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2001年12月31日(月)23時55分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


キ(^^)ク - 2001/12/31(月) 23:03<
竹+本=ペン(本郷に字無し)はアチラでは
アホの意味でして、姫に「たけもとさん」と呼ばれて喜んでいてはダメ、
それから、大陸海沿いの漁民「蛋」の字(蛋)も軽蔑言葉で、「ペン蛋」、
「王八蛋」、と使い、ここにも(八)の字が見られる。

シェイシュンの紋ちゃん <http://www.you-i.org> - 2001/12/31(月) 16:38<

  ♪√ としの おわりの バカおとこ

 U-TURUKOT のあんちゃん、アマカネ
 年末ご多望のみぎり、いろいろ気ぃつかわせ、キー叩かせアマカネ。

 おらは、精力的に書くちゅうよか、大きな大ヒマもてあましちょるとです。
 ただ、ネパール語と日本語・アイヌ語のあいだにただならぬ関係をみつけたもんで、ア
チャラカ向いちょる学者がハガユーしてたまらんとです。

 あそこんにき(近辺)のひとは、み〜〜んな赤い紐で結ばれて暮らしちょんなるもんで、
あの板にはだぁれも落書きせんとです。
 あれ、掲示板まで作るとは思わんやったと。マタギとかシカリ(狩りの頭領)だの新発見
のあったたびに、近くの姐さんのパソコン〜ファクス借りて祖電さんまで届けてもらいよっ
たつです。

 明治期になって、どこかのマタギが5人、下北の山に入ったが1年半ぐらいで暮らしが立
たずに引き揚げたといいやすなぁ。
 狩猟だけでひとりが生きてゆくには広大な面積を必要としたということでっしょうか。

「マタンキ(猟をする)」ちゅうアイヌ語はオラシランばって、アイヌ語にシカリという地名
はあれど、シカとかシカルの発音で狩り・狩人をいう語彙がないので、もしそれがあったに
しても、それはアイヌが借用した語彙だとなりますな。このことから、「アイヌときいたら
なんでもかんでもメチャ古い」という日本人のへんてこりんなクセは矯正されなアカンっ
ちゃなかでっしゅうか、なも。
 
 罠猟(アキビラ)……おらシランカットンテン。いいこと聞いた。あがあが。マタギのシロビ
レ(鉄砲)の語源がワカランかったとです。

 苫小牧市に住んでいた明治30年うまれの砂川クラというフッチが書いた一代記のなか
で、その叔父さんがアマッポさひっかかって、並みのからだの3倍も膨れあがって死んだハ
ナシが出てきます。そげなん肉はあんまし食いとうなかかったっちゃねーでしょうカネェ。
 肉はよそんちにもわけてあげますきね。干し(栄養をつける)たりすると、どう化学変化
おこすかワカランですばい。だが、こりゃおれの推測だけ。石巻におんなさるばってん、実
験考古学やってる先生に食うてもろたが早いですな。

 八っつぁん、うんにゃ、あんぐりのアンチャン、ヒタチナイの松橋旅館(代々シカリ)の
大将は毎年天皇陛下にミズの実を送ることを、やっぱ誇らしげに話してくれたばい。
 どげなん賤民でん、殿様とかサムライとかに近い縁を持ちたがっていた。ちゃうかね。
 皇室にかかわる三男坊を、病気療養とかなんとかで地方に呼んで、娘ッコたちに子種受け
させる……みてぇなこと……ここの発掘も重要じゃなかろうか。
 インドには2000にも細分された階位が機能しています。
 子種を通じて、より良い遺伝子を子孫に遺そうとするなぁ、動物としての本能のひとつ
じゃあ〜りませんか? 日本の階級はインドのカーストの丸写しじゃろもん。
 ヒミコや童神(海神も)はインドのクマリ・クマルの日本版やろが。
 ウンジュの子供が精神病をもった青年と結婚したいと言うてきたとき、ウンジュは悦んで
同意しますカネ。これいっぺん訊いてみたかった。
        ♪√ と〜しの おわりの バァカ オートコォっとくらぁ アマカネ

*(^。。^)*ngly - 2001/12/31(月) 12:53<

NON無学者

NONさん はじめまして
 ここは何を書いてもNONは無しね。ただ河原か小路ですから誰でもきて
いいみたいだが、全国「板」皆がみてるという眼はあります。山の民は猪
を山鯨とか言ってたみたいですが、ドブロクなんて書かずにロクドブとか、
黒豚とか、風呂竈とか、の方がサンカらしいですね。
煎餅・黄粉アメ・甘酒・固焼き玄米煎餅・納豆甘酒みたいな危険な美味
しそうなサンカ的なものばっかり、創って、非サンカ的(一人占め)に
してるの?
にっちょさん
 ここは皆、嫌いな言葉ですが学者。だって無我夢中で学んでる者ばかり
糞爺から餓鬼まで、皆の意見に素直に耳を傾け、反発してキー叩いたり、理解
したり、了解したりしてるから。無我夢中で学んでる者をシンプルにすれば、
無学者でも学者でも同じでしょう。あっそうか、無我夢中がないのが学者!
turukotさん
歴史学者の古田学派の掲示板に、「多賀城はエミシの都」だったゆえに
占領軍が本拠をおいたとか、大きな古墳は砦も兼用とか、小さい古墳は
九州人が現地の人間を信用させるためとか、興味深い事も書いてます。
 仮説の場合が多いのでしょうが。ちょっと目を通しただけですが。
 http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfuruta.html#Anchor451034

turukot - 2001/12/31(月) 12:14<

紋次郎アジョシ〜 

アンニョンハセヨ〜

>おらハァ、もう十年もあっちほう行がねハンデ、ウンジュはカンナリあたりのご出身かち
>カンちげぇしやした。

カンナリは多賀城を焼き討ちにしたエミシのアサマロのトコロに近いんであンすナ。
おラホは北上川上流域で岩手山に近いトゴロでガンス。
松尾・安比・浄法寺は北すぎますであンす。松尾は鉱山の毒水でオレンジ色だったなハ!
正になメェとと〜り赤川だったづ。いい温泉があっで、一つ地熱発電所もありあンす。

>沢内村の『碧祥寺・掲示板』でボチボチ「片目」ぇ煮詰めちいやすハンデ、ヒマがあった
>ら覗いちみちおくれ。
>ことしのハイライトのひとつは、あそこの真昼岳を蹴りあげたこってござんす。
>沢内村……日本でいちばん早く老人プレ・ケアを実施した太田祖電村長、
>いまはマタギ資料館のボスかなんかをやっちょんなさるっちゃぁねーだろーか。

早速チラと覗いて見たんだドモ、アジョシのリサイタル会場みてでござんすナ。
実は秋田のどこかの掲示板でアジョシをよ〜ぐみかげでおりあンすた。
はぁ〜〜、こんだげ精力的にかぐひたぁだなハ!と印象的でござんした。

沢内村は聞くとごろによりますど、阿仁などの旅マタギがよく宿をとっでいだったがら、
マタギ化したのだと聞きあンす。(おらホは、はァホンドかな?とおもっでるであンす。)
よぐ里マタギと呼ばれるであンすが、マタギも狩猟一本ではながったのが本来、っつーが、
旅マタギでさえも100%一本ではながっだでねべが?と思うんでガス。
狩猟一本。。つーのは藩の領主権力の影響もあるんでねべが?「叉(けものへん)」とかがれで
らったようだんども、蔑視されていたようでもありあンすナ。
また、藩政時代前期頃、マタギの様相は今とつがっていだども聞きあンす。密教の影響で後に
変わったようだともキクであンす。
マタギ語源は諸説あるようであンすが、アイヌ語の「マタンキ(猟をする)」という説もあるようで
ガンスナ。狩猟風俗はアイヌ民族のそれにも(三面のヤマンドも)よぐ似てるようであンす。
罠猟(アキビラ)は沿海州の先住民、ウデヘ族のドゥイにそっくりらしいであンすナ。

里マタギのページを見て目を引いたのは、ワラダ。。だげでねくて、アマッポどいう「仕掛け弓」
(やはりテッポの前は弓でがんしたナ)で、アイヌ民族にもあるでガンス。
この仕掛け弓の様式は世界の狩猟集団・民族の中でも少ないらしいであンすナ。

こごで疑問があるんだドモ、マタギはなしてアマッポさ、弓使っだのに、普通の猟(イタズは別としでサ)
で弓ツカワねっつーこだぁあったんだべが?このあだりフニおちねであンすナ。

ドングリアジョシ〜
例のお返事もうペッコ待ってつかぁさい。読み応えある文章しばらくぶりでぁんして。。

にっちょ - 2001/12/31(月) 09:37<

無学

なんの自慢にもなりませんけれど。

わたくしも立派な無学者であります。

無学なものでも 学者を引導する事もあります、人間の性根玉で真剣勝負するときは

お互いスッ裸ですから、被り物は邪魔になります。

KUMANOの風はとてもここちよいですヨ。 NONさま。




バリ師 - 2001/12/31(月) 03:20<

NONさまへ

私の場合、テンカラ(渓流和式毛鉤釣)を手ほどきしてくれた師匠が「サンカから習ろたんや」と話してくれた時、「えっ、サンカ言うて何だっか?」と訊きなおしたのが、そもそもの始まり。

いろいろ調べていくうちに、いつのまにやらここに辿りついておりました。そやから、今でもなーんも知らへん。チンプンカンプン・カンプンチンプン。

NONさま、ここのみんなはやさしいよ。それに風通しがええ。それがそのままサンカ的なもんやと認識しております。ネット上でも縁というものは存在するのでありますな。

21世紀、どんな時代が来ようとも、軸足を自然の中において、大いに遊ぶべし。

一度、納豆甘酒なるものを飲んでみたいもんですなあ。

ヤゾ− - 2001/12/31(月) 00:07<

もう消さないで!

みなさん こんばんわ。

NONさん こんばんわ。
どうして投稿を削除したのかなって残念に思っていました。
様々な知識も必要だとは思いますが、
いろんなシガラミを捨て、山に暮すNONさんの生活や感性が伝わる文章こそ、
サンカを語る掲示板にとっては大切だと思います。
ヤナギムシさんの言う通りです。
掲示板よごしなんて、とんでもありませんよ。
だからもう消さないで下さいね。
山暮しでの、自給自足的な生活の話し聞かせて下さい。

もんむーさん いつも面白いの見つけてきますね。
最近、自分たちのそう遠くない先祖が、
どこどこの洞穴で暮していたんだという話しを聞きましたよ。

ヤナギムシ - 2001/12/30(日) 23:58<

やほーーーう・おこんばんわ

NON・・さん・・はじめまして・・ヤナギムシです
  ほんま、みなさん、博識で博学、なんか自分が小さくなりますね
    ははははでもそんなこと、気にしない気にしない
        ここは、熊野です・・

       静かに、耳を澄ましたり
        時には、大声で叫んでみたり

           悲しい時には、だまって覗き見したり
        難しい話は、ないしょやけど・・聞き流しいや・・みながしです

   わたしも、昔ワインを、作りました
        絞りの時、雑菌がはいって、酢になってしまいました

      先人達に出来て、なぜ私にできないのか・・!!

    はははっははは・・いいではおませんか・・

     うまくいった時だけでなく・・失敗のときにもなぜ・・失敗したのか・・なんて!!

  おせーーーーてくらはい・・

                      ほなまた・・ヤナギムシでした  

もんむー <http://www.kyosai.or.jp/~jinseki/article.html> - 2001/12/30(日) 22:03<

帝釈峡の名勝誌

広島県神石町につたわる帝釈峡の名勝誌をみつけました。
サンカが暮らしていたようです。

これはその引用です。

---
岩屋谷川は堅巖を彫り削り幾百尺の底を貫流し幽谿をなして、岩床滑かにU字
をなし處處に圓潭を作り甌壺を作り、小瀑あり激湍あり變異極りなし。圓潭の
最も秀でたるもの三ありて雄釜・雌釜・兒釜 と云ひ耳を有する大鰻淵の主な
りと傳ふ。雄釜よりは深潭渉るべくもなく岩壁手懸り足場なく攀づるを得ず城
の谷より半里の深谿にして上流山腹斷崖下に方一間の堂宇建立され兒安の觀音
を祀り、冬季は諸方より流浪し來る山窩の住家となる。此の附近に露出する崖
岩には洞窟多し。岩屋谷川流入する廣瀬の邊よりは谿廣まり懸崖の聳立もの暫
く杜絶ゆ。三町許りを下り始めて杉樹の中に巖角露る。此處に地下の殿堂へ通
ふ洞門用く。
---

いつごろ書かれたものかわかりません。
でわでわ

とんちんかん小僧 - 2001/12/30(日) 13:56<

海神ワダツミ

おミヨさん
>航海民や海人の総師だそうですよ。
ワダツミって言葉、変換してみたら「海神」って出ますね。
総元締めに相応しい神ですね。
>限りなく河童に近い神々の系譜
うむむ!こりゃ、ドビックリ。(まだ、ちゃんと読んでないけれど)
神々の系譜に隠された謎が解ければ、サンカや河童のことも全部わかりそうですね。

担猿の話、とても興味深い内容です。
>サンカは、ほとんどが密教の心奉者である。
特に上の文が一番気に入りました。
部落(←だけではないが)の人々を匿ったのは、密教寺院が最初といわれるぐらい
だから。(サンカと)何らか繋がりがあってもおかしくないですよね。

紋次郎さん
ワァー!嬉しい\(^o^)/
是非是非使っちゃって下さい。
じゃあ、あと幾つか河童の話を書こうかな。
>「ふくろう」「蛙」「かまきり」…
ふくろうは飼いたいと思ったことありますが、彼らの呼び名はちょっと・・
ゴメンなさい、関心ないですね。河童については、水木しげるの妖怪の世界が大好きでして、
たまたまヤゾーさんが河童の話をチョロと書いていたのでノリで書いてみただけです。
いつも音楽を聴きながら何を書こうか考えているくらいですから。

ヤゾー - 2001/12/30(日) 07:50<

鹿児島弁と津軽弁

みなさん おはようございます。

ヤナさん おミヨさん ありがとうございます。
お漏らししないように早くギックリ腰治します。
ヤナさん ハードなお仕事 ご苦労様でした。
ゆっくり休んで、
正月にはいっぱいお魚さんと遊んできて下さい。

*(^。。^)*nglyさん 自然の流れに任せましょう。
あまりあそこへの投稿はお薦めできません。
アドレス入れるくらいの人は別の話しですが。

随分昔、不思議な光景を目にしたことがあります。
鹿児島出身の人と青森出身の人が酒を飲んで方言まじりに話をしているのですが、
不思議なことに意味が通じているみたいでした。
僕にはなにを言っているのかさっぱり分かりませんでした。
酒の力でしょうか?それともなにか共通したものがあるのでしょうか?

