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2002年03月06日(水)19時30分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


にっちょ - 2002/03/06(水) 17:04<

西国の漁民

元による2度にわたる日本侵攻は、鎌倉幕府の弱体化をもたらし、その権威は地方、特に九州を始めとする西国には及ばなくなった。経済的拠点を失った西国の武士や、貧窮化した 農・漁民などの下層民は集団を組んで朝鮮沿岸を荒らし回った。「倭寇」である。
14世紀中葉から15世紀初に主として高麗に侵入したものを前期倭寇という。高麗では元の勢力を背景にした貴族が「山川を境界に、州郡全体にわたる」ほどの私有地を持って人々を支配していた。
国家による各種負担は日増しに増加、農民の生活は極度に悪化していた。こうした混乱した時期に倭寇が横行したのである。
記録に残る倭寇の最初は1350年で、その後1444年まで500回以上の侵入を数える。はじめは地方から都に運ばれる税米運搬船や各地の穀物貯蔵庫を狙ったり、秋の収穫期に沿岸地方を襲ったりしていが、次第に時期を選ばず、時には都にまで攻め込むものまでも現れるようになった。
彼らは侵入して略奪行為を行う前に楊枝の腹を割き、戦果を占ったりもした。
高麗政府は日本側にその取り締まりを要求したが、有効な対策はとられず、西国大名が捕虜の送還を行う程度であった。もちろん、高麗政府も手をこまねいてばかりいたのではない。戦船の建造、火器の整備などを行い、倭寇の侵入に備え、反撃もしている。
1380年、鎮浦に侵入した500隻の倭寇船をことごとく焼き払った。
船を失った倭寇は、忠清・全羅・慶尚各道を襲い、「三道沿海州郡は粛然として一空となる。倭寇ありてより今だかくのごときものあらず」(「高麗史」)というほどに残暴の限りをつくした。1389年には倭寇の本拠地である対馬を攻撃、こうして次第に倭寇は下火になったが、倭寇発生の原因が「当馬(対馬)はもとより一歩一枝の田桑もなく」海藻が少々採れるだけであるというほどの貧しさにあり、その根絶には日本国内の政治・経済的安定が何よりも必要であった。

GAINA - 2002/03/05(火) 22:20<

熊野漁民の話

ヤゾーさん、またお会いしましょう。
玉置山の水を「命蘇りの水」といって、
多くの方に持ち帰ってもらえるよう案内板を出そうと神社と話し合ってきました。

紀州熊野の漁民の話ですが、ヤゾーさんのおっしゃる通りです。
熊野神社が種子島や九州に存在することは、
黒潮に乗って交流があったと以前NHKテレビでありました。

房総半島に勝浦の地名が付いているのも、
熊野漁民が移住したことによるらしく、房総のいわし漁も紀州から持ち込んだといわれています。
私の故郷に三太郎狐という昔話があります。
人に危害を加えた三太郎狐が追われて房総に逃げ、しっぽを出したところを捕らえられ
「実は、追われて・・・」という話です。
ある程度、事実らしく近所に三太郎狐に危害を加えられたという家の子孫が住んでいて、
今も語り伝えられています。
熊野の漁民が黒潮に乗って出かけただけでなく、
双方の交流だったらしいです。

ヤゾー - 2002/03/05(火) 19:25<

紀州熊野の漁民

あおきさん ありがとうございます。
なんだか恥ずかしいです。

GAINAさん こちらこそ ありがとうございました。
玉置神社の水は本当に良いみたいです。
今度行ったときには、もっと汲んでこようかと思ってます。

戦前には熊野の漁民がオーストラリア沿海に出稼ぎ漁をしていたそうですが、
その歴史は古くて鎖国をしていた明治以前にまで遡れるのだそうです。
また紀州熊野の漁民が遠くは蝦夷地に漂着したとの記録もあり、
なかには住み着いて漁村を開発した例も多いそうです。
熊野神社の縁起などからも考えて、紀州熊野の漁民が古い時代から黒潮に乗って、
あちこちに漂着、移住していたのかも知れません。

tuya - 2002/03/05(火) 01:06<

シンプルであることは楽しいな♪

 私は生来、「頑張る」ことがとても好きな人間です。目標を立て、自分を追い込んで努力する、なんてことに非常にワクワクしてしまうところがあります。それが技能の習得など、何か具体的なことに対して発揮されるのは問題ないのですが、困ったことに内面生活でもそれをやってしまうのです。
 しかし、心は「頑張り」なんぞでは、きれいになっちゃくれません。逆に、頑張ることが弊害で、無意識の「影」の領域にエネルギーを与える結果になることも、ありがちなことです。怒りを我慢することで、それを憎しみにまで熟成させてしまう、などといったことが起こります。
 数年前ついに、「どうもわたしは頑張れば頑張るほど、ダメになっていくようだ・・・」と気付き、それ以降は‘努めて’心の手綱を緩めるようにしています。

 そして、気付いたこと・・・愛することが容易になった!・・・ということです。

 ありのままの自分が認められるようになると、ありのままの他人の姿に親しみを感じます。
 「愛さなければ」と頑張ってた昔の自分が、なんだかおかしい。昔は、「怒りを感じる」=「怒りを露にする」、「腹が立つ」=「相手を嫌いになる」でしたが、今はどちらも ≠ です。

 言い訳するわけではありませんが、以前の書込みの‘自分は田中真紀子に似てるネタ’のときも、実際には怒りを人前で露にはしないですみました。(あの怒りの相手とは職場の人ではなく、職場にやってきた、とある圧力団体の代表で、毎回つきつけられる無理難題に難儀させられていたのでした。優柔不断な対応ができない真剣勝負の状況だったのです。職場で仲の悪い人、今いないです。でもこの書込みに関しては大勢の人から誤解され、ちょっと傷ついてました。ただどうしても引けない、と思う問題が起きたとき、たとえ孤立しても譲らない傾向は、田中さんに似てるかもしれません)

 怒っても、その怒りで人を傷つけないように。また怒っても、その相手を決して嫌いにならないように。そこで気をつけていれば、自分も否定しないですむし、対人関係上のトラブルも少なくて済むような気がします。実際のところ、良い人間、正しい人間であろうなどと考えなくなってからのほうが、人間関係が良いのです。
 どんな自分もありのままに。どんな人も、ありのままに。自分がラク〜にならないと、人を愛するのって難しい。
 最近、ありのままの自分が好きになり、ありのままの自分を好きだと言ってくれる人もでき、ありのままの平凡な人生を心底、謳歌しています♪

"(- 。。-)" GAINA - 2002/03/04(月) 23:24<

ありがとうございました。

こんばんは。

ヤゾーさん、にっちょさん、昨日はありがとうございました。
そして、ご苦労様でした。
やぞーさん、玉置山の水で症状が緩和されたとのこと、よかったですね。
いろいろ聞いたところ、特に「寒の水」が腐る事無く、いいとのことです。
来年は真冬にお水取りをされたらいかがでしょうか。
また、お会いできるといいですね。

お話した夢、実現できるように頑張ります。
竜宮のお姫さまにもよろしくお伝えください。

turukot - 2002/03/04(月) 20:35<

東沢さま。

どうもこんばんは。サンカ板ではお世話になりました。
私は、あっちでケアルイと名乗っている者です。

よろしくお願いします。
帰省の折には是非お会いしたいです。

あおき - 2002/03/04(月) 19:19<

やぞーさんひな祭り

に誕生日なんて おめでとうございます
ぼんぼりに灯かりをつけましょう

とんちんかん小僧 - 2002/03/04(月) 15:49<

サンタナ

あおきさん min-minさん
実はそれ程詳しくナイのです。混乱させてすみませんでした。
ラテン音楽を主体にしているというのは承知しておりましたが、CDの帯には「POPS」と書かれて
おりましたので、つい書いてしまいました。違うとは判っていました。
でも、おかげでお二人さんから興味深いお話を聞くチャンスにも恵まれとてもラッキーでした。
僕は殆どのバンドが後追い(わかります?)なので、よく判らないのですが、初期のサンタナに
参加していたギターリストのニール・ショーン(71年)が同じく、キーボードで参加していた、
グレッグ・ローリーと脱退し、ジャーニー(大好きです)の母体を作ったっていうのを知り、その
ジャーニーのアルバム解説を読んでいてサンタナというバンドにいたということが判りました。
7年ぐらい前のことです。そして、程無くベストアルバムを購入しました。
今、min-minさんの書き込みにもありました「ソウル・サクリファイス」を、それに「パースエイ
ジョン」「ジンゴ」「落日」「エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース」等を改めて聴いています。
ハハハ・・少しとんちんかんなことを書いてしまって本当に申し訳ないです。ゴメンなさいまし。
あおきさん、ブラジル旅行記、楽しみにしております。

カルロス・サンタナのインタヴュー記事です。
http://www1.ocn.ne.jp/~sightgo/newpage56.htm
サンタナの小バイオとラテン・ロックについても。
http://www.tbs.co.jp/radio/rock/artist/020112.html


東沢美史さん
初めまして。
>異常に面白かったです
うへー、マジで最高に嬉しいです。
いつの日か、う〜ん何年先になるか判りませんが再度忍びの者達の話を書こうと思っていますので
、その日が来るまで待って下さい。
東沢さんは、すごいっすね!
竹細工されているなんて、とてもとても素晴らしいことだと思います。
熊野ライフ通信での解説すごく勉強になりました。
自然と一体となって、自然と生きるまさにサンカのような生き方ですね。
本から得た資料ではなく、実践に実践を重ねてこられた本物の竹細工職人の東沢さんのお言葉の方
がより、皆さんの注目を浴びやすいのです。本物だから。
僕が書いたことは対したことはないのです。ウソを書いているわけではないですけど、確証がない
ですから。これからも東沢さんの書き込み楽しみにしています。

ヤゾー - 2002/03/04(月) 15:35<

東沢美史さん ようこそ!

東沢さんが来られるのを首を長くしてお待ちしておりました。
「日高見神社」の由緒、ありがとうございます。
昨日も玉置神社にて祀神のことについて少しお話を伺いましたが、
本来祀られていなかった神が追加されたりと、
いろいろと事情がおありのようでした。
今後とも、東沢さんの投稿を楽しみにしています。
花粉症のお話し メール共々 ありがとうございました。

まれびとさん 写真の五角形の箕は東沢美史さんから購入することができますよ。
とても良く出来た美しい箕です。
箕の写真は熊野ライフ通信と画像掲示板にあります。

tuyaさん ありがとう!

東沢美史 - 2002/03/04(月) 01:51<

陸奥国、日高見神社由緒

ヤゾーさん、深夜ですがこんにちは。掲示板に初めて書かせていただきます。

「自然の中へそして心の中へ!」にご訪問されてる皆さまはじめまして。毎日、楽しくROMさせていただいていました。すでにチャットでお話させていただいたり、メールさせていただいてる方々(5名まで確認できました)も、よろしく願います。
ここ3ヶ月ほどは、レベルの高い過去ログに驚き、消化不良ながらも必死に読んでました。
最近では、とんちんかん小僧さんの柳生一族、甲斐武田忍び(終了で残念!)異常に面白かったです。

私は東北で竹細工しながら門掛けして歩いてるものです。ヤゾーさんと同年生まれの同学年ということ今知りましたが、18才から本格的に民家を歩き始めてざる、かご、箕などこしらえる仲間が100人を超えたのが10年以上も前になります。ただし最近はやめたり亡くなる方も多いですが。かなりの数いた門掛けの仲間も少なくなって、いまや民家を廻るのは私どもをいれて4組です。こんなものですが以後よろしくお願いいたします。

ご紹介いただいた陸奥国の「日高見神社」の由緒を述べます。
八幡太郎義家と戦った安部貞任の安部一族や亘理(わたり、地元発音:わぁだりぃ)経清権太夫ゆかりの神社というようなことを話す方は今はほとんどいません。知ってるのは「おがみさま」という口寄せ巫女や竹細工をするものくらいかもしれません。漁民や農民の人々には「御崎(おさき)神社」と呼ばれています。

祭神:大海津見神・スサオウノミコト・日本武尊 開山:伊藤左京太夫政元法印 
由緒:久安四年(1148)(略)紀州熊野権現の霊験あらたかなるを東北鎮護として、この地に遷し参らせんとし又、奥州の沿岸岬に古名社あるを遥かに知り、熊野権現の御分霊を奉持し海を渉り御崎の岬に至るや、幽玄極りなく、老松巨杉鬱蒼として(略)津本より上陸(略)古ヶ窟屋敷の開拓により居を定めらる。
(略)これ即ち計仙麻大島神社として(略)延喜式神名帳奥州一百座の内桃生六座の名神として登載(略)。延慶三年(1301)(略)別当寺御崎山竜岩寺を建立、千手院と号す。

次いで正慶元年(1332)紀州熊野元宮御崎坊より御神鏡を勧請し以来尾崎明神といい(略)また御崎大名神
とも崇め奉るに至る。(唐桑町史より引用)

いにしえの陸奥国へ黒潮に乗ってやってきた熊野の神々が、いまも漁民を中心に信仰されています。
同じように昨日川へ流された四国、紀伊の「流し雛」も今日中に南三陸へ辿りつくでしょう。
ヤゾーさんも夢の中でいいですから「花粉症」を「流し雛」にうつして夢の中で流してくださいね。

tuya - 2002/03/03(日) 22:58<

HAPPY BIRTHDAY!

ヤゾーさん、お誕生日おめでとうございます!お誕生日に神聖な場に招かれて、本当におめでたいことです。わたしも3月生まれなので、参列したかったです。GAINAさん、にっちょさん達とおこたに入って一緒にお話したかったです。

玉置でカモシカが見れたのですか。
わたしが行くとき出迎えてくれるのは、ヘビの抜け殻やカエルなど爬虫類が多いんですけど、アナタが行くとカモシカですかぁ〜(笑)。

出雲大社で、鳥居の下で大きな亀が出迎えてくれたときは、亀さんが神の使いに見えました。

でもやっぱりカモシカのほうが絵になるなぁ〜♪

ヤゾ− - 2002/03/03(日) 22:19<

玉置神社の初午大祭

今日、玉置神社の初午大祭ににっちょさんとお従姉の方と一緒に参列してまいりました。
GAINAさんともお会いでき、手厚いお持て成しを受け、
コタツに入って四人で話しをすることもできました。
玉置神社の帰り道でカモシカが見送っているかのように、
近くで見ることもできて、自分の誕生日と重なりとても充実した一日でした。
物凄く眠いです。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2002/03/02(土) 17:52<

いいなぁ、メンフィス。一度は行きたい!

