチのオビト様 貴重な年譜をありがとうございます。
大変 参考になります。
引用・転載についてですが 不特定多数の人が 閲覧 投稿できる掲示板において
第三者が引用・転載することにまでは 管理人として責任を持つことはできません。
また 過去の掲示板へ移行した場合 投稿者自らが削除することができなくなりますので
差し障りがあると判断した場合は その前に削除をお願い申し上げます。

通りすがりの者です - 2005/01/25(火) 14:13<

これってサンカ? が「山」に帰る

>自動販売機から現金を盗もうとして窃盗未遂罪に問われた群馬県生まれの住所不定、無職、
>自称加村一馬被告(57)
>初公判が21日、土浦簡裁(芳田圭一裁判官)で開かれた。
 一部省略
>山の中でヘビやネズミを捕って40数年間1人で生きてきたことを明らかにした。
>被告が名乗った戸籍には該当者がなく、兄とみられる人に
>写真を見せても確認できず「自称」のまま起訴された。
>冒頭陳述などによると、被告は中学2年の時に家を飛び出し、
>栃木県の足尾鉱山の洞穴で生活。
>関東の山や川を転々 とし、浅瀬でコイやナマズを捕ったり、
>山で山菜やヘビ、ネズミを食べたりしていた。
>最近は茨城県つくば市内の河川敷に
>住み、魚を捕ったりして暮らしていたという。

この人が身元引受人の家から逃げたし「山」に帰ったそうです。
東スポ=1月25日(火)版の19面に記事が出でました。

蜜柑 - 2005/01/24(月) 22:57<

松浦とは?

文献目録に出てくる
松浦って誰でしょう?

ya(・ε^)na - 2005/01/24(月) 22:50<

このすべて・・を!!

フミのアヤタチのオビトさん・・こんばんわ・・
  あのぅ・・ひょっとして・
  このすべての文献をお持ちなんでしょうか・・?
 もしお持ちでいらしたら・・
  少しずつその内容をお話いただけませんか・
   是非・・知りたいです
  少しずつお話いただけませんか
       お願いします・・

蜜柑 - 2005/01/23(日) 23:56<

フミのアヤタチのオビト様

凄いね。
よく調べましたね。
ぜひ、続編お願いいたします。
特に下記の詳細、興味深深です。


箙 「日本のジプシー、山窩を多摩川上流に探ねて(1)」
 同   「日本のジプシー山窩を探ねて(2)」
 同   「日本のジプシー山窩を探ねて(3)」
 同   「日本のジプシー山窩を探ねて(4)」

あと、戦後の三角以外の資料ありましたら、是非お教えください。


こうへい - 2005/01/23(日) 18:58<

あはっは サンか文字と相合い傘マーク

ヤゾーさん 思わずわらってしまいましたぞ(^○^)

前に投稿したことですが、釜中村、たたら場、ダイだらぼっち、鬼伝説って先入観があってですね・・・
釜中村、最初の日です。かな? 神社発見して、村に降りていったら、家の玄関に緑青の出た「鬼の金棒」が、釘にぶらさがっていたんです。
わっ、早速の鬼伝説・・家の人探し出して、ブドウ山椒の採り入れ中のご夫婦をトラックでご自宅に帰らせて、見て貰ったら、息子さんの修学旅行土産のもので、裏面に根性棒って彫ってあった。
とんだ人騒がせでした。
先入観・・・これですわ(^○^)

前にね、スーパーでね、パン売り場でした・・
カミサンが、好きなパン捜してっていうので、パン一つ選んで「コレ食いたい」って顔の前に出したんですよ。
ん?って顔みたら、よその奥さんなんですよ。
パン差し出したまま、間違えました、すいませんって謝ったんですが
いや、恥ずかしかったです。(^_^;)

ヤゾー - 2005/01/23(日) 18:11<

落書き

みなさん こんばんわ

フミのアヤタチのオビトさん ご自身で調べて書かれたんですね。
知らないことも多々あって とても役立ちました。
次も楽しみにしております。

ヤナさん こうへいさん 何かあったのかと心配していました。
風邪に気をつけて下さい。

人を貶めるようなのは いただけませんが
落書きの中には 確かに不思議な魅力を持っているのもありますね。
以前 明治時代に書かれた古代文字の本に載ってあった
紀伊半島南部にあるらしいサンカ文字が刻まれた石碑を探しに行ったときのことです。
山奥の小さな神社の境内に 本に載ってあったような形の石碑が
寂しく佇むように端っこのほうにありました。
表には何も刻まれていないので
もしや裏に何かと覗いてみたら
おっ サンカ文字のシの文字らしきものが 
釘で薄く彫られたような跡があるではありませんか。
一瞬ハッとしましたが なんのことはない相合傘の落書きでした。
こんなところに紛らわしいものを釘で彫るのではない!と思いましたが
相合傘をサンカ文字に見間違える方が 変なのかも知れません。


こうへい - 2005/01/23(日) 02:24<

へい、わてが番頭だす!!

番頭さんですか、こんな頼りないもんでいいんでしようかねえ(^o^)

いや、元気ですよ。
めちゃ寒いですが、風邪がつべたいですよう。
風邪ひいては治り、の繰り返しです。

相変わらず、ミニスカートに見とれて、けつまずいたりしております。
起きて、3時間くらいで、また仕事なので、フィールド・ワークもしておりません。
このままでは、ボケてしまいますので、なんとかしたいと、思っとります。

年末か正月か忘れましたが、
小林幸子のね ♪・・やぁーさしさとーかいしょの無さがぁ・・♪
て、テレビから流れて来たんですわ
わっ、オレの歌や・・(^o^)
カミサンが、カイショの無さだけ、おうてるわ
それから、その前後は知りませんが、そのフレーズだけ、口から出てくるんですわ。
ボクの、テーマソングでしょうか(^o^)

まあ、それくらいで、書くことがありません。
では、失礼申します   深夜のフクロウ??

ya(・ε^)na - 2005/01/22(土) 22:45<

おおい!!番頭!!こうへいさーーん!へへ

ねえ。ねえ・・おおーーぃこうへいさん!!
  忙しいのんかいねぇ・・
    カキコがおませんがな!!・・・
  風邪でもひいたはりますのん??


     かく言う私も年末から咳がとまりませんねんよ・
  げほげほ・・あきませんがな・・酒でも呑んでのどの消毒せなあきませんねぇ・
    あはっは・・また呑んだるかいねぇ・・
     このところ・・飲みすぎ!!・・けっけけけ
 けっ・・ワインのんで日本酒のんでビール飲んだら・・はっはは
     できあがりましたぁ・・はっははあ

   今日・・六甲山遠くから眺めたら・・へへ
      なんや・んんん白いところがよおさん見えます・・
     雪が積ってるんやろかぁ

    裏六甲にお暇な方お越し下さい
            小さな滝が凍ってます・・よぅ
       以前歩いた時の記憶ですが・・
  有馬温泉から紅葉谷の百間滝あたりがおすすめですよう・・

          地獄谷やしゃくなげ谷はどないになったんやろか??
       永いこといってへんから・・どなたか最新の情報ながしてくらはいませ・・

         へへへ一杯呑んだ・・あほなおっさんのたわごとでした・・へへへのへ

ヨーカン - 2005/01/22(土) 11:27<

消えてない落書き

高校からの 親友が 一昨年に他界しまして・・ 白血病でした
同じ本読んで 解釈の違いを毎日〃 口から泡とばして議論してました
 女の子が「なんでそないに言い合いしてるのに いつも一緒に?」て聞かれたりしました

卒業してからは 年に数回の出会いでしたが 共に尊敬?し合う仲は変わりませんでした

(いろいろ)あって
病床を訪ねることなく 他界してしまい
(いろいろ)が私のなかに 暗く残ってしまい
    それから一年たったころ
昨年から クマノライフ見せてもらい始めて  
近くに近年まで他村との行き来がほとんど無かった集落があるとの噂をきいて行ってみました

平家の落武者(一の谷の敦盛の兄、経盛)が祭られた祠があって へー!と思っただけで帰ろうとしたとき
なぜか上の方が気になって 見上げました
 木の幹の はるか上の方に なんと 彼の名前が三十数年前の年月と共に刻んであったのです
  「ばかたれ!木に疵つけてからに!」と思いながら 
見つめている眼に・・ 
 不覚にも”” 熱いものがこみあげてきて
 不覚にも”” やがて嗚咽を伴い 
 不覚にも”” 号泣と化して・・・・ 
心の中の(いろいろ)どころか それまで持っていたドロッとしたものが
なにもかも ぜーーーーーーーんぶ 溶け出し 流れだして
            やがて あいつの 笑い顔だけが 残りました

連れ合いが「あんたこのごろ やさしなったな?」いいます
「人間みな 死ぬ時は仏になるんじゃ」と言い返す 可愛げの無い私ですが

 (親友ークマノライフー探索ー落書きー?)
大切にしていきたいと おもっています(よよよよーーーーん)
                   あかん!やなさんのまね むつかしいわ



 


 

ya(・ε^)na - 2005/01/22(土) 00:19<

消えた落書き2

ははっは・・思い出しましたがな・・
  どこやったかいねぇ・・
そうやがな・・兵庫県の一庫ダムの下の初めにある橋に昔・
  落書きしました・・10年後に見たときには・・
    そんな文字おませんでした・・
 毎年毎年・・ホタルの舞う頃の深夜にその場所に立ちます・・
  昔はキャンプ場やったのに・・
     いまその下から眺めると・・
  大きなダム!!・・

        ダムのその眺めは・・・決して悪いものやおません・・せやねんけれど!!