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/30(日) 07:05<

  東 北 の 渦  

 TURUKOT のアンニョン
 おらハァ、もう十年もあっちほう行がねハンデ、ウンジュはカンナリあたりのご出身かち
カンちげぇしやした。MAPHI(ネパール語;お赦し)RA(強調末尾辞)ね。
 んだば、松尾とかアッピとか浄法寺あたりかな?
 沢内村の『碧祥寺・掲示板』でボチボチ「片目」ぇ煮詰めちいやすハンデ、ヒマがあった
ら覗いちみちおくれ。
 ことしのハイライトのひとつは、あそこの真昼岳を蹴りあげたこってござんす。
 沢内村……日本でいちばん早く老人プレ・ケアを実施した太田祖電村長、いまはマタギ資
料館のボスかなんかをやっちょんなさるっちゃぁねーだろーか。

 おとといだったか TV で日本人の起源を追いかけ回す特集やってたが、学者のドタマん中
には「東北というと、まるで西南日本とは文化がちがう……」という先入観があるんだ
なぁ、これがアー。
 津軽に行っちみなせぇ、チョンチョンのこつをマンジューち言いますばい。そんイント
ネーションは鹿児島そっくりで、薄れながらもぐるーっと白石市まで来ちょる。それこそド
ン行列車に乗ってみたらワカル。(八重山もマンジューちいいやす)。
 遮光器土偶を見てんなっしぇ、目がチョンチョン割れ目で、両方の足が揃っているのは、
3体しかなかってすばい。こりゃデカン高原中央部に棲んでいるアディバシー族の神像と
そっくりですたい。遮光器土偶が造られたのは3000年前。
 TURUKOT アンニョンが「南のほうのご出身な?」ち訊かれたつは、イントネーションの
せいやろ紋に。

 ドングリー・アンニョン、おEメールもろたばってんが、MAIL HTML ちゅうヤツ、おら開
ける技術は持たんとです。カイトへのご偏執は八っつぁんに似いちゅう。
 だが、もし同一人物やったら、あれからかなり行間があいてきて、風通しがようなって文
字が読み易くなったなぁ。スマートになんなさったつやろか。その分だけガンが縁遠くなっ
たみたいやが、寝ちょらんなら変わらん。

△うぶ - 2001/12/30(日) 01:21<
みなさん
今、一ヶ月ぶりに、その{2ch}覗きに行ったら、私の旧ハンドルそっくりの
「サンカ素人」とのハンドルで、投稿している輩が居られますが、私では
ありませんので、誤解無き様にお願いします。(ビックリしました)。

△うぶ - 2001/12/30(日) 00:47<
:(@..@)*ngly さん、みなさん
カサ→(倒置)→サカ、サンカ。ううん!なるほど!。単純にサカサマ言葉。
私、素直過ぎてか、この手法思いつかなかったです。
笠=竹+立 なるほど。竹+本=ペン(本郷に字無し)はアチラでは
アホの意味でして、姫に「たけもとさん」と呼ばれて喜んでいてはダメ、
それから、大陸海沿いの漁民「蛋」の字(蛋)も軽蔑言葉で、「ペン蛋」、
「王八蛋」、と使い、ここにも(八)の字が見られる。
『衝撃のネパール語』三一新書;ここにソースがあったのか。それにしても
うまく当てはまりですね。
チョンチョン、アチラでは、「ちーちー」、同じ{Ch}で、流れが有りそう。
師走でか?師匠の面々足早で、生徒の私、追いかけるのに精いっぱい
ですワ。

*(~。。~)*ngly - 2001/12/30(日) 00:26<

かさねがさね

「酪農牧場」と言った学生は非騎馬系です。この手の語彙は日本で
最も収集してる者の一人でしょう。趣味でなく歴史解明のためとい
う崇高な目的です。「ちょんちょん」関連も女性が使わせてくれて
も教えてくれないので、国宝以上です。貴重な庶民の文化財なのに。
 感じの時間ですが、かさねは、重・塁・累なども使う場合があり
ます。例えばカイト地名の累地。国語や地理学と歴史学してはXXX
ですが、日本の真実の歴史としては@@@@です。
 沖縄の方に「君が代」を歌ってはいけません。何と言う、お下品
な方といわれます。佐賀で「ちょんちょん」は絶対いけません。
昔早稲田大学学生同士で大喧嘩の原因になったそうです。
 重ねがさねご注意をお願いします。

ya(^ε・)na - 2001/12/30(日) 00:04<

おつかれーーぇ

ハードですがな・・サメもお疲れバイト今日でおしまい・・
   ふーーー
    あしたは・・たまった自分の仕事・やっと出来ます

なんなん・・ヤゾーぎっくり腰かいな!?
  ぎっくり腰の名人・・ヤナから一言
      基本的に運動不足・・腹筋と背筋のアンバランスからきますんよ
         たいがい・・腹筋が衰えてくるとなりますねえ
  ヤゾー、腹出てきたんちゃいますか?
  背骨の横の筋肉こってるとおもいますんで・・そこんとこ、ほぐしてくらはい

     それと・腹ばいで本よんだりするのんも・・あかんみたいですよ
  鎮痛剤・・もききますねえ

ヤナは、メフェナム酸って薬つかいますが・・なんか副作用あるらしいので・・いかがなもんでしょうか

   デンキ風呂ってのも効くみたいです

          ヤナ・・テニスやっていた頃には・・全然なかったのに・・

  やっぱ・・運動不足が・・一番の原因やろね・・けけけ・・痛いモンね
         お大事に
                          ヤナでした

*(^。。^)*ngly - 2001/12/30(日) 00:03<

お願い

おミヨさん・あかねさん
次のサイトで東北サンカ関連の投稿があり、実に興味深いもの
です。ヤゾーさんもサンカされてますが、その板では東沢さん
にお気の毒です。あちらでも古代につての質問などしてみて
下さい。色仕掛けでも、何でもお好きなようにして熊野の里へ
つれてきて頂くのが最善です。お任せします。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/min/988420242/201-300
の281番から始っています。「歴史民俗学」以上の内容です。

おミヨ - 2001/12/29(土) 23:58<
きや、呼び捨てになつていました。すみませんドングリさん。

おミヨ - 2001/12/29(土) 23:49<

担猿

とんちんかん小僧さんの担猿の記載でちょっと思い出しましたので書いてみました。
信玄・謙信の使った担猿の実体は、山岳ジプシーの集団であるサンカだそうです。甲、信、越、武の四州は、古来からサンカの巣であり、彼等は平常は、箕作り、竹細工などをして、米塩の資を得ているが、諜報活動などと二重生活をして、山に住んでいた放浪種族で、このサンカの親分を手なずけて、諜報、敵国擾乱などに使ったのがラッパ、担猿のおこりで、野武士などより、ケタはずれに強暴で戦争に利用されたらしい。サンカは、ほとんどが密教の心奉者である。山伏修験僧と彼等は、共に山の中で生活する人間である。
修験者とサンカの関係は、きわめて密接である。修験者又は修験道場で兵法を研サしたその時代の野武士達
は、サンカを動かす方法を、充分にしっていたのでしょう。

:(@..@)*ngly
笠ね瘡ね、いろいろご教授有り難うございます。
「ちょんちょん」も「酪農牧場」も笑ってしまいました。

ヤゾーさん失禁しないように早く治してください。
お大事にしてください。

皆々様 
今年一年いろいろお付き合い頂いて有り難うございました。
もういくつ寝るとお正月〜〜〜。
来年も良いお年でありますように〜〜〜。

turukot - 2001/12/29(土) 21:18<

紋次郎ヒョン(兄)〜

おっと、二シパはご年配ですけん、ヒョン二ム(お兄様)と呼ばないかんクサ。

>turukot のあにぃ、藤原氏眷属の玖珠……尻ませんでした。

記憶が正しければあっこら辺であンす。
玖珠は気候が東北に近い感じだし、温泉はあるし、牧場はあるし、地熱発電所なんてのも
ありあンすナ。おらホの故郷にふた〜づありあンす。蒸気もくもくでさぁ〜。

>あにぃはアレ知っちょんなさいますか。登米ではどぶ酒を「マツイタ」と言うて、ほかの
>清酒を「ヒノキイタ」いう。MADIRA(ネパール語;酒……当時はドブか?)の意味が
>オカシクなって、松の木で造った板の器にドブ容れたンじゃねーだろーか。
>それがあんまし臭いんで檜に変えたらしい。

おら、すらネでガンス。んだっで、登米の人でネものナッス。おらホは北上川上流域の者であンす。
ヒノギどマヅ絡みの酒っこぁ、すらネんだドモ、ヒノギとマツの葉のエキスっこ使った入浴剤なら
2種類知ってるであンす。
この入浴剤は「元は一つ末は二つ」でおんなづ物がおんなづ値段でウラレデッゲドモ、どっづも暖がぐで、
2時間くれぇ、ながもぢするであンす。1缶¥3000だっだづも。ヒョン二ム(ヤクザの兄貴を呼ぶ感覚に思えてしまうのら。)どヤゾー二シパの足腰にエェデヨ。

なめぇはよぐ思い出せネんだドモ。「〜センス」っで名メェであンす。下関サ2箇所でうられでたったナ。
んと白に蓋がオレンジの方だっだづ。

ヒョン二ム(韓国語であンす)。宮崎の中東系若衆はハヤト系では??
おらホも九州サやっで来て、「南九州の人ですか?」などといわれだこだぁあっだドモ、
中東系にも見られるモンナァ。エミシ系は山間の方が中東系であンすなぁ。
肥沃な平野とは様相が違うようでガンス。いちがいには言えマヘンドモ。

韓国朝鮮はプヨ(夫余)・コグリョ(高句麗)系とマルカル(靺鞨)系などのツングース系が
入っているのでござんすが、南韓は土着系ではながっだんでネべか?
南韓土着系はナンかペッコ違うでガンス。
そりがら、三国時代のシルラ(新羅)にはイスラム商人がヨムポ(塩浦:今のウルサン)に来て交易しで
いたったづ。んだがらその影響もあるがも知れネ。

シェイシュンの紋 - 2001/12/29(土) 19:38<

八っつぁん

 ドングリーのあにい、ウンジュは、ほなこつ 八っつぁんあるか?

 別人でもかめへんけんど、朝の4時に起きるクセ、アマカネね
 
 

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 16:35<

十時になったら、寝ましょう。

 トンチンカンのあにぃ、
 けふ荷物もってきた宅配屋の若衆の顔みたら、中東系でした。先祖はどこかと訊いたら宮
崎のザイだそうです。「宮崎=朝鮮系の先入観を破らなならんナ」と反省。朝鮮文化の向こ
うにはインドがあるのら。
* ヒュ−、ヒョ−という音が目につきますね。こんなのは一般倭人が嫌う音ですがねぇ。
* 「終」の文字が淋しい。このシリーズはまとめておらの HP でサイト造っていいです
  か? 「ふくろう」「蛙」「かまきり」には関心はお持ちじゃありませんか。こんなの
  を30〜50方言あつめて、世界中の言語で色分けすると、国家形成直前の氏族住みわ
  けが出るンですがねぇ〜。

 turukot のあにぃ、藤原氏眷属の玖珠……尻ませんでした。
 だどもクスっちゅうなぁ、「健康・喜び、幸福」みたいな概念が絡み付いて、そのひとつ
に「酒」の美称がありやしたよなぁ。
 あにぃはアレ知っちょんなさいますか。登米ではどぶ酒を「マツイタ」と言うて、ほかの
清酒を「ヒノキイタ」いう。MADIRA(ネパール語;酒……当時はドブか?)の意味がオカ
シクなって、松の木で造った板の器にドブ容れたンじゃねーだろーか。それがあんまし臭い
んで檜に変えたらしい。
 木枯らし紋次郎あにぃが早足に歩いた上州松井田の宿カネ。

 どんぐりちゃん、アマカネ(これニューギニア高地石器時代人の挨拶)
* 睡眠不足、夜更かしは、ガックンと抵抗力が墜ちてガンを引き起こします。世の中がオ
  モシロイキモチ分るが、「小夜」のときにはもう寝らなアカンばい。小夜っちゅうなぁ
  「夜、まっさかり」の直前の夜。五月(さつき)のサといっしょ。真っ盛りの直前。
  それよか、十時に就寝して4時に起きることを奨めやす。
* スス竹と篠竹はちがうとばい。http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi で。
* あと5册ぐらい手許に残っていますので、おエメ zik@you-i.org くだせぇ。ただし、
  目下おへまんやつが忙しいモンキ、発送は来年になります。

 きょうかいさん、足しびれのおらにも教えてぇな。Eメール・アドレス; zik@you-i.org
 

ヤゾー - 2001/12/29(土) 15:31<

山暮らしですか!

NONさん はじめまして!
僕も熊野の山小屋で独り暮らしをしています。
身の回りのことは、出来るだけ自分の力でやればやるほど、
新しい発見があったりして、ほんとうにワクワクして楽しいですね。
昨日、ギックリ腰をやってしまいまして、
少し難儀しています。
独り暮らしは特に、身体には気を付けなければいけませんね。
また、いろいろとお話を聞かせて下さい。
今後とも、よろしくお願いします。

紋次郎さん きょうかいさん お心遣いありがとうございます。
幸いにも足のしびれまではないようです。
何度か腰を痛めたことはありましたが、
ギックリ腰は始めての経験です。
朝、小便の為に立ち上がるのに30分もかかりました。
もう少しでチビリそうになり、
あまりの情けなさに笑ってしまいました。
イザナミが失禁してミズハノメ(水神)を生んでも、
僕が失禁したらお婿さんに行けなくなります。
こりゃ早く治さなければと思い、
不思議と紋次郎さんの書いて下さったことと同じことをしました。
首もぐるぐる回してみました。
それで少しは楽になり、なんとか座れるようになりました。
「ヤゾー」というのは親分を意味した言葉のようですが、
自分で使っていて恥ずかしい気もしてます。
ウガヤの八っつぁんって、もしかして:(@..@)*nglyさんのことでしょうか?

:(@..@)*nglyさん 今度、宮崎出身のあばーちゃんにいろいろと聞いてみます。

おミヨさん 招福落花生 ありがとうございました。

きょうかい - 2001/12/29(土) 13:27<
ヤゾーさん
 ぎっくり腰は、初めてですか?
 足のしびれは?
 いいのが、あるから紹介するよ!

おミヨ - 2001/12/29(土) 13:19<

再び河童どん

限りなく河童に近い神々の系譜
「古事記」によると、ワタツミのつぎに、アワ(泡)ナギ・アワナミが生まれる。アワ(水泡)に漂泊の
意が潜んでいる。つぎにミクマリ神(水を配分する神)、風神がうまれ、山の神としてオオヤマツミがうまれた。ヤマツミ(山の霊)は天狗に擬せられる神である。
河童は一年のなかば水中で暮らし、あとは山で暮らす。山入りした河童を、山童(ヤマワロ)とも天狗とも
いいワタツミとヤマツミは同じ神。
書紀におけるワタツミ・ヤマツミは「また海神らを生む。少童命(ワタツミ)と名付く。山神らを山祇(ヤマツミ)と名付くとある。次に大事な神々はあめのとりふね(天の鳥船)神、オオゲツヒメ(大宜都比売)神、ヒノカグッチ(火之迦具土)神である。
船神様は舟の形になぞらえてホト、そして食物の神といわれるオオゲツヒメには、尻のホト穴の意が、さらにカグツチ神には、ひのやぎはやお、ヒノカガビコの別名があるように、火の燃え盛る意が表現されている。そこでイザナミの身辺に、大事件が起きた。イザナミはホトを大ヤケドし、苦悶の果てに死んでしまった。イザナミは苦しみながら嘔吐した。そのゲロからカナヤマ(金山)ビコ・カナヤマヒメの鉱山神が生まれた。また苦しみながら放(ヒ)りだしたクソからは、ハニヤスヒコ(書紀ではハニヤマヒメ)・ハニヤスヒメがうまれた。<「ハニ」は埴土のことで、質のこまかい黄赤色の粘土をさす。この粘土は刀剣の焼刃土や、焼物用にももちいられた>この神は安産神とされている。一方で片目神の伝承も有し、手子后(てごさき)(天后・ニャンマ神)神としてまつるところもある(茨城郡桂村)もあり、ワダツミの鍛冶神。
さらにイザナミは、失禁した尿(イバリ)からミズハノメ(水神)をうんでいる。「水端の女」で、「形、小児のごとき水中の怪」をさし女河童。ミズハノメの次に生まれたワクムスビには製鉄神の性格がある。
炉の中で砂鉄をとかし(沸かし)、コロ(鉄塊)を結ぶ神である。次に生まれたのがトヨウケ(豊受)ヒメ天照大神に食物を供給する伊勢外宮の神。すなわちミケツ神、トヨウケ神はトヨウカ神でもあり「トヨ」には「ユタ」「ヨタ」の意がもたれ、神懸りして身体が揺れることで、同時に「たゆたう」(漂う)意味でもある。漂泊神の性格を「豊○○神」のトヨで、たとえば海神の女・豊玉媛なども、「呪術的巫女の性格を持った漂泊の真珠採りの女」また「塊振りの巫女」とその正体は容易にわりだせる。一方、トヨウカ(豊岡】神とみた場合、そこからは漂泊(トヨ)の宇賀神・宇賀女(ウカノメ)(いわゆるオカメ)。鎌倉の隠れ里”秘境”に「銭洗い弁天」がまつられている。祭神は人頭蛇身で宇賀福神。宇賀福神・宇賀女が弁天様とあるとするならば、これはミズハノメ、すなわち「形、小児ごとき水中の怪」につながり、いずれも女河童
ウカ神やウカノメは「倉稲魂神」「保食神(うけもちのかみ)」「稲魂女」とも表現され、この神が伏見
大社を総本社とする「お稲荷さん」これは、居成り、地付きの意、地主神の性格をもつので、いたるところお稲荷さんがまつられた。本来は土着の地主神を稲荷神に仮託したもの。また一方では「鋳成り」の意を含む製鉄神であった。伏見稲荷はフイゴ祭りをやります。)
お稲荷さんはなぜキツネがいるのか、それは倉稲魂の神が宇賀神であり、宇賀神はミケツ神であるところから、三狐津神と付会して、キツネは稲荷神の使神とされた。しかし、天狗、天狐、天后(天狗は河童に、天狐は天狗に、天后もまた河童に置きかえられる)を三狐神としたのが始まりと考える。
オオゲツヒメートヨウケ神ーミケツ神ーオカ福神ー弁天ー稲荷が、根源で結ばれている神でこれらの神々
はかぎりなく河童にちかい。                     つづく