とんちんかん小僧さん、あおきさん、こんにちは。

>>サンタナ・・僕的には、サンタナはロックって感じじゃないんだけども。

多分これは彼らが日本で知られるきっかけになったセカンドアルバムの1曲「ブラックマジックウーマン」
とかその後ヒットした「哀愁のヨーロッパ」といった曲のイメージが強いせいかも知れませんね。

しかし、『ウッドストック』に登場した頃の彼らは未だ1枚もレコードを出しておらず、ウエスト・
コーストのライブ・シーンでこそ有名であったものの、全米的にはマイナーなグループでした。そして
あの時演奏した「ソウル・サクリファイス」はパーカッションを多用したビート溢れる激しいラテン・
ロック(このラテン・ロックというジャンルは彼らのおかげで出来たとも言えます)で聴く者の背中に
戦慄が走るような演奏でした。
サンタナのグループ・メンバーはその後けっこう変わり、僕としてはカルロス・サンタナ始め初期
メンバーによる「サンタナ」が一番好きです。
1980年代になって初めて彼らのコンサートに行ってガッカリしたのは、サンタナが当時全米で有名
であったインドのスリ・チンモイなる人物に師事してヨーガ思想的なものにどっぷりハマッタ後の演奏
が初期のものとはかけ離れてしまっていたことです。
とんちんかん小僧さん、初期のサンタナはけっしてポップスなんてもんじゃないですよぉ。


>>1996年4月にメンフィスへ行きました そこにはなんとあのBBキングブルースクラブ
がありました 

うわぁーお、いいなぁ、本場メンフィスに行けて!
僕にとってメンフィスという響きは回教徒にとってのカーバ神殿のあるメッカみたい(大げさね!)
なもんです。
メンフィスといえば直ぐに頭に浮かぶのは、若い頃聴いたハービーマンの「メンフィスアンダーグランド」
かな。
あおきさんのカキコを読むとなんか身体がムズムズするような、音楽と完全に一体化した老若男女の観客
の躍動感が伝わってきそうです。ありがとう。

min-min@横浜

あおき - 2002/03/02(土) 16:13<

min-min さんわたし

1996年4月にメンフィスへ行きました そこにはなんとあのBBキングブルースクラブ
がありました 夜のメンフィスダウンタウンはあまり人気が無いので 静かだなー
と思っていましたが 店に入ると人がいっぱい
黒人 白人 小さい子供 おじいちゃん おばあちゃん 若者 いろんな人がいました
ミュージックチャージは15ドル 食事は6ドル バドワイザーが2ドル
中は2階席になっていて PAシステムの抜群に音のいいこと いいこと
ブルーノート東京より音が良かったです
ブルースマンの演奏は 日本人が考える古いブルースでは無く 16ビート有り ファンキー
なリズム有り 進化したブルースをやっていました
演奏が始まると 席にすわっていたじいさん ばあさん 子供たちが ブルースにあわせて
踊り出しました ほんとに楽しそうでした
しばらくすると 黒人の器械体操のユニホームを着た少年が いきなりアクロバット体操
を始め バック転やらしていると 客からおひねりがとんでいました
それでもブルースマンは もくもくと演奏を続け 店は大盛りあがり
店の入り口には でかいこわーい黒人が立っていますが ちゃんと金を払って
中に入ると かわいい白人の女の子が働いています 店のなかは安全で きれいで
一人でも大丈夫です 店員は親切で 気さくで 2日続けて行ったのですが
東洋人は僕だけだったので おまえも好きだなと若い店員に言われてしまいました
音楽の本当の楽しみを知っている すばらしい人々のいる街メンフィスでした

とんちん缶小象さんサンタナは ラテン音楽が基礎になってます
あのわきあがるようなリズムはロックよりも進化したリズムだと思います
ラテンにはアフロキューバンというキューバのリズム ニューヨークのサルサ
ブラジルのボサノバ サンバ フォルクローレ・・・長くなるので
今日はこれくらいにして またにします ブラジルに行った話しもまたこんど
書きます

とんちんかん小僧 - 2002/03/02(土) 14:22<

音楽好きのみなさん、こんにちは!

GAINAさん
マイルス・ディビス覚えておきましょう。いつか聴くことになるでしょうから・・。
僕は、どっちかと言うと、ビートルズ派です。ストーズはあまり聴かないですね。
嫌いなわけでもないですけども。まあでも、今はビートルズもあまり聴かないですよん。

あおきさん
情報ありがとうございます。
これもいつになるか判らないですけど行ってみたいと思います。
結構いろいろとお詳しいですねー。
またいろいろと教えてください。

僕は、ロックが核になってるバンドであれば、だいたいジャズやブルースが曲の要素に
入っていてもそれ程気にならないです。現にそういうアーティストのCDも少ないですけど
、幾つか持ってます。キング・クリムゾン、ジェスロ・タル、EL&P、カヴァード・エア、
ホワイトスネイク、サンタナ・・僕的には、サンタナはロックって感じじゃないんだけども。

min-minさん
お久しぶりっすね!
サンタナをけなしてるわけじゃあないですよ。
ただ、僕にとっては、POPSにしか思えないからです。
min-minさんもイイ音楽聴いてらっしゃいますね。
クラプトンも好きな方、多そうですね。
僕はあまり好きじゃないっす。
何故って、おとなしい音楽だから。
ヤード・バーズ時代はロックしてたような気もしますが、よく知らないんです。
僕は、ジェフ・ベックが在籍していた頃の曲「スティル・アイム・サッド」が好きです。
たしか5作目のシングルのB面だったと思います。
でも、元ディープ・パープルのギターリストのリッチー・ブラックモアが1975年に出した
リッチー・ブラックモアズ・レインボーの1stの最後を飾る曲に「スティル・アイム・サッド」
を歌詞なしでカヴァーしているのを聴き好きになりました。その後、歌詞つきでも演奏された
のも、レインボーのヴァージョンで持ってます。ライヴ・ヴァージョンもね。
でもまだ原曲は聴いてなくて最近、ジェフ・ベックのホームページでどのアルバムに含まれて
いるのか知りました。また時間をかけて探すつもりです。

今の僕は、ハード・ロック/へヴィ・メタル/クラシック/米英国のダンス・ポップに魅了されて
いるので他の音楽(ジャズ&ブルース&J−POP他)には、あまり影響されないですね。
聴く耳を持ってますから、いろいろ聴くようにしています。
皆さんもっと、もっと、いろんな音楽の話を教えて下さいナ!

まれびと <http://homepage1.nifty.com/marebito/> - 2002/03/02(土) 13:07<

指標

さすがにヤゾーさん、お詳しいですね。
縄文土器のみごとな造形などを見ると、古代人はとても豊かな精神活動を行っていたのだと思います。きっと現代のわれわれが失ってしまったさまざまな自然と交感する内的なスピリットのようなものを。
時代を上がればサンカや、大峰山中を経巡っていた修験者たちも。
熊野は、いまの経済システムから見れば何もない「ゼロ地点」ですが、そのゼロが実は無限であるということを発見していけるかどうか、病んだ現代人のひとつの指標となるような気がします。NHKの「ほんまもん」ではありませんけど(^^)

箕づくりの奥深さについては、私も敬愛する赤坂憲雄氏の「東西/南北考」(岩波新書)などで知りました。
近代化の過程でふるい落とされてきた無数のモノたちがあって、箕のも熊野山中の石垣も、そのようなこの国の根茎を語る証言者たちのような気がします。

「日高見」のお話、私もぜひお聞きしたいものです。

ところでみなさんの話題につられたわけではないですが、私も昨日はマディ・ウォータースのベスト盤を買いました。輸入盤ですが、20曲入りで1280円のお得盤です(^^)

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2002/03/02(土) 12:44<

ブルースも加えてください。

みなさん、こんにちは。
なにやら楽しそうな話題につられて久しぶりに出てまいりましたmin-minです。

意外な方がジャズやロックが好き?なんて思われるやも知れませんが僕もその一人かな(^^ゞ
学生時代はちょっとキザったらしく「ジャズ喫茶」通い。ウェザー・リポートのコンサート
を見てぶっ飛ぶ。
そのうち映画の『ウッド・ストック』に触発されロック狂いに。特にサンタナに狂い咲きサンダーロード?

マイルス・デイビスが特に印象に残っているのは、彼が正統派?ジャズからいっときジャズ・ロックに
走ったとして、当時の批評家や一部のファンから大ブーイングを浴びたこと。
その時僕が強く思ったのは「いいじゃないか、ジャズだ、ロックだいうてごちゃ混ぜでも良ければ」。
今では当たり前のことなんですが、当時彼は今までの常識という壁をブチ破った先駆者でした。

さて、最近好きなのはブルース。マディ・ウォータースなんていう大御所はちょっと遠慮しますが、彼の
影響を最も強く受けたというエリック・クラプトンにどっぷりハマッテます。
彼が50才を向かえ本格的ブルースに目覚めたアルバムとして知られる『フロム・ザ・クレイドル』以来、
ここ1,2年、ブルース界のキングといわれるB.Bキングと共演した『ライディング・ウィズ・キング』
や昨年リリースされた『リプタイル』なんかのアルバムは最高です。!

min-min@横浜でした。

きょうかい - 2002/03/02(土) 10:39<

MAL WALDRON

 ジャズがとくに詳しいわけではないですけど、マル・ウォルドロンは大好きです。
 今、仕事場でマル・ウォルドロン/アローンという、ピアノだけのソロアルバムを
 かけています。

あおき - 2002/03/02(土) 10:15<

そうっすね”(@。。+)” GAINA さん

マイルスは聴いて変だな?と思う曲でも 感じればだんだん良さがわかってくる
そんな感じですよねー
2月25日にブルーノート東京に行って来ました
マイルスのエキスをもらったマーカスミラーはまだ若いです
はじめてマイルスをテレビで見たとき マーカスミラーがまだ10代のころいっしょに
やってたのではないかな?
ジョンスコフィールドもマイルスのおかげ

とんちんかん小僧さん ブルーノート大阪という店があって
そこで良いライブ見れますよ あこがれのミュージシャンを
唾が飛んでくる距離で見れます 少々高いですが 武道館で高い金を
払うよりはましです ジャズは楽器をやるひとにとっては参考になりますが
ただリスナーに徹するなら 古い音源のほうがなんか雰囲気があって良いです
蓄音機や レコードプレイヤーでプチプチ言わせながらふるーい でかーいステレオ
で聴くと大人の世界が広がります テルミンもいいすよ

”(@。。+)” GAINA - 2002/03/02(土) 00:56<

JAZZ・ロック・クラシックどれも音楽!

こんばんは。

とんちんかん小僧さん、マイルス・ディビスを憶えておいてください。
JAZZ界だけでなく、音楽界では重要な位置を占めるアーティストですから・・・。
残念ながらこの世の人ではないのですが、
もう、彼のようなアーティストは二度と出ないだろうといわれています。

ローリング・ストーンズ「Satisfaction」をご存知でしたか。
ビートルズ派とローリング・ストーンズ派なんていうのが、ありました。
今度、私の好きな、いや驚いた歌姫を書き込みます。

ヤゾーさん、マル・ウオルドロンをご存知とのこと、嬉しいですね。
知らない人が多いものですから・・・。
当時は、音楽関係のことをやりたかったのもありまして、
ジャンルを問わず何でもかじりました。
コンサートに行っても、年甲斐も無く、乗りまくって、オツリがくるぐらい楽しんでいます。
では!

ya(^ε・)na - 2002/03/02(土) 00:31<

レフト・アローン

ええ響きです・・レフト・アローーーーーン
  地下室にある・・お店・・タバコの煙が漂っている・・

      静かに流れるこの・・曲・・んんんんん


          かたゆで・・たまご!!・・や


  ビッグバンドも・・ええですよん
      グレン・ミラー
        ベニー・グッドマン


             へへへへ・・久しぶりに・・聞いてみよかいねえ



                        死刑台のエレベーターー

                      マイルスのん・・へへっへ・・すぐ出ます!!よん


                 ほなら・・きいてきますよん

                         
                       さいなら

tuya - 2002/03/02(土) 00:27<

RE.過剰適応

もんむーさん>お返事ありがとうございます。過剰適応・・・そうですね。自分の理解が間違ってるかもしれませんが、「適応」は自分を見失わずに他者と協調することで、「過剰適応」は自分を殺して他者と協調しようとすることなんじゃないかと思いました。適応は他者に対して心を開いて、他者の心の世界にコミットすることができるということで、過剰適応の場合は他者と摩擦を起こさないように防衛する側面が強いので、孤独なのではないかと思います。

そして学校の大半の子ども、社会の大半の大人が、多かれ少なかれ、過剰適応による孤独を感じているように私は思われるのです。ふだんは気にしないですんでいても、生活にちょっとさざなみがたったとき、その弱さをありのままに受け止めてくれる存在がなくて、人知れず悩んでいる人が多いように思われます。

自分と異なる者に対して集団で手厳しい制裁を加える心理というのは、「実は自分もほんとは不適応だ」ということを周囲の人に知られまいとする防衛的な心理が作用してるのではないかという気がします。

とんちんかん小僧 - 2002/03/01(金) 22:48<

どうもありがとうございます!

GAINAさん
初めブルーノートと聞いて、コンサート会場の名前かなと思いました。
質問してよかったです。

マイルス デイビスって誰でしょう?JAZZ世界に生きる楽人については、とんと知りません。
「死刑台のエレベーター」ってのも、何時頃の話でしょうか?
多分生まれてたかもしれませんが、全く聞いたことのない映画です。

ミック・ジャガーで思い出しましたが、
今まだ、コマーシャルでやってるかもしれないですけど、ストーンズの「Satisfaction」
って曲を聴いて、すごく好きになりました。
というのは僕が歌姫と上げた、ブリトニー・スピアーズが、2000年に出した2ndアルバム
(当時19歳)でカヴァーしていたのを先に聴いて知っていて是非ともどこかで原曲が聴け
ないかなあ〜と思っていたからです。聴くことができてラッキーでした。普段から、TVの
コマーシャルで取り上げる曲を聴くのが楽しみでしたから。だから、コマーシャルで曲を
何度も聴き込んでCDを探して購入することもあります。まあ・・たまにですヨン!
ありがとうございました。

もんむー - 2002/03/01(金) 21:14<

過剰適応

tuyaさん、あかりさん

最近の教育現場の状況についてはテレビや新聞で読むだけできちんと把握して
いなかったので、過剰適応というのは初めて聞きました。それとはちょっと違
うのかもしれませんが、街中で目立っている若い人達は派手ではあってもどこ
か枠の中で派手さを競っていて、どんなに派手にしようともその枠からは絶対
にはみださないという意図を感じたりします。そんなことでしょうか。最近は
子供の天真爛漫さの中にもそんな感じをうけます。

まれびとさん、読んでいただいて光栄です。最近更新がとどこおってましたが、
またちょこちょこ書きはじめています。

ヤゾーさんの箕のコレクションも充実してきましたね。蜜柑さんの活動も活発
なようですし、サンカのこともいろいろわかってくるといいですね。

でわでわ

あかり - 2002/03/01(金) 20:11<

周辺部分で生きる

私も周辺部分で生きている。そんな感覚がこのホームページに心惹かれる理由かも知れません。今私は外国籍生徒に関わって仕事をしています。今在日の日系人など経済的にもとても厳しい状況に置かれている人が多いです。そしてこんな時代共生ということがとても大きな意味を持つ時期のような気がします。

ヤゾ− - 2002/03/01(金) 17:55<

熊野の謎の石垣

>いつか熊野でお会いできたらいいですね。

まれびとさんにそう仰って頂いて嬉しいです。

>そうそう、北山村ですが、熊野の山中のあちこちに存在する謎の石垣、

熊野の謎の石垣ですが、
熊野山中に高さ1メートルから2メートルの石垣が、
総延長が100キロ以上にも及び残っているといわれていますね。
地元では『猪垣(ししがき)』と呼ばれていて、
猪の害から田畑を守るためのものと思われていたそうですが、
二重、三重に平行して走る石垣もあることから、
猪の害から田畑を守るためのものなどではなく、
歴史の闇に隠された重要な遺跡ではないかとの話しも聞かれます。
石垣の内側は聖域だったのかも知れません。

東日流外三郡誌の所蔵家の和田家文書には、他に総輯東日流六郡誌というのがあり、
その中で紀州熊野宮之由来として熊野山中十五里の石垣という記述があるそうです。
う〜ん、なにやら嘘ではなさそうな真実の歴史が隠されているのかも知れません。

そういえば、東北の箕作りに関係した方から、
「エミシにとって非常に重要な「日高見」というネーミングの神社。
実は縁起によると紀州熊野をルーツに持つ神社だそうです。」
というメールを頂いたことがありました。
東沢さん、何かご存知のことがあれば何か書いて下さいね。

>数年前のミック・ジャガーのコンサートは、
>私が行ったコンサートの中でも一番凄いものでした。

神社の中でもとても重要な位置にある
玉置神社の公式サイトの管理人であるGAINAさんが
ストーンズのコンサートに行ったなんて面白いですね。
マル・ウオルドロンといえば、
レフト・アローンが流れる邦画がありましたね。

"(@。。−)” GAINA - 2002/03/01(金) 02:47<

ハマッテくだされ!