    べつにどないでもええねんけれど・・

 わたしは・・いつも・その場に立って
        少年の頃を思い出します・・・

  少年の頃・・小学生だった私が自転車で3時間かけて立ったこの地・・
     ようも一人できたものだ・・
    橋の欄干におもいっきりの・・落書き!!
        数年たったくらいで消えるとはおもえへんかったのに・・

    たかだか40年でこのかわりよう・・

               へへっへへ

モロト - 2005/01/21(金) 19:51<

消えた落書き

今日の昼に、この前から気になっていた事があったので近くの神社に行ってきました。
そこは、大国主命を祭る神社ですが、子どものころ(35年以上前)裏に落書きがあった。
今日行ったら長年の風雪で消えてなくなっていました。
思い出せば、昭和20年前半の日付で、姫路あたりからこちらに移動してきた事、
昨日はおなかが痛かった事、タバコあればすいます、なければすわない事、
人造人間(ロボット)の事、が書いてあって、最後に何とか乞食、結城健作放亭と書いてあった。
板は昔のままやのに跡形もなく消えていました。残念。

ヤゾー - 2005/01/21(金) 17:21<

雪景色

みなさん こんばんわ

熊野は朝起きたら雪景色でした。
大方の雪はとけてしまいましたが
今も小雪がちらついています。

もんじろうさん おめでとうございます。
そして ご報告ありがとうとざいます。
また あらためて拝読させていただきますね。

ヨーカンさん この国の在来種は
虐げられ 俘囚(夷俘)にされ  利用されてきたのかも知れませんが
姿形を変え 逞しく根を張って生きているようにも思います。

もんじろう <http://blog.goo.ne.jp/monjiros/> - 2005/01/20(木) 13:40<

ご報告…

昨年の春に、こちらの方にサンカについて詠んだ短歌集、
ならびに自作の小説を紹介させていただいたもんじろうです。
そのうち小説『山の老人』がポプラ社作品市場http://www.sakuhin-ichiba.com/index.php
の年間アワードにて佳作をいただきました。
この作品を作るにあたっては、このHPをかなり参考にさせていただきました。
ありがとうございました。
作品の方は自分のブログ「壺中転々」http://blog.goo.ne.jp/monjiros/の方に引き続き
掲載させていただいております。
とり急ぎお礼まで。

ヨーカン - 2005/01/20(木) 12:03<

ブラックバス

昨夜は 網野善彦さんの 「日本とはなにか」読んでまして
朝のラジオで ブラックバスの話でてまして
 なんか?つながってしもうて

よーするに ちっちゃい魚(私らの先祖)それなりに 楽しく暮らしてましてん
そこに ブラックバスみたいな おっきな つおい魚がきて・・
くわれてしまうし けらいにされるし
わやですがな!!

それでも うまいこと かわしてたんも おりましてんけどなー・

おおかたのものが けらいになったら
こんどは よそにいって ごうとうしてこい! なんか いわれてしもて

あ! こんなんゆーたら また かーちゃんに いわれます
ほんまにあんたは こーしゃくたれや!
ついこないだまでやったら ふけーざいやで!つながれてしまうで!

なんかしらんけど  あなーきーな わたしです
 いらくにいってるひと ぶじに かえっといでやー

 
 

ヤゾー - 2005/01/18(火) 22:10<

象が観光客を救った話

みなさん こんばんわ

リゾート海岸で観光客を乗せて歩く8匹の象が
津波を察知してか 象使いのいうことをきかずに
海岸を離れて丘のジャングルに走り出したそうです。
まもなくやってきた津波で 海岸にいた多くの人たちが命を奪わましたが
象に乗っていた観光客は助かったそうです。
ヨーカンさん やはり野生の勘は凄いかも知れません。

△うぶ - 2005/01/18(火) 01:56<

十年経ったか!

地震で思い出すのは、直前に友達と神戸の裏街を歩いていたら、組事務所の前を通ったらしく
対立のヤクザと間違われて追っかけられて腕捕まえられて唾吐きかけられた思い出が有り、
地震の後、「ワーイ、ヤクザの家も潰れたぞーーー」と、ほくそえんでいました。しかし友達も私も
復興ボランティアはしましたので差し引いて下さい。
あの地震の後、兵庫県の人々の性格も変わった(より謙虚になった)ように思います。

モロト - 2005/01/17(月) 20:18<

RE野生の勘

震災の前日、我が家の愛ネコは居間のエアコンに駆け登りました。
今年で13歳になりますが、後にも先にもそんな行動はありません。
ワンコは特に変わったことはありませんでした。ただ地震の後は気の毒なほど震えていました。

ホワイチは30年ほど前に確か姫路の中年の人から聞きました。
今はなき父がホワイチは播州弁だと言っていたような気がします。
ただ、15年ほど前に仕事で前後5年ほど小野市に住んで加美、西脇、加西、多可、稲美、加古川あたりをうろちょろしていましたが、聞いたことはありませんでした。
久し振りに出会ったら、よく、せんどぶりやのうと言われました。

北京原人は今の中国人の祖先ではないと今日の新聞に出ていましたね。
私のミトコンドリアDNAを調べてくれるんだったらいつでも提供するんだけどね。
えっ、いらんてか。

ヨーカン - 2005/01/17(月) 16:55<

野性の勘

ヤゾーさん 私もあの朝5:00に 目がさめて なんでこないはよーに?ておもてましてん
年に数回もあらしません 布団のなかでテレビつけて観てたら (ごー)
 なんの音かいな?おもた瞬間!!
エライ目にあいましたが 神戸の人にくらべりゃー

インドネシアでは 動物の死骸は見当たらんとか(ほんまか うそか しらんけれど)
早起きした人 おおかったんかな?
それとも 私とヤゾーさんだけ 野生に近い??
  モロトさん
(ほわいち)きいてまわったけど 加古川 高砂近辺は だれも 知りませんでした
 

ヤゾー - 2005/01/17(月) 12:09<
みなさん こんにちわ

すみれさん はじめまして。

月日が経つのは早いものです。
妙に敏感というか勘がよいのか 地震が起きる数分前に目が覚め
テレビのスイッチを入れたところでした。
関西ローカルの朝の番組で 若い男女のアナウンサーらしき人が立って話をしているときでした。
突然の大きな揺れでパニック状態になり画面が一度暗くなり
それと同時に実家のあるところも震度5の揺れに襲われました。
自分が寝ている部屋の中の物も いくつか倒れたり落ちたりしました。
地震が収まり 再び画面が映し出され 少しずつ状況がわかってくると
どうやら実家のあるところより大阪の方が強く揺れたのだということが分かりました。
両親にそのことを伝えに一階に下りていき ニュース番組を付けるように言いました。
それからは一日中テレビに釘付けでした。
神戸で生まれ 小学生ころまでは 毎年夏休みの一週間ほど神戸の親戚の家で過ごしていただけに
震災で無惨な姿に変わり果てた神戸が映し出されたときはショックでした。
幸い 神戸の親戚は 家の被害があったものの無事であることがわかりました。
当時 船舶免許を取得して間もなかったこともあり
そのときに知り合いになった人たちが 救援物資を運ぶのに
船が役に立つというので 少しだけお手伝いさせていただきました。
震災がきっかけになったのかどうか 今になってはわかりませんが
その年の春頃から山小屋を建て始めました。
建てている最中にも オウムの事件などがあり
いろいろとあった年でした。
あれから十年 これから十年 感慨深いものがあります。

モロト - 2005/01/16(日) 19:32<

徐々に復活

体調良くなってきました。
ヨーカンさん場末の仲間に入れてくれてありがとう。

阪神大震災10年を迎えて、最近は自然災害が多いです。
こんな時にしょうもない風評や人の不安につけこむ予言者が出てくるのは困ったものです。
岡林信康さんの歌ではないけど、見てきたような嘘をつくなよと言いたい。

穢れ思想は当時の最高の知識人だった僧侶たちが繰り返し教え込んでいった。
それに対し、肉食に関してはボタンやサクラと名前を変え、
兎は鳥のように何羽とかぞえて抵抗した。いや誤魔化した。

女人禁制のお寺では男色が多くぢになる人が多かった、だからぢは病だれに寺なのよ。

ヨーカン - 2005/01/15(土) 10:34<

そろそろ

クマノの若い衆に 出てきてもらわな あきません
(あかでみっく)な コーナーが
ヨーとかヤナとかモロとか おっさんたちが
だんだんに 場末の立ち飲みでの会話に・・
これはこれで わたしら たのしんでますねんけどな

会社の仲間たちが えべっさんに いきよりました
神仏には とんと縁の無い私めも ちっと気になる時もあり
「ゑびすの旅」なる書物を 図書館でみつけました
 十日戎の売り物は はぜ袋に取鉢 銭かます
 小判に金バコ 立烏帽子 
 湯出蓮 才槌 束ね熨斗
 お笹をかたげて 千鳥足

変換キーを打ったら
ゑびす 戎 夷 蛭子 ン? ンン? (やなさん!あんたのが うつってしもたがな!)

