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2001年07月12日(木)00時05分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


ヤナギムシ - 2001/07/12(木) 00:03<

けけけけけ

にっちょさん・・病気に注意してください
  ここに足踏み込むと・・抜けれなくなります
  お気の毒に熊野病です・・ワクチンおません・・自然になれてください

  釣れませんかーーぁ
   残念ですね・・やなは・・5回行ったら3回ボウズです
     でも・懲りません

 donglyさんのHP見たいけどURL見つかりません
   ヤゾーに聞いてみせてもらいまっせーーぇ

    むつかしいながら・・ヤナなりにみさせてもろてます
        おおきに!!

         へへへ

にっちょ - 2001/07/11(水) 22:30<

釣れませんでした

専門的な知識も無い、私のような者が何故この板に足止めをされているのか?
自分でも理解できません。
何か、惹かれる内なるものが有るのは否定できません。
煩悩だけで生きてきた過去を(現在も少し)悔やみ反省のさなか、通りすがりで過ぎて行くところでした。
最も私の生い立ちを考えたら、まんざら無関係とは行かないまでも、無関心でも通せる事でした。
学者の方々及びヤゾーさんそして他の方たちの専門的な知識には正直敬服致します。
あくまでもシロートの目でこの先も見続けて行きたいと思っております。

サカナは気まぐれですね。
釣れませんでした、あーーー疲れた(遊んで疲れたなんて言ったら、はり倒されますね)
私が長年通い続けてる、この船宿の裏に古代の遺跡があります、遺跡と言ってもきちっと管理されているわけではありません。

以下船長さんのお話<昔(と言っても3,4年前)家の裏に要壁を作るので、山の、のり地を削っていたら
洞窟が現れたそうです、削ってしまった残土と共に人骨が見つかって大騒ぎになりました。
警察やら、役所やらで調査の結果縄文期のものだったそうです、(船長さんは、縄文も弥生も室町も一つの古代でとらえております、私もにたようなものですけどね 笑)

その時に、簪<と言っておりました、が出土したそうです。
今、其処はあまり手も加えられず、ごく普通にそのままの状態になています。
もう一度調査をするとは、言っておりました。
この情報って価値ありますか?それとも普通?それとも、てーしたことネーーよ。てなもんですか。


きょうかい - 2001/07/11(水) 14:41<

ヤゾーさん、サクラさん、NA-NI さん、とんちんかん小僧さん今日は
 小石川植物園には、4年前に行きました。あそこに白山神社があったのですか。
 すぐそばに氷川神社がありましたが、関係ないのかな・・
 あの辺は三崎町といってかつて本当の岬だったそうですね。
 いつ頃までそうだったのか興味があります。水運が便利で大きな石を運ぶのに
 都合よさそうです。またこの辺は、あの赤ひげの新出去定が闊歩したとこですね。
min-minさん
 HP見ました。小学生の頃、何も知らないでシューマンの「流浪の民」合唱部で
 歌ってました。『ラッチョ・ドローム』見に行きます。
うみ さん
 はじめまして。情報ありがとうございます。あしたは、うたた寝しないぞ。

  昨日は、9時から11時までうたたね。3時まで読書。6時までうたたね、でした。
  眠いし、腰がイターです。

とんちんかん小僧 - 2001/07/11(水) 11:29<

続 黒鍬之者 (6)

 黒鍬之者はそして、彼らと表裏一体をなしていた。
 総合土木事業のあらわれは、築城に見ることができるが、
石積み・番匠・鍛冶・壁塗り・屋根葺きなどの専門工員の
土台として、黒鍬之者の働きがあった。
 隠密的役割もまた、石工に見るように、ごく自然に発生
してくるものだったし、幕藩時代にも引きつがれている。
 さきの山口泉処は、公儀隠密を目付支配下の御小人目付
であると述べ、変装して他国に入り込むことができようか、
という問いに対し、こう述べている。
 「御小人目付などは出来ますとも。黒鍬あたりから上へ
 挙げられた者は出来ます。人物によっては、上のことを
 させておいたのもあります」
 黒鍬から御小人―御小人目付というふうに累進したよう
な者なら、(隠密仕事が)できるといっている。その素養、
実力はあったのであろう。
 ただし、
 「黒鍬などにどんな人物がいるか、目付は知りませぬ」
 という。遺憾ながら、誰かに見出してもらわねば、出世
はできなかった。それが幕藩下の黒鍬之者の位置だったの
である。維新前、これら黒鍬之者は三百人いたという。
                         終

NA-NI - 2001/07/11(水) 01:47<

本郷白山社

白山神社の創開は古く、天暦年間(947〜57)に加賀一宮白山神社を
現在の本郷1丁目の地に勧請したと伝えられる。
サクラさま。こんばんは。

>後に元和年間(1615〜24)に2代将軍秀忠の命で、
>巣鴨原(現在の小石川植物園内に移ったが、
>その後5代将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため
>1655年現在地に再度移った。
>この縁で綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた。

確か、菊池山哉氏も「500年前の東京」にて触れていらっしゃったと思いますが、
2度移築されていたんですね。植物園に移ったというのは知っていたのですが。
創建が10世紀とは意外に遅いなと思いました。100年くらい。

うみ - 2001/07/11(水) 01:21<

「プロジェクトX」よかったぁ〜!