とんちんかん小僧さん、どういたしまして。

ブルーノートはレーベル名です。
ニューヨークにあるJAZZがメインのレーベルで、
JAZZ界の大御所といわれる殆どが所属し、レコードを出していました。

マイルス デイビスはご存知ですか?JAZZを聞いた人は皆知っていると思います。
昔の映画「死刑台のエレベーター」のサウンドトラックを作曲、演奏したトランペット奏者です。

ロック・コンサートもよく行きました。
古くなりますが、
数年前のミック・ジャガーのコンサートは、
私が行ったコンサートの中でも一番凄いものでした。
麻薬事件で日本入国を拒否され、
何回かの申請後、やっと認められ、名古屋のみのコンサートでしたが、
2日間で10万人以上を動員。そんなこともありました。
ジャンルは問わず、自分の好きなものにハマッテください。

とんちんかん小僧 - 2002/03/01(金) 01:34<

GAINAさん、ご協力ありがとうございます。

GAINAさん、ご協力ありがとうございます。

あの〜、ブルーノートって何でしょうか?さっぱり判りませんです。
教えて下さい。
どうも知らないままにしておくのが勿体無いと思いますので。
JAZZな方だったんですね。ずいぶん、ハマッテいたんでしょうね。
いつか僕も、JAZZを聴きまくる日が来るのかなあ〜、クマノの仲間の影響で。
今の僕には、あり得ない話ですけどね。
ロックに魅力溢れるアーティストがいる限りはね。洋楽専門ですよん!

いや〜、思っていた以上にJAZZ好きな方が多いことが判り、年齢差がよくわかりましたよん!
tuyaさんはお子さんがいるから、まだかみ合いそうでしたが、それでも根本的に誰ともかみ
合わないことがわかりました。まだアンケートの募集は打ち切っていないので、ドシドシ投稿
待ってます。

とんちんかん小僧 - 2002/03/01(金) 01:09<

皆様ご協力ありがとうございました!

tuyaさん
サラ入れますよん。グレゴリアンの一曲目の「モメント・オブ・ピース」でリード・ボーカルを
とっているのが、サラ・ブライトマンです。復習がてらに聴いておいて下さい。
J−POP系のCDは、弟やイトコらに借りてイイ曲があれば、ダビングさせてもらっています。
イイモノは聴かないと損した気分がするからジャンルとわず新旧とわず積極的に聴くことにして
いるから色んな幅のある歌姫が自然に出るんですよ!
山崎まさよしにハマっっていたの〜、ふーん、イトコに似てる子がいるよ。

ヤゾーさん
「センチメンタル・ジャーニー」←僕も好きな曲ですよん。
アーティスト名は知らなかったけど曲は何度か聴いたことがありました。
また山小屋で聴かせて下さい。

バリ師さん
ジャズ狂だったのですか。わぁーすごい!
ジャニス・ジョップリンぐらいしか判りませんでした。
彼女の声ってすごくパワフルで人気があったんだったけど、僕はあまり好きになれませんでした。
サラ・ヴォーンって人いたんですね。いつか僕も聴いてみようと思います。
イイモノは、ジャンルに問わずとりあえず聴くってことにしてますので。
ありがとうございました。

ヤナギムシさん
ご協力ありがとうございます。
高橋真理子って「桃色吐息」の人ではないの?
違ったら知らない人です。あっていたら、小学生の頃に好きになりました。
あとの上位の人達は、前にプレゼントしてくれたテープに入ってる方々ですよね。
>静かに、部屋の明かりを・・消して
  オンザロックでブランデー・・

なんだか、その情景が瞼を閉じると浮かんできそうですよ。
僕も音楽を聴いていると自己陶酔してしまう傾向がありますよん!
投稿文を書く時もつねに音楽を聴きながらでないと言葉が浮かんでこないくらいです。
僕にとって無くてはならない生活必需品です。(特にハード・ロック/へヴィメタル)
麻薬みたいなもんですね、音楽は!

"(@ 。。@)”GAINA - 2002/03/01(金) 01:06<

ブルーノート全盛のときに・・・。

とんちんかん小僧さん、やなさん、こんばんは。

随分と昔、JAZZにのめり込んでいました。
コルトレーン、デヴィス、などなどブルーノート全盛の時代でした。
ところが、「サイケ」が頭をもたげて来た頃から、
遠ざかってしまいました。
歌姫ではありませんが、
マル・ウオルドロン コルトレーンが好きでした。
「至上の愛」などのタイトルに感動したものです。
なけなしの金を叩いて、毎年7月21日頃に「合歓 JAZZ IN」にも通い続けました。

今も、その頃の曲が流れると・・・。

ya(^ε・)na - 2002/03/01(金) 00:18<

JAZZ

とんちんかん小僧さん・・おこんばんわ・・
  やなもJAZZファンなんよ!!
 昔のビッグバンドも好きです・・Aトレイン大好きです
  歌姫かいねえ・・最近の好きなんでええかいねえ

   1・・・鈴木重子
    2・・・ホリー・コール・トリオ
     3・・・高橋真理子
      4・・・松居慶子・・一曲きいただけやけど・・ええ・・ピアノでした
       5・・古いところで・・ジュリー・ロンドン・・クライ・ミ・ア・リバー

       なんてのが・・お好きです

 静かに、部屋の明かりを・・消して
  オンザロックでブランデー・・

       深いため息・・ふーーーーーーーーーぅ

  CDに光がながれて・・自己の世界!!

     アーーーーーーーーィ・アム・ア・・コーーーリング・・ユウ♪


      静かに・・呼んでいます・・

             呼んでいます


             静かな音楽の世界が!!


                            やなぎむし

まれびと <http://homepage1.nifty.com/marebito/> - 2002/02/28(木) 23:35<

もんむ-さん

う--ん、世間は狭いものですね。公衆浴場で見知らぬ人に肩を叩かれた気分で、なにやら恥ずかしいような(^^)
お世話になっています。

差別やいじめといった問題は、はじめに結論を言ってしまうと私は「各個人がじぶんの内なる他者の存在に目を凝らすこと」からしか始められないと思っています。
私は自分が育った町の近所だった親近感もあり、じつは「寅さん」の映画が大好きで、例の対談でも触れられていましたが、あの非定住の主人公が長いことこの国の道化的人気者であった事実は、誰もが心の内に異形のモノへの畏れと憧憬をひそかに抱いている。
そうしたところに何かのヒントがあるのではないか。
あるいはまた、その畏れと憧憬を陰惨な形に変えてしまう社会的なシステムというものも壊れなければならない、と考えています。
ここで論じるには難しい問題ですが、そういう意味で、サンカのことも中世社会のことも、また部落差別やいじめや不登校といった現代社会の問題も、私のなかではひとつの糸でくくられつながっています。

もんむ-さんのサイトもさきほど少し拝見。さいしょのコラムを読ませていただきましたが、ああいうサイトがあるのは何だか嬉しいですね。
「風の王国」は私も20代の頃にはまりました。
ちょうどその頃、吉野山の奥千本で千日回峰だったか若い行者さんを見たのですが、いやまさに風のような歩きぶりでした。
コラムの続きもまた少しづつ読ませていただこうと思っています。

どうもここのBBSは、ついお喋りが過ぎちゃうな(^^)

tuya - 2002/02/28(木) 21:27<

中心と周辺

もんむーさんへ
>社会全体としての<中心>と<周縁>という構図は現代では隠されたり、見えにく
>くなってはいますが、職場や学校、家庭、地域などの狭い単位の中では確実に
>存在していて、悲しいことですが、それはいじめに代表されるような蔑みとか
>恐れといった対立の形で表面化しているように思います。

 今日とある研修会で、スクールカウンセラーの方の講演がありました。
 学校という場はとてもパワフルなところ。前に進むこと、頑張ることがよしとされる活気のある場所。しかしエネルギーが弱っている状態でこの場に入ると、自分の居場所がみつからないこわい場所でもある。その場所に適応できず、クラス以外の周辺の場所(保健室など)に自分の居場所を見つける子ども、学校に行けなくなる子ども、逆に過剰適応して自分の欲求や真の感情がわからなくなってしまう子ども・・・そういう子ども達のお話を聴いて来ました。
 最近よく考えることですが、本当に今の学校、今の社会に心底適応している人はどれくらいいるんだろうと思います。直感的には、そういう人はほんのわずかで、圧倒的多数の人が過剰適応状態にあり、過剰適応に失敗するか、もしくは適応しないという意志を持つ人が割合的には少数存在する、というのが正味ではないかと考えています。
 そして差別・偏見に心を汚染された人の多くが、上記のうちの「過剰適応派」の人たちではないかしら、と考えています。

もんむー <http://mommoo.que.ne.jp/tomogara/index.html> - 2002/02/28(木) 19:39<

私も対談のことを

まれびとさん、はじめまして

とはいっても僕はまれびとさんのページを毎日読んでいたので、初対面という
気がしません。熊野ライフでまれびとさんの書き込みを見たときは本当にびっ
くりしました。

対談を読んでいて感じたことを少し。

社会全体としての<中心>と<周縁>という構図は現代では隠されたり、見えにく
くなってはいますが、職場や学校、家庭、地域などの狭い単位の中では確実に
存在していて、悲しいことですが、それはいじめに代表されるような蔑みとか
恐れといった対立の形で表面化しているように思います。こうした対立軸は新
たに作られていて従来の差別問題に輪をかけて拡大しつつあるような感じがし
て、恐ろしく思います。<周縁>の側にいるものはおうおうにして孤立している
ことが問題を深刻にしています。

その一方で五木さんと沖浦さんの対談はこの世に確実に存在する<中心>と<周
縁>との間にポジティブな関係を構築できないだろうかということを問うてる
ように思います。そのヒントとしてサンカがクローズアップされているわけで
すが、僕はサンカ意外にも中世に見られた傀儡子などの漂泊者と中世社会との
関係の中にもヒントがあるんじゃないかと興味を持っています。

僕自身、<中心>の中に孤立した<周縁>であることを自覚しているのですが、サ
ンカをめぐる最近のもりあがりが、この構図に変化をもたらすことを期待して
やみません。

ちょっと重たい話ですいません。
でわでわ

まれびと <http://homepage1.nifty.com/marebito/> - 2002/02/28(木) 14:01<

ほんとうにご無沙汰でした

覚えて頂けていて恐縮です。
昨夜は厚かましくも駄文を転載して失礼しました。

そうですね、私の方は近いから逆に距離を置いて眺めていたという感じなのかな。
あるいは敵わないから避けていた、とか(^^)
でもヤゾーさんの行動力・実践力はほんとうに羨ましく思います。
私は頭の中で戯言をひねってぼやいているだけでして。
お手製のウメガイの写真なんかも生唾が湧きました(^^)

「ブラザー・サン シスター・ムーン」は、あのドノバンの音楽がとても良くて、ずっとサントラを探しているのですが、どうも国外でも発売されていないようですね。
仕方ないのでじぶんで歌っています(^^;;

「小さな漁村」
へえ、そうですか。それも奇遇ですね。あそこの海も昔は石油のタンクなどなくて、つれあいが小さかった頃は砂浜もあって、もっときれいだったそうです。
私も好きなところです。

リンクについては、これは私に限った感覚ですが、どうも窮屈な感じで最近うちのサイトの相互リンクを全廃しまして。ですからこちらへのリンクも私が勝手自由に貼らせてもらっているものだとご理解ください。

最近は三角寛の著作集も再刊されて、余裕がないので図書館でときどき眺めていますが、何だかこれまでのニセの豊かさの裏に捨てられてきたものたちが少しづつ光を浴びてきているような気がします。
サンカや差別といった周縁のものたちを問い直すのにふさわしい時代なのかも知れません。

これからもときどきお邪魔いたします。
いつか熊野でお会いできたらいいですね。

そうそう、北山村ですが、熊野の山中のあちこちに存在する謎の石垣、そのうちのいくつかが北山村にもあるそうで、いつかそんなものも実際に調べてみたいと思ったりしています。
実際に害獣を避けるために築かれたものなのか、あるいは折口が言うような「人と鬼を分け隔てる」呪術的なものなのか、そんな空想もまた愉しいです。

長くなりました。

ヤゾ− - 2002/02/28(木) 07:00<

何年ぶりかで

まれびとさん ほんとうにほんとうにお久しぶりです。
かれこれ二年くらいぶりですね。
まれびとさんのことは忘れません。
確か、まれびとさんの母方の祖父母さんが熊野の飛び地、北山村の出身だと仰ていましたね。
あらから何度かまれびとさんのHPを見せて頂きました。
サンカだけでなく聖フランチェスコの映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」についての話しや、
音楽の趣味、バイク乗りだということで、共通したものを強く感じていました。
奥さんの出身地が、これまた僕が学校をサボってよくバイクで行ってた小さな漁村だと知ったときには驚きましたよ。
リンク貼って頂いて、ありがとうございます。
宜しかったら、こちらの自動リンクにも登録して下さい。
また、遊びに来て下さいね。

バリ師さん 嬉しいな〜JAZZ狂やったんですか。
知人が洒落た酒場をしたいというので、
むかし苦労して東京から蓄音機を運んできたことがありました。
当てが外れて売れませんでしたが、
お陰で実家にまだその時の蓄音機が置いてあります。
1920年代の米国製のブランズウィック社の蓄音機で、けっこう良い音がします。
竹針や竹針用のカッターまで付いています。
洋盤のサラ・ヴォーンなどのJAZZのSPや戦前戦後の歌謡曲のSPも沢山あります。
「あなたとふたりできた〜おか〜は 港の見えるおか〜」なんて良く聴きました。
アマポーラなんて聴くと、1920年代に生きているような情感があって好きでした。
そのうちにお聴かせしたいです。

tuyaさん じゃ今度、ヤナさんも誘ってアオリイカを釣りに行きましょう!
たぶん、ウツボが釣れると思う!