:(@..@)*ngly - 2001/12/29(土) 13:08<

寝てないので失礼

茜さん サンカのツルの幕の色由来でしょうね。でもニクい人。
>小豆入り雑煮・善哉風雑煮のある兵庫県・・・メモを探します。たんま。
>四国の野菜だけの具・・・餅ろん餅入り。松山砥部町山下君も善哉雑煮で、堀江町
西原君ちは餡入餅+白味噌雑煮。苗字と地名と信仰とセットでないと、料理番組か
民俗学になって終しまいで、歴史に繋がりません。ネットで見る限り民俗学を勉強
する方の研究目的が不明、テーマも小さく、方法も甘くという印象です。指導する
側の問題といえばそれまですが、教師を乗り越えるような情熱が感じられません。
おミヨさん
>スケ51歳〜70歳、ハヤ21歳〜30歳・・・年齢をいう場合もあるようですが、確か
『上記』にある佐賀弁「ちょんちょん」の回数では?
>キュウリには蛇・・・・やはりここにもウガヤですか?記紀にはないですね。
>石上神社・・・・先住民族ウガヤでしょうか、同属の新羅が受け継ぐはずです。
一番数の多い古社では?
△うぶさん
>酪農牧場・・・・・TVでは必ずこの場面がでます。牛もこの時は快感を感じる
ようで、「モ・メ〜」と鳴くそうです。転じて、乳児の時「母の乳」成長し
て「乳吸いの命」になるからが語源と思われます。下手をするとセクハラと
して、善意と好意のつもりが犯罪に転化します。
「楽(珍?)の僕・女」とは夜這い女みたいね、今晩もでしょうか。
 高句麗系の笠石もありますが、笠・加佐・嵩・瘡・賀佐は皆同じでしょ
う。笠置・笠戸・笠岡・笠木・笠島・竹立は多分別所地名で、笠をリュウ
と読ませて、龍・竜・柳・立などと替字する位の悪智恵を、権力に隷属す
る頭のよい人はやってると、思う。和歌などで枕言葉や掛詞を彼らは好んで
いますから。坂は不思議な位、中世非人「坂の者」など別所関連ですがカサ
を倒置してサカの可能性もありです。サンカもこの技法真似ています。
turukotさん
>魔都のように・・・的?的を外したからとて、的はずれでは。待つとも読める。
紋次郎兄(勝手に篠竹ヤゾー)は完全に別所系サンカだとか。感激最敬礼!!
『衝撃のネパール語』三一新書3000円を買ってサインか箕を貰おう。
ヤゾーさん
宮崎のあばーちゃんちの竈は東・西・南・北向き?でも原子(はらこ)筋ですね。
昔、右翼通信社の時事通信社に解説委員に原子林二郎というのがいました。
とんちんかん小僧さん
明治40年まで刑事の補助となり犯罪捜査する者・諜者をサンカといってますから、
透破・突破・乱破を三家(サンカ)といった時代からの伝統でしょう。現在も警察
内部に多い事は想像に硬くないです。そうすると近世発生説は虚しい限りです。

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 12:58<

ダイジなこと、書きわすれた

下の体操で、腰をかがめて、掌を床につけようとするとき、ゼッタイに反動をつける
ようなしぐさはしないでください。
 ムリに早く床につけようと焦ることは、とても危険なことです。これロマンと身体が
もっている原理のちがいあるね。
 山のなかにいると「情・ロマン」にとっては、とてもいいのですが、それが健康に直結
しているとは限らない。このへん、おれも錯覚して足が立たんごつなったとです。

 ウガヤの八っつぁん……、あの性格はガンを呼び込む。
 Eメール・アドレスが変わったらしい。ご存じでしたらお教えアマカネ。

シェイシュンの紋次郎 <http://www.you-i.org> - 2001/12/29(土) 12:47<

キックラヘンキの治しかた

 ヤゾーさん、おら、先生じゃなかってすバイ。先に生まれたかもしれんが……おれ67歳。

 山のなかでキックラヘンキ(ぎっくり腰)はてぇへんだ。
 導引術の本を読んだだけの知識ですが、やってみますか?
 窓は開け放ち(あ、その必要ないか)時計、めがね、腰ひも、ゴムなど身体を締め付けている
もの一切を取る。
 最低、40分、普通1時間はかける。
 1回で良くなろうとは思わないでください(よくなる場合もある)。
 立った状態で、膝を曲げないで掌のつけねが土(床)に着いたら腰は治っています。
 「そんなこと、とてもできないよ」というひとが、ギックリ腰になっているのです。掌が床に
着くひとはギックリ腰にはならないのです。
 最初は腰をちょっと曲げただけでも苦痛でしょうが、そこを諦めてはイケません。
 鼻からゆっくり、十分に大きく息を吸う。このとき腹をだす。
 続いて口をつぼめて、静かにゆっくり息を吐き出す。
 半分吐いたごろ、やはり息を吐きだしながら身体を前にかがめる。少し両手をまえ
にだしてみる。おそらく、地上50cmもあって「おりゃ、ダメダ」と絶望を感じるで
しょう。そこで諦めたら、身の破滅。自分の身体と根気の両方をニラミつけながら、
未来を開発してください。
 満腹時、空腹時は避けてください。

 2〜3日経って少し落ち着いてきたら、5〜6分間うつぶせになって、子供の水
遊びみたいに足(膝から下)をバタンバタンさせるのをくり返してください。
 顔はどっち向けてもかまいません。両手は上(床につけてのアタマの上)に伸ば
しておきます。これは腰に異常を覚えるひと全員に向くカンタン有効な体操です。

 「ヤゾー」というのはサンカ用語の「仲間」ということですか? んならこれ町
奴の「YAR-KO」でんな。 YAR ……ネパール語で仲間です。R が促音おこしてもい
たんでんな。
 廣島のウガヤの八っつぁんはここには遊びにきてはいないのでしょうか? 今朝、
おエメ出しちょきました(あっ出戻りになってた!)。あの「八」もそれにありつったか! 

 津軽方言; キックラヘンキ…… KIR(髄)クラ(座)ヘンキ(センキ……病気)
 「セン」の意味はオラシラン。KIR(髄) はアイヌ語に見られます。美幌では“山”。
 キリマンジャロ、キリシマやろかね。

バリ師 - 2001/12/29(土) 03:37<

春来たりなば・・・

春先、イカナゴの季節になると、あちこちでイカナゴおばさんやイカナゴばあさんが出没し、やたら釘煮を配りまわりますな。この時期、私は釘煮の集中食になります。若干硬めのがええですな。

播磨の歌姫の「バイバイブラックバード」を聞きたいもんであります。

△うぶ - 2001/12/29(土) 02:37<
おミヨさん、みなさん
>この笠も儀式性がつよいようにおもうのですが。
笠で思い出されるのが、祇園山笠の名ですね。祭りですので儀式ですね。
又しても、{祇園}です。{瘡}も(かさ)と読みますし、疫病がらみダブルです。

「酪農牧場」、、、もう裏で回答流布されているのでしょうか?
(らくのぼくじょ)で→「楽の僕女」、、、、単純すぎるでしょうか?

ヤゾー - 2001/12/29(土) 00:03<

グットタイミング

ヤナさん お心遣い痛み入ります。
管理人があまりでしゃばらない方が良いのではないかと思うこともあり、
レスを付けることや、管理人として投稿することを少し考えていたところでした。
ヤナさんが仰るように、今後は管理人としてではなく、
みなさんと同じ立場で投稿することに致します。
幸いにもDonglyさんという良い先生がいらっしゃいますし、
最近では紋次郎さんという先生もできました。
風の王国風にいえば、遊行の先生 ヤナギムシさんもいます。
後は、自然の流れに委ねてみたいと思います。

おユキちゃん (≧∀≦)可愛いですよ。
本当に小鳥が好きなんですね。
こちらこそ 来年もよろしくお願いします。

アカネさん 播磨の生き字引目指してがんばって下さい。
こちらこそ 今後とも よろしくお願いします。

turukotさん いえいえ こちらこそ!
今後とも よろしくお願いします。

おミヨさん キュウリと祇園信仰は結びついているんですね。
いよいよ河童はサンカ臭いですね。

蜜柑さん いいな〜 その写真 正月用のページに使いたい!
箕のある一年でありますようにって。

な なんというグットタイミング (>_<)
ギックリ腰で座って文章が書けません。

おミヨ - 2001/12/28(金) 22:27<

いろいろ

*(@..@)*ngly さん(眠そうなお顔)
「兵衛」のお答え有り難うございました。スケは確かに女性の事らしいんですが、助兵衛は女性の事だったんですか。なんだか納得いかへんようなー。ならば、サンカ用語ではどうかと思い「スケ」のところを開いてみました。スケ51歳〜70歳、ハヤ21歳〜30歳、ちょと意味がわかりませんでした。
酪農家??何かの隠語でしょうか?教えて下さりませ。

とんちんかん小僧さん ヤゾーさん
ワダツミは大海津見(オオワダツミ)で大山津見(大山祇命)と同一神で、瀬戸内海・大三島の大山祇神社
は、航海民や海人の総師だそうですよ。

河童どんとキュウリ
キュウリは日本各地で祇園信仰と結びついている。岩手県江刺の八雲神社(スサノオ)では、旧暦6月14日の祭日に、キュウリを2本供えてくる風習があった。。類似の習俗は他にも多く、キュウリを祇園社の神饌とし、祭りの前後には食べなかったという土地もある。
神奈川県川崎などは、初なりのキュウリには蛇はいっているとして、川に流す習慣があった。祇園の神が
川を流れてきた瓜に乗って、出現したという伝えは多く、瓜の中の蛇を、祇園の神とする信仰があつたらしい。九州には、川祭りの日に、河童どんや水神にささげるキュウリを、川に流すたとえもある。祇園信仰
は水神信仰を基盤に展開しており、これらの伝承も、瓜類と水神との宗教的結びつきを根底にしてなりたっている。

蜜柑さん
加藤今朝松さん作の「箕」をゲット
今朝松さんも、一番嬉しいに違いありません。
治まるべき所え治まったという気がします。

播磨産鉄民の女王あかねさん
お雑煮の味付けいっしょやった。そう、思い出しました。大根や人参もはいってましたよ。
今日、職場でお雑煮の事聞きました。東北、関東人が多くて、おすましというのが大部分でしたよ。
ついでに酒粕汁も聞きました。塩味という人がいて、へぇーなんて驚いたりして・・・・。
おらー醤油味が大好きで、冬は身体あったまるよね。

△うぶさん
傘のお化けも産鉄民ですよねー。
笠ちがいですが、この笠も儀式性がつよいようにおもうのですが。

(≧∀≦)スズメです うん、これかわいいー

ヤナさん
お忙しそうですね。
繁盛してますね。








turukot - 2001/12/28(金) 22:24<

おらホのHNで話題になっちょりますなぁ。。

ども。おばんでガス。

ヤゾーの二シパ

>turukotさん サンカや別所の末裔を意識していないと、
>なかなかこういう話題には興味は持てないもんだと思います。
>誇りを持って、サンカや別所の末裔であることが言えるようにしたいもんですね。

ゆんべは失礼なこどを申したでごさンす。<(__)>
ドングリの二シパからお便りもいただいで、ご教示いただぎあンした。

しばしば、当事者でないのに語っているケースもあるんであンす(他でね)ので、
先の愚問を発したんでござんす。

とごで、おらホは北上川上流域のエミシの末裔を語ってるんだども、んだからおらホは
別所モンでもサンカでもネでがんス。(別所モンには関心があるんだどもナッス。)

んだがら、ヤゾー二シパのおっしゃるこだぁ、よ〜ぐわがルであンす。
おらホもドングリ二シパのお誘いでひたドモ、フラフラ〜と吸い寄せられで来てるでガンス。

おらホがひねくれスレをなげかげだこともあったドモ、やっぱ、問題意識ゆえであンして。。
(別に弁護でながンす。)

紋次郎のニシパ、
>* KOT ……と、末尾に T をつけたらアイヌ語的、その場合の TU はとうの昔……の TU
  あるか。「ツル」は谷間の平野の意味で地名になってる……デシタカ。
ドングリの二シパ
>turukot(剣または弦木または鶴来ヤゾー?)さん
kot(「〜跡」)と「コ」はエミシ(アイヌ)語→和語の過程で子音語尾音が脱落してしまったんであンすナ。
タプコプ(tapkop:たんこぶ山)→タッコ(田子、達子)なんかも。。ん?たんこぶもTAPKOPから??

tuは、おっしゃる通り「二つの」という意味もあるんだドモ、「峰・岬」、そして「古い、旧〜、元の」
という意味もあるんであンす。=フシコ(HUSKO)。RUは「足跡、道」の意であンす。
実はturukotだけでは字句的に「川」の意までは示さないんであンす。tu(husko)「pet/nay」ru-kotなんだドモ、省略されている(言わないまでもナンの(足)跡かわかる―当然、川の足跡やろも)ンではないか、
とおもっておりあンす。
またルコチrukot-iと接尾辞がついて「特定のナニカ」という形をとらネのは氾濫原・湿地帯ゆえに
複数〜多数あっだンでないか、と考えるンであンす。

んだがら、鶴来ヤゾー云々とは無関係であンす〜

>大分県玖珠郡……あの切り株山に大楠が急成長したことはタシカだと思う。それを切り
>に来た上がたの船大工あたりが子種播いたのが生田姓じゃなかっちゃろか。

う〜ん、よぐスらネドモ、奥州藤原氏眷族の末裔は玖珠ではありあせンでひたか。。

>広島市北部にあって、この辺りか、長利・八屋の三大部族ありと柳田国男がいってる。
 
なるほどであンす。広島は京都とともに魔都のように感じるンであンすが、おらホの妄想??
「八屋」は豊前市に地名があるんであンす。豊前市〜求菩提山はエミシ色が濃いであンすナ。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 19:47<

山童と河童呼び名集(2)

九州・沖縄地方
● 福岡県:勢子・山叔父(ヤマオヤジ)・メラ
● 佐賀県:ヒョウスベ
● 長崎県:山童・山オロ・山ウロ・ヒョウスベ・川立神
● 大分県:山童・勢子・山勢子・セコンボ・モコンボ・モンキサン
● 熊本県:山童・ヤマワロウ・山者(ヤマノモノ・ヤマンモン)・山人(ヤマント)・
      山伯父(ヤマオヤジ・ヤマオジサン・ヤマのオジヤン)・
      山若衆(ヤマンワッカシ)・山ンコドン・山オロ・山オロシ・
      山の神の使い・山神・山ん太郎・クダン・アン人・アノシ・勢子・
      セココ・セコドン・ガゴ・山ケンニン・ケンニン・ヒョースベ・
      ヒュースンボ・ヒョイヒョイドン・ヒューヒューサン・ホイホイドン・
      ホイホイサン・ホイホイ鳥・旅の人
● 宮崎県:勢子・セココ・セコゴ・狩子坊・狩子坊主・狩子様・カリ・カル・ガゴ・
      ガグレ・カクレ・ヒョウスへ・ヒョースボ・ヒョース坊・ヒョースケ坊・
      ヒョースボドン・ヒョウスンボ・ヒョウ坊
● 鹿児島県:山童・童殿(ワロドン)・山オジ・オシドン・ヤマンボ・山の神・
       ヘンコロ・ノラ・ヒョースベ・ヒョウズンボウ・ガランデンドン・
       ウバヤケンモン・ケンモン・クンムン・クンム・イッシャ・ボージキ
● 沖縄県:キジムナー・キジムン・ブナガヤ・ブナンガヤー・ブナガ・ブナガイ・
      ミチバタ・ハンダンミー・精魔・セーマグ・ヤーマグ・ボージヤマ・
      ギルマアナ・インマーザァービ・アカガンター・キムヤー
                                      終

漂泊民サンカを表しているような名前のようにも、各地にいた忍び集団の中にも河童に
関連する呼び名があったことに昨日、お風呂の中で考え事していたら気づきました。
あくまでも僕の勝手な何の根拠もない解釈なんだけども・・。
昔、サンカ衆の中に忍びものとして活動する者がいた。それらの忍びは、戦国時代に
各国にいる有力大名に仕えた。上杉家に仕えていたのが担猿(のきざる)といい、
越後から信濃の山中を本拠とした忍びだ。また、甲斐の武田家に仕えた忍びを透波
(トッパ)・小田原に本拠を置く、後北条氏に仕えた忍びを乱波(ラッパ)といった。