そういえば 七福神は みなさん それぞれに どこかハンデあって その分やさしそうで
なかよしで わし すきやねん!
え?弁天さんはてか? おんなやがな おんなゆうハンデやろ
この本書いてる人(大江時雄)は 白拍子姿に それをみてますネ

常ならぬ者 異形の者 異属  ごたがいに みんなそやのに
 みんな なかよしやったのに
(抑圧 差別 反目) こんなん作り出し 助長してきたんは だれぞい!!











ya(・ε^)na - 2005/01/14(金) 23:09<

なーーんや元気おませんねぇ・・



なんやベーターやガンマーや何や知りませんけれど
 酒呑んで悪くなった肝臓やったら・・んんんん
   お酒の節制でよくなるらしいですよぅ・・
    三日に一回禁酒の日があったら・・よおなるらしいですよぅ

      ほんなら禁酒日が作れるんかいなぁッて・・
            言われましたら・・・んんんん
                 これが・んんんん

  なかなか難しい!!・・
    仕事が忙しかったら・・疲れたよってに・・一杯
     暇やったからって・・んんん一杯・・へへ
 腹たって・一杯
    悲しゅうて一杯・・
   兎に角そんなけ呑んどったら・・あきませんわなぁ・・へへ


 私も年末から咳が止まりません
  あんまり苦しいのでDRからお薬もろてきました
  そんでもお酒やめられません
    へへ・・お酒で薬呑んでたら
    娘に怒られましたがな・・へへへ
  
  ダライラマの本があったので・・
    便所で読ませてもろてます
   ほんでから、五木寛之の大河の一滴も読ませてもろてます・・

     罰当りな自分ですが・・少し年配者の仲間になってから・
             なんて言いますねんやろか・・

       ザワワザワワの・・サトウキビ畑のうた・・
              聞いてるだけで・・熱くなります・・

     小さな揺れだけで・・ビクッとする自分もあります
          1・17がちかずきました・・・へへ

                    へへへへ・・

        

                  1・17・・・
       

モロト - 2005/01/14(金) 19:52<

皆さん元気出して

風邪が治らんから、ついに近くの医院に行きました。
肝機能障害ですって、A,B,C,型ではないので人にはうつらんそうです。
入院施設のある病院だと即刻入院だと言われました。
原因は本人が良く分かっています。酒です。これまで肝臓で引っかかったことが
なかったので無茶をしました。断酒3日目で今ケロッとしてます。
それでも体調の悪い間は色々と考えました。
生き物生まれてきたら必ず終末が来るのは当たり前の事、そんなことは分かっている。
でも、まだやり残しがあるやん。未練。
俘囚のたどった道を知らずして人生終わるのいやや。
不真面目モロトがオセンチにも静かに考えた数日でした。
こんな文章じゃ元気でない?

やなぎむし - 2005/01/12(水) 17:00<

ヨーカンさん

えらいすんません・・
  何や・・んんん
 ほんまに私が、落ち込んでるみたいなかきこですねぇ
  えらいご心配おかけしました
   別に何も落ち込んだり悲観してるわけやおませんねんよ
  エールやおもとってください・・(だれに?)
      思いつく方すべてにでおます・・
    もちろん、自分も含めてでおますんよ・・

 あはっはは・・また書いとるわ・・
       くらいに、おもとってください

              ほな

 

ヨーカン - 2005/01/12(水) 10:58<

ヤーーナさん

どないしたん?  んん?

ひとはみな よわくて えーやんか
ひとはみな あほでも えーやんか

わたし このごろ おもいますねん
じぶんが よわくて あほで びんぼうで
(なんか わるいかいな?)

そない おもてから ひとに やさしなったわ

あ あ ごめん! なんもわからんとってからに こんなことゆーて


すきなだけ のみなはれや
すきなだけ なきなはれや

かなしかったり つらかったりが
ちいさなことでも 
おおきな うれしいに してくれる

え? あ おさけが たらんかったて・・・?
それとも わたしみたいに おかんに えらそうにいわれた?


すみれ - 2005/01/12(水) 07:57<

初めまして

検索でたどり着きました。ご挨拶させていただきます。
私は大分県竹田高校の鳥飼(正:鳥養)先生に指導してもらっていたことがあります。
サンカ研究についても口にされることがありましたが、当時知識が全くなかったため
あまり理解することができませんでした。
来月帰郷する折に向けて関連書を読んでみようかと思っています。

- 2005/01/11(火) 11:20<

沖縄の針突(ハジチ)

サンカ文字は偽物かもしれないと思っていたが、
沖縄の針突(ハジチ)に
サンカ文字の タ があるところをみると本物だな。

http://www.ne.jp/asahi/tochi/kagami/0410.htm

ya(・ε^)na - 2005/01/11(火) 04:12<

王国の住人

山の頂に腰を下ろして・・
  一人、風を感じるとき・・・
  風は香しく季節を感じさせてくれた・・
 都会で感じる風は・
    少し・・渇いて感じる・・・

人の誕生の時、
  赤子は、しっかりとコブシを握り締め・・
    泣きながら生まれる・・・・・・・・・・・
 そしてその生涯を終える時・
       そのコブシは力なく開いて終わる・・・・

  人は、弱いが故に虚勢を張り
      弱いが故に殻に閉じこもる・・

       どちらも人間・・
       
       私も・・そんな・・

          弱い人間・・・

こうへい - 2005/01/11(火) 00:37<

別所 願成寺

国宝 十一面千手観音は、1月1日だけ御開帳・・・・忘れていました あーあ

こうへい - 2005/01/11(火) 00:16<

先人の言葉

が、自分の漠然とした感覚を、端的に表してくれてることが多い・・・・・。


「最後の二、三週間ほど私たちが緊密になったことはなかった。そうなることができたことを感謝している」・・死が迫りつつあることを意識するのは耐えがたい苦しみであるが、生を終える時期のこの緊密さは、あとになって胸に秘めておかれる宝なのである。


「愛する人」の死という経験を通し、時が経てばたつほど、攻撃的になったり、心身ともに殻にとじこもる人がいる一方、その人がそこにいるだけでおおらかなやさしさに包まれるように思えるように変わっていく人がいるのはどうしたことなのか。


悲劇的な体験は、人から人生の希望と喜びを奪い、残りの一生をうらみの中に過ごさせることもあるが、同じ体験を貴重な成熟への道とすることもまた可能である。

大きな悲しみを受けた人は、うらむようになるか、やさしくなるかのどちらかである
悲劇から何を引き出すかは、究極的には各自の主体性にかかっていると言えよう。

こうへい - 2005/01/10(月) 23:24<

そうそう(^o^)

あの、砂糖を混ぜた醤油を塗って、焼いてる時のあのいい匂い。
なんとも言えません・・・最近やってないけど・・・

ヤゾー - 2005/01/10(月) 18:55<

鏡餅

みなさん こんばんわ

いちご麦さん こちらこそ ありがとうございます。
いっとうさん はじめまして。
yafengさん はるばる中国から こんにちわ。

鏡餅にカビが生えた頃 水に浸けてカビを取って
薄く切って 油で揚げたのは美味しかったですね。
僕が小さい頃には まだ火鉢というものがあって
火鉢に金網を乗せて 醤油を塗りながら焼いて食べた味も忘れられません。
どうして あんなに美味しかったのだろうかと思います。
餅が良かったのか それとも火鉢だからなのか それとも時代が良かったからなのかな?

yafeng - 2005/01/09(日) 16:58<
こんにちは、中国人です、日本の忍者についてことの興味がある、特別に甲賀の忍者が大好きだ

どちらさまが甲賀の忍者の資料を提供する、僕は大感謝だ
僕のE-mailはnanfengyixiang@sina.com

ありがとう、ございます

こうへい - 2005/01/09(日) 12:04<

餅のカビ

丸餅でも、水に浸けて、タワシかなんかでこすって、多少黄色く残ってるやつを
食いました。(^o^)

あのカビの味、もう忘れましたね・・・(^^)

ya(・ε^)na - 2005/01/09(日) 00:30<

カビの味の話

正月前の餅にカビがあった!!
  今の子供は!!・・そんなん食べたら病気になるとか言いよります
   しかし、貧乏性の嫁と私はそのカビを削り鍋に入れた・・
   なんともいえないカビの味!!
    昔のあの思いが蘇った!!
 鏡開きの鏡餅を細かく割って・・
      油で揚げたあの味・・
        神様の捧げ物をいただくというそんな行為!!