バリ師 - 2002/02/28(木) 03:45<

補足説明

尚、前々々の「@ビリー・ホリデイ:ここにイカれると、エラもサラもぶっ飛んでしまいまんな。」文中のサラは、サラ・ブライトマンという人ではなくて、JAZZのサラ・ヴォーンのこってす。念のため。

バリ師 - 2002/02/28(木) 03:28<

sanka & monk

Jazz and Freedom go hand in hand. セロニアス・モンクの言葉

小生がここ数年、唯一、仕事場で、車の中で、ずっとかけ流して聞いているCDがモンクの「ヒムセルフ」というピアノソロであります。

中学生のとき、スイングとアドリブのJAZZの世界へぐいぐい引っ張っていってくれたのが、モンクおじさんでした。初めて買ったEP盤の「ブルーモンク」。クラリネットのP.W.ラッセルとニューポートで演ってるやつ。

ここの掲示板で「サンカ」と「モンク」がつながった妙な因縁を感じて、驚きし候。

まれびと <http://homepage1.nifty.com/marebito/> - 2002/02/28(木) 02:31<

私も対談について

こんにちわ。
もうお忘れかと思いますが、以前うちのサイトに来ていただいたまれびとです。こちらのサイトはその後も時々愉しく拝見させてもらっていました。
今日はこちらのサイトにリンクを貼らせてもらったご連絡と、それから野暮用ですが、本日私のサイトにアップした駄文を転載させて頂きたく、参上しました。
非礼のほどはご容赦ください。

************************

帰りに寄った図書館で、小説現代(3月号)に載っている五木寛之と、最近「幻の漂白民・サンカ」(文藝春秋)なる著書を書いた沖浦和光という大学教授との対談(いま知りたい! 幻の漂白民・サンカ)を読む。短いものだが、いろいろ刺激的だった。たとえば次のような沖浦氏のくだり。
**
 さっきのソシュールの論ですが、それぞれの共同体で歴史的に構成され、体制化された言葉の体系は〈ラング〉と呼ばれる。用法も文法もみな決まっていて、ラングの専制と呼ばれる強制力を持ち、それによって文化をつくりあげてきた。
 そのラングに対して〈パロール〉というのは、既成の言語体系にとらわれない個人の一回きりの発声なんですが、ギリギリときしむ現実のナマの声なんですね。パロールはラングに対して絶えず挑戦して、既成の体制を突き崩そうとする。
 詩人の想像力というのが実は時代を動かす潜勢力だった。その力がどこへ消えたのか。その問題にソシュールは気がついた。人間の真の創造性はパロールにある、と。ラングに対するパロール。
 それを置き換えると〈中心〉と〈周縁〉になる。〈中心〉は、権力が構築したシステムであり秩序でしょう。それに対してパロールは〈周縁〉部分、境界外の混沌からこれに挑戦する力なんですね。

 どんどん分節化していっても、整序されたシステムに入りきらないものがやはりある。実はそこに人間世界の成り立ちを解明する重要な問題領域があるんです。そのようなものが混沌(カオス)のなかに潜在していることに気づいた。
 われわれはずっとシステムとしての文化を構築してきたけれども、どうも整序しすぎてしまって、なんとなく面白くなくなってきたんじゃないか、そのように気づきはじめたんですね。そうなってくると、境界領域とか混沌の持つ重要な意味が浮かびあがってくる。
**
 いわずもかなだが、かれがサンカを語る視点は、己のサイトに「まれびと」の名を冠した私のそれと同一である。何処でもない、排除され拒絶され貶められたゴミ溜めから私は撃ちたいのだ。沖浦氏の言う「白と黒のあいだのグレー・ゾーン」から、五木氏の言う「ジャズと自由は手をつないでやってくる」ような身振りで。反近代の牧神を夢見たランボーのように。
2002.2.27

昔、JAZZ狂やったバリ師 - 2002/02/28(木) 00:11<

最近、とんと聞いてないけんど・・・

いやあヤゾーさん、ほんま蓄音機の音ちゅうのは、何であないに元気なんやろねえ。そないに超高音も低音も出てへんのに、ワクワクドキドキする音やなあ(LPレコードに再録されると、とたんに去勢された、文字通り勢いのない音になってまう)。それにその時代、SP盤1曲3分前後でちゃんと納まっとるし・・・。

@ビリー・ホリデイ:ここにイカれると、エラもサラもぶっ飛んでしまいまんな。JAZZを聞き始めた頃、チャーリー・パーカーと同じで、何がええんかさっぱり分からへんかったけんど。

Aベッシー・スミス:ああ、この圧倒的な存在感!バックで若き日のルイ・アームストロングがラッパ吹いとったりして・・・。

BCDは淺川マキ、ジャニス・ジョップリン、ネーネーズかな。

いろいろと昔を思い出し、懐かしおます。

tuya - 2002/02/27(水) 23:26<

今息子と

今夜更かしの息子と、熊野ライフの釣りの日記を読んでいます^^
ええなぁーええなぁーを、二人で連発してます。

ヤゾ− - 2002/02/27(水) 21:45<

対談 今知りたい! 幻の漂泊民・サンカ

小説現代3月号買ってきました。
五木寛之さんと沖浦和光さんの「サンカを求めて」という対談、面白かったです。
対談の中で人間の本性は「食と性である」という話しがありましたが、

「はじめの喜びは食物ぞ、次は異性ぞ。いずれも大きな驚きであろうがな。
これは和すことによって起こるのぞ。」

というむかし読んだ本の言葉が脳裏に浮び、頷いてしまいました。

>歌姫アンケート

これと言って特別好きな歌姫はいませんが、
ドリス・デイのセンチメンタル・ジャーニーが思い出としてあります。
たまたま買ってきたビクトローラの蓄音機にドリスデイのSP盤が付いていて、
それを聴いたときの音と曲のインパクトは強烈でした。
一週間くらい頭の中で鳴っていました。
今でも思い出したら、あの長いイントロが蘇ります。

tuya - 2002/02/27(水) 20:31<

サラの入れて

>とんちゃん
またMD送るので、サラの入れてくださいまし(-∧-)
・・・安田祥子&由紀さおりってのがすごいね。とんちゃん若いのに、いろんなの聴くんやね〜。
わたしは平凡にJ−POP系で、MISIAやSAKURAあたりをよく聞いたりします。若い頃はNOKKOの声に聞き惚れてました。うんと若い頃はオリビア・ニュートン・ジョンにはまりました。

男性ではいっとき、山崎まさよしにハマった時期がありましたが、彼の場合は音楽だけでなくルックスにもハマりました。
そして先日ヤゾーさんちで、ヤゾー青年時代のアルバムを見せてもらったところ、髪形といい顔といい服装といい体型といい、感性の鋭そうな風貌といい、まさやん瓜二つな写真があったのにビックリしてしまいました。あれギター抱えたらそのまんま、まさやんだよ〜♪

あの頃会ってみたかったです・・・こらこらっ!(笑

とんちんかん小僧 - 2002/02/27(水) 20:01<

歌姫アンケート

皆さんにお尋ねしたいことがあります。
ここに集まる方々は、年齢も違えば、聴くジャンルの音楽も違うと思います。
でも、そんなの関係ないですぴょん!
自分の中で、この女性アーティストが「世界一好きだ」と思える人はいると思います。
(音楽は聴かない、興味のナイ方はいいですヨ)
一人にしぼるのは難しいと思いますので、ベスト5を教えて下さい。
僕の中でのベスト5は、
1、サラ・ブライトマン
2、キャンディス・ナイト
3、ケイト・ブッシュ
4、ブリトニー・スピアーズ
5、セリーヌ・ディオン
の5人です。
他にレーナ・マリア、アニー・ハズラム、エンヤ、宇多田ヒカル、中山ラビ、美空ひばり、
安田祥子&由紀さおり、スパイス・ガールズ(順不同)・・etcも好きな歌姫です。


実は今、サラ・ブライトマンの<アヴェ・マリア〜サラ・ブライトマン・クラシックス>
というアルバムを聴いているところです。
サラの天使のような歌声に導かれ、まるで天国に上って行くような感覚です。
特に「アヴェ・マリア」「アルハンブラの想い出」「夜の踊り」「ネッスン・ドルマ」
が絶品です!
捨て曲は一曲もないです。彼女自身は、ソプラノ・シンガーですが、クラシックだけでなく
、ポップ、クラブ・ビート・サウンド、ロック等の音楽をアルバムに取り上げて独自の解釈
で曲を編曲させて歌っています。もちろん、有能なプロデューサーで全曲のアレンジャーで
ある、フランク・ピーターソン(元エニグマ)の助けなしでは曲は生まれ変わりませんが、
それと同様に声質の高い、サラの歌唱力がなければマッチしなかったでしょう。
良かったら聴いてみて下さい。詳しくは、下記のHPを参考にして下さいませ。
サラ・ブライトマンのHPで〜す!
http://homepage2.nifty.com/~msakura/sarah/

ヤゾ− - 2002/02/26(火) 19:08<

水野南北

江戸時代の有名な観相家 水野南北の言葉に『食は命なり』というのがあります。
その水野南北は食が運命を左右するとまで言い切っています。
それほど食というものが生命や運命にとって重要な意味をもっているということです。

農を資本に売り渡した結果、もはや安全な食べ物を探すのも大変になりました。
少量の質の良い食べ物と水、それがなかなか見つからない、難儀なことです。
消費者の意識や食習慣が狂った構図を変えてゆく力だと思います。

話しが逸れますが、水野南北に関した逸話の中で、
僕が知っている一番好きな話しをひとつ。
幕末の神人といわれた黒住宗忠が水野南北に観相してもらったことがありました。
その時、水野南北は「う〜ん」と唸ったままなかなか答えようとしません。
黒住宗忠が遠慮なく答えて欲しいというので、
水野南北は恐る恐る「稀に見る阿呆面でございます」と答えたそうです。
それを聞いた黒住宗忠は、流石は天下一の観相師であると誉めたそうです。

もんむーさん お久しぶりでした。
月刊「現在」一月号は買って読みました。
また買って読みます。

蜜柑さん いや〜ん やめて!(笑)
>秩父の山奥にサンカを求めてドライブしました。
一人で? それとも彼女と?
いずれにせよ、ご苦労様でした。

GAINAさん ありがとうございます。
>「ウツボ」は食べ物です。衣料ではありません。
は笑いました。

子供からおもちゃを貰うお父さん
子供と真摯に向き合うお母さん
バリ師さんtuyaさんのところは、とても良い親子関係ですね。

tuya - 2002/02/26(火) 07:17<

アレルギーといえば

うちの息子は、造影剤アレルギーです。
数年前、公園の遊具の高いところから落下し、いつまでも背中の痛みがひかないので医者に連れて行くと、「脾臓が破裂してるかもしれない。その場合命にかかわる」といわれ、救急で運ばれ精密検査を受けました。救急に連絡してくれた町のお医者さんには、辛い過去があったのです。過去に同じ症状の子どものわずかな脾臓損傷を見逃して、その晩のうちにその子は出血がひどくなり、夜中に亡くなったのです。
それで、「見た目はたいしたことないようですが、そういうこともあるので、救急に連絡します」ということになったのでした。

ひととおり検査が終り、おそらく大丈夫らしいが検査の結果が出るまで、念のため入院してくださいと言われました。
息子が眠ったのを見計らって、家に荷物を取りに帰り、ふたたび病院に戻ると病室があわただしく、息子は酸素吸入されていました。
造影剤アレルギーで、呼吸がとまったのだそうです。
なんでも造影剤で、スズメバチにやられるのと同じ反応が出る(呼吸中枢がやられる)体質なんだそうです。
一晩に、脾臓破裂で命にかかわると言われたり、呼吸がとまったと言われたり、生きた心地がしない一日でした。

もしかしたら今晩中に神様は、なんとしてもこの子を天に引き取る計画になってるのかなぁ・・・・

などと思ってしまい、吸入で少し落ち着いた息子とお別れの挨拶までしたのでした。
わたし達は特定の宗教組織には所属していないけど神様は信じているので、「死ぬのはこわくないよ。神様のそばに行くんやで。体は死んでも魂では今までどおりお話できるよ。一緒にいられるよ」などと泣きながら息子とお話したのでした。
直前に、エリザベス・キュブラー・ロスのターミナルケアの本に影響を受けていたので、もしお互いが死ぬことになれば、まっすぐに生と死について話をしようと、親子で決めていたのです。

このときわかったのですが、子どもって、死を受け入れます。涙を浮かべてはいましたが、わたしの言葉ひとつひとつに、静かにうなづいていました。むしろわたしのほうが動揺していました。
握手しながらお互いに、「ありがとう」と言葉を交わしたりもしました。

しかし結局、呼吸も元に戻り、検査の結果も異常なし。
翌朝には病院の食事と、わたしが持ちこんだ食べ物をたいらげたのでした。
一体なんだったのかなぁ、という出来事でした。

しかし、その日以来親子の絆は非常に深まり、生と死だの、人生の目的だの、親子でけっこう深い話ができる関係になったのでした。

バリ師 - 2002/02/26(火) 00:02<

チョコエッグ

■今日、子どもが買うてきたチョコエッグの中から「ツチノコ」が出てまいりました。

大人げもなく「くれくれ」言うて貰い受け、パソコンのモニターの上に飾ってあります。

今年の渓流釣りは何だかええことがありそうです。

■後藤興善著「叉鬼と山窩」の播州のサンカから聞いた話の中に、「奥山で蟒を見た話」というのがありますが、この蟒(うわばみ)がツチノコになるんでしょうか?こいつはハメ(蝮)より花粉症に効きそうでんな。

■子どもはアトピー、大人は花粉症。

金魚の死ぬ水、農薬、添加物だらけの(一応基準値以下と言いますが)食品を取りつづける限り、このまま歴史の更なる1ページをめくった時、それだけで済まずにもっとおとろしい状況になっているような気がいたします。低温火傷にも似て基準値以下は、ジワジワと、たちが悪いだっせ。

”(@。。@)” GAINA - 2002/02/25(月) 23:44<
度々、すみません。
訂正です。
「ウツボ」は食べ物です。衣料ではありません。
買って着ましたから・・・⇒買って来ましたから・・・
です。
春が近づくと、のんびり、ぽかぽか、
頭の中にも、霞がかかってきました。

"(@。。@)" GAINA - 2002/02/25(月) 23:38<
YAZOOさん、
アレルギー症緩和には、
「ウツボ」そうです、あの獰猛な「ウツボ」です。
アトピーなどの体質改善に効果があります。
熊野は「ウツボ」を干物などにして食べますので、
どこでも手に入れることが出来ます。
私も多くの人に頼まれ、帰郷したときに買って着ましたから・・・。
一度、試してください。
すぐには改善しないでしょうが、
精を出して食べてみては?

では、3月3日お待ちしています。

*(^..^)*ngly - 2002/02/25(月) 22:38<

やめてます中国産

 あかりさん
中国産品はやめたほうがよいようです。勿論農薬・化学肥料を使い、
消毒にも有毒な薬品を使った米国製も同じです。
 以前はウーロン茶が大好きで、中国人から貰ったのは大変美味で、
夏に飲み過ぎても、カリウムのせいか、秋に頭から毛が逃げる事は
なかったようです。ウーロン茶が貰えなくなった、自動販売機でウ
ーロン缶を売出した頃、中国の産地を訪れた人から言われました。
「物凄い量の農薬を振り掛けているからウーロン茶は絶対飲んでは
いけない」。その頃からウーロン茶の味が急速に落ちたようです。
 最近の安価な野菜は中国産が多く、新聞ではその安全性が疑われて
います。健康と安全のために避けましょう。といって今日もスナック
エンドウとバナナを食べています。
 この責任は中国に投資して大量に見掛けのよい産物を輸入してる日本
商社と、その安全性審査不充分?な行政にあるのでしょう。見掛けだけ
で判断する「愚かな消費者」も犠牲者とは単純にはいえず、残念ながら
大量の被害者か犠牲者がでないとマスコミもとりあげてくれません。
 賢い消費者生存には死者を出す愚かな消費者が必要なのでしょうか。
 雪印事件があってもその責任所在と責任取りがいまだはっきりして
いませんから、このままではうやむやになり、再発は必然でしょう。
 雪印は命令系統・生産工程・検査工程の詳細な情報公開が不可欠です。
行政と企業を取り締まるNPOが出てくるまでは「この国は人間の国なの
か」(小田実)といえるのかもしれません。
 現在の自衛策は、無農薬自家菜園を持つか、サンカ系の方から自然
野法を学ぶ事でしょう。都会でも食べられる野草が身近にあります。

とんちんかん小僧 - 2002/02/25(月) 21:12<

大高酵素を飲もう!