 市民運動の話になるのかな?と思って実はあまり期待せずに観たのですが・・。
よかったぁ〜。知らぬ間に涙がこぼれておりました。
言葉少なに語る、その言葉が・・・(ヤナギムシさんも書いておられますが)
見逃した方、木曜深夜12時頃から(金曜になってますが)再放送がありまする。

ヤゾーさま
>7代遡れば先祖が128人
ん〜、そうかぁ。128人居たら、どんな人が居ても不思議じゃないですね。
自分がこの世に生まれることで点ができ、また子どもが生まれることで
点から点へと線が繋がる・・・。私の中ではそんなイメージがあります。
直系になると線ですが、それ以外も範囲に入れると・・・。
あやとりの箒のようになりますな。

過去ログ、まだ全部読んでなかったのですが読んでびっくり!
実は私も、保久良山の麓で育ちました。
小学校の頃から短距離の遠足といえば保久良山−金鳥山コース、
もしくは芦屋ロックガーデンコースでした。中距離は六甲山。
海、山、川が遊び場でした。
その頃はカタカムナのことなぞ、さっぱり知らぬ小学生でしたが。
なんの因果か、神戸を離れてから知りました・・・。
おミヨさんと、クミコさんだったでしょうか、今後も宜しくお願いします。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/07/11(水) 00:22<

映画『ラッチョ・ドローム』

という映画を今日(あ、もう昨日か)観ました。
ジプシーの映画です。インドからスペインまで。全編これ、旅する彼らの歌と踊りです。
ストーリーは有りません。いや、要りません。歌が全てを語っております。
メチャメチャ血が騒ぐ映画です。“ロマ”族、西へ行ったのが「ジプシー」ならば、
東へ来たのが「傀儡一族」です。(ウソ)
とにかく西の「流浪の民」と東の「漂白の民」のDNAは一緒です。こんなに
血が騒いだのは久し振りでした。
関東在住の方でご興味のある方はσ(^^)の拙HPに詳細及び上映館の案内を載
せてますのでご参照くださいませ。

min-min@yokohama

やぞー - 2001/07/11(水) 00:13<

夏バテかな?


にっちょさん、こんばんわ。
これから石鯛を釣りですか。
気をつけて行ってらして下さい。
こちらの地磯でもよく石鯛を釣りをいているのを見かけます。
そうは簡単には釣れないみたいですね。
ウニのトゲをハサミで切ったり、サザエを割ったりしていますが、
それを食べたほうがよいのではとも傍目には思ったりもします。
でも、一度釣ると病気になるようですね。
ヤエンでアオリイカを釣っても病気になるようです。
石鯛釣行記、楽しみにしています。

サクラさん、こんばんわ。
白山神社のお話、ありがとうございました。
本郷にある白山神社が思っていたより古くからあるのに驚きました。
それにしても歯ブラシ供養なんて珍しいですね。
房楊枝を奉納したからといって歯磨きを手を抜いてはいけません。
おっと、僕も歯を磨きましょう!

とんちんかん小僧君、岡山へ行こうね。

ヤナさん、プロジェクトX 楽しみにしていたのに、
うたた寝してしまいました。
この暑さでバテたかな?

ヤナギムシ - 2001/07/11(水) 00:10<

ハタムラ・・・

今日のプロジェクトX
最高だった・・仲間に見てもらいたく
   ハタムラに反する行為・・ご迷惑お掛けした方にお詫び!!

  わが心のヒーロー・・マタギの方がでられてた!!
    時たま、言葉が通じない!!・・・
  

        ・・・でも
心は通じた・・・
     ジーンと込み上げる・・何かを!!!感じてしまった!!

  ヤナも歳だ・涙腺がゆるい!!
 弱い者に、手を上げる者に対して・・
  許し難い怒りを、感じるのは私だけだろうか・・そんなはずはない
 正々堂々・・美しい言葉だ!・・・
  でも・・正義を守るのに・・きれいも・・汚いもない

         でも・・捨てたものじゃない

努力する人に・・・・・・

     ・・・・胸が熱くなる

    山と喧嘩しちゃなんねぇ・・
      

             一度なくした自然・・どんなに大金積んでも

               取り戻せない・・・・

                ありがとう・・


  

サクラ - 2001/07/11(水) 00:02<

本郷そして白山神社

本郷黒鍬屋敷跡からすぐ近くに
あじさい祭りの有名な白山神社がある。
また、すぐ近くには八百屋お七のお墓もあったりします。

白山神社の創開は古く、天暦年間(947〜57)に加賀一宮白山神社を
現在の本郷1丁目の地に勧請したと伝えられる。
後に元和年間(1615〜24)に2代将軍秀忠の命で、
巣鴨原(現在の小石川植物園内に移ったが、
その後5代将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため
1655年現在地に再度移った。
この縁で綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた。

この神社のあじさい祭りで、出会ったのは、歯ブラシ供養
	
歯槽膿漏は、はくさと言ったその昔。
白山神社ははくさの神と呼ばれ、江戸時代より庶民の信仰を集め、
歯痛の祈願に房楊枝を奉納した。
と神奈川歯科医師会のHPに書いてあるのを見つけた。
	
きょうかいさん、ピンクのトカゲさん、NA-NIさん、そしてカムイの子さんお元気ですか?