名前だけで判断するのは難しいですけど、カンが働きまして河童(カッパ)に似てるナ
と思い投稿してみました。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 19:39<
紋次郎さん
あくまでも呼び名の紹介ぐらいしかできません。
紋さんのように言葉をバラバラにして解明していく作業には頭が上がりません。
いろいろとまた、ご教授願いたいと思っています。

*(@..@)*nglyさん
>調べなくては
野史研究には、ピッタリあう調査ですよね。
九州地方の呼び名はこの後すぐに書きますのでビックリして下さい。
まさにサンカを指しているような呼び名が目白押しです。

*(@..@)*ngly - 2001/12/28(金) 19:26<

年賀状送れますぞ

turukot(剣または弦木または鶴来ヤゾー?)さん
>幕張。幕=テント布や桐油紙と思えばよいのでは。ただ幕内は幕=サンカ語か?腰巻
で、幕の内というと熊野ライフで金語。久保・程・貝須と同じ理由で別所になるの愚説。
証明法の一つは、修験ヤゾーの物識か霞みの、熊野本宮跡地へのご検察と賢察あれ。
広島市北部にあって、この辺りか、長利・八屋の三大部族ありと柳田国男がいってる。
篠竹ヤゾー(紋次郎)さん
>ホンネとタテ(うそ)MAE  上手い。なるほどね、「衝撃の」国語辞典入り決まり。
>クグツ 分らない事がいっぱいだが、置部海部系とか騎馬民族源氏蘇我系とかの説があり
元々はサンカ多数派と同じ新羅系では。また中世は長者宿の女主になって旅人の世話・クグ
ツ売春やら人身売買してたか?呼び名を辿るとそんな気が。勿論忍びもしてたと推測する
のは、くぐつけという地名を調べたら傀儡師は見えないが、別人が目付けをしてたようで、
伝統だけは受け継いでるようだった。本当の操りは別の所に20年前までいた(民俗学は
江戸初期に消えたとか)。徳島三好の人形操り末裔は大坂へ出て文楽国宝となり、昼間は
もぬけの殻。季節には吉野川の魚を食べに帰るから、空宿無しだ。仕方なく美濃田の滝ち
かくで背ぶったものだ。
穗國新羅 ピンクヤゾー別名サンカ本場の、三河ヤゾーに聞いて下さい。穂国=火国(筑
後・肥後北部・佐賀など)と同じ意味の新羅人系、愚説が残ってますが。
あかねさん
>達者行事。どんな行事。別所では?の疑問で佐渡北海岸の達者に下見に行った時、あの辺り
東北から来たという伝承を持ってた。江戸時代前は、米作りも漁師もおらず、狩猟や山稼だけ
だったが、流刑中の天皇が作った(嘘だろう)薬師などは古い物があったそうだ。相川という
酷い地名も、昔は北戎だったもの。達者でな=東北で元気でな(三橋美智也)。

あかね - 2001/12/28(金) 18:47<

お雑煮

*(@..@)*ngly さん
小豆入り雑煮・善哉風雑煮のある兵庫県北部とは、但馬のことですね?
但馬ならどの辺りになるのかしら?お教え下さい。豊岡市に親戚があるので、聞いておきますね。
豊岡から西播磨南部等へも、藩政の時代となっても武家の移動はあったようです。それと関係あるのかな。
それから、兵庫県南部というと、西播磨?
よくわからないけど、風土記に登場する讃岐神の時代、古代から播磨は四国とも、瀬戸内海を挟んで盛ん
に行き来がありました。摂津の三島明神も愛媛に移動してますから、古代から人の移動は盛んだったで
しょう。それ以降も、例えば戦国時代には河野水軍・三木氏なども、播磨全域・但馬・吉備などにも
入っています。産鉄絡みで、四国のお名前も、播磨各地に分布しておりますです。
あ、高松の遠縁(呉服屋さん)は、善哉風お雑煮です。

それと、四国の野菜だけの具というのは、お餅は入らないのですか?そのお家がもしも鍛冶絡みなら、
経済水準というよりも、近江鍛冶などが、お餅を嫌うことと、何か関係があるのかもしれません。
とか、思っております。あ、故郷の大昔に四国から移動してきたと思われる一統は、京風雑煮です。

*(@..@)*ngly - 2001/12/28(金) 18:08<

調べなくては

とんちんかん小僧さん
>山童と河童
この中にはサンカの名称とおぼしきものがありますね。
 他の名称もサンカを示すのかも。どこかの方言や民話や
伝承の中に、隠れているのでしょうか。町村史の中などを
めくり、また俗諺・方言調査にも行く必要があるのかも。
 雑煮の続きです。小豆入り雑煮・善哉風の雑煮は、訪れた
限りでは山陰の米子からと兵庫県北部まで分布しているよう
です。京都北部や兵庫北部は知られています。しかし四国に
もあります。これでその人がどこから移動してきたかが分り
ます。兵庫南部でも香川と同様の餡入餅を醤油や白味噌で雑
煮にする家があり、聞いて見ると香川から移住したそうです。
松山にも同じ雑煮をする家があります。どこそこではXX雑煮
では民俗学で、人間史になりません。何か歴史的背景があるは
ずと思いたいのです。土佐の??で刀鍛冶は切り餅雑煮です。
四国に多い野菜だけの具は経済水準を示してるのでしょうか?

あかね - 2001/12/28(金) 18:06<

合わせ味噌のお雑煮

おユキさん
(≧∀≦)うまい!かわいいスズメの顔ですね。お口もホッぺの=なんかもピッタリ!
うふふ、こういうの好きです(^_^)v。

ヤゾーさん
今頃ですが、二周年おめでとうございます\(^o^)/。これからもよろしくお願いします。
私、大胆にも播磨の字引となれたらいいなぁと思ってますが、道はものすご〜〜く遠いですじゃ。
マドコオオフスマをマオトコブスマとか、書いちゃうし…(T_T)。どういう記憶じゃ、恥ずかしー。

*(@..@)*nglyさん
今頃すみませんが、12月16日に書いた郡誌からの石上神社に関する抜粋で、達者行事としてますのは、
正しくは達者行司です。変換間違え、失礼しました。
それから石上神社ご神体は、別の写真で見ると花崗岩ではないかもしれません。笠形山西側〜神崎郡三辻
山辺り等は確かに花崗岩なんですが、石上の辺は石英粗面岩等の石英か、粒状安山岩のどちらかのよう
です。写真で見る限りでは安山岩のように見えますが、地質資料詳細が手元にないのでわかりません。
いずれにしてもご神体の大岩は、銅・銀などを胚胎する岩帯上にある小丘には違いないようです。
なんかご神体は、平地に突然、盛りあがってる大きなこぶみたいに見える小丘ですよ。

この地の石上神社も、縁起によると当然ですが布都御魂の剣に関り、勧請したのはやはり天津眞浦や
大和鍛冶起源地である地だからのようです。木綿で巻いたのは、土師・出雲系の地であったことを回復
しようとする印や、賊は新羅系山岳武士の末裔だったのかもしれませんね。
なまずおさえ神事は、天文11年(1542)に、石上神社を現在地へ移す時、神殿に奉納されていた白鞘の宝刀
一振がある夜、盗賊に盗まれたと口伝で伝わっております。社を移す事に反対する一派もあったのかも。

この辺は出雲系をベースにヤマト、大陸系サンカ等々がごっちゃになって融合してる地のように感じます。
どの血を強く意識するかで、考え方も色々異なって、争い事もあったのかもしれませんね。
山岳武士は別所だらけだと思っておりますので、きっと、その絡みもあるのでしょう(^_^)v。

さてお雑煮の話です。丹波も東播磨北部も京都文化圏だから、お雑煮も基本的には京都と似てます。
実家の辺りは焼かないけど、おミヨさんちと同じように丸餠を用い、白味噌と赤味噌を混ぜます。
混ぜる割合は各家庭の好みによるようで、白味噌オンリーだけのお家、赤味噌だけの家もあります。
ですが、もともとは、白味噌仕立てだったのかもしれません。
具は、縁起の良いように、丸く輪切りにした小ぶりの大根や人参などを入れます。
だんなの実家は京都市の市街地ですので、白味噌のみの仕立て。甘いから、良い白味噌を使わないと
あんまり美味しく仕上りませんが、出しをとってきかせて、味噌の質にこだわると上手く仕上るみたい。
丸餠は焼かず、具はこれにプラスして里芋の根芋(何というのでしたっけ。ど忘れです)を入れます。
故郷辺りにでも、この里芋を入れるお家もあります。
従って我が家はだんなに合わせて、白味噌仕立てだけど、私は甘くてちょっと苦手だなぁ…。

おミヨさん
踊る河童、傀儡集団で、ヤゾーさんの風の王国掲示板の、かわいい河童ちゃんを思い出して、
笑っちゃいました。きっと傀儡集団だぞぉ〜。
おかきの話、懐かしかった!実家でもよく作ってましたよ〜。
白いご飯を汚して食べると、確かに怒られる怒られる(笑)。
いかなごの釘煮も大好きさ!ねぇ、バリ師さん。

シェイシュン・紋次郎    <http://www.you-i.org> - 2001/12/28(金) 17:47<

  バイキング

 わァ〜、気がちぃちみたら、同騒宴会のなかじゃった。バイキング、キラ星かね。
 ミナシャンにはおシルシばかりの手土産(のつもり)持ってきたあるよ。右上の資料室に
入れちょいたので、ご利用々々。
 
 目眩んグリーおじさん、
* 秦氏はシナの秦、イランのハタミ(雷神)大統領の親戚だとおれ思う。
  これ、「そうじゃない」と思って生きるよか前進的ならまし。HATAWDI はトンチンカ
  ンの「鎚」。
* おら歴史も民俗もドブのシロートね。生まれて初めて「穗國新羅」なることばきいた。
  これどういうことか、教えてぇたぁ(香川弁;下さい)。じつはおれ、今朝「xo = 神」
  を発見して大コ−フンの真っ最中です。詳しくは『かむなび・掲示板』へGOOGLE。
* ボッカなることばをいい加減なことで使った……ら、さっそくの反応これありてびっく
  りカネ。チクニ街道(安曇野、塩の道)とか尾瀬沼以外でもボッカという用語は用いら
  れていますか? BOKーWA はネパール語で「運ぶ・ひと」。

 TURUKOT のニシパ、
* KOT ……と、末尾に T をつけたらアイヌ語的、その場合の TU はとうの昔……の TU
  あるか。「ツル」は谷間の平野の意味で地名になってる……デシタカ。
* 一般的にいうて、江戸期あたりではサンカは海辺まで 勢力圏を持とうにも、クグツの団
  結にあって邪魔されていたのではなかろうか……が、あっしのカングリですじゃ。
* 大分県玖珠郡……あの切り株山に大楠が急成長したことはタシカだと思う。それを切り
  に来た上がたの船大工あたりが子種播いたのが生田姓じゃなかっちゃろか。

 トンカチ鎚ニィちゃん、
 基礎作業にあたまさがりやす。
* タテクリカエシのタテは「うそ」なるらむ。ホンネとタテ(うそ)MAE < MAL(事)
* ゴーラはこれ、蒙古 GOR ネパール語 KHOLA(川)の混成語でんな。 cf.ムツゴロー 
* クヮーシャ(水。川)は南方氏族語で、あちこちで三つばかりぶっつかった。
  オーストラリア・アボリジニの一派にもあったよ。
 そのうち、3000年前イツキした氏族の原郷が色わけできます。チバリョ−。

おユキ - 2001/12/28(金) 12:56<

(≧∀≦)スズメです

おミヨさん、スズメの話しありがとうございました。
声を掛けて頂いて、とても嬉しかったです。
巣箱にシジュウカラが入ったら報告しますね。
ヤゾ−さん、巣箱がヘビに狙われないように工夫してみます。
私もヤナギムシさんの文章を読むと心が和みます。
サクラさんはお元気にしてますか。
ROMばかりの私ですが、来年もよろしくお願いします。

蜜柑 - 2001/12/28(金) 12:49<

ついにゲット

昭和55年まで山の洞窟に住み、箕作り、箕直しをしていた
最後のサンカ、加藤今朝松さん作の「箕」
ゲットしました。
ある農家が今も使っているものを無理言って譲ってもらいました。
「20年以上使っている」割にはいまだ「他の物より使いやすい」
とのことです。
デジカメの使用方法わかり次第、画像掲示板に載せる予定です。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 01:56<

山童と河童(山童・カシャボ・兵主部)呼び名集(1)

東北地方
● 岩手県:カシャンボー

中部地方
● 新潟県:タテクリカエシ
● 長野県:サンソウ(ヤマオトコ)
● 岐阜県:サンソウ(ヤマオトコ)・ヤマガロ・ヤマンボ

近畿地方
● 大阪府:山太郎(ヤマタロ)
● 三重県:カシャボ・カシャンボ
● 奈良県:ヤマタロ・クサビラ(茸)・木の子・ゴウラ
● 和歌山県:火車坊・カシャンボ・カシャボ・カシランボウ・カシラ・
      ヒトツダタラ・ゴタワロ・山太郎・ヒョウズンボウ・ゴーラ

四国・中国地方
● 愛媛県:勢子(セコ)・タテクリカエシ
● 島根県:勢子
● 山口県:崖童(タキワロ)

海外
● 斉州島:トチェビ・分監・参奉・冶匠神
● 中国:サンソウ・サンショウ・冶鳥・五通神・五路神

九州地方の呼び名は次回、早めに書きますので。

とんちんかん小僧 - 2001/12/28(金) 01:52<

河童ッ遅レス!m(_ _)m

おミヨさん *(^。。^)さん
何度も何度もレス有難うございます。
河童の話が、これほどまでに奥の深い話題に膨れ上がるとは思ってもいませんでした。
今かなりビックリしつつ、レス書いてます。すごい本もあるんですねー。
>闇の日本史「河童鎮魂」 
探して読んでみますよ(いつに見つかるか分からないけど)。
とんちんかんなこと言いますが、「聞け!わだつみの声」ってのと関係あるんですか?
今、フト思いついたんですけども・・。違ったら御免なさい。
*(^。。^)さんの言うように山童のように、山窩のように、自然を肌で感じて生活をするのが
現代人には必要な気がしますよね。でも僕は超寒がりなので常夏の国でいるならば、自然での
生活もいいかなあと思いました。
本の名前は「季刊『怪』KWAI」第参号 カドカワムック(98/9/1)
税込で1050円です。その中の「妖怪ウォーカー・河童の巻」からです。
古書店でも置いていると思いますので読んでみて下さい。

ヤゾーさん
まるで、サンカっぽい感じの名前だと思ったので彼らの話を書いてみました。
三太夫といえば、伊賀者に百地三太夫がいますね。また今度忍びの話も書きませう。

ヤナさん
ゴメン。別にいい訳いうわけじゃないけど、ただ単にプレイステーションのゲーム『街』に
久しぶりにノメリこんでしまっていて、ネットに顔を出していなかっただけですよん。
心配かけちゃってすみません。m(_ _)m
身体を壊さないで下さいネ!それにしても毎度のこと、ヤナさんの文を読むと癒されます。
お互いに何時までも熊野風をふかせ合いませう。

ヤナギムシ - 2001/12/28(金) 00:21<

サメ1号全開です

わが心の地、熊野の風は・・
    今日も穏やかに流れているんでしょうか?!

   ヤナ・このところ・・メチャハードなしごとしてますよん

今日も仕事すんだん10時半でした・・ほんまよおやるわ・・ね!

       毎朝・・すこしハードなJAZZききながら・・

          やるぞーーーーーぅって言って・・
             がんばってます・・

 ヤゾー・さくらさん・リタさん・おミヨさん・きょうかいさん・seburiさん・もんさん・にっちょさん・
  どんぐりさん・・それから・・


        かけないみなさん・・ごめんなさい・・へっへへとんちんかん君もかかんとね!!

  ヤゾー大変やねみなさんにお答えするのも・・へへへへへ

     私・・おもうんですよ・・・・

          管理人さん・・しんどかったら・・やすんでね・・!!

               みんなに・・レスつけてくれるん・・

       ありがたいけど・・みてたら・・へへへへへおつかれみたいですね

  ぜんぜん・・ないのは・・寂しいけれど・・らくしてくらはい

          ながいながい・・熊野の風です・・

               いつまでも・・感じていたいから

                       よろしくね!!