花粉症の方に朗報です。
今日、知人に「花粉症って、どうやったら治るやろ〜?」って聞いたら、
「酵素が足りないからなるんやで」って教えてもらいました。
で、Donglyさんも言っていたように、漬け物を食べたり、キンダンジ味噌を食べたり、ヨーグルト
を食べるようにしたら、幾らかましになるよっと教わりました。
「今の人は、昔の人に比べて生の食べ物をあまり食べないから、なるんやで」とも言っていました。
同じ乳製品の牛乳は、良いとはいえないようです。オレンジジュースもね。
それは、一度加工した時に沸騰させて冷やしているから、「一度殺しているからあんなもん飲んでも
あかんでぇ〜」っと言われました。どうやら自然なままの食べ物がイイようです。
ようは、上記に記した四つの食べ物を常時食べている方に花粉症は無いと言いきれると思います。
現に僕の身内で花粉症なの、僕だけだから・・ものは試しです。
続けることによって結果があらわれるはずです。
皆さん!頑張って治しましょう!!!

tuyaさん
ならんと思うヨン、多分・・。酵素が足りてればね。

もんむーさん
お久しぶりですね。
明日、さっそく探してみます。
またまた、最高にイイ本のご紹介ありがとうございます。

蜜柑 - 2002/02/25(月) 20:49<

ヤゾー貞操の危機

ピーちゃんが笑ったか?
目出度い。

土曜日にこりもせず
秩父の山奥にサンカを求めてドライブしました。
老人に「サンカの社会資料編」に載っている河原のセブリ前で箕作りをしている夫婦の写真を見せ、
「こういう人、見たことありますか?」と聞いてまわるのです。

あるババーが「この先の橋の上から河原にテントを張っている人を見たことがある」というので
僕が「その人たちは、竹細工か何かやってましたか?」と聞きました?
ババー「竹細工はしていなかったと思う」
僕「何をしていたか覚えてますか?」
ババー「バーベキューをやっていた」


サンカの人がやっていたかどうかは不明でした。

あかり - 2002/02/25(月) 19:58<

中国産食品

中国産食品は安い。私の大好きな乾燥芋が1キロでたったの380円。でも、前回息子が食べた次の日(食べ過ぎたのかも)朝もどしてしまった。今回私もどうも食べた後(これも単なる食べ過ぎかも)、気分が悪くなったり腹痛がしたり。やはりこれからは買うのを控えようかと思う。

きょうかい - 2002/02/25(月) 18:47<

でも・・・

>花粉症には
 そうだども、それって子供の頃から一緒に住んでないと仲良くならないのでは?
 多分、農耕が、始まってから寄生虫と暮らしてきて一緒に生きれるように
 なってきた。ところが、突然に同居者たる虫ちゃんを排除したがために
 身体の、めんえきごろぶりんMが、余ってしまってしかたなく自分の体を
 傷つけ出した。このMは、子供の頃に鼻たらしてたり、寄生虫と仲良くしてれば
 変に増えないらしい。
  で、もう少し考えると、要は、定住が、いけなかったのではなかろか?
 クソしてもすぐに住居を変えれば、回さんや真田さんと仲良くする必要もないのだし?

もんむー - 2002/02/25(月) 13:23<

五木寛之&沖浦和光

みなさん、ごぶさたしてます。

五木寛之氏の「日本人のこころ4」が書店に並んでいました。
この回では漂泊民や被差別民をテーマにされていて、その中の一つとして
サンカが紹介されています。沖浦和光氏が「幻の漂泊民サンカ」の中でサンカの末裔
として紹介されていた方達を五木氏は取材されています。全般的に沖浦氏の説に
沿った内容になっています。

もう一つ、雑誌「小説現代」の今月号(3月号)には五木氏と沖浦氏との対談が
「幻の漂泊民・サンカを求めて」と題して掲載されています。

でわでわ

*(^..^)*ngly - 2002/02/25(月) 11:30<

花粉症には

 花粉症で昂奮してる皆さん!! 決め手は漬物を食べる事です。
 それも昔のように人間のし尿「完全有機肥料」をたっぷりかけた振りかけ
たもの。数年前にテレビによると、アレルギー症状を解消するには寄生虫、
それも人間の胎内に居る回虫が役に立つのだそうです。
 実はこの十年廃棄物の実証研究をしていますが、人間が直接排出するゴミ・
廃棄物のうちで人糞などは再利用の声すらあがりません。人糞は凄い資源で
江戸期は最も高い有効性成分の遊郭・茶屋排出の人糞争奪が激しいかったと
ありますし、粟でなく稗しか採れぬ地帯の人達の出稼先では滞在宿賃代わり
人糞で支払うほど価値あるもの(庶民はとても貧しかった)でした。
この人糞で美味・高い栄養価・無農薬の野菜ばかりでした。厚生省と保険所が
「寄生虫駆除」「体力向上」名目で人糞の施肥を禁止しましたが、実はチッソや
日本電工など肥料会社の作る化学肥料販売の道(産業新興)を大きく開くもので
した。企業のためには官僚の素晴らしい連携プレーが見えますし、科学技術立国
思想の実態・実状です。この時代が企業公害の幕開け時代となりました。
自然野法→自然農法→有機農法→化学農法→遺伝子ハイテク農法と大いなる技術
進歩と農学者・官僚・企業は主張しますが、私は全く質的な「退歩」と思います。
 私自身の用語で言えば、自然野法は人間の力を借りず自然自身が、人間の生み
出す「負の価値物」を「ゼロ価値物」「正の価値物」に変換する完全循環農法です。
今後農法には自然野法と一部ハイテクなどの組み合わせが必要になるでしょう。
 サンカの大好物、寄生虫を人間の内部で生産する漬物。私は漬物大好きです。
 寄生虫駆除は砂浜に打ち上げるマクリ(海藻)を拾って煎じて飲むことでした。

ヤゾ− - 2002/02/25(月) 07:30<

花粉が一杯

この季節、風が吹くと山が霞むほどの花粉が飛びます。
クルマのフロントガラスには、いつも花粉がうっすらと積もっています。
山小屋の近くにも少し大きな杉が三本ありますが、
枝を揺すると、恐ろしい量の花粉が飛びます。
何年か前、同じ花粉症の友達に、その杉の枝を揺すって、
いかに花粉が沢山飛ぶのかを見せてあげたことがありましたが、
いつのまにか花粉の飛ばし合いになり、二人とも酷い目にあったことがあります。
ええ年して、アホかちゅうねん!
杉の花粉が終るころには、次は檜の花粉が飛びます。(>_<)

ya(^ε・)na - 2002/02/25(月) 02:43<

末期的症状

あーーーぁ・・PCいよいよ末期的になってきた・・
 cドライブ満タン・・聞くところによると・・止まるよーー!!とのこと

   なんや・・安心できるようになるまで・・恐いなーーぁ

        ほんま・・おまけに頭はパッパラパーァ

           花粉症がひどくて・・ビェークション! (ノ_・。) 

            なんのこっちゃ!      ほなさいなら・・

tuya - 2002/02/24(日) 23:43<

色男たちが続々と花粉症

花粉症の方、多いのですね。。。うちの息子も花粉症です。薬のんでます。でも眠くなるので、朝は飲めません。職場の先輩も花粉症です。毎年、鼻の粘膜をレーザーで焼いてます。人にもよるけど、鼻の症状にはてきめんらしいです。

とんちゃん>熊野病になったら花粉症にもかかるんですか?わたしもヤバイじゃ〜ん!

とんちんかん小僧 - 2002/02/24(日) 23:31<

恐怖の花粉症

turukotさん

>松前氏の前は蛎崎氏ですが、松前氏と名乗る前に武田信広が蛎崎氏に婿で入ってくるんですね。
>で、彼が実権を握るんですが、ここで忘れてはならないのが1456年のコシャマインの戦いです。

そうだったのですか、松前氏=武田氏だったのですね!初めて知りました。何故、蝦夷福山藩の
松前氏が武田家紋なのか全く判らなくて、頭の中が「?」で一杯でした。
謎がとけてよかったです。ありがとうございます。

1456年のコシャマインの戦いの壮絶な話、すごく胸が痛みました。泣けます。
民族間の争いというものは、いつの世の中になっても絶え間なくつづいています。
本当の平和な世の中はいつ訪れるのでしょうか。

実は、僕もクマノライフの掲示板を読むようになって1年余り経ちますが、それと同時に今まで
花粉症じゃなかったのに、強烈な熊野病にかかってから、花粉症になっちゃいました。
山がそれ程近くではないので、マシですけど、山に近づくのがかなり勇気が要ります。
うへー、いつ今度治るだろうか・・。ヤゾーさん頑張って下さいヨン。(;o;)

turukot - 2002/02/24(日) 20:14<

補足

ヤゾーしゃん、大丈夫でっか〜??

ヤゾーしゃんのとこ、杉が必要以上にいっぱいありそ〜(洒落のつもり)
NHKドラマ「ほんまもん」で熊野の風景がでますがあんな感じなんでッカ?
南紀は行ったことないもんで。(鳥羽〜松阪・伊勢〜伊賀上野〜奈良はチャリで通ったことあるアル。)

さて本題です
>>酒宴にて切り殺されます。

蛎崎義弘が、でなくて首長タリコナが、です。
なんだか平安文学みたいに省略なっちゃったい。

ヤゾ− - 2002/02/24(日) 13:30<

( ̄iεi ̄)くちゃみが止まりましぇん

turukotしゃん そういう歴史は忘れてはいけませんね。

さっきクシャミを連続50回以上してしまいました。
今年は薬を飲まずに過ごそうという決意が揺らいできました。

(-。-)ハハ。。( =,,=)ズル(-、、-) (-,,− )   - 2002/02/24(日) 00:17<

turukot

あれ?タイトルと名前が入れ違っている?なんつぁって。。

あ、あっし別に花粉症でも何でもないんですけどね。
ただ気に入っていまして(何度も使うところが親父ギャグ。。?
そぉーいや生え際がサヘル状態ですわ 苦笑)

とんちんかんさん
>途中ですが、「武田忍び」終わらせてもらいます。
>考えに考えた結果です。m(_ _)m
>もっと、自分が感じたままの自然な発想の話が書けるようにしたいナァー!
>と自宅に帰ってからも一層その思いが増しましたので。

なんとなくそんな気がしましたよ。えぇのではないでしょうか?
でもちょこっとレスだけさせてくだしゃい。

松前氏の前は蛎崎氏ですが、松前氏と名乗る前に武田信広が蛎崎氏に婿で入ってくるんですね。
で、彼が実権を握るんですが、ここで忘れてはならないのが1456年のコシャマインの戦いです。

志農里のアイヌの少年が和人の鍛冶屋にマキリ(小刀)を注文したところ、その
出来がよくない、交換の魚の数が多いということから口論となり、その少年は
刺し殺されます。
この時期、渡島の安東氏は津軽に戻るのですが、普段から和人の汚いやり方に
憤っていた地元アイヌの民衆がコシャマインを指揮者として蜂起しました。
渡島一帯の12あった和人の館を10まで陥落してアイヌ優勢だったのですが、
武田信広が敗走すると見せかけ、待ち伏せしてコシャマインを弓で殺してしま
います。アイヌの民衆は劣勢になりさらに和人の謀略で敗北しました。

以後も百年以上蜂起は起こるのですが、1532年、武田信広の孫、蛎崎義広が当
時の首長タリコナに和議を持ちかけ、酒宴にて切り殺されます。

ヤゾ− - 2002/02/23(土) 19:45<

くしゃみ男

花粉症が爆発しました。
tuyaさんの所為ではありません。
今日は、くしゃみ男の相手をして下さり ありがとうございました。

熊野ライフ通信に五角形の箕の写真と解説を追加しています。
箕と籠の写真にも二種類の箕の写真を追加しています。
風の王国にも今日の写真を追加しました。

tuya - 2002/02/23(土) 15:18<

ピーちゃんが笑ってくれたよ!

とんちゃんと入れ替わりで山小屋に来ています。よりによってヤゾーさんは、今日から花粉症です。くしゃみばかりして、まったく色気の無い男です…(-_-;;;
しかしくしゃみ男にしてしまった原因はわたしにあるのだった。
ここに来るまでの景色があまりにすばらしかったので、ヤゾーさんが花粉症だということを忘れ、「絶好のお出かけ日和よ!ほらっ、どっか行きましょう」と言って、到着するなり外へ連れだしたため、地獄の花粉症が始まったのでした。

ピーちゃんはちょこちょこ来てくれますが、一瞬しか手に乗ってくれません。ピーナツをくわえたらすぐに飛び立ってしまいます。

とんちんかん小僧 - 2002/02/23(土) 14:10<

皆様にお詫び

途中ですが、「武田忍び」終わらせてもらいます。
考えに考えた結果です。m(_ _)m
もっと、自分が感じたままの自然な発想の話が書けるようにしたいナァー!
と自宅に帰ってからも一層その思いが増しましたので。
楽しみにされていた方々、本当にごめんなさいね。m(_ _)m

と投稿文を考えつつ、ANGRAの『REBIRTH』を聴き気持ちが高揚感で一杯の僕。
ヘヴィメタルは、やっぱ最高に好きな音楽です。

ヤゾーさん
ジェフ・ベックの「グリーン・スリーヴス」って、ソロ1作目の「トゥルース」に収録。
レコードでは、B面の一曲目、CDなら6曲目にありました。
CDで手に入れるつもりです。イイ情報ありがとう!今もヤゾー・ベックのギターの音が
頭の中をコダマしています。

ヤゾ− - 2002/02/23(土) 06:31<

寝袋

とんちんかん小僧くんが寝るのに、
電気カーペットの上に寝袋と毛布を一枚出してあげました。
『寒いよ〜』と言うので、そんなことはないと思うけどなぁ〜と寝ている様子を見たら・・・
なんと、とんちんかん小僧くんは寝袋の上に寝て身体に毛布を掛けて寝ていました。
寝袋の中に入って寝なくてどうするんだよ〜
今、思い出しても可笑しい!
無事に家に戻れてなによりでした。

とんちんかん小僧 - 2002/02/22(金) 23:59<

ただいまです!

山小屋をPM3:30頃に出発し、PM5時すぎぐらいに親類の家に到着。
それから、お風呂に入って食べたのち、フィギュア・スケートの演技に拍手を贈っていました。
そのあと、レーナ・マリアの賛美歌の音楽鑑賞を室内花の皆さん(全員で7花人)としていました。
で、PM10時すぎ頃に家につきました。


そういやぁ〜、今朝、ヤマガラのピーちゃんに餌をあげようとして手にピーナッツを乗せて
「おいでよ、おいで!」って呼んでいましたが、手には止まるものの、すぐに木に飛び乗ったり
、木々をあっちゃ、こっちゃ飛び回り、挙句の果ては餌桶(餌を置くためのつりかご)に乗っか
って餌が置いてあるか、確かめる始末・・。
目の前にある、僕の手のヒラの餌には目もくれませんでした。
彼がこう言っているように聞こえました。
「まだまだ、お前の手に乗る程のもんやないワ!昨日のは演技やで。
修行が足りんぞ!そんな回りくどいことせんと、さっさとつりかごへ餌おけや!」と。
それでも、帰り際「しゃーないなー」とか言いながらも手のヒラの餌を食べてくれました。
とてもイイ体験が重なりよかったと思います。(o^v^o)

ヤゾーさん!最高に最高に、素敵な時間ありがとう!
また遊びに行くネ!

というわけで、今投稿しながら
小澤征爾の「ニューイヤー・コンサート2002」に耳を傾けて
聴いています。最高の気分ですヨン!