        もう遠い昔のことかもしれない・・

  もったいない!!・・
    ポロッ・・手元から落とした餅・・
   パタパタってゴミとホコリを払って・・
      口に運ぶ・・・
    子供が見ていた!!
      へっへへ

   ああもったいなぁ・・
      へへへへへ



   忘れたくない、言葉であると私は思う・・

    へへへ・・ああもったいなぁ・・けけ

                       へへへ・・ほな

いっとう - 2005/01/08(土) 20:32<

はじめまして

はじめまして、家の祖母の話を聞いてたら、先祖はサンカかな?と思いました、八切説の、エケセテネが頭に付く苗字だし、縁あって有名な竹内文書の研究家とも懇意にさせて頂いたので、サンカについてなんとなく解るかな?というようになりました、と思ってるだけで、全くの素人なので色々勉強したいと思います宜しくおねがいします。

モロト - 2005/01/07(金) 19:56<

風邪がなおらん

ヨーカンさんお近くですか、今後ともよろしくお願いします。
それと、こぶ鯛、ヨーカンでたべてね。

聖はひじり(日知り)で各地の農作業の始め時を伝えてまわった。
と聞いたことがあります。
私の農作業は気まぐれですので、よく失敗します。
暮れにひいた風邪がなおらない。寝込む程じゃない中途半端な状態。
私の性格そのまま。グスン。

いちご麦 - 2005/01/07(金) 17:30<

新年おめでとうございます

ヤゾーさん、みなさま、旧年中は、有難うございました。
ここのところ、たて続けに、竹田日恵(にちえ)著書を読んで、山窩が、歴史的にいかに重要な役割を果たしてきたかを知り、とてもいい一年のスタートをきることが出来ました。今から同氏著「後醍醐天皇」を読み始めるところです。
今年も、皆様、お元気で過ごされますように。また、よろしくお願い致します。

ヨーカン - 2005/01/07(金) 11:12<

こぶ鯛

みんなして こわいのなんのと!
わたしに よくにて かわいいのに!
うちのあたりでは(あかちゃん)て いいます

モロトさん わたし近くにすんでます
三木の別所には 鉄工技術の伝承者の記念碑が残ってますね
大きなケヤキが聳えていて いい雰囲気です

 正月は 家でセブリとなってしまいましたが おかげで いい話が聞けました
時は徳川政権の時代 所は播州の貧しい村
高台にある畑は水が無く まともな作物はできません
「水があれば あの地がなんとかなれば この貧しい村も なんとかなるのになー」
考え抜いた一人の男が隣村の溜め池をみつめていました
田植えの時期で 池から田んぼへ水を入れるため堰が開けられました
勢いよく 田圃に水が流れ込んで 輝きが一面に広がって
 (彼の心の動きは  ・・どんなだったでしょう?)
じっと見つめていた彼の脳裏に 「みずの勢い!」・・・・・
  (ここからは 私の頭ではちょっと)

何年かの後、奇妙なカーブと 場所によって幅の変えられた水路に 堰を切られた下の池から上の田に
きらきらと かがやく水が 叛流していくのを みつめている村人達の姿がありました

生きるとは ・・

いい正月休みになりました

みなさん 今年もよろしく お願いします







ヤゾー - 2005/01/07(金) 09:46<

みなさん おはようございます。

モロトさん レスが遅れて申し訳ありません。
ほわいちという言葉が
思ったより広い範囲で使われていたことを初めて知りました。
少し前に 本屋でムーという雑誌をパラパラと立ち読みしたら
徳川家康の出自や明治天皇の出自に触れた特集記事があって
300年で賎民が支配階級に取って代わるというような説を唱えていました。

こうへいさん 正月早々 雪の釜中へ行くなんて行動力がありますね。
風の王国の写真は おっしゃるように峠の地蔵さんから見た景色です。
流石に詳しいです。

モロト - 2005/01/06(木) 16:59<

私の史観を変えた1冊

レスは結構少ないですね。
ごめんなさい、勝手に書き込みます。
私の史観を変えた一冊は高本力著の「部落の源流」です。
部落の源流を俘囚とした本です。
これにより、解決することが多いです。
東北地方に部落の少ない理由、南限が種子島である理由。
でも・・・実際の検証となると分からなくなってしまうのです。
私の住む近くにも俘囚郷があった。みなぎ郷、今の美嚢郡です。
そこには、別所地名がなく隣の三木市にはある。はてな。
別所氏という大名までいる。はてな。

モロト - 2005/01/05(水) 10:26<

ホワイチを聞いた場所

ヤゾーさん、私は兵庫県南部の生まれ育ちです。
ホワイチは摂津でも播州でも聞いたことがありますが、今は全く聞きません。
あと、味がまずいことを、もみないという言い方もいまはききませんね。
ついでに、自己紹介をば、私は第2種兼業農家です。田んぼと畑は6反6畝程、
4反6畝の水田、1反程の畑、残りは休耕田です。
米は無茶苦茶評判がいいですよ。
畑は家庭菜園程度で、ヒョウタンと野菜を作っています。
余り野菜は近所や知人に流れます。おおむね好評ですが形は悪いです。
子どもに好評なのはイチゴとスイカかな。

とんちんかん小僧 - 2005/01/05(水) 09:35<

明けましておめでとうございます\(^O^)/

皆さん、おはようございます。
久しぶりに正月の三が日を自宅で過ごすことになり毎食ワインとともに過ごし心地よい時間を過ごす事が出来て良かったです。
読書の方は停滞期に入ってしまっていて、また段取りが整い次第読んでいきたいと思っています。

スマトラ沖の地震の影響で15万人以上の方が亡くなったそうです。この数字は1945年に広島に原爆が投下された時の死者の人数より多いらしいです(昨日の毎日新聞によれば)。両親と弟を被災で亡くした少年は、少年は強いなと思いました。テレビカメラが回っている間中、涙を流し過ぎたためか(僕の予測ですが)涙一つ流さず葬儀を見守っていた映像を見た時に胸に目に熱いものが込み上げてきました。

ヤゾー - 2005/01/04(火) 13:45<

あっと驚く初釣りでした。

みなさん こんにちわ

昨日 正月も三日目となると釣りバカも退屈なのか
実家に帰省中の僕を 釣りでも行こらと誘いに来ました。
渋滞が酷いので 遠くへは行かずに実家から十分くらいの磯で竿を出すことにしました。
その磯はむかし通い続けたことがあって 年々魚も減ってきており
精々釣れてもグレの30センチが釣れれば上等だと思い
僕はただ見ているだけで ここでどんなんが釣れたとか自慢話をしていました。
近場の磯としては たまに珍しい魚が釣れることもありましたが
所詮 クルマを降りて五分ばかり難儀して歩けば行ける地磯なので 釣りバカもまったく期待はしていませんでした。
ところがです。当たりがあって合わせると竿ごとひったくられるような引きで 糸鳴りしてハリスが切れること二回。
んんん? ボラの80センチ級でも あんな感じではないし
それに近頃のハリスは強いので 二号でもそう簡単にはあんな感じでは切れない。
なんだろか?たまに40センチくらいのフグが掛かることがあって
そんな場合は歯で噛み切られるのでスパッとハリスが切れる。
釣りバカも相当大きな魚にひったくられた感じがしたと言うのです。
南紀の磯では そういうことは頻繁にあることなのですが
その磯では そういう経験はありませんでした。
それも年々釣れる魚が小さく減ってきているのに不思議だなと感じていました。
三度目に同じ当たりがあったとき 南紀の磯に足繁く通った釣りバカは
大物とやり取りする腕を磨いていたのか
それとも去年の暮に買ったばかりの がまかつの磯竿1・5号のポテンシャルが高かったのか
今度はすぐに切れれることなく 全身で竿を持って踏ん張っている感じで 大層な!と言いたくなるような姿でした。
しかし それくらい重たそうでもあり 不思議な引きでした。
大きなグレでもない 大きな青物でもない ましてボラでもない
あまり走らないけど 重たいものが ゆっくりとしめこむ感じでキーンと竿鳴りしていました。
兎に角 どんな魚なのか見たいので 竿ごと海に飛び込んででも顔を見せてくれ〜と檄を飛ばしました。
格闘すること五分くらい? 根性で魚を浮かして顔を見たら
なんじゃ〜これはというような間の抜けた大きな顔。
これはカンダイじゃ〜 それも子供ではなくて頭に瘤のある大人のカンダイじゃ〜
子供のカンダイはここで釣れたことはあったが こんな大きなカンダイは初めてじゃ〜と
二人して興奮して 僕が玉ですくおうとするのですが 大きすぎてなかなかうまく入らなくて
ここで逃がしたら 一生言われると渾身の力ですくって 磯のまであげたのでした。重かったです。
山小屋に戻ったら その魚の写真をアップします。
釣りバカのみなさん お楽しみに。

モロトさん ほわいちという言葉は どこらへんで使われていたのでしょうか。
差し障りがなければ教えて下さい。
僕の場合は中紀地方で 一昨年九十歳で亡くなった爺さんがよく使っていました。
何故か 東京の下町で生まれ育った友達に
ほわいち や はちも という人を罵倒する言葉を教えると
とても受けて 楽しそうに使っていました。

モロト - 2005/01/04(火) 12:10<

被差別部落と白山社

被差別部落と白山神社がよく関連付けられますね。
関西以西はあまり強いつながりは感じられません。
関八州の支配をした弾佐衛門の支配下での地で白山社が
見られるようです。弾佐衛門の子どもが白山社のおかげで病が治った
ということで、弾佐衛門が信仰を勧めたらしいです。

こうへい - 2005/01/04(火) 11:58<

有名神社

の、お賽銭、札数える映像流れてます。
なんだかなあ・・・
40枚買ったのに、宝くじ当たったのが、1000円。あ〜あ

こうへい - 2005/01/02(日) 18:27<

GAiNAさん

ことしもよろしくおねがいします。

ありがとうございます。(^o^)

>祓詞「かけまくも・・・かしこみ申す」
>大祓詞「たかまがはらに・・・」などが、そのままの形で残り、
>どの神社でも唱えられる一般的な祝詞です。

そうですよね、ボクは2年、お宮の役しましたが、いつもそのような祝詞でした。
詳しい、お話ありがとうございます。

神事の時に、聞いてみます。ありがとうございました。m(__)m

GAiNA - 2005/01/01(土) 22:07<
みなさん、明けましておめでとうございます。
大晦日に玉置神社へ・・・。
新年の2時間あまりを過ごし、
雪と凍てついた大気の中、降りてきました。