とんちんかん小僧 - 2001/07/10(火) 20:39<

続 黒鍬之者 (5)

 そこでうかがえるのは、知識・情報の交換である。
 東国に青木善左衛門という石切りの棟梁がいた。甲州浪人で
駿河田中郷にいたとき、北条早雲に見出され、配下の石切衆を
使って、小田原城をはじめ、八王子城・鉢形城・津久井城・
天神山城などの石垣を構築している。
 小田原落城ののち、子孫は家康に仕えた。家康は善左衛門の
造った塩硝蔵を見て感心し、“石屋”の屋号を与え、関八州の
石匠棟梁に取り立てている。宅地は日本橋にあったが、一帯は
善左衛門にちなんで、小田原町と称された。
 この善左衛門一党が、北条氏に属していたとき、隠密働きを
していた。諸国諸地方には、配下の石工が配置され、城など
機密に属する仕事にたずさわっている。石切りは石を求めて
山々に入り、山の漂泊者と交渉をもち、情報を得る、といった
具合で、いながらにして情報がわかった。
 それに、彼らは山々の険易を心得ているし、間道も知ってい
る。戦いに際し、こんな都合のいいことはない。家康はそんな
一面を含めて、重用したのである。        −つづく。


 春之助さん、“凄いもの”ありがとうございます。
 また、凄いもん見つけたら見せて下さいな。

にっちょ - 2001/07/10(火) 20:37<

石鯛釣り

ヤゾーさま。
これから石鯛を釣りに行って来ます。(釣れたらいいな)
私の後輩にアオリのヤエン釣りにはまってるのがいます、某有名観光温泉地の堤防へ毎週末出かけています。
釣果もそこそこ有るらしく(小型ですけれど)誘われているので、今度チャレンジしてみようかな。
とても面白そうですものね、

石鯛釣行記 後日報告しますね。
小暑に入るも大暑のような、暑さ厳しき折、お身体大切に。

ヤゾ− - 2001/07/10(火) 20:17<

7代遡れば先祖が128人

うみさん、はじめまして。

>ワクワクするんです。なぜかもう亡くなった母方の祖父の顔が浮かんでくるのです。

そうですか。
血が騒ぐんですね。
末裔だからなのかも知れませんね。
僕はサンカに興味があったり惹かれるというのは、
その血をどこかに感じているからだと思えて仕方ありません。
7代遡れば先祖が128人もいることになりますから、
そういった人がもっとたくさんいても可笑しくはないように思っています。

「瀬降り物語」を観たら、もっと好きになること間違いなしです。
今後とも、よろしくお願いします。

>春之助くん・やなとちゃいますよ

なにをアホなことを・・・(-_-;)
『春之助くんです』と僕にメールを出しておきながら(笑)
春之助くんって脱皮する蝉を見つけた犬の名前でしょ?

>それにひきかえヤヌコは...........アホです。

ヤヌコ?=タヌコ=タヌキのことです。
アホは僕です・・・m(_ _)m

うみ - 2001/07/10(火) 13:56<

はじめまして

 はじめまして。先週あたりからこちらをROMらせていただいております。
なんだか、興味を持っていることがほぼ同じ方々がいらっしゃるようでとっても嬉しいです。
といっても、難しい話、古文書の類には興味はあれど読む気力がなく、
ひたすら皆様の博識を「ほぉ〜〜」っと感心しながら眺めているのですが・・・。

サンカについては、つい最近知ったばかりですが、なんつーかこの〜。
ワクワクするんです。なぜかもう亡くなった母方の祖父の顔が浮かんでくるのです。
母の田舎(兵庫県と岡山県の堺の山間部)がすごく好きだったもので。

随分前から、「権力に従わぬ人々」が今の世の中において差別される側になったんじゃ・・
と漠然と考えていました。神話関連の○○退治しかり。
そのあたりのことを話せる相手が居なくてもどかしい思いをしていたのです。
このHPに出会えてありがたやありがたや・・・。
ヤゾーさん、感謝です!

「瀬降り物語」は過去ログにもありましたが、近所の某大手ビデオショップTSU○○には、
ありませんでしたぁ。今度、古いビデオばかり置いてるところで探してみます。

今日、夜9時15分からNHK総合「プロジェクトX」でマタギの話が出てくるようですね。
楽しみ〜。まぁ、番組の性格から考えてプロジェクトに焦点が当たるのでしょうが。

では皆様、これからちょくちょくお邪魔するかと思います。
よろしゅうに。

ヤナギムシ - 2001/07/10(火) 00:37<

ちゃいますよ

まいど・・やなです
 ヤゾーちゃいますよ
春之助くん・やなとちゃいますよ

  でもみんな・・なんか注目してますね
    カキコ少なくなってるもんね

あはははは・・・
  こんな熊野の風の吹き方もあるんや・・
       
       
   

やぞー - 2001/07/10(火) 00:03<

ねむねむ

ボケナスさん、はじめまして。
マムシ酒の詳しい作り方をご存知なんですね。
毒のあるものって身体によいみたいですね。
大スズメバチも蜂蜜に漬けたりして身体によいそうです。
また、来て下さい。

min-minさん、お久しぶりでした。
これからヤマガラが時折戻ってくるのではなくて、
次ぎの子育てまで、四六時中小屋の廻りを飛び回ることになります。
また少しヒナが増えてみたいで、賑やかさを増しています。
それとそれぞれ巣立っていった巣箱を覚えていて、
巣箱にたかって変な鳴き方をしています。

おユキちゃ〜ん。
ヒナがいっぱい帰ってきましたよ。
日に日に色んなことを学んで賢くなっているようです。
それにひきかえヤヌコは...........アホです。
餌を使っていない赤いホーローの鍋に入れると何故か怖がって食べません。
お陰で僕の使っている鍋を使って汁物の餌をあげました。
アホかちゅうねん。

春之助君&ミキちゃんへ
とんちんかん小僧君から春之助&ミキさんって誰ですか?とメールが届きました。
それはヤナさんです。
春之助君とミキちゃんがなんなのかは分りません。
で公園で見た凄い物ってなんですか?