あああああああ・・ええあんばいや・・

               きょうもレロレロ・・

                      後3日ほどや・・がんばあんべーー


                         ヤナでした

ヤゾ− - 2001/12/28(金) 00:05<

祇園祭と河童祭り

みなさん こんばんわ。

GAINAさん こちらこそ いろいろとお世話になり感謝しております。
今後とも 宜しくお願い致します。
先々日、玉置神社の宮司さんとお話をされた方が訪ねて来まして、
宮司さんから、とても面白い話しを伺ったと申しておりました。
その話しを聞いて、とても重要なものが伝承されていることを感じました。

△うぶさん 確かに!
点燈された一本燈籠、一つ目一本足(一本タタラ)が立っているように見えます。

紋次郎さん 宮崎県山奥出身の祖母が生まれた家も、
母屋(おもや)とは別棟にクド(竈)があったそうです。

あおきさん お雑煮の情報ありがとうございました。
そういえば、丸い磯部巻きってあまり見たことがありませんね。
銀座の屋台の磯辺巻きってよく食べましたよ。

Donglyさんが掲示板に顔を出されたときに、
蜜柑さんから広島のヤゾ−だよって聞きましたよ。

turukotさん サンカや別所の末裔を意識していないと、
なかなかこういう話題には興味は持てないもんだと思います。
誇りを持って、サンカや別所の末裔であることが言えるようにしたいもんですね。

祇園祭の日に、河童の大好物のキュウリを川に流して
河童祭りをするという習俗が全国的にあるそうです。
どういう関係なんでしょう?
祇園祭(スサノオ)河童(サンカ)と考えれば、
別段不思議でもないのかも知れませんね。

*(@..@)*ngly - 2001/12/27(木) 23:45<

失礼早く寝ましょう

とんちんかん小僧さん
サンソウ 山で騒ぐ獣のようなもの サンショウ 山に消える鬼みたいなもの
サンセイ 山に住む精(きよ)いもの
 片足・は片目の陽快。山童の類、勢子(セコ) とくれば皆サンカイメージ
 では?中には隠語でサンカを示す語もあるようです。出典を教えて下さい。
おミヨさん
>のん兵衛、助兵衛、アカン兵衛、等などの「兵衛」
 平を当てても同じでしょう。野史呼び名辞典には「べい」奴隷。「べー」下女。
「平人」へいにん・へいじんで庶民。「陪従」お供。「ぺいぺい」「ぺーぺー」
地位の低い者。従業員。でどんどん我々に近づいてきます。恐ろしい。早く管理職
にならないといけません。中辺路の弁慶餅で知られる「関東平」は東北・関東から
の熊野詣の者。茣蓙を背負い笠を被り、赤や青の毛布をまとい、田辺近くで山越餅
(弁慶餅)を搗く、とあります。古代は奴隷、後に賎民、現在の庶民でしょう。
 ただ助平は本来、女専用で、男向けは香川で姫近(ひめきん)です。今でも
「俺の助に手を出すな」です。姫は欧州のヒーメンと同一語源の説もあります。
 ある方も・ない方も姫と同じように呼ぶのは、いかがなものでしょうか?
 最近集めた言葉に「酪農牧場」があります。意味は判りますか?

turukot - 2001/12/27(木) 23:14<

連続失礼〜!

ドングリの二シパ、おばんでござンす。

>愛知郡海岸部や千葉幕張海岸などは海藻や貝類を扱う海サンカらしい。
>山伏配下のボッカはサンカで、紀州などの荷持ちもサンカがいる事は確かでしょう。
>お宅も一見岡山木地師だがやはり誇り高いバリバリサンカのようよ。
>この板サンカ筋が多いから「同騒快」したいね。
>私母方は野鍛冶サンカみたいだから、サンカ資格あり。入れて。

この板での疑問であンしたども、「サンカが語られているが、当事者は居られるのか?」
というのが氷解しあンした。別所の方もいらっしゃりますか?(ROM含む)

幕張のサンカね。。。 

花見区あたりはサンカのお方がおられると聞いたことがありあンしたども。。
椎名誠もサンカかな?(まさか〜)

turukot - 2001/12/27(木) 23:04<

おばんでガ ンス

ヤゾーさん、
う〜ん、東北弁。。というのは一枚岩にあらず、東北本線鈍行一人旅をしてみると、
イントネーションやら言葉使いやら違ってくることに気づかれるに違いありません。

それがら、おらホの育っだ環境では、テレビや都市化の影響でハ、あまりさベレネであンす。
おらホもコンドモ(子供)の頃聞いたったのは、ばぁさまの悪口ばがりであンす。
「あそごのわ〜らす、ハッパワガネ。」

んだなっす〜〜。

ところで、紋次郎のニシパ、アイヌ語をどの程度かご理解なさるようでござンすね。

turukotはエミシ(東北)語の地名であンして、おそらぐアイヌ語でも同じような言いまわす
するど思うんだども、「河道跡」をいうんであンす。
tu-ru-kot tu はアイヌ語の husko と同じ意味でござンしたか。

よく「鶴子」という表記でありあンすが、近くには「谷地」「川久保(和訳地名ですな)」など
ありあンす。「谷地→ヤチ→湿地・湿原」でアイヌ語でもそういうようでござンすなぁ。
「鶴子」のあるところ、やはり田圃になっていたり、元々河の氾濫原だったりするンですナ。

>香春岳に採銅所これありて、行橋〜中津に秦氏が応神背負って上陸したげなち。
>そして香春岳の南に「津野」があって、ここには優秀な血がみられます

ところで二シパは筑豊の方でござンすか?あっしは筑前の在住でござンす。
筑豊は炭坑やエミシや強制徴用され、がボロキレのように扱われ無念の魂漂う韓国朝鮮人の地、
李氏朝鮮時代に連行されてきた人々の末裔の方々が多くいるところでもありあンす。

香春の秦氏は新羅系ですナ。香春神社の宮司さんもそうでながったですか。
ここから奈良時代に奈良の大仏の銅が運びだされ(金はエミシの国―現在の宮城県涌谷町?から・・)
た模様でござンすナ。
 
>この地の解明には TURUKOT さぁのセンスがピッタシじゃと思いました。
 
?? おらホ、よぐわがらネであンす。筑豊はいろいろな意味で関心ありあンす。

二シパのルーツは豊後でござンスか。ひょっとしてシャァ。。あ、彼らは海っぺりの人たづであンしたか。

豊後といえば以前、奥州藤原氏の眷族で、藤原氏滅亡後移住してきた人々の末裔と名乗る人サ出くわした
こだぁあっただなハ!この話っこぁ、同郷の筑後ご在住のじぃさまもよぐ話てらったであンす。

ひょっとして。。。二シパも。。。




九州の竹は結構良質と最近ききあンした。





*(@。。@)*ngly - 2001/12/27(木) 22:43<

山窩と雑煮

紋次郎(関東ヤゾー)さん今晩は
 応神は秦(新羅)ですか?広島に応神天皇祭る地が多いです。
記紀からは、どこかに応神と河童の関係があるかもしれません。
山窩は明治時代鳥取の警察官がタタラ地帯の中国山地に多いと聴い
てこの漢字を当てたと三角寛がいってた筈。でも芸州では江戸時代
にサンカいたと古文書にある。サンカ語源は中世期の「三ヶの類」
の呼び名があるし、その職種も大体同じだし、何時付けたか不明だ
が三ケ・山家・山鹿地名があるから、近世発生説は眉唾だろう。
忍びに「三ノ者」「風魔」などもある。
 愛知郡海岸部や千葉幕張海岸などは海藻や貝類を扱う海サンカらし
い。山伏配下のボッカはサンカで、紀州などの荷持ちもサンカがいる
事は確かでしょう。お宅も一見岡山木地師だがやはり誇り高いバリバ
リサンカのようよ。この板サンカ筋が多いから「同騒快」したいね。
私母方は野鍛冶サンカみたいだから、サンカ資格あり。入れて。
 サンカは普段は七草粥やうどんを食べてたみたいだが、若水を汲んだ
り冷水を浴びたりして、小丸餅を醤油か味噌の雑煮か?金持サンカはス
マシか醤油だろうか?鍛冶屋サンカは鞴祭した後に切餅かあらかね(米
粒入り餅)を使ったのでは?分らない事だらけです。別所者は醤油だし
の説もあります。醤油の歴史を調べないと分りません。
穂国新羅(反百済・反南朝)ヤゾーにも助けて欲しいです。
 儂んとこは、丸大餅(昔は焼いて入れる)+だし+牡蠣+塩鰤+蛤+
大根+人参+三葉。美味いものだ。後は切餅・蓬餅・豆餅。別所の名残
か、余った餅は水餅(寒いとこでは氷餅)。祖父の名は「金市」。家紋
は菱形だから番多役はしてなかったようだ。サンカが六部の格好もして
きたが、嫌ったというから昔サンカしてたかも。江戸末期の居付きらし
く臼や杵はある。鰤や蛤は日保ちするから山奥でも金があれば買えた。
芸北へ行くとスルメ・酒・岩海苔を入れる雑煮がある。石見からタタラ
場へ来た炭焼が多いようだ。頼杏平偏?『芸藩通史』では四角餅とする
が、頼家は前紺屋で、元は鍛冶屋。だから仲間や配下(番多)の雑煮を
原稿に書いたのではないだろうか。
新潟出身の者に聞くと「四角に決まってるでしょう!」。
 △うぶさん 石楠花ですか。ヤブ紫は聞いてますが。石灰岩が多いと
こは蛍(といっても夜の女でない)と美人が多いように思いますが。
 GINGAさんありがとうございます。日本人と餅の関係調べます。

あおき - 2001/12/27(木) 19:17<

雑煮のくわしい情報

がここに在りました
    http://www.e-machi.gr.jp/inpaku/tokusyu/01zouni/index_main.html
餅の形はもち米の種類で決まったそうです
四角く切って食べる関東方面は つくと比較的早く乾くタイプのもち米だそうです
○餅は柔らかいのでああゆう形にしたのではないかとのことです
でも四角いお鏡はないっすよねー
磯部巻きは四角い方がいいとおもいます
きな粉餅は丸い方がいいな
広島ではいりこダシのすましじるに にんじん 大根 牡蠣など入れてました あと三つ葉

GAINA - 2001/12/27(木) 17:22<

めでたい時の「ぞうに」は「雑煮」とは

12月27日 午前11:30からの
NHK名古屋制作「おしゃべりランチ」で
「三重県は雑煮の宝庫」の放映がありました。
三重県内には15〜25種類の雑煮があるとのこと。
元々は京文化の雑煮に、海から陸から、東の雑煮が取り入れられたが、
鈴鹿・布引・紀伊山系に阻まれ三重県でSTOPしたため多くの雑煮が存在。
珍しいものには粟餅と米餅を金銀に見立てた
「金銀雑煮」なるものが伊勢にあり、末代までの家系繁栄を願う雑煮らしいです。
NHK名古屋に問い合わせれば、出演の方(雑煮を研究しているとのこと)の
連絡先が判るかもしれません。

NHK名古屋のホームページ「おしゃべりランチ」に
放送の簡単な紹介と出演者が出ています。



一級×× シェイシュンの紋   <http://www.you-i.org> - 2001/12/27(木) 11:02<

 てめぇ しょうごくち 発しやするは  

 TURUKOT のニシパ & ミナシャン
 てめぇしょうごくち発しやするは筑豊のチクざんす。
 香春岳に採銅所これありて、行橋〜中津に秦氏が応神背負って上陸したげなち。
 そして香春岳の南に「津野」があって、ここには優秀な血がみられます(遺伝因子は遺跡
のひとつ)。
 文化は僻地にのこると言われます。この地の解明には TURUKOT さぁのセンスがピッタシ
じゃと思いました。
 あっしにゃ、ひとの名前を詮索するわりぃクセがあって、失礼さんにござんすが、TURU-
KOT ちゃぁ「ふたつの道」ざんすけぇ? あるいは山窩が走った尾根の道……。

 あっしゃ、生まれ育ちは筑豊・シェイシュンの紋ざんすが、血はふた親の都合で、豊後の
山の中、童話の里でちくと売りだした森町の……その巨大な楠木が生えたと伝えられている
「切り株山」がネジロざんした。
 母方はもいっちょ上流で、代々スス竹伐採をやってきやした。
 いとこは全員、竹細工のウデ持ってるし、クド(竈)があるところは母屋(おもや)とは
別棟にして構えていました。このへん、山窩の文化に似いちゅう(土佐弁)。
 オヤジは明治34年うまれですが、名前は「一」とけぇち、ハジメち呼んぢいやした。

 いまごらぁ、スス竹の群生が子猫のうぶ毛を思わせて、キレイキレイあるよ。

△うぶ - 2001/12/27(木) 02:44<
*(^。。^)*ngly さん、ヤゾーさん
当然私も、雑煮のデータ、提供しようと思っています、(御安心を)。
其の地を訪ねて話して帰られた方々の内容、支障無ければ聞きたいなあ。
おミヨさん
山に帰る時に「案山子あげ」ですか、初耳です。春の{神迎え}では
石楠花の枝を山から採取して来て、田の畦に挿した事は知って
いますが。石楠花が咲く山には鉱物(金鉱)が多いそうで、何か
繋がりが存在しますでしょうか?
一級××焼尻紋次郎さん
私も、ニニギの降臨を導いた猿田彦伝説は、山道に詳しいサンカ
と重なる部分多いと思っています。

ところで、{一本足}ですが、{一つ目一本足}の傘おばけ、
昔、(神社では?)自然の荒ぶる神を治まらす為に、子供の
生贄を山の神に供えた。山から逃げない様にと、片足片目を潰した、
こんなオゾマシイ話、ご存知の方も多いと思いますが、私、古い神社
や寺(一例;唐招提寺)の一本燈籠を見ると、どうしても結び着けたく
なります。夕暮れ頃に御光の点燈された一本燈籠見ると、一つ目
一本足が立っていると見える。燈籠とは、生贄の昇華した形態では
ないかと。燈籠一本と両側二本では何に差が?。又、参道に並んだ
たくさんの燈籠は?。燈籠には何かが隠されていると思いますが。

GAINA - 2001/12/27(木) 00:27<

正月の行事

みなさん、こんばんわ!
先日から雑煮で盛り上がっていますが、
私の実家(三重県尾鷲)は、
丸餅(焼いていない餅)と澄し汁に少々のもち菜(ほうれん草のような野菜)を
入れた単純そのものの雑煮です。
母が志摩の出身なので、雑煮も混血かもしれませんが・・・。

ところで、小豆粥についても、いろいろとあるようです。
出雲系などいろいろに別れるらしいです。
「ぜんざい風小豆粥」「餅入り小豆粥」
「元旦に食べ、雑煮は食べない」「小正月(1月15日)に食べる」などなど
調べると面白いかもしれません。
変わった小豆粥があったらお教えください。

今年からこのGUEST BOOKに参加させていただきました。
ありがとうございました。
今後もどうぞよろしく。

ヤゾ− - 2001/12/27(木) 00:05<
みなさん こんばんわ。

△うぶさん 是非 お雑煮のデータをDonglyさんに教えてあげて下さい。

Donglyさん お雑煮の話しだけで30分は盛り上がりましたよ。
自分の家の雑煮が同じ地域の雑煮と違うので、
不思議だと感じていた人がいて、
それは先祖が幕末頃に三河から移り住んだからだという話しなどが飛び出しました。
また、90歳になる祖父から聞かされたサンカの話しなど、
生きた歴史民俗学の面白さを痛感しました。

おユキちゃん お久しぶりでした。
木に取り付けた巣箱をヘビから守るには、
幹にトタンを巻くと良いとかいいますが、
僕はサルトリイバラを幹に巻いていました。
要はヘビが木に登りにくくすれば良いと思います。
でも一番は、小さなものへの優しい思いが、
お守のような気もします。
ヤマガラが好きなくらいですから、
シジュウカラも落花生が好きかも知れません。

紋次郎さん 聞かしち頂きました。
僕もサンカは出雲王朝と深い関係があったと思います。
運搬屋(ボッカ)という説も
有名なサンカの炙り出し秘密分布表には
『みからわけやおよろずのものはこびのかず』
とありますから頷けるものを感じました。
ヤマガラは集団ではなく、番いか家族単位で行動しているような気がします。
今度、ヤマガラの雛が孵ったら、鳴き声を録音してみます。

おミヨどん スズメも可愛いですね。
巣箱は牛乳パックでも大丈夫みたいですが、
問題は穴の大きさを30ミリより大きくすると外敵に追い出されるみたいですよ。

turukotさん 東北の言葉は良いですね。
なんだか ホンワカとするものがあります。

turukot - 2001/12/26(水) 23:34<

おばんであンス

やぞーさん、お手数おかけしました。ありがとうございます。
パスワードをわ・す・れ・ず・に、と。。

おミヨさん
>漁民であるアマが、魚を獲る事を漁(スナドリ)という。本来は
>「砂採り」の意で、真砂とよばれる砂鉄を採集する産鉄民が、同時に漁民でもあったから「スナドリ」と
>いわれた。砂採りのなりわいは古くからイザリ(漁)と称した。足のたたぬ者もまた(イザリ)といわれ
>産鉄民の職業病で足萎え(アマツミカボシ→カガセオ→案山子→一本足)なった事による。
>また北九州地方では、魚の行商人や海士を「シガ」いう。「洲処」の意である。洲処は砂鉄が豊かであ
>る。これからも漁と製鉄が兼業した倭人の昔がしのばれる。 河童鎮魂から抜粋

スナズリだかスナドリだか言葉はよくわがんねぇんだども、なんだが北部九州のことハ
いっでるみテェだな〜。いたるところ産鉄の遺構がゴロゴロ。金クソっこやら砂鉄もでてるだぁよ。
鍛冶屋もあったでよ。んでもって別所もあちこちあるでよ。

焼尻紋次郎さん

はづめまスて。おらほサさがらうであンすか??おらぁそんな風に感じてネであンス。
おらほぁ、サンガなんてよぐわがらねぇもの。うんにゃ、ハッパすらね。
ただネ、ドングリの旦那の言われるこどには、なんだがエミシやアイヌ民族やニブフ族サ
似でるこだぁあるなっス、と思ったまでであンス。サンガも大和サ翻弄されただろうがら、
紋次郎の旦那のおっしゃるこどもあるかも知れないし、いろいろがも知れネなハ!