あおき - 2002/02/22(金) 19:22<

tuyaさんにとってそのひとは

まさに宗男ですね タイムリーですね
あの宗男野郎あほー とか思って笑いに代えましょう
わたしなんか仕事でしょっちゅう理不尽な扱いを受けますが
このやろう軽くクリアーして一目おかせてやる!
と何回かトライしているとそいつは私のことを一目置くようになり
自分の限界点をその都度自分で超えた時 ふふ俺もたいした奴に
なったな などと自分で自分を誉める 有森状態になります
今の自分の限界点をそいつを利用して上げてやりましょう
くせになると 自分でややこしい奴と組んで 一仕事してやろうか
なんて思うときがありますが やめときましょう 疲れます

tuya - 2002/02/22(金) 18:52<

激怒と不安と喜びと

 一昨日の昼、仕事でか〜な〜り腹の立つことがあって、30分くらい激怒してました。
 しかし私の激怒の原因となった相手というのは、個人的にうらみつらみのある相手ではなく、相手が不満をぶつけるなら職務上わたしを相手にせざるをえないので私に当たる、という関係です。しかし私にとっては応じようのない要求をつきつけられたわけで、非常に理不尽な思いがし、最初困惑しましたがそのうちあまりのしつこさに煮えくり返ってしまいました。もめちゃいけない相手だったので、それなりに大人の対応はしましたが。
 私は腹が立つときに「怒らない」でいられるほど立派な人間じゃありません。「怒らない」でいようとしたら、根に持ってしまいます。根に持つよりかは、ぷりぷり怒るほうがよっぽど自分らしいので、無駄な努力はしません。
 しかし唯一つ、たとえ怒っても相手を攻撃しないでおこう、という点でなんとか必死に踏みとどまろうと頑張っています。怒ってよい、というところで自分を甘やかしてる分、ここんとこでエネルギーを使ってやることにしてます。幸い物忘れがひどいため、すぐ怒るかわりに忘れるのも早いので、この日も昼ごはんのピラフとデザートのイチゴですっかり機嫌が直ってしまいました。
 午後から事務室の先輩達(男性二人)と田中真紀子さんの話題になって、先輩達がその話題に私を巻き込みました。
先輩A「○○さん(私)って田中真紀子に似とるわな」
先輩B「似てる似てる〜(笑」
私「どこが似てるんですかっ!私あんなにカッコよくないじゃないですか」
A「四面楚歌でも闘うやろ?キミは〜」
B「根性すわっとるもんなー」(笑)
私「こんなにかよわいのに。さっきの私の対応見てたでしょ?小さぁ〜くなって対応してたでしょ」
A「いやぁ〜田中真紀子やで」
B「あ、・・・ちゃう!決定的なとこがちゃう!」
A「どこがちゃうねん?」
B「田中真紀子は泣くけど、この人は泣かんどー」
・・・・一同、爆笑・・・・(-_-# 

 そんな先輩達の暖かい冗談で、すっかり怒ってたことを忘れてたのですが、昨日になって、また問題の人から電話がかかってきたとき、とっさに私は身構えてしまいました。その電話は別件でしたが、‘とっさに身構えた自分’というものに、ちょっとガッカリしてしまいました。「特定の人に対する恐れ」というものを根付かせてしまった、自分の弱さにガッカリしてしまったのです。そういうものを根付かせない、というのは自分で決めた目標の一つだったので、小テストで不合格になった生徒みたいに情けない気分で昨夜は過ごしていました。
 
 でも今朝起きてみたら、恵みの雨。やさしい音をたてて降りそぼる夜明けの雨。しばらく窓の風景に釘付けになりました。
 
 ありのままでいいんだよね。立派な人になるより、正直でいるほうが神様に喜ばれてる気がする・・・
 どんなに背伸びしたって、神様の目から見たら全部お見通しなんだもの。怒ったり落ち込んだりしていても、そういうありのままのダメな自分こそが愛されてる・・・
 そんなメッセージが理屈でなく、エネルギーの形で胸の窓にさぁ〜っと流れ込んできた。そして指の先まで喜びに満たされた。

 光と闇を抱えたありのままの自分が、やはり光と闇を抱えたいろんな人たちと関わりあって生きてる。神様の目から見たら、聖者も偏屈野郎も、どんぐりの背比べだ。だから怒ったり笑ったり落ち込んだり喜んだりしながら、みんなと一緒に生きていく。
 強い人とも弱い人とも、明るい人とも暗い人とも、お金持ちも貧乏人も、笑ってる人とも怒ってる人とも、正しい人とも間違ってる人とも、やさしい人ともイケズな人とも、信心深い人とも唯物論者とも、みんな一緒に。ありのままに。  

とんちんかん小僧 - 2002/02/22(金) 11:37<

霧の竜宮城

今朝の一番空じゃないけれど・・
霧の海が辺り一面を覆っているんだよ
それが降りしきる雨とまるで挨拶を交わしてるかのよう
まるで自分が仙界に一歩踏み込んだような・・
あっ!河童がこっちをみてるなァー、
と思ったら雨に濡れたヤゾーさんだった・・残念

ずっと見ていると魂だけが霧に導かれるままに
空を遊泳しているかのような心地よい感触を肌に感じた
まさに仙人としての一人立ちを山が一体となって促してるようだった
それは一瞬ではあったが山の精が私の脳裏に何か語りかけたように思った
心のビジョンが活発になるにつれ頭が別世界にトリップしたからそう
感じたのカモメ

しばらく、外の景観に酔いしれていたのだが脳が現実を取り戻すやいなや
寒さが体の芯まで浸透してきたし、河童に体が変化するのが怖かったので、
すぐさま山小屋に駆け込んだ・・ふぅー、助かった

さて昼から家に一人で無事にたどり着けるかなあ〜???

ヤゾ− - 2002/02/21(木) 22:28<

サンカの特技?

バリ師さん 面白い話しですね。
ぼくが地元でサンカの末裔に違いないと睨んでいる人も釣りが物凄く上手いです。
勘がよいというのか、魚のいそうなところを瞬時に見極めます。
あまり釣れないときには、真冬以外はパンツ一丁で海に飛び込んで、
魚がどうしているのか見に行く位の釣りバカです。

tuyaさん 自分ではどちらかというと
『風の王国』の真一に似ているような気がしています。

tuya - 2002/02/21(木) 21:01<

温泉三昧、山小屋三昧、いいな〜♪

>とんちゃん
今日は星は見えますか?
一大決心をして行った甲斐がありましたね〜^^
わたしはそちらの方は何度も走っていますが(熊野病歴8年)、サルや野うさぎなんて見たことありません。
山の生き物達がこぞって歓迎に来てくれてるみたいですね。羨ましい・・・タヌキさんたちは出てきましたか?

みんな次々と、山小屋に押しかけるようになるんじゃないでしょうか。

おユキさん>今日は職場に雀が迷い込んでました。・・・6年間今の職場で働いてるけど、こんなに鳥が入り込んできたことなかったんですが。しかも冬だから、あちこち閉切ってるのに。どこから入ってくるんだろう?鳥のシンクロニシティって、まるで「鳥の歌」みたい。

ちなみにヤゾーさんって、サクさんにも昌平さんにも似てるね。行動力はサクさん、やさしいハートは昌平さん。

とんちんかん小僧 - 2002/02/21(木) 20:17<

山小屋にいます

今、僕はヤゾーさんの山小屋に来ています。
ここに来るのも、大げさなことかもしれませんが、一大決心をして行きました。
こんな遠くまで、一人車に乗ってくるのも初めてのことでした。
ここは、スゴイところです。
本物の自然と出会えるからです。
ヤマガラのピーちゃんを間じかで見、手から餌をあげることもできました。
最初、ピーちゃんが手に乗ってくるのにビビりましたがあげることができて
とても感動しました。

それから、少し前に湯の峰温泉へ連れて行ってもらいました。
湯の峰温泉の名前も、ずいぶん前にヤゾーさんから教えてもらって
地図を見て知っていましたが(ホンの最近知った)温泉に入って
帰り、なんか知らないけど、とても体が軽くなった感じがしました。
今も夢の中にいるみたいな感覚です。
途中の行き帰りに野生のサルと野ウサギを初めて見ました。
この世に生まれて初めてのことだったから思わず心が踊り狂いました。

山小屋での生活を体験したら、
自分が本から得た知識を羅列していることが薄っぺらいことのように感じてきました。
正直、僕はあまりいろいろな体験をしたことも知識もありません。
これからは体全体で物事を学んで行きたいと感じました。


というわけで、とんちんかんな山小屋体験記でした。
そして今現在、ヤゾーさんが持っていたケイト・ブッシュのレコードを聴いています。
25年前のステレオはとても良い音がします。

バリ師 - 2002/02/21(木) 00:57<

ドジョウを踏む

■そらあ、そのおっさんは、ドジョウ獲らせても上手いもんやったで。ちょいちょいと足で泥を踏みながら、だんだん網の方へ寄せてきよるんや。だいたい素人は踏んで網に入れるだけやけんど、おっさんはハエジャコ同様、踏んで・寄せてきて・入れよった。でんでん漁が違うわいな。

■その頃あった塩田の石積みへ、ウナギのカキダシに行っても、よう獲ってきよったがな。あれ、ウナギの穴が分かるんやろな。

■そのおやっさんが持ってったシラサは、水槽で死なんかったなあ。「どないな?」ちゅうて聞くと、「素人はエビを触るさかいになあ。ほてからワシはエビが傷む時は獲らん」ちゅうて、何か肌で天気や温度・湿度・風とか潮まんが分かっとったんちゃうか。

■いっぺんせんどエビ持ってこうへんから、家行ってみたら、「明石から買いにきてな、五円ほど高こう買うてくれるから」言いよるんや。そんなもん、こっちは親の代から付き合うとるのに思たけど、まあそんなとこもあったな。

そやから傍のもんはいろいろ言うとったけど、わしゃあのおっさんには一目置いとったな。チヌ釣らせてもメバル釣らせても達者なもんや。もうあんな人間おらんわな。

バリ師 - 2002/02/21(木) 00:10<

サンカ話

釣具屋にシラサエビを入れとったサンカのおやっさんは、市川でハエジャコの追い込み漁をやっとったと言う。

弟の嫁はんに網を持たせといて、そこへカイツブリの羽根をつけた長い竹竿でハエジャコを追い込んでいくらしく、まるで部屋のゴミを箒で掃くように川のハエジャコを一箇所に集めてきたそうな。

だんだんと黒い大きな塊になったハエジャコは、竿さばき一つでどないなと移動したと言う。網の手前で大きなりすぎた時は、水面を竿で「パン!」と叩き、二つに割ってから、半分ずつ網に入れたちゅうんやけど・・・。

朝早ようから、だいたい9時ごろには片つけて、自転車で市場へ卸しに行きよったとか。

ああ、そんな風景、いっぺん見たかったなあ。サンカ恐るべし。

蜜柑 - 2002/02/20(水) 23:35<

愛人

あおきさん
「父・三角寛」という本に愛人のこと詳しく出てます。

とんちんかん小僧 - 2002/02/20(水) 22:29<

甲斐武田忍び(2)

●『甲陽軍艦』に登場するすっぱ

 一般的に甲斐の忍び者を考えるには、『甲陽軍艦』を読むことをオススメしたい。
 ただ、すっぱについての記事をわかりやすく訳した本があればいいのだけど・・あれば欲しい
ですね。というわけで『甲陽軍艦』からの文章は一切書きませんので。
 それでは、本編を書きましょう。
 武田氏の諜報活動に従っていた者は、すっぱといわれ、透破(波)・素破・出破などの文字を
あて、場所によっては忍びの者、隠密などと書かれているようです。
 信玄は瀬沢の合戦に備え、信州より召し抱えた七十人のすっぱを『甲陽軍艦』の品第廿ニに書
いているのによると、戦略・謀略を織り交ぜた戦いの中に、すっぱの諜報組織とその活動が一緒
くたになって、互いにしのぎを削って争われていたことが書かれている。それは、近世の忍者達
の系譜に見られるような、華やかな立ちまわりではなくて、単に軍事活動にともなう、スパイ行
為・謀略行為と、宣伝戦の担い手だったことが言える。
 ただ、役柄からいうと戦国時代にあっては、一般に武士の中では賤役といってよく、場合によ
っては、野武士・強盗のたぐいまで使っている。
 軍艦の品第七では、小笠原源与斎という軍配者が、軍配の神変(変わったこと、不思議な変化
)、つまり忍術をよく行うので、奇特な軍配鍛錬者として注目されていることが書かれている。
 この者の神変というのは、風呂に入って戸を押さえさせ、人々が全く判らないうちに抜け出し
てみせるとか、また座敷に座って、向かいの山に人々の好みのままに火を立てて見せるとかいう
術である。(今でいう手品かな)
 これを聞いた馬場美濃守が、人によって神変をするだろうが、武士が弓矢のために軍配を習い
、ついに神変するようになっては、武道のためとはいいながら、かの奇特(忍術)する人とあだ
名を呼ばれ、禰宜(ねぎ)・山伏のように人はいうだろう、と批判している点が興味深い。
 禰宜・山伏は、武田忍者として大いに使われているのであるが、小笠原源与斎はこれら忍者と
同じようなことができるけれど、まことの道の弓矢の計略とか、計策にはこれらの術は一切役に
立たないと、馬場美濃守は批判しているわけである。
 さらに面白いのは、軍艦はその中で、同じ軍配者でも山本勘介は、このような奇特な軍配の神
変は行なわなかったといっており、小笠原のいう神変とは、芸であって、芸というのは上手でも
あり、必ず弟子をとる。弟子をとれば、もはや武道のたしなみではないといい切っているのも面
白い。
 後世、忍術の世界で、山本勘介・小幡景憲(おばたかげのり)のような兵法者は、上忍的役割
の者と分類されているが、この違いを軍艦は始めからいい当てているのである。

あおき - 2002/02/20(水) 22:03<

わたしにとって癒しとは

温泉にはいって 何もあれこれ考えないこと 無になること リセットすることです
最近そう思うようになりました 自分のやるべきことに熱中していれば 人の目も言葉も
だんだん気にならなくなり 有意義な孤独のありがたみに気づくようになれると
世間で言う癒しは全く必要なくなるような気がします
いい香りを締め切った部屋で嗅いでも 体には良くないと思うし
やっぱり 河原の緑のあるところで深呼吸したほうが良いような気もするし・・・

蜜柑サン三角寛って 山奥に愛人と住むような人だったんですか
もしかして サンカの女と暮らしてたのでは
もし暇があれば行きたい

tuya - 2002/02/20(水) 22:00<

うちの周辺の野鳥

おユキさん>シジュウカラなのですね^^自分で用意した巣箱でヒナが育ってくれたら、どんなに嬉しいだろうと思います。棲みついてくれたらいいですね。今後も巣の様子のレポよろしくお願いします。

うちのマンションの中庭には、ヒヨドリが毎年巣を作ります。巣を見たことはないのですが、ヒナの飛行訓練を毎年見かけるのです。その様子に、大人も子どもも釘付けになります。マンションの建物は、コの字形に中庭を取り囲む形なのですが、みんなが廊下に出てきて、飛行訓練を見守ります。うまく飛べたら、おお〜と各階から声があがります。

一度、うちの玄関前に一羽のヒナが落っこちていたことがあり、そ〜っとてのひらに載せて、もう一羽がとまっている手すりに戻してあげたことがあります。てのひらの上で、きょとんとしているヒナは、それはそれは可愛かったです(^-^)

マンションの裏には大きな池があるのですが、そこにはカモが棲みついています。親鳥とヒナがV字に並んで泳いでいる姿がほほえましいです。ときどきエサをやりにいきます。
その池には、ゆりかもめや白鷺なども飛んできます。

けっこう街中なんだけど。いろんな種類の鳥が見れて、楽しいです。

ヤゾーさん>細胞がわくわく<このワクワク感って、自分がいま魂の望む方向に沿って進んでるかどうか、のサインみたいな気がします。ワクワクするほうに進んでいけば、最小労力で最大効果があがる結果に導かれていくような気がします。

おユキ - 2002/02/20(水) 12:55<

(^。^)