>端柴売りのひえ吉、読みましたよ

randyさん、こんばんわ。
『鉢屋秀吉』は面白い小説でしたね。
小説の中では、自分たちのルーツを役小角と深く結び付けていましたね。
『風の王国』でもそんな感じでした。
同じ著者の『役小角』も読んでみたいです。

春之助 - 2001/07/09(月) 23:49<

こんばんわ  ミキちゃん

ミキちゃんこんばんわ
 見てくれてたんやね
すごいの、今日も探しに公園へ、行ってきました
ええ!!、今日も散歩に行くの!!?
 お父さんいやがってたけど

お願いして、誘い出しました
おとうさん、きょうはデジカメ持って行ってね  て言ったら
いいよ、て     ありがとね


  見つけました・・・
  やった    ミキちゃん後で送るからね
 ヤゾー兄ちゃんにも送っとこーと

ミキちゃん、お母さん大変だね
お母さんがんばってるんだから、ミキちゃんもお母さんのこと
応援してあげてよね

   寂しいとき、僕にメーールちょうだいね
  お返事書くから   ね!

それじゃ又    バイバイ

randy - 2001/07/09(月) 22:52<
端柴売りのひえ吉、読みましたよ。面白いですね。強固なネットワークがあったのだろうと
想定していましたが、ピッタリはまった感じです。家康が名前を変えたとこで、信長がなんか
一言いってましたね。史○説が入ってくるとまた面白いでしょうし、本能寺の展開も楽しみです。
年末が楽しみだあ。本を紹介してくれて、どうもありがとうございました。(^^)

おユキ - 2001/07/09(月) 12:53<

ピーちゃん

おミヨさんちのピーちゃん達の話しおもしろ〜い。
冷や奴が好きなんて可笑しいですね。
どんなきっかけで冷や奴を食べるようになったのでしょう。

ヤゾ−さんちのヤマガラのヒナも無事に戻ってきてよかったですね。
ふわふわしてまだヒナの面影が残っていてとても可愛いです。
甘えん坊のヒナちゃん達は見ていて楽しいでしょうね。

ミキ - 2001/07/09(月) 08:23<

春之助君ありがとう

ミキのかあさんは、最近、店2軒目、お父さん(倒産)にしてしまいました。
母さんは重い身体でやっと働きにでている。ミキは、毎日一人でお留守番。
表に車の止まる音がする度に、玄関(あるかないかの)に走って迎えにいくけど
足音は遠のき、後のシーーンとした静けさが空しいー。こんな毎日だったけど、
最近、捨て子を連れて帰ってきて、あたしに姉妹ができ、心の空洞は、なんとか
うまってきたの・・・。今度は二人で首ながーーーくして母さんの帰り待ってるのよー。
春之助君、すごいものみたって、何みたのーー??
それじゃーまたね。






ボケナス - 2001/07/09(月) 04:27<

マムシ酒について

このようなホームページがある事を始めて知りおどろいています。私も多少のアウトドア派です。蛇は気持ちが悪く嫌いですが出会うものは仕方が無い。過去に捕まえた事もあり食べた事もあります。
マムシは深い山奥に居ると思われていますが意外と近くの野山にも居るものです(念のため)しかしこの掲示板に出ていた髪の毛を燃やした匂いとかスルメの焼いた匂いに集まるとは思いもよらなかった一度試してみたい。
山の土木作業員に聞いた話:冬期にユンボで山の斜面を掘り起こしていると時々、冬眠中の蛇の巣を掘る事がある。蛇は元々低温動物ではあるが、かたまって団子状になって冬眠しているとので沢山出てきて気持ちが悪いとか、スズメバチの巣をうっかり誤って掘り起こした時は、さすがに危険だったとか。
マムシ酒:私たちはマムシが恐くて、それを殺して焼酎に漬けていた。この製法は誤りでよいものは出来ない。先ずマムシを生かした状態で一升瓶の中に入れる。そこに水を半分以上入れる事により何日かの間にからだの汚れが取れる。それから胃の中にある食べたものが糞として水の中に排出される。水を何回か取りかえる事によりすっかりマムシが奇麗になる。水を捨てそこに焼酎をビンいっぱい入れる。マムシは呼吸が出来ず苦しむ。その時苦しさの余り焼酎の中に毒を吐き出す。透明な焼酎がカゲロウのようになり確認できるとの事です。この毒成分として値があるとか。しかし私は効いたとは思えなかった。
この掲示板に群馬県でマムシの養殖・・・・とありましたが一度見てみたいものです。一年でどれくらい卵を産むものなのかとか。。。。。。。。。。

とんちんかん小僧 - 2001/07/09(月) 01:04<

続 黒鍬之者 (4)

 サクラさん、こちらこそ、ありがとうございます。
 調べれば調べるほど、奥の深さに驚きました。
 いい勉強させてもらっています。

 Donglyさんが書かれた内容と重複しますが…。
 最後まで書きませう。


 また、石切り、石積みを業とする石工も、黒鍬の名でよばれことが
ある。石工といえば比叡山東麓の穴太(あのう)衆が有名だが、彼ら
も黒鍬として働いた時期があるし、げんに北陸の海岸筋や四国吉野川
流域の一部で、石垣築(つき)を黒鍬と称している。
 石工はまた金山衆と働きの場が交差する。金掘り技術はそのまま石
波(いしば)の工法であり、石材丁場は金掘り場に重なっている。
 さらに、石切丁場で石を切り尽くすと、石を求めて別の山へ移動す
るが、金山衆も動く。同じような山の漂泊者だといっていい。この山の
漂泊者に、木地師があり、山伏があり、流浪の芸人も含めることができ
るだろう。                      −つづく。