こうへいさん、神社の祝詞ですが・・・。
平安時代の延喜式という法律書のようなものに出てくる
「神に申し上げる」という形式のものが今も伝えられています。
祓詞「かけまくも・・・かしこみ申す」
大祓詞「たかまがはらに・・・」などが、そのままの形で残り、
どの神社でも唱えられる一般的な祝詞です。
ちなみに祓詞は祭事の前(修祓の儀)に必ず唱えられますが、
大祓詞は罪・穢れを祓うときのみ、
例えば6月末の夏越大祓い、年末の年越しの大祓いや
神社で個人的に祓いを受けるときにのみ唱えられます。

神社固有の祝詞は、神社の祭りの時にその御神祭を讃える祝詞が神官によって創作されます。
創作といっても代々伝わっている祝詞に、その時節の事柄を加えて創られていることが殆ど。
ちなみに伊勢神宮などの大きな神社には、祝詞を考える専門職の神官がいるようです。
それに祝詞を唱えるときに太鼓を叩く神社もありますが、
それは、その神社の宮司によって決定されることが多いようです。

神事に参列され、御祭神を讃える祝詞を聞いて、
詩的な文学的な素質を持った神官や宮司がいるかどうか、
比較するのもおもしろいものです。
それに、唱え方の調子も・・・。

一般的な祝詞の違いです。参考になさってください。

こうへい - 2005/01/01(土) 20:44<

神社の祝詞(ノリト)

って、よくわからないのですが、神社固有の祝詞ってあるんでしょうか?
例えば、その神社の・いわれ・みたいなものが書かれているのでしょうか?
それとも、全国的に、同じものなんでしょうか?
ご存知の方、よろしければ、お教え願えれば、ありがたいです。m(__)m

こうへい - 2005/01/01(土) 19:10<

釜中探検隊 初出動(^o^)

突然、思い出しました。
この前、神社の祭りの時にみせてもらった、今期の神主さんの家にある木箱の中に、古びた、和紙で、紙紐で綴じた祝詞を書いたものと思われるものが、正月三が日、また、神主さんのうちにある。普段は、神社の中に安置されてる・・・。
あわてて、出かけました・・。

別所、願成寺あたりから、道脇に雪が見えます。
別所の集落は、真っ白で、峠のてっぺんは、シャーベット状。
脇にそれて、東急横から、釜中の街道に入ると、道が真っ白・・車が通らないんでしょうね。
それでなくても、すり減ったぼくのタイヤ・・車を置いて歩きました。
そこはもう雪国、ギュッギュッと雪が音をたてます。ずっと下りなのですが、遠い。
滝の横で、3時半、車からちょうど30分。
釜中の一番下の神主さんの家まで、滝から10分。

ひさしぶりに、おじさんとおばあさんにお会いしました。
事情を話して、書き写させてくれるように頼みました。
が、丁重に断られました。

当然のことで、一年間預かって、次の家に引き渡す迄の間、大切に保管しなければなりません。
自分の、神主の間になにかあれば、大問題なのです。
書き写すことは勿論、手にとって見ることさえ、はばかられるのです。
出来れば、一日も早く、次の家に渡したい・・

じつは、祭りの間、神社の扉を開けて、海の物と山の物をお供えするのですが、その間、神社から、その箱を持ち帰ると思っていたのですが、一年間、次の神主に引き継ぐまで、神主さんのうちに、ずっと、あったのです。なんという勘違い。

で、つぎの神主さんに、渡すのが、この7日。

コーヒーをごちそうになって、表に出ると、大雪。
道の真ん中の黒い所は、シャーベット状で滑るのですが、真っ白の雪の上は、ギュッ、ギュッと音がして、坂を登る足をやさしくホールドしてくれます。
景色は、真っ白の中に、黒っぽい岩と、葉っぱの落ちた木々、雪を被った松の葉の薄い緑。
それが、降ってる雪のなかで、見えたり、霞んだり・・・きれいな雪景色です。

滝で、お不動さんでなく、滝を拝みました。喪中でも、自然相手なら良いと思ったので。

来るとき、雪の上に小便で書いた字が、消えていたので、もう一度書いてやりました。(^o^)

雪景色を歩いて、やっと車が見えました。
二時間足らずの間に、積もった雪で、真っ白になっていました。
西の空には、夕日に照らされた明るい雲が見えました。
黒く濡れた広い道に出たら、これで無事帰れる・・って、ホッとしました。(^o^)

正月早々、つまらないことを、長々と書いてしまいました。m(__)m

モロト - 2005/01/01(土) 10:16<

ほわいち

やぞーさんへ
昔の人はよく使ってましたよ
ほわいち、ほわいったん、どーくそほわいち、いろんな
バリエーションがありました。その後で、けつでもなめとけと言うんです。
今は全く聞きません。

モロト - 2005/01/01(土) 10:06<

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
又一つ年を取りました。偽りの年齢47才です。
戸籍上は46才。実は12月31日生まれで、戸籍上は翌年の1月2日となっています。
昔は数え年で生まれて1才年が明けて2才となるため年末生まれの子どもは翌年生まれとしたのが
多いそうです。今ではそんなことは不可能でしょう。
だから誕生日は過ぎたのに誕生祝はまだ届かない。
今は聞かなくなったお年寄りの言葉。
私のひと−こちのひと(時代劇ではやってますね)
おいしくない−もみない
聞いたことがあるが意味が分からん−おなみそ
 

こうへい - 2005/01/01(土) 02:43<

2005年が明けました

みなさん 今年もよろしくお願い致します。

信仰心の希薄なボクが、オメデトウを書けないのは、何なんでしょうね・・常識ですか?

女満別・・・懐かしいです
初めて、北海道に降り立った空港が、女満別でした。
昼時だったのですが、途中で食おうって思って、レンタカーを走らせたら、確か遠軽まで、食堂、喫茶店、コンビニ、自動販売機がありませんでした。
腹が減って・・・(^o^)
北海道では、ルートにもよりますが、とにかく、最初目に入った所で、食っておきましょう(^o^)

ya(・ε^)na - 2005/01/01(土) 00:50<

謹賀新年

ううううう・・さぶーーぅ・・
  なんや知らん間に、2005年になってますよぅ・・
 大晦日の朝は・・大阪は雪!!午前中の御堂筋はめずらしいボタン雪が舞いました
   淀川のバイパスから葦の鴨君や旋回するカモメ君を眺めますと
     息子が「ヤッパリ冬がええなぁ・・」って言いました
 さすが我が息子・・遺伝子、DNAに何か似たもの感じます
   こいつ、放浪癖がおますんよ・・
     昨年やったやろか・・どこいったんやおもいまして携帯にTELしましたら
   エエエエ・・女満別やとか、中標津や言います
      地吹雪、見にきてん・やてぇ・・あのなあ!!
         そこまで行くんやったら、それなりの準備がいるやろ!!
      親として当然のことやけど・・注意しときました
        命にかかわりますよねぇ・・ほんま
      
     「そこまで行ったら・・旨い魚あるやろぅ・・こおてきてなぁ」んんん

        ほんま・・大阪人の癖に経済観念がない!!


            ちゃうやろ!!てかぁ・・すんません

    しょうもないことを!!
 
   みなさま、本年もしょおもないこと書かせてもらいますよってに
     よろしゅうおねがいもうしあげます・

    ほな

ヤゾー - 2005/01/01(土) 00:30<

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

スマトラ沖地震による津波の被害の大きさは想像以上のものがありました。
被害に遭われた方たちに 心よりお見舞い申し上げます。
津波の被害が大きかったスリランカの国立公園では
動物の死骸がなく 関係者を驚かせているそうです。
備えあれば憂いなしから 動物のように起こる前に安全なところへ逃げるのがベストだと思いました。
そういうこともあってか「震災列島」という地震や津波の被害を描いた小説が読みたかったので
本屋へ買いに行ったら 奇遇にもこうへいさんと出会いました。

モロトさん はじめまして。
ほわいちという言葉をご存知なんですか。

あおき - 2005/01/01(土) 00:08<

あけましておめでとうございます

 みなさんあけましておめでとうございます
昨年は本当に災害の多い年でしたが
今年は良い年でありますように

こうへい - 2004/12/31(金) 23:07<

もうすぐ今年もおわりですね

やなさん、勝敗は、あの、犬を連れた女の子だから・・、

来年まで、持ち越しですよ。(^o^) もう、いいって・・(^o^)

今日、ビデオ屋さんの前で、久しぶりに、ヤゾーさんに会いましたよ。
奇遇ですね。
なにやら、深刻な本を買って、持ってました・・・

モロト - 2004/12/31(金) 09:31<

今は聞けないお年寄りの言葉

今は聞けないお年寄りの言葉ってありますよね。
私は47才ですが、子どものころだから40年前くらい
おばあさんたちは、カエルのことをガエルと言っていた。
オタマジャクシのことをガエルゴロと言っていました。
当時も不思議と思いながら意味は通じていましたので、年寄り
言葉と思っていました、その通り今そんな言葉を使うひとはいません、
ヘビのことをクチナ(これは古語辞典で口縄とありました)
ばかたれと罵るのをほわいったん(過去ログにありました)
人間が死ぬ直前にするウンチをガニババと言ってました。

こうへい - 2004/12/31(金) 01:16<

??

 落語の世界  イカケヤ(鋳掛け屋)ちがいましたかね?