おミヨ - 2001/12/26(水) 22:07<

再び河童どん

*(^。。^)*nglyさん とんちんかん小僧さん
農耕民族には「案山子揚げ」と称する行事があり、案山子を田の神の神体と考え、稲の収穫が終わると、
田の神が山に帰って山の神になるという信仰に基く行事である。その山の神について、これを天狗と河童
の習性から眺めると、天狗は一年に一度、水辺にくだって河童になり、再び山に戻って天狗にかえるという伝承がある。山の神であるヤマズミは、すなわちダダ星様とダイダラ法師の関係のように、水神のワダツミ
(ダダ星)と相互変容する習俗を伝えたものだ。つまりそこには水辺から山中に移り住まざるを得なかつた
人々の歴史が秘められてきたのであり、彼等の歴史から肥沃な里での居住を見出すことができない。
山神と海神を産鉄民族の面からみると、漁民であるアマが、魚を獲る事を漁(スナドリ)という。本来は
「砂採り」の意で、真砂とよばれる砂鉄を採集する産鉄民が、同時に漁民でもあったから「スナドリ」と
いわれた。砂採りのなりわいは古くからイザリ(漁)と称した。足のたたぬ者もまた(イザリ)といわれ
産鉄民の職業病で足萎え(アマツミカボシ→カガセオ→案山子→一本足)なった事による。
また北九州地方では、魚の行商人や海士を「シガ」いう。「洲処」の意である。洲処は砂鉄が豊かである。
これからも漁と製鉄が兼業した倭人の昔がしのばれる。 河童鎮魂から抜粋

突然ですが、のん兵衛、助兵衛、アカン兵衛、等などの「兵衛」はどこからなんでしょうか ?

雑煮少し違ってました。
白味噌と赤味噌と半々でした。白味噌だけですと味が甘過ぎるんだそうです。
それから、餡餅もつくってました。これが一番の楽しみ。

いかなごがなつかしい。

おユキちやん
私も、雀の雛、手乗りにしたくて1階のベランダに巣箱つるしてました。藁が5〜6本はいってただけなの。えらいもんだよすずめさんは、頭のできが人間とはちがう。 
おユキちやんの巣箱シジュウカラ営巣してくれるといいですね。 



一級×× 焼尻紋次郎 - 2001/12/26(水) 14:31<

山窩 と 小鳥 で,ちょと  

 TURUKOTさんに逆らうみたいでキモチわりいが、ダイジなことなのでヤゾーさんも
聞いちょくれ。
 夏のあいだ、サンカは海辺とか、広い平野や市街地に出たんですか? 山窩という
文字を宛て字したのかどうか、そのへんオラシランばってん、三角寛さんは「あれで
よかったやろか」と気にしてましたよね……たしか。それゆえにこそ、山窩は海べに
もいた……となる可能性が高いわけです。

 しかし、おらの偏見によれば、山窩は出雲朝廷が滅んだとき、地方に組織を持った
まま取り残された運搬屋(ボッカ)だとおもう。運搬ルートは尾根伝いが普通ですが
この日本列島ではどうしても山脈をクロスして越える。
そして思うのですが、平原〜市街地には傀儡(くぐつ)が別個の縄張りを持っていた
んじゃないだろうか……と。
 このへんのこと、教えてつかぁさい(岡山方言)。

 CARA はネパール語で小鳥です。山ガラは集団をつくる習性は持たないのですか?
 ミソサザイはつかまえて塩焼きにして食ったらチョウうまいはず。名前にそう書い
てあります。
 6月ごろ聞いたあの甘ったるいひな鳥の声……もういちどテープでいいので聴きた
いのですが、なにかいいテープ、販売されていましたら、これも教えてぇたぁ(香川方言)。

おユキ - 2001/12/26(水) 12:54<

ヘビ怖いよ〜

ヤゾ−さん、巣箱にはまだ小鳥が来ていないようです。
観察していると、シジュウカラが巣箱の様子を伺っていました。
営巣してくれると嬉しいなって思うけど、
雛が生まれてもヘビに食べられたら悲しいよ〜と
今から心配しています。
シジュウカラも落花生が好きなんでしょうか。

*(^。。^)*ngly - 2001/12/26(水) 08:30<

鈍器這手

ヤゾーさん
>お雑煮に関した話しだけでも唸るような話
 そうなんですよ。既存の学問は、衣・食・住と性から遠ざかる事で
彼自身だけの客観性などを保証しようとします。著名な歴史学者の弟
子で50年以上も民俗学を研究してる方から「餅の形なんて」と10年前
揶揄されましたが、「そうか専門家ができないのなら、鈍器放手がや
ってやろう」と始めたのです。幸い歴史学や民俗学に全く「汚染され
ていない」工学系が常識を超えた所から着眼するようにしています。
素人調査ですが部分的には「本にない事実」が沢山見えてきました。
△うぶさん
>雑煮の形態の地方分布の番組
正月前後になるとスーパーや週刊誌にも載りますが、料理屋や民俗屋
の解説が多いようで、「なぜそうなのか?」が分らないようです。
とやく言わせない結論を出すにはデータと独自の方法も必要です。
力仕事をさせるには米。餅では美味で費用が掛かりすぎでしょう。
おミヨさん
>白味噌ですか。味付も階層的存在の反映ではないでしょうか?
 無味>塩>赤味噌>白味噌>醤油 かも知れません。京都では公家
筋辺りは白味噌を使うので、関西人はそれを真似したのでは。被差別
部系も江戸期に「都から来た上品な証に」茶粥や白味噌とするのかも。
土着農民や居付きの商工業者は土鍋、渡り・漂泊系は鍋なしか、サンカ
のように鉄鍋ではないでしょうか。塩餡入餅は多分、焼畑系(修験・山
家・山子など)。瀬戸内の穴子・河豚・目刺に醤油を使うのは、水軍なき
後入島した別所の民ではないか、とも思います。入れる具は、住んでいた
地方を反映するようです。江戸期正月に餅など食えなかった庶民が、同
じ地方でも家毎に違い、□・△・菱形にこだわる理由がわかりません。
ヤゾーさん 私も南京豆好きですから、やはり始終空なのですね。

△うぶ - 2001/12/26(水) 00:21<
*(^。。^)*ngly さん、みなさん  こんにちわ
雑煮餅の件ですが、未だに結論出ずで、調査続行中なのでしょうか?
TV等では、時々雑煮の形態の地方分布の番組何度か見たような気が?
それとも*(^。。^)*ngly さんのトアル関心事ゆえのでしょうか。
ところで、餅は庶民の食料で、ヤンゴトナキ人々は食べないのでは
ありませんでしょうか?なんせ{雑}煮。保存携行食。

ヤゾ− - 2001/12/26(水) 00:05<

ヤマガラとヘビの思い出

みなさん こんばんわ。

きょうかいさん 一度こんなことがありました。
どんなに懐いていたヤマガラも、子育ての季節になると僕のことなど見向きもしなくなります。
そんなある日、ヤマガラが窓のところでホバリングをして、
僕に何か訴えるようにして、今までに聞いたことのないような鳴き方をしました。
なんだろうと思って窓から顔を出したら、顔の近くへ来て激しく鳴くのです。
これは何かあるなと思い、外に出て辺りを見回してみたら、
ロフトの窓の上に取り付けている巣箱の近くまで、
蛇が壁をよじ登ってきていました。
その蛇を追い払うまで、ヤマガラは僕の頭の近くを飛び回りながら、
ずっと鳴き叫んでいました。
子育ての季節になると、僕のことなど見向きもしないと寂しい思いをしていましたが、
僕のことを頼りにしているんだと思うと、なんだか嬉しかったことがありました。

おミヨさん ピーちゃんたちにかわって、お礼を申し上げます。
ヤマガラは、生かされていることを全身で楽しんでいる生き物だと感じています。
学習能力も高くて好奇心も旺盛のようですよ。

とんちんかん小僧さん 河童の名前に竹本三太夫?
なんだか、三味線持って浄瑠璃唄いそうな名前ですね。

turukotさん 削除しておきました。
次回からは、パスワードお願いします。
「冬則宿穴、夏則住樔」 良い言葉ですね。

Donglyさん 昨日、3人のお客さんが訪ねてきました。
4時間ほど、とても貴重な話しをすることができました。
その話しを、僕の記憶からではなく、
直接御本人たちが掲示板に投稿して下されば、
とても重要な投稿になると思いました。
お雑煮に関した話しだけでも唸るような話しが飛び出しました。
やはり、実体験から得た話しは凄みがあります。

turukot - 2001/12/25(火) 22:13<

夏の村・冬の村

みなさん、こんばんは。

>秋の彼岸までは水棲、秋の彼岸から春の彼岸までは山に棲み。
>夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように。

どなたの台詞かよく読んでいないので分かりませんが(ゴメンチャイ)、
サンカもそんなスタイルを採っていた(いや、採っている??)のですね。

アイヌ民族やニブフ(ニクブン)族(サハリン北部・アムール河下流域の先住民族)も
伝統的生活スタイルは(地域や生業による差異はあったかもしれませんが。。)
夏、漁労のために海辺などに出て家や村を作り、晩秋には山へ移動して竪穴住居
(トイチセ)生活だったようです。

エミシ(東北)もど〜もそういう生活を営んでいたようです。
竪穴住居は山手でも検出されていますし、大和の記録でもそんなような言及をしている
記録があったと記憶していますが。。あ、『日本書紀』の、武内宿禰のせりふで、
「冬則宿穴、夏則住樔」とありましたね。

*(^。。^) - 2001/12/25(火) 20:43<

21世紀ライフ

とんちんかん小僧さん・おミヨさん
>1)倭人・ワダツミは、海童→小童。2)河童は山鉄民。
 2)は間違いないでしょう。これがサンガの始りかもしれません。
 但馬の国ではサンカよりもこの類が多いと聞きます。1)そうです
か広島県世羅郡甲奴町に有名な小童(ひち)があります。非地・卑地
と思ってますが。
>秋の彼岸までは水棲、秋の彼岸から春の彼岸までは山に棲み。
>夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように。
 これこそ21世紀に実現したい生活です。本の上で楽しまず実践し
たいサンカライフです。現実に目を向けると、夏も冬も地震に怯えなが
ら健康に悪いビルの一室で、いつものどうしようもない顔ぶれと顔を付き
合わせながら、クーラーからヒーターへ切替える事だけが季節のうつろい
を知る哀れな生活。一体これが本当の人生なのでしょうか?
本当の青い鳥なのですか? 
ヨーロッパの哲学者はうまい事いいますね(新聞記事より)。
「一神教を生んだ砂漠の民がに自分たちの記憶を思い起こさせた」
「20世紀は経済の時代だったが、次の世紀は言語や宗教が重視される」
「なぜアメリカが傲慢に振舞うのかを解く鍵は神にもある」
「哲学者の仕事は万人に対して一人で闘うようなもの」
もうひとつ加えますと
「摩天楼の破壊は、21世紀アメリカ社会の不可避的崩壊を確実に
予言する」食わざる者の奢れる者への「さとし」である。

おミヨ - 2001/12/25(火) 16:24<

いろいろ

とんちんかん小僧さん
闇の日本史「河童鎮魂」 沢史生 彩流社 2500円
八世紀始め、八百万の神々は記紀の世界に封じ込められ、神の座を遂われた神々は鬼や天狗、河童に
おとされた。「河童鎮魂」は古代王権に「くろがね」を奪われ、闇の世界に葬られた神々、妖怪とされた
ワダツミたちの流亡史である。
河童は当初から河川や湖沼を栖み処としていたのではない。彼等は遠い昔、海の彼方からやってきて、我が国の開発に貢献したワダツミである。すなわち海霊・海神と崇められる倭人であった。だが、どうしたわけかワダツミは、海童と表現されるようになった。その海童たちを、ことさら「小童」と表記して、ワダツミ
と訓ませたのは、720年に成立した「日本書記」である・・・・。ワダツミはなぜ小童におとしめられ、あげくあのような河童の姿にかえられてしまったのか。その理由として挙げられるのは、彼等が山鉄民だった
ことである・・・。
記紀の世界に閉ざされた古代史の、闇の部分にあって、海を越えてきたワダツミたちが、単なる稲作農幸民
にすぎなかったのであれば、彼等は少なくとも河童などという異類の扱いは、受けないですんだであろう。
彼等が凡庸なオオミタカラなどではなく、古代鉄文明のすぐれた担い手であったがゆえに、小ワッパ扱いさ
れたワダツミの悲劇が、ことさらに歪曲され、後世につたえられたのである・・・。
そして河童におとされ、異界に封ぜられたワダツミこそ、実はわたしたち庶民大方の、祖先であった。
この「闇の日本史」に「河童鎮魂」と副題を付したのは、そうした祖先神への、慰霊の意味もあった。
                                       (帯より)
古本屋さんでみつけて、ぜひ読んでみてくださいね。

私も何時も同じ景色の夢をみます。記憶に全然ない場所なんです。
深層心理からすると何か意味があるのでしょうか。

子供の頃のお雑煮は白味噌で○餅 中位 少し焼いてこげめをつけていました。
お雑煮餅以外は、なまこにしてあおのり、エビ等をいれおかきにしていました。
最近、離婚した友達の夫、「お雑煮食べた事がない人なのよー」というてましたが・・・
そいう方もおられるのですね。

白いご飯よごして食べると祖母などはうるさかったですよ。

やぞーさん
お礼状書こうと思ってなにも書けずでした。
クマノライフのスターヤマガラさんにクリスマスプレゼント、ひまわりの種とピーナツお送りしましたのであげてくださいね。

ヤマガラは学習能力が高くて好奇心も旺盛なんでしょうか。

私のサイフの中みはシジュウカラ。     



とんちんかん小僧 - 2001/12/25(火) 14:46<

山童(ヤマワロ)と河童

 九州地方を中心として、河童は春の彼岸から秋の彼岸までは水棲で、秋の彼岸から春の彼岸
までの半年間は山に棲み、「山童」という同類の別物に変身する(猿人のようになる)とされ
た。だが「山童」の起源は河童とはまったく異なり、中国の「サンソウ(山+けものへんに上
に品、下に木という漢字)」「サンショウ(山+左が鬼右が肖という漢字)」「サンセイ(山精
)」と呼ばれる片足(場合には片目)の妖怪であった。日本でも山童の一種「勢子(セコ)」
や「タテクリ返シ」は一ツ目、もしくは片足だとされる。
 片足だとされる理由は、サンソウがもともと「キ(草かんむりに左が止で中が自右が巳、
そして下に変の下の字)」→漢字が無い字が多くて分かり難くてすみません。
という竜神であったからにほかならない(直立した蛇のイメージ)。山童の一種カシャボもある
地方では片足の妖怪「一本ダタラ」と呼ばれていた。
 日本で河童と山童がなぜ同一視されたのか?それは中国のサンソウやサンショウが疫神の一種
とされたためで、祇園(疫)神の眷族である河童と、習合することはたやすかったのであろう。
南西諸島のケンムンや沖縄のキムジナーもまた、本土の山童以上に中国のサンソウ・サンショウ
に近い性質を持つ。中国ではさらに五通神という淫神とされるが、片足と陽根との連想か?それ
は河童が人間の女性に懸想するという伝承にも繋がりそうです。