春之助 - 2001/07/09(月) 00:39<

こんばんは

みなさんこんばんは
  きょうは、おとうさんもみんな朝から居なくて
兄ちゃんと二人きり
その兄ちゃんも、バイト、夕方から留守    
寂しいなぁ   ふとミキちゃんの事思い出したので
メールかわりに、ヤゾーさんとこに書いてみました
お元気してますか
 あのすてきな目思い出しました
さっきお父さんが帰ってきて   家にばかりいたらあかんと
 近くの公園に散歩にいきました
  そこですごいもの見ました
年に3度くらいみるので、こんどお父さんにたのんで
デジカメに撮ってもらいます
 変しい変しい        ミキちゃんへ

min-min - 2001/07/09(月) 00:32<

ヤマガラ有情

ヤゾーさん、こん〇〇は。

ヤマガラの親子(どれがヒナやら親なのか?)の写真拝見しました。
こうして親子でヤゾーさん家に時折戻ってきて遊んでいくんですね。

いや〜、ヤマガラ有情だなぁー(T_T)。

min-min@横浜

ヤゾ− <http://www.kumanolife.com/Topics/7_8.html> - 2001/07/09(月) 00:20<

八切止夫氏の愛猫タヌコの話し

>冷やっこを食べながら待っております(でも、頭の大きさもたべられないなぁ...

いんや、サクラさんだったら食べられます・・・(-_-;)
ゴメンナサイ、二度と言いません・・・m(_ _)m
本郷は如何でしたか?

>ヤゾーさん、“時”がきたら購入しますよ。まだまだ、先のことだけども。

人に買わして読もうなんて甘かったか・・・(>_<)

>ほんま・・わしも偽善者やね・・ぇ
          けけけけ

みんな偽善者。自覚しているだけ立派だと思います。
せめて気づいた人だけでもゴミを捨てなければ、
それだけで随分違ってくるのかも知れませんね。

>昔敗者自称するヤゾーさん、今や志はHight者!!皆さんハイ!

なんだか分かりませんが、なんだか嬉しいです。
前にDonglyさんが仰っていた、お金の要らない生活を目指してがんばります。

誰が名付けたかはしらねども、我が家の野良タヌキをタヌコと呼ばれて、
その名前を何処かで聞いた気がして気になっていました。
分りました。
それは、八切止夫氏が20年間飼い続けた愛猫の名前であったのです。
さすれば、名付けたのは八切止夫氏の本を殆どお持ちのおミヨさんに違いありますまい。

八切止夫氏の著書からタヌコに関する箇所を抜粋しました。

自滅する時には殺さねばと案じていた20年11ヶ月のタヌコが、
本書の脱稿時に老衰で自死してくれた。一日18時間は座っているので、生涯一度も
抱いてやらなかった猫だが、唯一私のファミリーだった。後顧の憂いをなくしてくれ
た猫に本書を捧げたく、寂しさに涙して前書きとす。

ヤマガラのヒナが少し大きくなって帰ってきました。
そのヒナの様子をページにしています。

Dongly - 2001/07/08(日) 13:44<

隠語ありがとう

にっちょさん。有難うございます。どの業界語でしょうか?
「天切」サンカ語で屋根を破って侵入する盗人。ですがこれだけでは
不足。天は目で見える最上部、天=あめ=飴=雨で、桐=切り=断つ
=立つと通じて、「霧」は最上者の務め果たす者。「天切」殺し屋兼
ねた見張になります。可児才蔵・霧隠才蔵に「才」が入り殺しを強調
します。才の神・幸の神は柳田民俗学とは違うのが実相のようです。
きょうかいさん。ヤゾーさん。
歯医者は江戸期に、弟子が傍らで小刀もてあそび客寄せし、太刀振
り廻す「居合抜」や「独楽廻」で盛り上げ、「膏薬売」「歯磨粉売」
する準賎民と、阿部弘蔵『日本奴隷史』にあります。美空ひばりの
「七変化」はこの事実を漫画化したものですが、かかる七変化の
特技からすれば素性は「いぼろ」「蜂屋」かもしれません。
 昔敗者自称するヤゾーさん、今や志はHight者!!皆さんハイ!
サクラさん。
 八屋=八谷=蜂谷は皆同じ。大名でない小名の蜂屋は、秀吉検地の
最高責任者。美濃の蜂屋柿はとっても、うま〜い。
向ケ丘の黒鍬屋敷→写真館+弁士→銀行とか。臭いますね。法務局の
土地台帳や課税台帳がにおいの元を教えてくれます。
とんちんかん小僧さん。
黒鍬師は石材(石工)、石垣職人、材木(筏師)、竹材(竹屋)、大工
、金物(鍛冶屋・たたら)とも関係ありです。このためこれら職種に
居付サンカや「渡り」も多いようです。御用黒鍬頭は、江戸期作事奉行
下で被差別部落で土木工事の頭。甲州金山師には目付役伊賀者の上位に
あって被差別部落の目付も。関連苗字に含む漢字に「覗く」の意味が
あり、「除く」対象を「覗き」続けていました。信州では里で馬の蹄鉄
作りの鍛冶屋稼業もしてました。「覗いた」ために「除かれる」のでは
なく、「除く」ために「覗く」のです。
 7月13日からの探訪会では但馬黒鍬師「但馬者」の息遣いが大地
から聞こえる「木の葉積み」を見ることができるます。都会はゴミが
「野積み」で、公園では青テント・サブリの「野住み」が世相です。
ヤナギムシさん。夏です。紺碧の海をHPで紹介します。

ヤナギムシ - 2001/07/08(日) 03:09<

どないしたんや!!

ううう・・・
  喉でも詰めたんかいな・・よう噛んでたべなあかんよ!!