 最後まで、すんません(^o^)

ya(・ε^)na - 2004/12/31(金) 00:23<

仕事・・んんん・・納まりませんがな

へへへへ・・こうへいさんの勝ちでしたかぁ・・
  残念!!
  でも嬉しい残念でしたので・・へへ・まあええかいねぇ・

>格好!!・ひょっとしたら・難しい制服きてはりますのん??
   制服やったら・・制服に私も弱かったりして・・
     (セーラー服とちゃいますよぅ)

 どっちにしても、みんな、大きな声で挨拶くらいはちゃんとしたいものですね


    そないゆうたら・・サンカ社会の資料編お持ちの方、10ページくらい
     に載ってるのウメガイ(1)ですねんけれど・・
 ヤゾーのウメガイとチョットちゃうと思いませんかぁ
   箕作りの道具と見るのか、サンカのシンボルと見るのか・・
   両刃やよってに、出雲のシンボルって考えてよろしおますんやろかぁ
  竹細工する時に、これがほんまに使いよい!!・んんんん
    そんな道具なだけやないですやろか・・
      東沢さん、どないおもいますかぁ・・

      落語の世界に、鍛冶屋の話がおます
    昔は、フイゴかついで鍋や釜の修理にまわってきた人がおったんやそうです
     ほんでからヤッパリ今でも、東欧では・・
      ジプシーで鍋釜の修理しながら町々を廻ってる人たちがいるんやそうです・・
  以前NHKのTV番組でやってました
    
        高温を出すための・・鉄を柔らかくするためのフイゴ・・
                なんやこの、フイゴも面白いと思いませんかぁ・・

 さあて、いよいよ年末でおます・・
        良いお年をお迎えくださいね・

               ほな     

こうへい - 2004/12/31(金) 00:01<

榧の実は・・・

どこへ行ったの。(T_T)

裏の畑のオッサンが、ゴミ等燃やして、くそっ、煙でうちの洗濯モンが・・
ん? 
思い出しました・・サクラの落ち葉を拾ってきて燃やしてアクヌキしなきゃあ・・

えーっと、榧の実は・・ 干して置いたカヤの実が・・どこにも・・ない!

あちゃー、台風で、どっかへ、飛んでしまったのだー

うっかり、忘れていたー B型やー すいません、都合の悪いことは、すぐ血液型のせいにする癖があるんです・・

こうへい - 2004/12/30(木) 23:42<

仕事納め

今日、ボクの今年最後のパトの日でした。
寒かったです。
自転車の小学生が、向こうから「ご苦労様です」って声かけてくれましたよ・・ヤナさん
まあ、格好もあるんでしょうけど
3人、声かけてくれました。

来年は、明るいニュースばかりアルヨウニ、祈りましょう。\(^O^)/

モロト様 はじめまして
ボクも、俘囚、別所を、狭い所で追っています。
タタラを追っていますが、よく解りません・・・

モロト - 2004/12/30(木) 15:12<

はじめまして

はじめまして、モロトと言います。
えびす、俘囚、別所関連でここにたどり着きました。
俘囚のその後、日本における差別の原点を探りたいと思っています。
色々とご教示ください。
オカメ・ヒョットコ のヒョットコは火男で口を尖らせて火を起こすさまを
ふいごを使用した民にこっけいに表現されたものと聞いたことがあります。
それが何故、今縁起物のようになったのか
オカメは宇漢迷なのでしょうか、それならエビスですよねえ、わかりません。

ヤゾー - 2004/12/29(水) 19:46<

歳の瀬

みなさん こんばんわ

NONさん 今の若者を見ていると
目標を持って生きているだけで
素晴らしいと思ってしまいます。

なにかと慌しい歳の瀬ですが
事故や病気に気をつけて
みなさんも 良いお年をお迎え下さい。

こうへい - 2004/12/29(水) 11:47<

旧石器人の発明 折れない槍

人間が、マンモスを追っていた時代のことです。
マンモスを沼地に追い込んで、動きが鈍った所を槍で仕留めた?
マンモスが絶滅したのは、人間が食い尽くしたって説もあるくらい・・アメリカまでおってますから

で、石槍は、大きなものを作ろうとすると、制作途中で折れちゃうことが多い。
せっかく、完成しても、落としたら折れちゃうので、もう使えない・・悔しいやら情けないやら
それは、槍本体が、硬く鋭利だが、全部石で出来ていること。

そこで、旧石器人は画期的な発明をした。
例えば、幅、10ミリ、ながさ20ミリの薄い刃を沢山作ります。(数値はあてにならない)
これを、細石刃(サイセキジン)といいます。・・これを、石核から剥ぎ取るのは難しい、サヌカイトでは絶望的で、良質な黒曜石等で、高度な技術でもって初めて作れる。・・

次に、動物の骨や木で槍の形を作ります。その周囲に細い溝を彫ります。
 
そこに、細石刃を並べて埋め込みます。接着は、アスファルト(石油の出るところで、例えば地表に出てる原油の揮発分が蒸発してしまうと、黒い固形物が残ります・・これが天然アスファルト)

この槍を、マンモスに投げつけると、細石刃が皮、肉を切り裂き、槍は奥深く入ります。)
威力は、それまでの石槍に負けない。
骨に突き刺さって、先が突き抜けてる写真を見たことがあります。

先ず、折れない、刃がこぼれたら、アスファルトを熱して溶かし、そこだけ新しいのと取り替えればいい。
これは、凄い・・・旧石器時代の終わりまで、使われました。

北海道で、良質の黒曜石の採れる置戸町、ここにも、原産地石器人がいます。
石器ナイフ作りの名人。熊のでるところへ案内して貰ったり、旧石器の遺物の表採の出来る遺跡に連れて貰ったり、大変お世話になってる人です。
彼が、素晴らしい細石刃ナイフを作りました。
風の王国 掲示板に、その写真アップしました。許可はもらってます。(^o^)

この、トモダチのHP紹介させて頂きます。
親切、丁寧、魅力的ところです。石器、石器ナイフに興味あるひと、お奨めです。(^^)

http://www.muratasystem.or.jp/~koji/welcome.html

こうへい - 2004/12/29(水) 02:11<

「コーリング」

またしても、映画紹介たい

ケビン・コスナー主演 「コーリング」
内容は、言ったら面白くないばってんが、そりゃあ、よか映画ばい・・
ビデオ屋さんで、捜してチョンマゲ・・
カラシ明太子うまかと?

こうへい - 2004/12/29(水) 01:57<

「こっこっこんにちわあ(◎-◎;)」

はっはっはー・・・あーあーかあ

タクシーのオッサンの話のこともあって、ちょっと試して見たんですけどね・・
いや、あれは断じて、そういう顔ではなかったでしょう・・
今度、もし出会って、回れ右されたら、ヤナさんの勝ち(^o^)

まあ、今年もあと少し・・最後まで荒れ狂った今年の地球でありますが、
良い想念を一人でも多く発して、地球が笑顔になるように祈りましょう。(^o^)

ya(・ε^)na - 2004/12/29(水) 01:21<

「おこんにちわぁ」

あははっはは・・こうへいさん
  その少女の顔ひきつってたんとちゃいますかぁ・・
  「こおおこんんんにいっちいっわぁぁl」・・
 年配で少し耳が遠くなり始めた彼は・・「こんにちは」って聞こえました・・
 「かわいいね」って言われて・・
  やっとの想いで「はい」といえず・・「うん」と言いました
  恐ろしい・・怖いそんな想いで一杯の少女はやっとの想いで開放されて
  心の底から「バイバイ」・・「バイバイ」と叫ぶのでした

   しかし・・心の優しい彼は彼女の本当の心が読まれへんかったりして・・

    こんなこと書いたら・・根性わるいんかいねぇ・・へへっへ

こうへい - 2004/12/27(月) 11:19<

「こんにちは」

昨日昼過ぎ、家から駐車場へ行く途中で、子犬を連れた小3位の知らない女の子に出会いました。
わざと、ちょっと恐い顔つくって、「こんにちは」って言ってみました。
「こんにちは」って、笑顔が返ってきました・・
「かわいいね」って、子犬の頭なぜて言ってみました。
「うん」とても嬉しそうな笑顔が返ってきました・・
 ばいばい・・っていうと、「バイバイ」って手を振ってくれました。

 街の巡回は、寒かったけど、なぜかちょっとうれしい一日でした・・(^o^)

NON - 2004/12/27(月) 10:56<
ご無沙汰しています。いつもみなさんの深いお話を読ませてもらっておりまして感謝しております。ヤゾーさん,やなさん暖かいクリスマスのお話ありがとうございました。やなさんのお話で。ついうちの息子のことをダブらせてしまい。うちも息子がドラマー(たいこたたき)になるって言って風呂もトイレもない安アパートで,すでに3年程頑張っています。希望に従い高校留学を一年させ,国立大に入ったし,現代社会では何とかやっていくのだろうと親業終了宣言させてもらったのでしたが,(田舎暮らし&農業を開始させてもらったのでしたが)何と大学を3年でやめての転身でした。子育て中には全く気づかなかった音楽的才能。(気づかなくてごめんよ…?!)理系の頭で音楽をどうこなしていくのか?1年前に会った時は音楽理論(!)を勉強していると言っていた。この夏にはドラムの月謝が5万を超えたといっていた。……この先どうなっていくのだろう。今日はそんな息子にもちを送るために朝から忙しく働いています。

ya(・ε^)na - 2004/12/26(日) 01:52<

夫婦でクリスマス!!・・

あはぁぁぁぁ・
  へへへっへ今帰りました!・・敬礼!!
   今日は嫁さんと二人で・・飲み会です・へへへ
 二人でシコタマ飲んでかえろかなァっとおもてましたら・・

 路上ライブ!!・・二人の青年がギター抱えて歌ってました
  女の子三人と私たち夫婦・・
しばらくすると彼女たちは帰って私たちだけのライブとなりました・・・

    フォークギターの音色に二人とも納得・・・
 最後に一曲歌わせてもらいました・・
  素敵なクリスマスでした・・・

      ほんでから最後に・・私の名前を呼ばれて・
   エエなんで私の名前しってるん??