TUYAさん、はじめまして。
去年の秋頃にヤゾ−さんの真似して巣箱を作って
近くの神社の木に掛けさせて頂いています。
シジュウガラが巣箱の様子を何度か伺っていたのを目撃しました。
自分の作った巣箱から可愛い雛鳥が巣立っていったら嬉しいだろうな〜
なんて想像しながら巣箱を見に行ってます。
セキレイが助かって良かった (^。^)

ヤゾー - 2002/02/20(水) 07:21<

自然の声を聞く

自然の声を聞き、自分のうちなる声を聞くことができたなら、
何を自分がしたいのか、何をすれば細胞の一つ一つが生き生きとし、
わくわくとした喜びを感じて生きられるのか、
それを自分で決めて、自分の責任で行動できることが、
サンカのいうところのメンメシノギの生き方だと思います。
ニュースに耳を傾ければ、景気回復ばかりを声だかに叫んでいますが、
多くの人が本当に求めているものは、そういうことではなく、
細胞の一つ一つが喜びを感じるような生き方のできる、
本当の意味での豊かな社会のような気がします。

蜜柑さん ぼくも行きたい!

tuya - 2002/02/19(火) 22:09<

人の中の自然

 わたしにとって、自然の中で一番関心がある存在は、人間だ。とある新聞の特集記事がきっかけで、今日はこんなことを考えた。
 自分の正直な気持ちを殺してずっと生きてきた90歳の老人にとって、今一番大事なものは、老人ホームの24歳の女子職員への恋。親のいいなりに進路を決め、恩人のいいなりで結婚し、家族とあまり心を通わさずに、だけどまずまず無難に生きてきて、人生の最終段階に至ってはじめて、人間にとって一番大切なのは愛情だと気付いた。今、おじいさんは若い彼女に夢中。娘に言わせると、「父はクールな人でした」
 どうしてかくも大勢の人々が、自分の中の自然に耳を傾けずに生きてしまうんだろう?たしかに、それに耳を傾けると、安全な基盤を失ってしまう。周囲と軋轢を生むかもしれない。でも結局人生のどこかで揺り戻しがくるんだったら、今のうちからできるだけ正直に生きていたい。
 癒しってなんだろう?・・・ずっと考えてきて、今のところ確信を持っている、わたしなりの答はこうだ。

 癒しは、真実に立ち返ること。この世のしきたりでなく、自然の法則に則って生きること。与えることを通じて与えられ、愛することを通じて愛される。その流れに乗って生きること。

 待っているだけじゃダメ。誰かに受容されること、無条件の愛で満たされること・・・それを狂おしいほど求めては、次々期待に裏切られ、傷つき体験を繰り返す人がいる。
 違うんだ!人から与えられる愛というのは、「癒し」のちょっとしたきっかけに過ぎない。本当に癒されるためには、受動的でいてはいけない。自分自身の真実に生きること。ここを避けては、いつまでも先に進めない。いっときの‘癒し’のムードに溺れていられるのは束の間だ。
 そこから立ち上がって、生きなければならない。他人の真実でなく、自分の真実を。これがほんとの、メンメシノギ!自分の真実を生きないかぎり、自分を愛するのは無理だ。

 愛は与えることによって与えられる。今のブームは、この反対を言う。愛されなければ愛せない、と。
ここでみんな行き詰まってしまうんじゃないか?本当は、愛する努力を始めてから、人から愛が返ってくるようになる。この逆は、めったに起こらないのだ。
 だからこそ、
「理解されるより、理解することを。愛されるより、愛することを」(聖フランチェスコの祈り) 

************************

蜜柑さん・ヤゾーさん>同じCDの録音状態がよくないようなので、元のCDが汚れてたのかも。今録音しなおしてます。今度は確かめてから送りますね〜^^

蜜柑 - 2002/02/19(火) 15:06<

三角寛と愛人の隠れ家探訪記

とうとう見つけました。
ミス蜜柑ではなく、三角寛と愛人が住んでいたという家!
山奥の一軒家。
日曜日に見つけました。
そこで、いいもの見つけました。

今度、じっくり調査したいと思います。
一緒にいける人募集中!!

TUYAさん有難う。気に入ってます。でも、賛美歌の方がMD不良で聞けません。

とんちんかん小僧 - 2002/02/19(火) 02:21<

家紋

turukotさん
>武田衆(南部氏など)の移住とともに忍びサンカも移住があったのでは
ないかと

あとで、思ったことなんですが僕もそう強く思いたいです。
家紋の件ありがとうございます。
僕も手元にある家紋総覧で確認しました。
それで、東北の武田家紋(=丸に割菱紋)は蝦夷福山藩の松前氏のことだったと判りました。
裏家紋を使うところから、忍び臭さもするんだけどなあ〜。

紋次郎さん
小笠原氏は、甲斐源氏の加賀美遠光の次男長清より始まっているようです。
そして武田一門として、遠江の小笠原氏も松皮菱を使用していたみたいです。
また九州の小倉藩、肥後唐津藩、播磨安志藩、越前勝山藩の小笠原氏は全て三階菱紋(三段回
に重なった菱形かな?説明しにくいです)でした。

tuya - 2002/02/18(月) 19:39<

おユキさんちのピーちゃんは?

おユキさん、こんばんは。
おユキさんの巣箱に入る予定のピーちゃんは、なんの鳥ですか?

先日職場に迷い込んだセキレイは、無事建物外へ脱出した模様。よかったよかった(^-^)

ヤゾー - 2002/02/18(月) 19:31<

そろそろ花粉症

あおきさん 自分でウメガイ作ってみませんか。
案外簡単に造れますよ。
あれくらいの大きさなら、万力とヤスリ何種類かとサンドペーパーだけで造れます。
材料はナイフ雑誌の広告から買えますし、焼入れもしてくれます。
柄の部分は作ってあげますよ。

tuyaさんも何でも作ってみて下さい。
下手に器用より不器用な方が良い物が出来たりしますよ。

おユキちゃん お久しぶりでした。
営巣して子育てを始めるのは3月の終わりころだったと思います。
根気強く自分で作った巣箱を見守ってあげて下さい。

午前中、雨の後の山を歩いてきたら、目が痒いし鼻水は出るわで、
ものの見事に花粉症の症状が出てきました。
只でさえ杉檜の山の中に暮しているのに、
よりによって一番花粉の飛散が活発化する雨の後に山歩きをするなんてアホでした。
花粉症には動物性タンパク質を控えて、柑橘類などの果物を多く摂るとよいそうです。

おユキ - 2002/02/18(月) 12:55<

営巣しないよ〜

ヤゾ−さん、こんにちわ。
巣箱にいつ巣篭もりしてくれるのだろうと、
時間がある度に見に行くのですが、
まだ小鳥は入ってないようです。
ヤゾ−さんのところのピーちゃんはいつ頃営巣するのですか。

(-。。-)ぶひ turukot (-。| - 2002/02/17(日) 19:36<

東北の武田衆

紋次郎さま〜
とんちんかんさま〜

あっしは武田衆(南部氏など)の移住とともに忍びサンカも移住があったのでは
ないかとふとおもったものでござんす。
武田衆の移住のいきさつはあっしもよくわかりませぬ〜。
しらべてみよ〜っと。

そのうち何かひょっこり出てくるでしょう〜。ぼちぼち。。

ちなみに、福士氏はどうか知りませんけど、南部氏は鶴の家紋(2羽の鶴が
向かい合っている)ですが、もう一つ、裏紋というのがありまして武田菱です。
武田菱の武田も東北にはいまする〜

南部の名字は、現在でいう、山梨県南部の南部町南部が由来とききます。
福士はその南隣の富沢町大字福士から。

tuya - 2002/02/17(日) 18:28<

いい友ができました

 今日は、自分が以前HPやってたころの常連さんに、初対面してきました。同い年の女性ですが、素敵な人でした。やっぱり会ってコミュニケーションするって、いいですね。
 いろいろ話して、彼女のことがとても好きになりました。彼女もわたしのことを好きになってくれました。なんでも彼女はわたしのことを、めちゃめちゃシッカリした女だと思っていたそうですが、実物はぽわ〜んとしたやつなので、安心したらしい。
 駅で別れるときは、お互いちょっと目尻に涙浮かべてる状態でした。心が通い合ったという手ごたえを、互いに感じていたからです。
 いい友達ができたので、今日はとっても気分がいいです。

>ヤナさん>Kョう牛問題・・人間の問題より・・役目を果たさずに殺される牛さんこそ・・哀れ!!
      逃避の意味でない・・サンカえのあこがれ

この2行、ものすごく惹かれるものがあります^^

ヤゾーさん>ウメガイ見ました!どうしてそんなに器用なの?^^

紋次郎さん>毎回かわるハンドルネームがおもしろいです。「ななはん 紋次郎」ってどういう意味ですか?750ccのバイクの意味ですか?わたし若い頃250cc乗ってました。運動神経ゼロですが、性格はやんちゃです。

とんちんかん小僧 - 2002/02/17(日) 18:23<

ごめんなさい

turukotさん
すべて想像で書いているわけではないですけど、一部仮説に近いものがあります。
東北に逃れた甲斐武田衆のことまで調べていませんでした。スミマセンでした。
そちらの話はturukotさんの方がお詳しそうですね。知っていらしゃる範囲で教えて
もらえないでしょうか?

紋次郎さん
>八戸を斬り取りに行った南部の人々の姓は判りませんカネ。そこに朝日奈さんはいなか
  っただろうか? 「朝日奈」は下北半島の地名と富士山麓の姓に共通している。

本当にすみません。判らないです。判らないことが多くて・・御免なさい。
「武田忍び」書く前から、実はそうとう悩んでいました。
最後まで書き終えれるかどうか・・悩み、悩みぬいて書く事にしました。正直、あまりレス
をつけて戴いても気のきいた解答を書けません。とりあえず、最後まで頑張って書きます
ので読んで下さい。

あおき - 2002/02/17(日) 18:06<

ウメガイの意味

やっと解りました 三角寛のサンカの社会資料編に写真付きで書いてありました
ウメは美事(みごと) カイは断割(たちわり)で 双刃(もろば)のことだそうです
ヤゾーさんの新ウメガイにそっくりでした
ぼくも欲しい

ヤゾ− - 2002/02/17(日) 11:19<

ウメガイを造ってみました

メイさん 今度一緒に渓流でキャンプしましょう!
自然と心が通い会ったときにこそ、
本当に自然を大切にする心が生まれてくるように感じます。
自分で出来ることから少しずつでもやって行けたら良いですね。
メンメシノギを目指して、お互いにがんばりましょう!

GAINAさん こちらこそ いつも御親切に感謝しております。
3月3日の玉置神社 よろしくお願いします。

気紛れに、ウメガイを造ってみました。
久しぶりに物作りに一生懸命になりました。
手が傷だらけになってしましましたが、
楽しかったです。
ウメガイの写真は熊野ライフ通信にあります。

もうろく 紋次郎 - 2002/02/17(日) 08:19<

南部藩 と 南部さん

 ウソ書いちゃった。
 富士山の「東」と書きましたが、「西」が正しい。
 また、藩などはここで入れるべきでなかったです。

 「身延地方」が甲府盆地の南にあることと、岩手県が「南部」と呼ばれていたこと
との関係は、とことん調査したことありませんが、まずまちがいないところでしょう。

 身延出身でべラボーにアタマがよかった Q という人を巡って、ハナシきいたことが
あります。こういう遺伝因子がここ1万年ほど変わらぬ偏りであったなら、八戸の人々
は、征服・非征服は別として、このような遺伝形質を迎え入れたことは、おおいに慶賀
すべき事件だったと考えられます。

キ・オンチ 紋次郎 - 2002/02/17(日) 07:15<

  古代甲斐方言 と ヘライの民謡   

 とんちさんの語りが始ったいうに、おらのパソコンはけふから入院しやす。ザンネン。
 ぶひしゃん、シャンと聴いちょっておくれ。

* 「亜流ヘブライ語ではないか?」とまことしやかに囁かれいる青森県旧戸来(ヘライ)
  村に伝わっている民謡は、或いは南部(藩‥‥富士山の東・甲府の南部)の方言だった
  かも‥‥くさい。

* 武田姓とともに目を外しちゃなんねぇのが、ぐるりと日本列島北部をとりまく小笠原姓
  のうごきで、小笠原さんの先祖は海洋民族だったかも‥‥。
  小笠原の「オ」は決して「小さい」ではない。逆に「大きい」とか「親」の謂いだった
  と見たほうがいい。いちばん大きな「小川原湖」カネ。親分格の古賀さんカネ。
* 関東平野開拓に卓効あった笠原家。

* 八戸を斬り取りに行った南部の人々の姓は判りませんカネ。そこに朝日奈さんはいなか
  っただろうか? 「朝日奈」は下北半島の地名と富士山麓の姓に共通している。

* おへまの実家は長野と新潟の県境で秋山郷の北、信濃川のすぐ上にある段丘ですが、ここ
  で400年間“親家”でした。
  親家というのは「本家」とは別組織で、いざというときにはここを中心に武力的団決を
  やります。武田信玄が造った戦略の組織だそうです。
  もっと北にも親家があるのかもしれませんが、それにしても「フロンティア奥深し」です。

 先日おへまんヤツが掃除したとき、おらのケツの下に敷く電気座ぶとんのスイッチを壊した。
 幅1センチ長さ3センチの ON OFF のプラスチック製のあれ。厚さはどう見ても1ミリはある。
 どうすればこんな頑丈な物が割れるのか不思議でならない。
 だが、どう考えても、おへまが指先でつまみ割ったとしかならない。
 ケッケムクリ(豊後方言:いっしょけんめい)掃除してるときに「イエッ」となばかりに力を
 入れたらしい。500キロぐらいの力が加わったんですナ。
 こんなのも「遺跡」のうちに入らんもんやろカネ。

(-,.-)turukot (-,,-) - 2002/02/17(日) 03:51<

見当ちがいかも。。

うまさま〜

鹿毛は「かけ」と読むようでする。知りませんでした(恥)
我毛という苗字もあるようでする。

調べるのにいい方法はご本人にルーツをきかれて、その付近で字名も含めて
地名なぞを調べてその辺りを調べたら何かわかるかもしれません。
あっし自身は結局よくわかりませぬ。すんません。

とんちんかんさま〜

甲斐武田一派は東北にもやたら入ってきていまする。
南部氏やその眷族の福士氏なんかそうですな〜。八戸には新羅(しんら)神社も
あるくらい。。と、いうことは武田の忍びサンカが東北(とりわけ岩手・青森辺り)
にも入ってきてるんでしょうか??