   梅雨の切れ間の・・晴天
    空気も乾燥していて
     サラサラ気分で、ええ感じです

あすは、映画でも観てきます
  邦画やけど・・観たかったんで
   ほたる・・てやつです

  なぜか・・・経験したわけでもないのに
   わだつみ世代のはなし・・・
     忘れてたら・・あかんのですね

   回りの人が、忘れてないのに
    なぜかこの国のひとだけが・・・

    今の若者を・・育てた者の責任・・・・・・

     責任・・自然は、もろい・・・
      人の心のようにすぐ傷つく
       釣り人のゴミ問題・・・今は紺碧の海だけど・・
      美しくみえる海だけど・・
        回れ右したら、ゴミの山・・せめて・・自分だけでも・

  気が付いたら・・メスばかり・・環境ホルモン・・
   自然のしっぺがえし・・
           人類だけが、例外そんなことありえない
            毎日毎日ギシギシ・ハブラシ
              カビがはえたら・・カビキラー
           下水がくさいぞパイプマン
       真っ白洗濯きもちいい・・
  そんな水・・流して流して・・どこいくの??

   ほんま・・わしも偽善者やね・・ぇ
          けけけけ

                 いやな性格の・・ヤナでした

とんちんかん小僧 - 2001/07/08(日) 02:39<

続 黒鍬之者 (3)

 7/6/13:04の最後にも触れたが、信玄は土木工事をおおいに
行った武将だった。川の堤を築き、棒道(ぼうみち)を造るなど
、知られた足跡がいくらでもある。いずれも手慣れた黒鍬之者の
力がなかったらできない。
 むろん、戦争にも参加している。
 二俣城攻撃にあたっては、大きな材木で筏を組んで流し、天竜川
に突き出た井楼を打ち壊した。敵はまもなく開城した。
 武蔵の松山城を攻めたとき、城の横脇から掘り進み、半分以上も
崩してしまい、降伏させた。
 三河の野田城攻めでも、この手を使った。同城は本丸、二ノ丸、
三ノ丸がそれぞれ連繋(れんけい)していたので、その間を掘り
崩したうえ、本丸の真下に何本ものトンネルを掘り、水脈を断った。
 城はまもなく開城した。
 これら知られた話は、いずれも甲州諸金山で働く金山衆によって
達成できたといわれる。彼らの堀削技術は、当時もっとも優れてい
たはずだった。金山衆はそうした金山で働く黒鍬之者にほかならな
かった。                     −つづく。


>理解するためには、同じ著書の『役小角 異界の人々』『続
>役小角・神の王国』を読まなければなりますまい。

 ヤゾーさん、“時”がきたら購入しますよ。まだまだ、先の
ことだけども。

サクラ - 2001/07/08(日) 01:55<

ううう...

八谷→鉢屋です

涙....

サクラ - 2001/07/08(日) 01:52<

夜風涼しく...

とんちんかん小僧さん、donglyさん、
黒鍬者の話ありがとうございます。

本郷(駒込)肴町、今は向丘二丁目と名を変えた黒鍬屋敷跡
江戸から明治に入り、活動写真館になりギター片手に弁士が語っていたそうな..
それも今は消え、かたい銀行の建物に現在は変わっています。
でも、明日、いってみようと思っています(^^)


>とんちんかん小僧君へ
>『鉢屋秀吉』をより理解するためには、同じ著者の『役小角 異界の人々』『続 役小角神の王国』
>を読まなければなりますまい。そして読んだら貸して下さいませ。

そうですそうです。
そうして、やぞー様、「八谷秀吉」を含め、わらわにもかしてくだされませ。
冷やっこを食べながら待っております(でも、頭の大きさもたべられないなぁ...
ぴーちゃん,あなたはえらいです!)

ヤゾ− - 2001/07/08(日) 00:03<

役小角 異界の人々

にっちょさん、こんばんわ。

>でも一番の猛ドクを持っているのは人間だと思います。

南紀の磯は本当に綺麗です。まだ魚もたくさん泳いでいます。
でも残念ですが時間の問題かもしれません。
釣りに来ている人の6〜7割りの人が平気でゴミを捨てて帰りますし、
環境ホルモンとやらの原因なのか貝が異常に減ってきています。
劇的に人間が変わらないと、自然も人間も汚れる一方ですね。
まだ綺麗なうちに釣りに来て下さい。案内しますよ。
隠語、お詳しいですね。

>歯医者にサンカ系が多いようです。
>大体、開業医などは、ほとんどよそ者で形態的には、イツキでしょう。

Donglyさん、きょうかいさん、こんばんわ。
その話しはもの凄く思い当たることがあります。

こうなると白状しなければなりますまい?
そう僕が小学1年の頃でした。人並みに初恋とやらをいたしましたのです。
町医者の娘でございました。と、それはほっといて、サンカに関心を持ち始めてから、
どうもその町医者の一家がサンカの流れを汲んでいるような気がして仕方ありませんでした。
今では、ほぼ間違い無いのではと思っています。
ちなみに親戚にも歯医者がいますが、僕の場合は只の敗者だと言われております。

とんちんかん小僧君へ
『鉢屋秀吉』をより理解するためには、同じ著者の『役小角 異界の人々』『続 役小角神の王国』
を読まなければなりますまい。そして読んだら貸して下さいませ。

【内容】

修験道の開祖にして日本の古代史上最大の呪術者=役行者の実像を、伝説から解き放ち、
緻密な考証と大胆な想像で描ききる書き下ろし長編史小説。 白村江での大敗から壬申の乱へ、
動乱の倭国を背景に繰り広げられる賀茂(神)の民たちの怒りの戦い。
天下二分の計により天武と結んだ小角は、山の民のカスミを駆使して賀茂の民の自立を目指す。

とんちんかん小僧 - 2001/07/07(土) 15:11<

続 黒鍬之者 (2)

 昨日は、目付の下にある下部組織であると述べました。
 ここに、当時の証言がある。
 
 幕藩時代に目付や町奉行、作事奉行を歴任した山口泉処
(元駿河守直穀)という人が、目付の配下系列につき、
 「部下と申しますのは、御徒目付・火の番・御小人目付・
御中間・黒鍬・御小人等(中略)。その他たくさんあります」
 と述べたあと、黒鍬はなんですか、の問いに対し、
 「あれは小使のような者です。僕(しもべ)ですナ」
 と、至極そっけない返答をしている。
 (『旧事諮問録』より)。

 次回は、もう少し、Donglyさんも納得するような話の
展開にもっていきたい。今回までの2回は、あくまで
黒鍬之者についての一般論である。お楽しみに!!