          ええなんやあんた・・アノ人の息子なん!!

            世の中狭いもんですなぁ・・

  ははっは・・この二人が・・一曲当てることを祈ります・・

           朝まで寒い中・・がんばりやぁ!!

              また聞かせて貰いますよぅ
  
     豊中庄内駅東口で週末やってます・・良かったら聞いてあげてくださいね

                     ほな

ヤゾー - 2004/12/25(土) 21:23<

暖かいクリスマス

みなさん こんばんわ
こちらでは とても暖かいクリスマスでした。

ショッピングセンターの駐車場でのことでした。
三つくらいの幼児が 大きなソフトクリームを持って
祖母らしき人と一緒に歩いていました。
よほどソフトクリームを買ってもらったのが嬉しかったのか
幼児特有のカクカクとした小踊り状態の歩き方でした。
あんな歩きかたして 段々と積まれたアイスが落ちないのかなと心配していたら
案の定 一番上のアイスがコロリンと落ちてしまいました。
その瞬間 小踊りは凍りつき 立ち止まって
しばらく落ちたアイスを見つめていました。
喜びにみちた小踊りから 一転してガ〜ンという音が聞こえてきそうなほどの落胆ぶりでした。
さて どうするのかなと見ていたら 祖母に手を引かれて
残ったアイスにかぶりつきながら歩いてゆきました。
なんだか幼児の姿から 教訓を学んだような気がした
アイスが食べたくなるほど暖かいクリスマスの昼下がりでした。

ヨーカンさん 僕が育ったところにも 遠浅の綺麗な砂浜がありました。
昭和初期には宮本武蔵の映画の撮影に使われるほど広くて綺麗だったそうです。
それが戦前に石油精製工場ができて 年々砂浜が埋め立てられ
僕が七つくらいまでは それでも数百メートルくらいの砂浜が残っていたでしょうか。
戦後 外資系の石油精製工場となり 僕が中学生くらいのときには
すべて埋め立てられて備蓄タンクに姿を変えてしまいました。
工場のおかげで豊かにはなったかも知れませんが
それ以上に大切なものを失ってしまいました。

とんちんかん小僧 - 2004/12/24(金) 23:02<

☆メリークリスマス☆

妙な投稿を消しましたので、皆さんご安心を。

明日、白浜方面の温泉に行ってきます。
演出として、ちょっとだけ雪が降って欲しいな。

とんちんかん小僧 - 2004/12/24(金) 22:53<

やっと冬到来ですね。

△うぶさんありがとうございます。今後も続けるか否か考えていたところです。
今週は「鬼麿斬人剣」を読み終えてから、五木寛之さんの「鳥の歌 上・下」を今日の夕方に読み終えました。この話の中にサクさんという人物がいるんですけど、定住することなく渡り鳥のように住処を移動する、<全国野鳥保護連盟>通称「鳥の会」のメンバーで、>自由と抑圧、個人と管理体制、様々な社会の対立のなかで、現代を真摯に生き抜く・・・という現在にサンカのような自由だけど厳しい生き方を本書には描かれています。僕も通算して3回読みました。何度読んでも、そのつど何らかの影響を受けるものなんですね。不思議なもんです。あと、先月から断続的に読んでるのが、松田哲夫著「編集狂時代」。この人は編集者兼エッセイスト兼コメンテーターで、学生の頃に「ガロ」で漫画編集を学び筑摩書房を経て、「ちくま文庫」を創刊した人です。これは、彼の自伝的エッセイです。他に今週購入した、ゲッツ板谷著/西原理恵子=絵 「バカの瞬発力」こっちは対談形式の自伝になるかな。電車の中で読むのが困難な本です。笑いが止まりませんので、ヤバい本です。これも同時にチョビチョビ読んでます。
また、今晩から江戸川乱歩賞受賞作を2冊読んでしまおうと思っています。
高橋克彦「写楽殺人事件」井沢元彦「猿丸幻視行」
またちょっとだけ感想を書きますので。

ヨーカン - 2004/12/24(金) 11:22<

失いゆくものパート3

暖かくなると(5月位から)毎日海に行きました
身に付けているのは(クロネコ)「ヤゾーさん シランやろ!」
  (ストリップのおねえさんが付けてるヒモパンの黒いのです 水泳パンツなんて 無かった)
汐が低いときは アサリ採って売りにまわりました
汐が高いときは 石組の波止で 蟹(ワタリガニの亜種)採り
毎日毎日で 真っ黒け

隣の兄ちゃんは 才覚あって 二人共 小遣いはフジュウしませなんだ
夏休みには校長先生が来て フンドシひとつになって 手伝ってくれたりしました

夕焼け見ながら 犬連れてかえります

ある日大きなクレーンがきて 近寄ったらあかんと・・

大きな工場ができて海は子供のものでは無くなりました




ya(・ε^)na - 2004/12/23(木) 23:21<

失われゆくものPART2

心や気持ちで感ずること・・
  私の子供の頃は、なんや寒い日が大阪でもありまして
 霜が降りたり、分厚い氷が張ったりしてました
   近くに椿の林があってその近くの池の氷に乗ると・・ピシピシと不気味な音が・・
 椿の花の蜜を頂きます・チユーーッへっへ・・なんと花粉まで吸い込んでむせたりして・・
  花をつないでレイを作ると・・なんでやねん・・
    フラダンス踊ったりします
 椿の実でフエも出来ます・・

季節はちごとったかもしれませんが
  土手の穴を覗きますと・・んんん
  なんや卵がおました・・
    ベチッと地面に叩きつけましたら
       蛇のたまごやったのかも・・

 大きな木の洞には、ミミズクもいとりましたねぇ
    フクロウとミミズクはチョット見た感じが違いますよぅ

  藪の中にカラスウリや鳥の巣があったりしました

  そうそう・・モグラもおりまして初めて捕まえた時
   地面に蓋かぶしておいたら・・うまいこと穴を掘って逃げられました・・へへ

   おおおーーーい・・自然の神様!!神様も住みにくなったんやろねぇ

 木々がなくなった後の町は・・ほんまに味気なくなってしまいました

       自然がなくなると子供の心も・なんや乾いた感じがしますねぇ

  

ヤゾー - 2004/12/23(木) 20:38<

失われゆくもの

みなさん こんばんわ

先日 テレビを見ていて感じたことです。
新潟の地震で 飼っていた牛を助けることが出来ず
壊れた牛舎の前で 死んだ牛に対して
助けられなくてごめんなさいと号泣しているお婆さんの姿を見ました。
自分自身も被災して大変なのに 牛に対する思いやりを感じると共に
そういうお婆さんの優しさを育んだものに愛おしさを感じました。
数日後 イラク戦争の特集番組で 七面鳥を飼育しているという
派兵された州兵の家族の姿がありました。
七面鳥にストレスが溜まると 弱っている仲間を
集団で苛めて殺してしまうこともあり
ボロボロになって死んでいる七面鳥を
その妻が足で蹴飛ばしている姿がありました。
勿論 それぞれの人たちの一場面に過ぎませんし
多種多様なアメリカには スピリチュアルで意識の高い人も多く
菜食文化やヒーリング治療という分野では 
日本よりも進んでいるということもあると思います。
そう思いつつ なにか深く考えさせられました。
いきとしいけるものに対する 深い愛情を持ったお婆さんのような感性が
いま急速に失われているような気がしてなりません。
オレオレ振り込め詐欺や 架空請求などという犯罪が増えてきていることも嘆かわしい限りです。
ここいらで 本気で守るべきものを守るということをしてゆかないとえらいことになりそうな気がしました。
なにを言いたいのか 自分でもよく分かりませんが
むかしの子供たちは 自然の中で大勢と遊ぶことで
ほんとうに貴重なことを学んでいたのかも知れません。

こうへい - 2004/12/23(木) 09:44<

子供の遊び

三日前、北海道のホッケちゅう魚を食いました。鯛かチヌみたいな味でした。山形の銀ダラは油こかった。まあ、初めて食ったので・・

子供の頃は、かばんを家に放り込むと、暗くなるまで遊びまくっていました。
幼稚園から小六まで、みんな揃って遊んだこともあるし、2〜3人で山を走り回って、スギデッポウ作って撃ち合いしたり、木に小屋作ったりしてました。
ひとりで、道なき山をよじのぼり、てっぺんから隣村が見えたとき、外国みたような感動でした。

まあ、親もほったらかしでしたし、集まる場所っていうのもあったし・・
今の子供、遊んでるのあまり見ませんね。
塾かゲームか・・

まあ、親がむりやり山に連れて行って、鳥を捕る罠を作って見せたり、スギデッポウ作ってみたり、夕焼け見に連れてったり、たまに良いんじゃないんでしょうか。

息子が小さいとき、4人ほど遊びに来てましたが、みんな背中向けてメンメにゲームしてました。

まあ、今は、山に行っても、人が恐い時代でもありますし、イヤですね。

タクシーの運ちゃんがいってましたが、ちょっと前まで、子供が出会えば「こんにちは」って挨拶したって言うんですよ。
今の子供に、「こんにちは」って言うと、変な顔されるっていうんですね。
近所の子供は、別でしょうけど、そんな風に教育されてるんでしょうね・・危ないから
どんな大人になるんかなって、言うんですけどね・・