>同じように九州では、夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように、
>河童は移動するものだとされているそうです。
と上記にヤゾーさんが指摘されたように、移動するがゆえに九州には山童(=河童?)の伝説
が数多く残っている。
 例えば、大分県中津市寺町にある円応(えんおう)寺に伝わる話で江戸時代の中頃に寂玄上人
が、三匹の河童を仏の道に入らせて、修行の末に戒名をつけた。河童は感謝の気持ちからか、
以後は火災から寺を守ると誓い、境内の池に守り神として住んだという。
 この三匹の河童には、それぞれ国本宇兵衛、竹本三太夫、蔵本要助という立派な名前があり、
戒名を記した位牌もちゃんと残っているそうで、数百年経った今でも毎年供養されています。

きょうかい - 2001/12/25(火) 02:45<

やまがら

 こんな文章たまたま今日見つけました。1991年のある雑誌の生物学系の学者の文から
「シジュウカラにはヤマガラのおみくじの芸は演じられない・・」
 もう一つ気になる文章
「・・爬虫類も、とても柔軟な行動を見せる。獲物を捕まえやすい場所を
 すぐに学習してしまうし、人間が一度でも触れた鳥の巣は、
 きわめて高い確立でヘビに襲われるという愛鳥家たちの証言もある・・」
    

きょうかい - 2001/12/25(火) 02:25<

雑煮から

 雑煮、協力いたします。が、餅の形などは、オリジナルではないと思いますが。
 それと連想して、白いご飯の風俗を考えた事があります。
  関西の人は、ごはんを口に入れるとき、
 極力白いままで(おかずで汚さないように)食べないですか? 
 小さい頃、焼き海苔でご飯を巻いて食べる時に
 醤油をつけた面を下にして食べたら、大阪出身の祖母に「ご飯を汚すな」と叱られて、
 それを見てた父が、「すみません、ぼくが教えました」と祖母に謝ってた。

ヤゾ− - 2001/12/25(火) 00:05<

うんこの夢はうんがつく ?

汚物の夢は基本的には吉夢だと思うけど・・・。
うんこに追いかけられる夢ねぇ・・・うんんん〜こりゃ何ともいえまへん!
ヤナさんもウンコの夢みたら 宝くじ忘れずに買ってくらはい!

Donglyさん マスコミの前での公言だったようですが、
なぜかマスコミが一切報道しなかったということらしいです。
雑煮餅のデータなんて、正月らしくて良いですね。


>河童と馬についての話・・あるの?

河童ときゅうりくらいに、馬も深い関係にあります。
なぜ 河童が馬を水中に引き込もうとするのかは、
馬は古くから神の乗り物として神聖視されており、
水の神の使いである河童にとっては必要であったとの話しがあるそうです。
一方、猿が馬の守護神とされるのは、
猿が山の神の使いであるからだといいます。
水の神と山の神が馬を巡ってなにやら複雑な因縁がありそうです。
前にカリコボーズの話しを書いたことがありますが、
同じように九州では、夏は川で過ごし、冬には山で過ごすというように、
河童は移動するものだとされているそうです。


※ GAINAさん「玉置神社監修のCD-ROM」素晴らしかったです。
  ありがとうございました。

*(^。。^)*ngly - 2001/12/24(月) 23:32<

雑煮餅のお願い

皆さん 実は7〜8年前から、雑煮餅のデータを集めています。雑煮餅と
日本人の関係をデータを使いはっきりさせたいのです。現在数千のデータ
と100枚弱の写真を戴きました。プライバシーが少し入りますので、
できる方はご協力お願いします。下記は調査項目の例です。
項目は、☆雑煮する、☆しない(しない場合は、寿司・空揚・豆など)
☆雑煮の餅形、〇・□・△・菱形・楕円形・月形・半円形・短冊形など
☆餅のサイズ 直径 縦 横 または 大・中・小
☆料理法 生・蒸す・焼く・煮る
☆雑煮の味付けと具 だし・醤油・味噌(白・赤)・酒・塩・牡蠣・蛤
 鶏肉・海苔・川海苔・岩苔・鰤・鮭・穴子・目刺・河豚・鯊・スルメ
 ・豆腐・小豆etc
☆その他の正月餅 草餅・黍餅・粟餅・あらかね・高黍餅・黄粉餅など
☆ 本家に 臼と杵 ある なし
 などなどです。アンケート用紙をメールで送りますので、上のアドレ
ス当ご連絡下さい。なおデジカメで取った写真を添えて戴ければ幸甚で
す。統計的方法などを使い、時間が掛かりますので、戴いたデータはHP
上で公開を許される方は、名前を伏せて写真と共に公開する予定です。
 焼く料理法は、サンカ以外の非定着系とみています。山口厚狭の漁民は
月・日形と民俗学にありますが、元漁民かは疑問です。瀬戸内で河豚・穴
子・目刺を使うのは非漁民のようです。芸州で□餅を使うとありますが、
それは著者の周辺だけで、一般には〇形が多いようです。高知南部に、最古
とされる団子を生で雑煮とする家があります。理由は不明ですが雑煮の前に
豆を食べる家が松山にあります。金沢の旧家?では焼き餅に塩を振り掛け湯
を注いで雑煮です。
 最もシンプルな雑煮は、京都にある焼いた餅だけの「雑煮」です。

 

ya(^ε・)na - 2001/12/24(月) 23:22<

夢枕

まえに・・味噌買いばしみたいな夢みました

  日本昔話に出てくるような、神様が夢に出て

      言いました・・明日起きたら・・

   宝くじ3枚だけかってきなさい・・

      いいね3まいだけやでーーぇ

             その日は、年末ジャンボのラストの日でした


                    ヤナ買うの忘れました




       神様がいいました・・

            運のないやっちゃなーーーぁ

*(^..~)*ngly - 2001/12/24(月) 21:46<

タブーだったとか

ヤゾーさん
>昭和天皇も韓国の大統領が来日されたときに
>同じような発言をされていたと、サンプロで放送
 今日の新聞では、初めての発言とかありますが?
公式と非公式の違いですか。
とんちんかん小僧さん
えんこうは猿猴と書きます。獣偏ではないようです。
この川を東西に京橋がかかり、京橋通りは繁華街だった
ようです。原爆で死んだ遠縁の叔母は「京橋小町」と
いわれました。小学生の頃下流で溺れた事があります。
そして生き返りましたので、不死身なのでしょう。
 何度か蛇の夢を見ましたが、豊かにはなれません。
もしかしたら心だけでも豊かな人になれの、祖先ウガ
ヤ様のメッセージでしょうか。

直箕 - 2001/12/24(月) 20:47<

夢日記

僕も、数年前「夢絵日記」をつけていました。
よく見た夢は、傘をさして空を飛ぶ夢と
うんこに追いかけられる夢です。

とんちんかん小僧 - 2001/12/24(月) 18:36<

メリー!クリスマス!

あおきさん *(^。。^):nglyさん
今、『中学校社会科地図』で見ていますが、あまりマイナーな(失礼)川は
載っていないようなので昔、旅行をした時の中国地方の地図で確認します。
猿候(エンコー)川・・すごい名前の川ですね。覚えやすいです。

夢日記は、7,8年前から細々と書いています。
最近、見ている夢はナイショだけど、もう4回ぐらい一つの夢の続きを見ています。
でも、明恵上人のように夢と現実に繋がりを持たせて夢を良い方向に(現実的に)
するようなことはできてません。できたらいいけど・・ね。

ヤゾーさん
河童と馬についての話・・あるの?
僕は河童博士じゃないので分からないです。┌|∵|┐└|∵|┘

おミヨさん
>河童は山鉄民
どうしてなのでせうか。教えて下さい。
僕にはサッパリわかりませ〜んのデ。

ヤゾ− - 2001/12/24(月) 00:08<

河童と猿回しの関係

みなさん こんばんわ。

クミコさん ありがとうございます。
焼き物は、お世話になっている人たちに差し上げましたよ。

おミヨさんと利田ヤゾウを始めとした人たちの存在があったからこそ、
ここまで育ってきたのだと思っています。
おミヨさんの投稿は、とても大切に感じていますよ。
あまり掲示板を個人の所有物として扱わない方がよいのではないかと、
最近、掲示板の扱いについて少し考えていました。
それで、これからはなるべく個人に対してレスを付けないようにしようと思っていました。
でも付けちゃいました。

Donglyさん 昭和天皇も韓国の大統領が来日されたときに
同じような発言をされていたと、
最近、サンプロで放送されたようで、
あちこちの掲示板等でも話題になっていましたね。
天皇の方が、進んでいらっしゃるのかも知れませんね。

ヤナさん 釣りバカがグレ3匹釣れたって、一匹お土産に持ってきましたよ。
風の王国掲示板に写真入れときました。

河童が馬を水中に引き込むのなら、その馬を守るとされているのが猿ということになっているようです。
猿が馬の守護神とされたのは古く、平安時代の歌にも歌われているそうで、
近世において門付芸・大道芸として知られる“猿回し”は、
正月の厩(うまや)祭りに、猿を回して各家の厩を祈祷して回ったものが始まりであるともいいます。
この辺りに、とても興味深い意味が込められているような気がします。

ヤナギムシ - 2001/12/23(日) 23:21<

それは・・わたしです

おミヨさんの発言で・・サンカ・・ん・・としましたか
  サンカファンを、んんんんんん・・って考える時間あたえてるんや!!

  さすが・・おミヨさん・・奥が深い・
          んんんんん・・納得です


  河童の話が出るのに、なぜか・・水木しげるの話がでんですねえ
   私の好きな・・松谷みよ子さんの話もない

  坊やよい子だ、ねんねしな・・
     んんんん・・ねてられへんがな・・


        

*(@。。@)*ngly - 2001/12/23(日) 22:54<

サンカと天皇発言

びっくりです。今日の朝日新聞に現天皇の言葉として記者会見で
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると
続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」
とあり。歴史修正主義者や保守的な人々の押す「新しい歴史教科書」
に対しての韓国側の反発への政治的な配慮もあると思いますが、前の
天皇にない突っ込んだ、率直な言葉です。サンカの歴史に興味ある者
としては、北朝系の万世一系でなく百済系中心の南朝系に触れている
とも思えます。百済サンカ系の皆さん、喜んで下さい。私は母は百済
賎民系ですが、父は新羅賎民系ですから、大変複雑な気持ちです。
 なおさまざまな歴史学者の反応も興味あるところです。共通なのは
自己のルーツに引き寄せて考えていない点でしょうか。

おミヨ - 2001/12/23(日) 21:09<
ヤゾーさん
ダイヤルQ2廃止で、メールがうまく繋げていません。
手紙出しますが、取りあえず有り難うございました。

ヤナさん
私の下らない書きこみで、このBBS閑散とさせてしまいましたよー。

クミコ - 2001/12/23(日) 16:37<

kumanolife2周年おめでとうございます!

みなさんのお話しこれからも楽しみにしています。

ところで ヤゾ−さん
このまえアリさんのせいで停電になった時のやきものは
いったい どうなってしまったんでしょうか?

ヤゾー - 2001/12/23(日) 12:15<

ヤマガラ爺

昨夜は、二年目を迎えて、何を書こうかと考えていたら寝てしまいました。
うちのピーちゃんたち(ヤマガラ)は、木の実も虫も食べているようですが、
落花生が大好物みたいです。
落花生を持っている振りをして、手の中に落花生がなかったら怒ります。
首を傾げてから指を噛みます。ひゃひゃひゃ なんだかおもろいです。
ヤマガラ爺目指して、がんばります。

管理人ヤゾ− - 2001/12/23(日) 11:20<

二年目を迎えて

『自然の中へ そして心の中へ!』というホームページを始めて二年目になりました。
自然が好き!サンカが好き!という想いでスタートしましたが、
サンカというものが注目されるようになるにつれ、
このホームページも随分と注目されるようになってきました。
参加して下さっている独り独りの想いが、ここまで育ててきました。
今後とも、よろしくお願い致します。

ヤナギムシ - 2001/12/22(土) 23:01<

なははは

どんぐりさん・・なんなん・その・・顔文字
  あはははは・・最高ですね

   おミヨさんおひさです・・
     かたさが・・大ぶんに・・へへへへぬけてきましたねえ・・
         しっかりがんばってね・・へへへ

  このところ・・忙しくって・もう・・大変!れす
  さくらさんも・・忙しいねんねえ・・がんばってくらはい

    まだ、アジアの国々には・・少数民族って
   たくさんいてはるんですねえ

    美しい大地に、部族のハタムラ!
       いまも、守ろうとする人々・・
         日の本わが国の・・不安!!
             

         自然の脅威・・街に居ては感じられません
            深々深々とふきつもる雪・・

            かじかむ手・・・・
             そんな思い・・感じなさい・・ってゆうほうが・・

                むりかもね・・・・



                    へへへへへへ・・やなでした
           

おミヨ - 2001/12/22(土) 21:15<

「ヤマガラのおみくじ引き」

小沢昭一さんの本に、豊川稲荷の「ヤマガラのおみくじ引き」のおじさんが最後の人で、もう絶滅したそうです。そのおじさんが亡くなられたあと、娘さんが跡を引き継いでしばらく店を出していたそうですが、ヤマガラがにげてしまい、それでやめてしまったとか。ヤマガラに芸を仕込むのは大変で、手間隙かけて
やっても「ヤマガラ芸」による収入はタカが知れているからだそうです。ヤマガラは雑食性で、木の実も虫も食べるそうですが、一度虫を食べると、その虫の味が忘れられず、虫がほしくて逃げ出すというケースが
多いんだそうです。小鳥の大道芸は中国にあるとか。   (95年1月)

河童は山鉄民。
踊る河童は傀儡集団かもしれない。

*(^。。^):ngly - 2001/12/22(土) 19:17<

小鳥とおみくじ

 昔といっても何年前か忘れました。シジュウカラかコマドリに
お御籤を選ばせ食わえさせて客に渡す人がいました。小鳥はお辞儀
をして、ぶら下がった鈴を引いて鳴らした後、おみくじ選びをする
のです。小鳥のしぐさや動作に廻りの見物人は見入ったものです。
これは何という職業でしょうか?オミクジ売りでしょうか?
 鹿児島ではハナシジジイと呼んでいたようです。ハナシは小鳥の事
で、ジジイは爺でしょう。反リストラ策として復元したいですね。
 あおきさん
 JR広島駅から南へ5分の所にあるえんこう川で、確か猿猴と漢字で書き
ます。猿猴は河童の事です。その南の的場は段原小学校があって、江戸期
は処刑場だったはずです。数十年前は学校の周囲に「連れ込み旅館」が
いっぱい建って教育上よくないとされました。サンカの大人がする事で
子供に見せていけない事は、一切ないようです。

おミヨ - 2001/12/22(土) 15:35<

{こまどり}

こまどりの話、何週間か前の「週刊文春」にのっていたのかもしれません。
読み流してしまって何も頭に残ってません。残念! 恋愛、結婚問題いろいろ書いてあったような・・。

「鞍馬天狗のおじさんは」の本の中の嵐寛寿郎の相手に対する返事がいつも「はいなー」。

すみません。関係なかったです。

  一級×× シェイシュンの紋   <http://www.you-i.org> - 2001/12/22(土) 06:08<

  し り こ だ ま   

 むかし……といっても太古々々の大昔……のひとは、いきなり「ない」とは言わなかった
みたいです。やっぱ、これには迷信みたいな考えかたがまつわりついているのでしょう。
 「ない」を、「ある・ない」の形で表現しているのです。
 沖縄での会話をきいていますと、相手が喋り続けているときでも、そのちょっとしたスキマ
に「あらん、あらん(いいえ、そうじゃないんですよ)」と、短く入れます。
 豊後浄瑠璃に「だんな、だんな、だまんねぇはよ(早く)からなにごつかえ」があります。
 すなわち「DAM(こころ・キモったま)あるない」……「キモがなくなる」をダマンネェ
と表現しています。
 ネパール語では「ない」は HOINA ……「ホ」は「はい」、イナは否です。
 「いいえ」は CHAINA……CHA が「ある」、INA は否です。
 「しりこだま」とは尻のこだま……屁ではなく、尻 KO(ネパール語;○○の)DAM(キモっ玉)。

 シリの語源はオラシラン。

△うぶ - 2001/12/22(土) 02:38<
ヤゾーさん、みなさん、
カッパが馬引き好きは、河童と猿の同一視に関係有るからでは?すばしっこい事の
例えで「狐を馬に乗せたような(人)」と言うはずで、それの流れかと?。
てっぺんがカッパに近くなって来て、遠からずエンコーと呼ばれそうな私、
どうせ呼ばれるなら援交のほうにしてくれ!、、、、と独り言。
ところで、お稲荷さんの白狐ですが、「しろきつね」→「しらきつね」→「しらき・つね」
→「しらぎ・つね」→「新羅・常」、、、、、、、、、、、、これかも?
Kumanoではタヌキといいヤマガラといい、丸々太っていて健康そうで、、、、、、、、
とても、オイシソウで。今度料理して皿に盛り付けたところの写真も見せて
下さい。{こまどり}の話も、もっと聞きたいなあ。
今回は動物シリーズでした。

ヤゾ− - 2001/12/22(土) 00:03<

河童と馬

みなさん こんばんわ。

△うぶ さん  昨夜 かわりに言って下さってどうもです。
僕も子供の頃「すばらしき世界旅行」楽しみにしてました。
久米明さんのナレーションの声が印象的でした。

直箕さん 池のほとりで 沢山の河童がダンスを踊っているのを
想像しただけでも なんだか凄い!そんなの見てみたい!