にっちょ - 2001/07/07(土) 14:45<

ドクあります

海の生物は自分を守るドクを体にすべて持つそうです。タダそれが相手に対して致死量になるかならないか
だそうです。(ちなみに箱フグは表皮) でも一番の猛ドクを持っているのは人間だと思います。
食べ物の話に戻りますけれど。なめろう とか 焼きさんが も美味しいですよね。
>釣りバカ日誌
すてきな磯ですね,海の碧さが目にしみます、私の住む関東の海は汚れに汚れてます、首都圏は人間も海も
汚れちゃうのかな?(私も含めて)
>隠語
スグロク=ひよこ テンキリ=見張り カンメ=格上 少しですけれど くだらないカキコミでもうしわけありません。
まずはお知らせまで。  かしこ

きょうかい - 2001/07/07(土) 12:58<

漂泊からイツキへ

Donglyさん
 尾道久保町に「久保町逗留願控」が残っています。これは文化15年から
 天保11年まで13年間の宿泊者名簿です。この中の職業には、
 練薬小売、按摩、医師、売薬、もみはり、入歯細工、口中療治などが、
 記録され、平均1ヶ月くらい逗留して、商売をしたようです。
 漂泊商人といったところでしょうか。
 大体、開業医などは、ほとんどよそ者で形態的には、イツキでしょう。
 白衣という印をつけて区別されています。

ヤゾ− - 2001/07/07(土) 11:45<

緊急報告

先程、テント生活をしながら竹細工をしているという老人の調査を依頼していたトモダチから電話がありました。
今、 老人の所在を確かめて、家の前にいるとのことでした。
噂ではテント暮らしとのことでしたが、どうやら違うようです。
そして竹細工も籠とかではなくて玩具のようなものらしいです。
家には誰もいなくて直接話を聞くことが出来なかったそうですが、
どうも違うような気がするということでした。
でも、な〜んか老人の事を訊ねた人がみんな何かを隠しているような気もするそうです。
とりあえず、住所と電話番号は後でメールで教えてくれるそうなので、
届き次第、利田ヤゾウに報告しておきます。

おミヨさんちのピーちゃんの話し、可笑しくて楽しいですね。
冷奴に夢中のピーちゃんも可笑しくて可愛いけど、
身体が何倍も大きいのにセキセイのピーちゃんに遠慮しているオカメのピーちゃんも可愛いですね。

おミヨ - 2001/07/07(土) 09:23<

Donglyさん皆様おはようございます。

いつもご丁寧にレスしていただいて有り難うございます。

ヤゾーさん おユキちゃん
うちのピー娘(セキセイインコ)は夏バテ気味、だから冷奴で夏バテ解消してあげてる。??
冷奴だーーーいすきインコ、自分の頭の2倍ぐらいの冷奴ペロッと!!
杯に冷奴いれ籠に入れると「あッ冷奴だーー」といったかどうだか知らないが、視線はまっすぐ冷奴に
とまり木の上で左右ウロウロ、やおら下りてきて食べ始め、オカメインコが食べたくて近寄ってきても
キキィと威嚇して一人占めーー。。そういえばサンカチーズ食べさせてあげなかったわいん。

ヤナギムシ - 2001/07/07(土) 00:26<

はこふぐ

はじめまして・・にっちょさん
      箱ふぐほんまに、毒おませんのんかいな?
    皮のぬめりに毒があるなんて聞きますけど??!!
わたしの、釣り仲間・・ほんまにおかしなもんが好きです
極めつきが・・ゴンズイ・・釣れたらもってキテッテ・・
  あほけ!!刺されたらどないすんねん!!

     クサフグも食いよるし

   磯で鍋した時、だまってクサフグ食わしよった
    なんちゅうやっちゃ・・ほんま・・まだ死にたないのに!!

   そや・・おミヨさん・・丹波の黒豆の枝豆あれはうまい・・
  もんさん、山から下りたら・・ううううんビールやね!!

  Donglyさん・・たまには・・むつかしい本おいといて
     ジョッキも凍らして・・グビグビいってください

 ピンクのトカゲさん・・あなたは・・テスト無事にすんでから
    おもくそやってね・・

    あはははは・・

       うまいこと・・言うて
          また・・飲んでます

     おこちゃまは、呑んじゃだめ!!
           