まあ、時代も違いますし、様子もかわりますが、子供は子供・・
好奇心もあるし、根っこは昔と同じ子供だと思うんですよ・・
子供を送り迎えする仕事が成り立つって時代ですが、できるだけ自然の中に連れて行ってやること位でしょうか?
昔の遊び無理矢理教えるていうのもあるでしょうが、自然の中に入るだけで、何か感じるんじゃないでしょうかね

今の大人だって、キャンプ場にいって、やれ風呂やシャワーないかとか、バーベキューの網ないかとか、何もかも揃ってるのを要求するでしょう。みんな揃ってるところで、張ってくれてるテントに寝て、キャンプしたつもりでいる・・
キャンプ場の管理人、2日ほどバイトしましたが、そんな感じでしたね。
石積んで、カマド作ったり、タキギ集めたり・・まあ、そういう人も、今も居るんでしょうけど

まあ、人それぞれでしょうか・・

別に、嘆いているわけでもないのですが・・

ヨーカン - 2004/12/22(水) 12:53<

私も 大したこっては

夕べラジオでゆーてたんですが
 日の出、日の入りを見たことが無い子供が、えらい増えているそうです
  それも小学生の半分以上(違ってたらごめん)

魚釣りしたことが無い子も 多いそうな

 学力が世界で何番目なんぞ 「やなさんが えーやないの」ゆうてはったとうりや
 おてんとさま おつきさま これはみなけりゃ あかんのん ちがいまっか

魚をつって とんぼ追いかけて ありんこの行列ながめて
 夕暮れになったら からすが鳴いて 家にかえるねん

2B弾のはなしも以前でてましたな
かえるの おしりに セットしたり 
掘った穴に カエルやバッタいれて 2B  あー!!!
じてんやのマグネットの線はずして かえるの両足に繋いで あー!!

なんちゅうことを  してきたんですか

話 えらい ずれてしまいました

いまのこども達 かわいそうや
お天道様わすれて 追いまくっている親も 物や金におわれて あわれなんや

貧乏人のやせ我慢いわれても わたしゃーいいたい
 びんぼうの どこがわるいねん
 べんきょうでけんで なにがわるいねん
 
   えーーー おあとが よろしいようで  
 

こうへい - 2004/12/21(火) 22:26<

温泉・・ 大した話ではないのですが

昨日、カミサンと加太の温泉に行きました。ボクが入る頃に、5人程居たおっさんが出ていったので、貸し切りになりました。で、平泳ぎって手から飛び込んだら「うわっちっ」・・
湯船の真ん中から、お湯が出てるのですが、定期的に熱いお湯が出るのです。
知らないから、まともに、あそこに受けてしまいました(;゜)ウッ!

ボクは温泉に行ったら、いつも早く上がってしまうのです。
で、前にバイクで清水温泉に行ったときに、5〜600円払って、その料金分は入ってやろうと
時計を持って入って、岩の上に置いたんですよ。お湯に浸けたわけではありません。
まあ、100M防水ですからね、浸けても良いんでしょうけど・・で、40分ほど頑張りました。
翌日、時計のガラスが曇っていて、日が経つに連れて、文字盤と針が黒く変色してきたんですよ。
やがて、真っ黒になって止まってしまいました。時計屋さんが、こりゃもうダメですねって言うんですよ。で、同じ時計を買うはめになっちゃった。
温泉代もったいないって、9000円のアルバの時計ダメにしちゃったわけです。
温泉の湯気が、防水のOリングを冒したんでしょうかね・・

ヤゾー - 2004/12/21(火) 18:01<

大した話ではないのですが

みなさん こんばんわ

YUKIHIさん お久しぶりです。
長い間 ご苦労さまでした。
また機会があれば よろしくお願いしますね。

昨日 海に詳しい人と話をしていて
貝が貝を襲って食べるという話を聞いて
初めて貝が貝を食べるということを知りました。
最近 めっきり減ったという 磯ならどこにでも居たイボニシの場合では
酸を出して貝殻に穴を開けて そこから食べるのだそうです。
試しに アワビにイボニシをくっ付けたら
アワビが暴れて振り落とそうとするのだそうです。
あ〜恐ろしや!でも環境破壊でイボニシを激減させる人間の方がもっと恐ろしいかも。 
遺伝子が良い意味で突然変異でもしないかぎり神には近づけないのかも知れません。

こうへい - 2004/12/20(月) 01:56<

アメリカ先住民の文字

YUKIHI様
古代神々の起源のHPって見てみたかったです。もう遅いですが・・・

 「Xーファイル」のビデオ、何となく見ていたら、ナバホの表意文字で書かれた遺物が出てきた場面がありました。
 アメリカ先住民の文字ってあったんですね・・
 文字が無く、口伝えだから、大昔にベーリング海峡を渡ってきたっていう何万年も前の歴史を
アメリカ先住民の人たちが知っている・・って思っていましたが・・m(__)m

△うぶ - 2004/12/20(月) 01:50<
とんちんかん小僧さん
今後も、読まれた本の紹介お願いします、私自身は小説より評論やノンフィクの方が好きなの
ですが、小僧さんの紹介本は半ノンフィクの模様で興味が沸きそうなので、図書館で
借りてみたいと思いました。東沢さんとの本情報ピンポンも有り難いです。

YUKIHI - 2004/12/19(日) 16:07<

HP閉鎖を閉鎖することにしました。

ヤゾー様
ご無沙汰しております。
古代神々の起源のHPの管理人のYUKIHIです。
(すみません。公的意味合いが強い掲示板への書き込み、ご容赦ください)
結局もうほとんど更新しないまままでしたが、幣HPを閉鎖することにしました。
内容的にも、新しい知見がみられないこと、またもう、その役割もなくなったと思うこと、から閉鎖することにしました。
 これまで、リンクをありがとうございました。
じつは、以前頂きましたメールでは届かなかったので、恐縮ですが
こちらにてご連絡させていただきました。


では。               
                  敬具

こうへい - 2004/12/19(日) 11:42<

指差印立看板

△うぶ さん
  そうでしたか  御愁傷さまです

 うちは、カミサンが二人姉妹で、実家には、もう誰もいないので、いろいろ
 やることが残っています。カミサンと一緒になるときは、深く考えてなかったですね・・・ 

とんちんかん小僧 - 2004/12/19(日) 01:34<

作家は大変ですねえ・・

東沢さんのご紹介の本また読んでみます。中上 健次さんの奥方は紀和 鏡ですよん。

今週は月曜日に「弥勒の船」を読んで火曜日から木曜日にかけて、紀和鏡さんの「夢熊野」という本を読み終えました。総ページ数629ページの非常にゴツイ本です。主人公は、丹鶴(たんかく)姫といい、父が源為義(鎌倉幕府を作った頼朝の祖父)で母は竜田(たつた)といい、熊野三山(新宮・本宮・那智)を束ねる熊野別当第15代長快(ちょうかい)の娘です。その鶴(たづ)さんの一生涯の小説。色んな生業を持つ漂泊の民が忍びのように暗躍しています。
甥の義経や弟の八郎為朝、十郎行家、弁慶らの生から死についても作者独自の解釈で書かれています。負の歴史は残らないけど、ここでの彼らの扱われ方がとても僕は優しく感じ、読んでいて嫌な気持ちがしなかったです。
最高にオススメ本です。出版社は集英社で2年前に出版された本で税込み3675円。僕は発売と同時に購入しましたが中古でこまめにお探しした方が良いと思います。昨日から読んでいるのが隆 慶一郎さんの「鬼麿斬人剣」です。この本も何年か前に当掲示板で何方か忘れましたがサンカが主人公の小説ですよって紹介して頂いた本です。僕自身いつ購入したか覚えていない本ですが急に読みたくなって読んでいます。

△うぶ - 2004/12/19(日) 01:17<

指差印立看板

車で走っていると、今週はよく見かけました、思わず苗字を読んで
しまいます。
こうへいさん、御愁傷さまです。私も今日は伯母のお別れ会です。

こうへい - 2004/12/18(土) 13:53<

黒い服を着ると脱ぐ暇がない

と、よくいいますが・・
姉のほうで義理の弟が亡くなくなって、次はうち、うちの葬式の翌日、弟の奥さんの母親が・・と続きました。

信仰心の希薄な日本人が、細かいことにはうるさい・・なんて書くと不謹慎ですかねえ
泣いてる喪主に、焼香順が違うと怒るおっさんなんて、何しに来てるんだろうなんて思ってしまいます。良くある話ですが・・

まあ、なんですねえ、バタバタと葬儀が済んで、落ち着いた頃に寂しさとか悲しみがやってきますね・・・
いまだに、病院向いてクルマを走らせてるのに気が付くことが多いです。

ヤゾーさん 落ち着いたら熊野の温泉に行きます。(^o^)

ya(・ε^)na - 2004/12/15(水) 23:43<

・・・・へぇ

おい!!知ってることがあったら
  はよしゃべらんかい・・

  すんません・・私なーーんも知りませんねん・・・

   なんやとーーーぅ・・もう!!ねたあがってんねんぞーぅ・・・へへっへへへ



  えらいすんません・・だいぶん年こいてきましたよってに・
      物忘れもはげしなってきました・・

   なー−んも知らへんねんけど・・

       知りたい思いは十分おますよぅ・・へへ

         風さん・・ 私に振らんとってくらはいませ・・へへ