おミヨさん 日刊夕刊「ゲンダイ」の五木寛之のコーナー 
Donglyさんにも教えて頂いたけど こちらでは手に入りません。う〜 難儀な!

紋次郎さん 復旧おめでとうございます。よかったです!
PC使って どんどんシェイシュンして下さい。

あおきさん 尻から肝とられたら痛そうですね。
そういえば 子供の頃に盆を過ぎてから川に泳ぎに行くと
河童に『しりこだま』抜かれるぞ!と言われたような気もします。

ヤナさん そう言われなかった!

とんちんかん小僧さん 河童と馬についての話しがあれば
今度 教えて下さい。

河童といえば なぜか馬に目がないとされていますね。
水辺に馬を曳いていくと 水中から河童が出てきて馬を水中に引き込むという話しはよく聞きます。
また 頭の皿が渇いて力が無くなり 逆に馬に引っ張られて人間に捕まったなんて話もあるようです。
河童の絵で有名な小川芋銭の絵にも馬に乗った河童の絵が多かったように思います。
河童は なぜ馬が好きなんでしょうね。
正月の門付け芸の春駒なんかも関係あるのでしょうか。

ヤナギムシ - 2001/12/21(金) 22:40<

しりこだま

記憶だけで・・書いてますけど

    しりこだま・・なんてのもあたりして

あおき - 2001/12/21(金) 21:00<

とんちんかん小僧さん

広島市には6本の川がありますが 一番東側にエンコウ川という川が
ありますよ いかにも河童に尻から肝をとられそうな水が淀んだ川
ですよ 広島の民話にエンコウの話があります

運命のダダダダ−ンというテレビでやってましたが イタリアにはローマ時代から
ロトの予想屋がいて 予想して欲しい人の昨日見た夢を聞き 
その夢を1から90までの数値におきかえるそうです
そのイタリアの予想屋は今までに何度も大当たりを予想して
人気ナンバー1だそうです 
スモルフィアという6万項目にもおよぶ夢を数値におきかえた本が
本屋にあるそうです
夢をメモっておくといいことありそうですよ

とんちんかん小僧 - 2001/12/21(金) 19:00<

河童になった動物の呼び名集(2)

四国・中国地方
● 徳島県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉高入道
● 香川県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉カブソ
● 高知県:〈猿〉エンコー・エンコ
      〈川獺〉カワウソ
● 愛媛県:〈猿〉エンコー・エンコ
          〈川獺〉ノビアガリ
● 岡山県:〈猿〉エンコウ
       〈鼈〉ダンガメ・オオガメ
● 島根県:〈猿〉エンコー・テナガ(手長)
      〈川獺〉カワウソ
● 広島県:〈猿〉エンコー・エンコ・淵猿(フチザル)
      〈川獺〉カワウソ
● 山口県:〈猿〉エンコー・エンコ
     
九州地方
● 福岡県:〈猿〉エンコーサル
       〈鼈〉ガメ
● 佐賀県:〈水虎〉スイコ
       〈川獺〉カワウソ・カワソー・カワッソー・川僧
● 長崎県:〈水虎〉スイコ・河虎(カワコ)
● 大分県:〈水虎〉スイコ
● 鹿児島県:〈水虎〉スイコ

☆次回は、サンカを表しているかもしれない河童の呼び名が続々登場。

とんちんかん小僧 - 2001/12/21(金) 18:53<

河童になった動物(獣類)の呼び名集(1)

東北地方
● 青森県:〈水虎〉スイコサマ・シッコサマ・オシッコサマ・セッコーサマ
● 岩手県:〈猿〉フチザル
● 山形県:〈川獺(カワウソ)〉カワウソ

中部地方
● 静岡県:〈猿〉猿候(エンコウ)・川猿
      〈川獺〉カース
● 愛知県:〈鼈(スッポン)〉ドーツン
● 新潟県:〈川獺〉カワウソ
      〈海獺〉ウミカブロ
● 長野県:〈猿〉エンコ・エンコ様
● 富山県:〈猿〉エンコ猿・テガワラ
      〈川獺〉カワウソ・カワソ
      〈鼈〉ガメ
● 石川県:〈川獺〉カワウソ・カワソ・カブソ
      〈鼈〉ガメ
● 岐阜県:〈猿〉エンコ・エンコ様
      〈鼈〉ドチガメ・ドチ・ドチロべ・ドチロンべ
● 福井県:〈猿〉エンコ

近畿地方
● 滋賀県:〈水虎〉スイコ
      〈川獺〉カワウソ・カワソ
● 三重県:〈猿〉エンコ
      〈水虎〉スイコ
● 和歌山県:〈猿〉エンコウ
       〈川獺〉蒙古高句麗(モクリコクリ)
       〈鼈〉ドンガス

―後半へ続く。

△うぶさん 紋次郎さん
河童の名前の語源って何なのか難しいけど面白いですよね。
次回作の河童の呼び名の幾つかは中国に近い名前が多いので期待していて
下さいネ!

  シェイシュン の紋   <http://www.you-i.org > - 2001/12/21(金) 11:31<

  カッパ の 語源   

秋田ではうわあごのことをアゲタといいます。五箇荘あたりではカマゲタというそうです。
 ゲタというのは“骨”のことですので、ぬかるみ田んぼに履いたのはイノシシの頭蓋骨だ
ったかもしれません。
 カマゲタの KAM には英語の CAP がピッタシじゃあ〜りませんか。そしてネパール語では
ひたい(額)のことを KAPAL いうんですがな。
 カッパの語源は川(>カ)TSU(の)WARA(童<*BALA)パ(?)やろか? ここの分析は
どうも入り組んでまんなぁ。
 やっぱ、額に偏執した KAPAL ではないでしょうか。

 あずみさん、「ほにゃらか掲示板」http://ucgi.kamnavi.net/cgi-bin/yakbbs.cgi で
安曇野のチクニ街道を書きましたよ。刺激強すぎるかなぁ。

おミヨ - 2001/12/21(金) 10:15<

思い出せない!

極最近そのこまどり姉妹の話、何かで読んだような気がするー。
竹中労の「芸能人別帳」「くらま天狗のおじさんは」最近、買ってきて読んだです。
その中に、のっていたのかなー
思い出せない、ぐやじぃー。

「くらま天狗のおじさんは」の中に蛇食う役者や監督がおって、くらま天狗のおじさんの話えらい面白かったですよ。

杉作「おじちゃん マッチ一本買っておくれよー」
鞍馬天狗のおじさん「杉作がんばるのだー、もうすぐ年明けだ、年明けがくるのだよーー」  幕

日刊夕刊「ゲンダイ」の五木寛之のコーナ、最近一週間ぐらい沖浦和光との対談話が続いてています。


 

直箕 - 2001/12/21(金) 02:16<

思いだせない!

ちょっとまえに、本屋で「山小屋の管理人の思いで話」ばかり集めた単行本を立ち読みしたのですが、
その中にリアルな河童の目撃談がありました。
池のほとりで、沢山の河童がダンスを踊っていたというような記述だったと思う。
心当たりあるかた、その本のタイトル教えてください。

「こまどり姉妹」って、若かりしころ、「門付け芸人」やっていて、野宿しながらあちこち廻っていたんだって。



△うぶ - 2001/12/21(金) 01:10<
みなさん、こんばんわ。
昔、日本テレビ系列の教養ドキュメントで日立KKスポンサーの「すばらしき世界旅行」と
言う番組での{河童特集}見たことあります(古い!年がばれそう!)。
最後のほうで、千葉県の潮来地方の河童で、土木作業に使役されて、又、強制的
に連れてこられた{中国人}が御役御免になって捨てられて河童になったのでは?
との一推測で締めくくっていましたのを思い出します。
とんちんかん小僧さんが列挙した各地での名称を見てみましたが、殆どが日本語
由来ですが、一つだけ気になります、島根県での{サンバイ}です、漢字が不明です
が、これだけ中国語に関連有りそうです。「山伯」の読みが中国語で「サンバイ」と
なるからです、たまたまの偶然かも知れませんがね。
岡山県の「ゴンゴ」も、光っていますね。名前の漢字から由来推測も面白そうです。
カッパは楽しくて、おかしくて、可愛くて、悲しくて、可哀相で、、、、、、、、、、。

ヤゾ− - 2001/12/21(金) 00:22<

エスキモーとサンカ

>それぞれが自分なりの信念を持って参加しているのだから気にすることなんかない
 
もんむーさん 早とちりでしたが 結果 とても良い意見を聞かせて頂くことができたので
蜜柑さんの投稿は とても意味のあるものだったのかもしれません。
管理人として とても参考になりました。

>あれから考えて考えて分からないから日本河童協会に電話してみたの。
>その寺の入り口にある河童の像はヤゾーさんにそっくりですよ。

とんちんかん小僧さん 面白すぎるではないですかい!
じゃ 今度 会いに行ってみようかな。
河童の瓶の話し 面白かったです。

ヤナさん 辛さを乗り越えたところに きっと 素晴らしいこともありますよね。
がんばりましょう!

昨日 遠方から突然の来客がありました。
その方とは 十年程前に 共通の人からナイフ作りの手ほどきを受けた際に知り合い
同じ時期に渓流釣りにはまっていたのと 僕のサンカ話しに興味を持って下さったこともあり
とても気の合う方でした。 でも 長い間 一年に一度会うか会わないかのおつき合い程度でした。
それで 訪ねてきた用件というのは ある人を連れて来るから 話をしてあげて欲しいというものでした。
その人とは カナダに滞在して エスキモーに関した研究をしていた人で 帰国後 なぜか熊野に興味を持ち 
さらにサンカに興味を持ったそうで 熊野にしばらく滞在して調べたいことがあるのだそうです。
その方の知人が たまたま ここのページを知っていて その知人というのが訪ねて来た方の友人であり 
そして紹介して欲しいという人というのが僕だということが分り いろんな偶然が重なっての訪問でした。
偶然も重なると いろんなことが起こるものですね。

ヤナギムシ - 2001/12/20(木) 23:20<

にぎりこぶし

おもいっきり・・強く
  握りこぶし作ってみた・・
   ぎゅーーぅっと・・もう一度・・握ってみた!!

       少し開いてみると・・カサカサの手に赤いウシオが・・

  また・・握ってみた・・このカサカサの手で・・
   いったい何が出来るんだろう

         眼を・・閉じてみたら・・
               頭が  グルグル廻った・・


     ぐるぐるぐるぐる・・少し気分が悪くなった

             小心者には・・
               なぜか・・辛いものがある

         ぎゅーーーーーっ・・
           もう一度・・さらに・・もう一度
              握ってみた・・みんな・・辛いんだ!!!!!!
                   わたしだけ・・じゃない・

                         みんないっしょや・・

                 わたしだけやない・・

とんちんかん小僧 - 2001/12/20(木) 18:03<

河童になった動物たち

「川虎」の名はさらに、「水虎(スイコ)」に由来すると思われる。「川虎」は中国の湖北省
の川に棲むとされた水怪で、全身が鱗に覆われた、禿(ハゲ)頭の小児のような動物で、足の
膝頭が虎の掌手に似ていることから、その名がついたといわれている。後に日本にも出没した
ともいわれている。
 水虎は虎とは異なる形態である。
ところで対馬で「川虎」と呼ばれたモノの正体はその目撃談から、どうやら対馬山猫(ツシマ
ヤマネコ)に擬せられていたと思われるフシがある。河童が人を取って殺すとは別種の「魍魎
(もうりょう)」という妖怪と同一視され、さらに「魍魎」が山猫の化けものである「火車(
カシャ)」と同一視されたためだ。河童のオカッパ頭は魍魎の頭髪が由来であり、火車は人間
の魂を盗む地獄の死神とされていた。山猫の類は水辺で魚を捕る習性であり、これが河童の誕
生に深くかかわっているらしいです。中国では山猫の総称を「狸(リイ)」と呼ぶ(日本では
狸(タヌキ)は狢(ムジナ)と同一視され混乱している)。

今回の呼び名(獣類の)についての前書きは妖怪について興味の無い人や知らない人にとって
分かり難いものだと思います。興味ありましたら図書館等で魍魎の絵とか見てみて下さいネ。
とても河童ちゃんに似てますよん。

とんちんかん小僧 - 2001/12/20(木) 17:29<

フンゴロボシ?(+おまけ話)

あれから考えて考えて分からないから日本河童協会に電話してみたの。
そしたらねー、「あまり深く考えないでネ!」って返事もらったの。

気を取り直して、河童の話を・・海水浴場や温泉地として知られる伊豆半島の河津。
その河津川のほとりにあるのが栖足(せいそく)寺で、この寺こそ知る人ぞ知る
「河童の瓶」を所蔵する寺なのである。

 その昔、栖足寺の裏手には、裏門の淵とよばれる淵があった。淵には一匹の河童がいて、
水遊びの子供を引っ張ったりと、イタズラばかりしていた。
 しかし河童はある夕方、馬を引き込もうとして失敗、あたふたしているところを村人に
捕まってしまったのだ。
「このバケモンめがっ!!」
 村人は河童のイタズラに業を煮やしていたから、もう殴るわ蹴るわでさすがの河童も
ヒイヒイといってのたうちまわった。そこを通りかかった栖足寺の住職、見るにみかねて
止めに入った。が、すでに河童は虫の息。そこで住職は、
「よいか。イタズラが過ぎるとこのような報いを受けるのだ。二度と悪さをしなければ、
見逃してやろう。」
と河童に約束させると、淵に帰してやったのである。
 その晩、すっかり寝入った住職は、ホトホトと板戸を叩く音で目が覚めた。
「どこの誰じゃ。今ごろ何か用か……。」
住職がしぶしぶ戸を開けてみると、そこにはさきほどの河童が立っていた。そしてバツが
悪そうに、
「……今日は、どうも……。そのお礼といってはなんですが……。」
といって、ひとつの瓶を置いていったのである。河童の話によると、この瓶はどこで聞いて
も川のせせらぎが聞こえる珍しい瓶とのこと、なるほど、瓶の中から川のせせらぎの音がする。
 このことはたちまち評判となり、以来、栖足寺では「河童の瓶」を寺宝として大切に扱う
ようになったのだという。

*この瓶は栖足寺の宝物なので、いきなり行っても見せてはくれないのデ。

その寺の入り口にある河童の像はヤゾーさんにそっくりですよ。

もんむー - 2001/12/20(木) 08:31<

言葉

直箕さん。こんにちわ

悪気がなかったことはわかりました。
NOMIさんが直箕だとは気づきませんでした。
早とちりしてすみません。

ヤゾーさんやヤナさんのいうとおり、言葉だけのコミュニケーションて難しい
ですね。かといって掲示板では言葉に頼る以外ないので、言葉は大事に使わな
くてはいけませんね。

最近になって思うのは、他人を語るということは、その他人のこと以上に、語
り手である自分の心象を曝けだしてしま