そのあの。。。独特のいいまわしもあるのかなぁ〜




(-,.-)

とんちんかん小僧 - 2002/02/17(日) 02:28<

甲斐武田忍び(1)

●忍び者向け隠し言葉

 甲斐国の忍び者というと、すぐに思い浮かぶのは、信玄が敵の目を欺くために作った、隠し言葉
というものである。
 例えば、今日一般にいう「すっぱぬくぞ」とか、「とっぱしろ」とかいう言葉は、素破(すっぱ
)や突破(とっぱ)の習性から来たものといわれているが、甲斐では、信玄の隠し言葉と称して、
普通の言葉の反対語が方言として通用しているようです。
 例えていうなら、語法上、やたらに助詞や接続詞をつけた反対語――ぶんださず(出かけよう)
、いかず(行こう)、ぶっとばさず(飛ばそう)、ひっちゃばかす(裂こう)、けたおさず(蹴る
)の類であるが、これらがみな、「何々せず」といった形の、信玄によって敵国をあざむくために
作られた反対語だと、根強く信じられている。
 もちろん、語法上反対語でもなんでもないのだけど、次に紹介する、くむ(取り替える)という
言葉は、その中でもとくに面白い。甲州では今も(確認はしていないです)物を取り替えっこする
のに「くんで下さい」というが、これが普通では「組んで下さい」と反対語にきこえるので、不思
議がられるわけである。
 つまり、敵国との交渉に信玄は御使者衆に、この独特な「くんで下さい」を使わせ、敵国に「
組んで下さい」つまり「和睦して下さい」と思わせながら、実は「取り替えて下さい」の意だから
と、敵の領土を攻めてしまったという話がある。
 例えば、これもよく比喩に使われるが、一般に「お月さんが出て、おだんごが出来た」という
ところを、甲州では「お月さんが出来て、おだんごが出た」という反対語を使うので、いつも敵
の忍者を欺くことができたというふうに信じられているわけである。
 そのほか、甲州枡(ます)の独特の制度、例えば、普通一升(大枡)というと、京枡三升分に
あたるが、甲州では、なから(半枡)、こなから(小半枡)などというので、敵の忍び者には米
を量る単位も判らずに迷ってしまうといわれてきた。甲州にはこのような、もっぱら敵の目を欺
くための、民政上の教育が信玄によって、よく行き届いていたという話は枚挙にいとまがないよ
うです。
 しかし一般に、忍者の系譜によく見られる、山本勘介が忍び者であったとか、あるいは忍者の
統率者として、富田郷左衛門と呼ばれる三ツ者(間見・見方・目付)の指揮者がいたという話に
なってくると、ほとんど伝わっていない。
 まして忍び者山本勘介に対する、ライバルに加当(藤)段蔵といわれる人物がいて、この者は
信州戸隠(とがくし)山の出身で、最後には川中島で宿敵山本勘介を討ちとったというような話
・・一般的には荒唐無稽なことだと一蹴されてしまうかもしれない。だが忍び者特有のニオイを
感じずにはいられない。それと同時にサンカ臭さも感じられはしないだろうか。
(近年、山本勘介という人物が架空ではなく本当に存在していたということが確認された。)
――つづく。

ヤナギムシ - 2002/02/17(日) 01:20<

こんばんわ

メイさんはじめまして・・ヤナです
 わたしが、はじめて・・山に興味を・・感じたのは17歳のころ・・
   サンカをしったのが・・18歳でしたでしょうか??とあんまり覚えてないけど!!
    このまんまじゃ・・いけない・・なにかが・・へん・・っておもてました

   Kョう牛問題・・人間の問題より・・役目を果たさずに殺される牛さんこそ・・哀れ!!
      逃避の意味でない・・サンカえのあこがれ

  どこまでも・・すばらしい自然・・

        やっぱり・感じていたい

                とにかく、自然の中に身をおいてみること

                         感じますねえ・・ほんと

                    


  

GAINA - 2002/02/16(土) 21:45<
こんばんは。
睡眠時間で話が盛り上がっているようですが・・・。
独断と偏見?で・・・。みなさんはどう思われますか?
女性と男性を比較すると、女性は分けて寝ることが出来るみたいですね。
○○時間寝て、起きて、また○○時間寝る それでも平気なような気がしますが、
その点、男性はダメです。例え短時間でも睡眠が持続しないと大変です。
いろいろ考えましたが、女性は子供が出来たとき、授乳という大仕事があることから元々の体がそうなっているのでは?ないでしょうか。
私の家系の男性は長時間寝ます。そう言われれば、ガンが多いようです。
それに、父系の従兄弟(男性)は全員見事に糖尿です。これも睡眠に関係?しているかも知れません。
カロリー消費が少なく、血糖値が高くなってくるのでしょう。
まあ、みなさんもお気をつけを!!!。
行事の度に従兄弟が集まり「糖尿は大丈夫か?」は様にならないですよ!

ヤゾーさん、お気遣いありがとうございます。

tuya - 2002/02/16(土) 21:14<

ガンよりお肌の老化がこわい

あおきさん>睡眠時間は8時間以上で なりにくい人は5時間くらいの人だそうです<

それ、新聞で見ました。本当ならわたしも長生きだ。。。そしてわたしも、休日に寝すぎたら一日中偏頭痛に悩まされます。だけどこの睡眠時間じゃ、お肌は回復しないんだろうな。。。どっちを優先すべきか、悩む・・・・(-_-#

ところで睡眠って90分で1サイクルだから、90分の倍数で目覚ましをセットすると、気持ちよく目覚めるのだそうですね。わたしは6時間睡眠が一番気持ちいいです^^
寝不足だと、昼の2〜3時ごろ地獄です。事務系OLだというのに、仕事になりません。それでやはり事務系OLやってる携帯メル友と申し合わせて、この時間帯に互いの携帯にメールを入れます。お尻の携帯のバイブで、びっくりして目を覚ますのです(笑

話が変なほうへずれちゃった(^^;;;

ななはん 紋次郎 - 2002/02/16(土) 20:35<

  ♪ 傷つき倒れるその日まで   

 あおきシャン、最新情報をあがあが。
 下で書き落としましたが、その同じラジオ放送(と思える)を、きのふ、おへま(わがヨメさん)
も聴いて、「睡眠時間は7時間でないといけないそうよ」と、さかんにケタタましかったのデシタ。
 もう30年以上も昔のことですが、ある超能力者が「女性は6時間がいい」と何かの本に書いて
いました。

 きのふの放送では男女ごちゃまぜにして「7時間だ」と言っていたそうです。……6時間でもダメ、
8時間でもダメだそうです。

 で、‥‥? 長生きして何をしますか? どうせ死が俟ってるんですヨ。
 自由っていいですねぇ。 自由って重荷ですよねェ〜〜。
 いにしえのサンカ‥‥どんなに荷がかち過ぎていた紋やら。ネエェ〜〜ッ!!
 (コインロッカー持っていたんがよナァ〜〜)。
 

あおき - 2002/02/16(土) 19:01<

ガンになりやすい

睡眠時間は8時間以上で なりにくい人は5時間くらいの人だそうです
アメリカの医療調査 20年以上の追跡調査で解ったそうです
ニュースでやってました
たばこを吸う人は7割くらいの人が ガンになっているそうです
20年以上吸うとやばいそうです
寝過ぎは体の抵抗力が下がるので そうなのかなあと思います
なんでもほどほどがいいんですね
しかし5時間は受験生なみですね でもぼくはそれに近い生活です
休みの日に9時間くらい寝ると 偏頭痛でゲロしそうになることがあります

とんちんかん小僧 - 2002/02/16(土) 14:05<

再度 

紋さん
ハ〜イ、何が出てくるかは判らないけど、これから先もビックリ情報が
出てきたらイイですね。
是非、飛行機半分個しましょうね。

ゲッ!夜更かししてるから、ガンにきいつけて今日からなるべく早よ寝よっと!
『風邪対策記』、さっそく家族に教えました。

tuya - 2002/02/16(土) 08:22<

メイさん、おはよう!

 朝のメールチェックのついでに覗いたら、メイさんの投稿があったので、おもわず嬉しくなってレスつけたくなりました^^
 若い頃の純粋な気持ちは年とともに失われる・・・なんて、あれウソです!情熱と集中力があれば、あなたのその思いは、とてもおもしろい形で開花するような気がします。人がこの世に生まれてくるのは、魂をきれいにするために生まれてくるのだから(そう私は考えている)、もし年とともに情熱を失うようなら、どこかが間違っているんだと思う。
 真剣勝負で生きていたら、年の分だけさらに純粋になるよ!ここにはそういう人、いっぱいいるし^^

 それから時間って、集中すればするほど、ビヨ〜ンって長く伸びていくような感じがします。ボーッとしてたら、すぐに過ぎちゃうけど。私、30代になってから1年が長いです。

やぶこぎ 紋次郎 - 2002/02/16(土) 07:55<

  柳の下でうさぎ食うべぇ

 とんちさん、心理的圧迫感アマカネね。
 だどもフツーにねげぇやす。「とんちさぁの御カキコにはきっとそのうちに“キ”
みてぇなビックリ情報が載る‥‥」、それを俟っているだけにござんす。

 あ、超ド級・「キ」の貢献に就いては“紀のくに”の県知事さんからはヒコーキを
一機もらうつもりでいやすハンデ、落手したらとんちさんに半分さしあげるつもりで
いやす。

  ……………………
 ミナシャン風邪の期節。風邪の対策は万全かナ? 
※ 人間の体内に仕かけられている時計は、夜10時〜朝4時は睡眠にセットされています。
  これを無視して夜ふかしを続けると、抵抗力がガックリ落ちて風邪どころか10年・15
  年後にはガンとなります。身体は確実に反能することをお忘れなく。
※ 1日5回、イスラーム教徒のように神を拝む必要はありませんが、ビン入りで販売されて
  いるビタミンC(アスコルビンサン)をビニール袋で携帯して、これを耳かき1杯ぐらい
  づつをできるだけ5回ぐらいに分けて飲みましょう。そのとき水は飲みません。
  大汗をかいた後は身体を拭くだけではなく、必ずビタミンCを摂りましょう(夏も)。
※ 「あ、風邪ひいたかナ?」と、思ったその直後からの20分が勝敗の分かれめです。
  5分おきぐらいに咽喉をうがいします。うがい液はアストリンゴゾルをお奨め。
  このとき小児用綿棒で鼻の奥もうがいしたほうがいい。掌で液を汲みこれを片ほうづつ
  鼻穴に吸いこむ技術は、日ごろから修得しておくと、こういうときには便利です。
※ 風邪とどう取り組むか‥‥、もう少しだけ深く考えて主体的に決意することこそ、真に有効です。

メイ - 2002/02/16(土) 03:08<

きずいたらもうはたち

 先月二十歳になりました、高校辞めてからあっという間に時間か経ちました、誰に聞いても人生あっという間らしいです、だからきっとひといきで一生なんですね、ずっと勉強とか先生とか嫌いでスケボーしたり金使ったりして遊んでたんですが、もうなんかつまんなくて、あっでもスケボーは楽しいけど、着てる物とか食ってる物とか住んでるところとか、よくわかんない感じなんですよ、便利になったっていっても山くずして砂利とかとったり、飲めないような薬まいて米作ったり、ニワトリさえ殺したこと無いのに俺とかずーっと肉食ってるし、自分の知らないところで生活の大切な部分がまわってるような気がして、しかも人間ってかなり自己中心的(俺とか特に)でいろんな物とか絶妙なバランスとか、ぶっ壊してる気がして、なれてるけどつらいですね。俺なんて大した人間じゃなくて、才能とか努力とかサラサラない感じなんですよ、でも山と森とか海は、いつ見てもすげー感じがするんですよ、少なくとも俺よりすげーし俺達よりすごいですね、なんだか一度だけのたったひといきの時間を自分がもってるくだらねーこだわりとかプライドとかそのうちまたあきるようなオナニーに使いたくないですね、でサンカみたいになりたいです、すごい綺麗な物とか景色とか大切にしたいですね。サンカには、なれなくてもなろうとしてる人とか同じ方向に進もうとしてる人には、なれる気がするので出来ることからゆっくりやってみたいと思います。               長くなってごめんなさいまた来まーす  

とんちんかん小僧 - 2002/02/15(金) 21:20<

紋次郎さんへ

ご期待して頂いてありがたいですけど、申し訳ない気がします。
語源については、ホントずぶの素人です。
全く判らないです。ゴメンなさい、お役に立てなくって。

健康癒師・落合嘉幸  - 2002/02/15(金) 20:51<

奈良市落合健康になりたい会・よろず悩み健康電話相談

はじめまして! 
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健康癒師・落合嘉幸 
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tuya - 2002/02/15(金) 18:17<

迷子のセキレイ

今日、勤務先の吹き抜けホールに、白いセキレイが迷い込んで来ました。(どこから入ったのか不明)
 ホールの天井はガラス張りなので、どうしても光のあるそちらの方へと行こうとし、ガラスにぶつかってしまいます。下に下りてくれば、いくらでも逃げ道があるのに、高い場所からおりてきません。廊下の方まで来てくれたら、追って窓から逃がしてやることができるのに、4階の天井部分をウロウロするばかりなので、どうすることもできません。
 みんなで何度も様子を見にいって対策を考えましたが、今のところ名案なし。最後の頼みは、夜になってガラスの天井から光が入らなくなれば、下に下りてくるかもしれない、ということ。明日の朝に廊下の方へやってきてたら、なんとかできるなぁ、ということで様子を見ることになりました。
 あのままだと飢え死にしちゃうよ〜。頼むから今晩中に下りてきなさいよ〜。

沓かけ 紋次郎 - 2002/02/15(金) 16:27<

 ♪ オ〜レは知ィらんぞ

 つるしゃん、こんだぁ、ぶひーシャンカネ
 地名・姓名‥‥とすげむねぇ(とんでもない)もんに喰らいついたごつァる
(如くある)なぁ〜。

 丹生さぁは地名の意味を知ったうえで、そーゆーことォを言うてござると
じゃなかろうが。その反対で、知らんモンキにそげなんつが言ゆるっちゃろバイ。
 この日本ごくじゅう、足の踏み場もなかごつ神社だらけばい。神社が建てられ
るようになる前のホコラの数でいうなら、もう総計500万は下らんと思われる。

 おらはいま、クロマニョンの言葉は宗教的な偏執から発達してきたんじゃないか
‥‥と、詮索せざるをえなくなってきてます。
 しかし、ピグミー社会には神・心霊・悪魔・龍もいないし、雷も竜巻もたいして
怖がらない。これ悩みのタネでんがナ。

 まだ、言える資格じゃないが、シカカは「カゲ」を鹿・毛・家という文字を宛てて、
これを文字どおりに読んだところに、後世の混乱が発生してるんとちゃうやろカネ。
 
 おらがクソヂヂィと呼んでいる D さんは、なんでもかんでも「神意の発動」として
しまうという悪いクセ持ってるが、『日本語に探る古代信仰』という本書いた。

 その中でも「カゲ」は重要な日本の基礎宗教用語になっている。
 お陰まいりなどに遣われる“カゲ”に一番近い概念は「ミイツ」ではないかと思われる。
 また、カゲは呪術用の道具などにも遣われていて一定しないが、この語源を知る手がかり
は、いま二つある。ひとつは「光りを呼びこむ神鳥のカラス」が KAG であること。
 誓約書にはカラスの繪をあちこちに描いている。

 もうひとつが、犀川上流「津野」にいる「加来(かく)」という姓の意味と出自。おそら
くシナ大陸に通じてるんだろうなぁ〜。
 そのうち、とんちさんが教えてくれはるやろ。
 「鹿」の語源はネパール語 SIKAR(狩り)だと思ひけらくも。KAGE の末尾の E は強調辞。

うま - 2002/02/15(金) 09:59<

ありがとうございます

(-.-)y~~turukotさん、ありがとうございます。なにか思いつくことがありましたらまたよろしくお願いします。けっこうめずらしい苗字ですよね? 福岡には多いとか? 私も一応福岡生まれなのですが…(生まれただけ)

ヤゾ− - 2002/02/15(金) 06:21<

むかしばなし

昨日、用事があって友達の製材所に行ったら、
そこの息子さんが留守で、76歳になる親父さんが居て半畳ほどの社を造っていました。
その社をどうするのか訊ねたら、 知り合いが生まれた家に、
子供の頃に小さなお社が祀ってあったのが、いつのまにか無くなっており、
自分が生きているうちにもう一度建てて祀りたいと言われて造っているとのことでした。
それで、何を祀っていたのかと訊ねたら何も覚えていないとのことでした。
先代からは何も聞いてなかったみたいです。

2時間ほどむかしの話しを聞かされましたが、
同じ話しを何度も聞かされているので、ちょっと辛いものもあ