           けけけけけ・・・

         

Dongly - 2001/07/07(土) 00:25<

六十六部+黒鍬師

おミヨさん。
「六部」は備後で巡礼。広島双三郡で、菅笠を被り前へ袋を下げて、鉦を
叩いて経を読んで門に立つ者。観音開きの厨子に観音を背中合せに背負い
庭の入口で経を読む。とありますが、三次市辺りではサンカの業でした。
 乞食の渡世とされる「六十六部」の事です。
 六十六部とは法華経の文書で、各霊場に一部づつ納める事を名目とする
もので、「六部」の「六」と殺傷・死は関係ないようです。
 彼らが里の者達から「いえにえ」とされた歴史は「六部殺し」として、
さまざまな町村史民俗編によくでてきます。
 とんちんかん小僧さん。ありがとうございます。
 大阪夏?の陣で、後に「石見百姓」と呼ばれる石見銀山黒鍬、後に「但馬
者」とされる生野銀山黒鍬が、競って大阪城落城のために地下トンネル工事
をして、予定3ケ月の工事を3週間?で完成したそうです。確か石見黒鍬の
勝ち。黒装束と黒覆面をしてようです。この土木工事の黒鍬技術はサンカの
「うぐらもち」「もぐら」「天切」「腰巻破り」「耳切り」「娘師」などに
受け継がれたと予想します。
 この黒鍬頭は北陸で「のノ字の者」と呼ばれます。歯医者にサンカ系が多
いようです。江戸期は黒鍬師も医者も賎民です。江戸期太田川の流れを変え
て藩の米の飛躍的増産を達成した黒鍬の子孫に歯医者がいます。歯をドリル
(業界語ではエンジン)で削りながら「私はどうせ土方みたいな者ですから
・・」と言ってました。かつては開拓地に広大な土地を持っていたようです
から黒鍬頭筋でしょう。

 
 

ヤゾ− - 2001/07/07(土) 00:07<

香具師の隠語

玉置神社広報の会さん、はじめまして。
こちらこそ、なにか面白いお話があれば教えて下さい。

にっちょさん、はじめまして。
魚のことにお詳しいんですね。
なんだか美味しさが伝わってきました。

ピンクのトカゲさん、合格をお祈りしています。
それにしてもハンドル名の由来には驚きました。
その当時の写真があれば見てみたいような怖いようなそんな感じです。

確か、おミヨさんって花火が好きなんですよね。
話が飛びますが、ピーちゃんたちは元気にしてますか?

>ヤゾーさん。自分の事を「あ」「わ」と言ったのは山口県だそうです。
>最近愛媛県南部の数箇所、松山市砥部町あたりでも老人の中に、
>自分を「あ」とか「わ」と言い、相手を敬語的に「おまえ」というそうです。

Donglyさん、阿波の国とか淡路島は関係ないのでしょうか?
ふと思いまいた。

とんちんかん小僧君に借りた『鉢屋秀吉』は面白かったです。
まるで、ここの掲示板を参考にして書いたのではと思うくらい、
今まで話題にしたものが出てきます。

しかし、鉢屋や信長のルーツを渡来系、しかも百済とするのには納得ができませんでした。
百済といえば仏教をもたらした支配者層の人たちだとの思いがあり、
何ゆえに賤民となったのか理由が分りません。
原住民と融合したというのなら、その理由も理解できるのですが。
それとも渡来してきた百済人の中には倭人に近い人たちが別にいたのでしょうか?

香具師の隠語
 
ゴラン=子供、ケズむ=貶む、ガイキチ=きちがい、バタコウ=乞食、バイ=商売、タンカバイ=口上商売、バイネタ=商売品、
ロク=仏、ビタ=旅、ロクマ=易者、ブショウシ=賭博師、高市(タカマチ)=祭祀、タレこむ=密告する、ゲソマツバ=靴修繕針、
ムショ=刑務所、サマバア=婆様、パイオツ=乳房、ドエ=東京、ヘギバ=寝場所、ネリ公=シラミ、スイバレ=雨降、ゾウヨ=炊事、
キスグしてる=酔っぱらっている、タチケン=立見、ガツ=正月、ネタ=材料、ジン=人、ノリサマ=汽車賃、ランパリ=服、
タンカ=口上、モンモン=入墨、トハをおる=サクラになる、バイナマ=売上金、サンズン=三寸台、コバイ=汽車で商売、
アイクチ=仁義、ベテン=頭、ハクい=良い、 ゴロ=喧嘩、 ゴト=いかさま、 ナシ=話、 タク=口上、 トモ=元、 ニワバ=縄張り、

面白いですね。

おミヨ - 2001/07/06(金) 20:52<

夏だ!枝豆 ビール スイカ 花火大会・・・・・・

ピンクのトカゲ様、試験頑張ってください。
そして三河の花火師の世界を楽しみにしていますので書きこみしてください。

Donglyさん
駿河町の越後屋呉服店は元来は大衆向きで「上物なく。上物は本町にてととのえることなり」とあり、
その後、大丸屋、白木屋が勃興し、現在の三越、大丸、つぶれた東急(横井秀樹乗っ取りで東急に)
と発展していくが、上物のお買い物は二本橋の本町で呉服店の発祥地。家城太郎次という者が、
寛永6〜7年頃京都より初めて江戸にくだり、常磐橋にて、腕に呉服物をかけて振り売りしていたが、
だんだん買い手が増え、腕の変りに竹馬を作り、これに呉服物をかけてあきなった。其れ以来、京、
大阪から呉服商人が集まり、この、家城が江戸の呉服商の元祖で、竹馬あきないの創始者で、本町は
呉服一式の町筋を現出するようになった。が、時代とともにデパートに押されていったと。

6部殺しってなんでしたか?そんなものありましたっけ?符牒の6と関係ありましたでしょうか?

とんちんかん小僧 - 2001/07/06(金) 17:02<

続 黒鍬之者 (1)

 Donglyさん、サクラさんへ

 黒鍬之者についての追記があります。忍者ではないといいました
が、そうもいいきれない事が分かりました。
 ですが、御庭番ではない事はたしかです。江戸幕府役職一覧によ
ると、若年寄の配下の役職である、目付の支配下組織に、
 
 先手与力――先手同心
 徒目付組頭――徒目付
 火之番組頭・西丸火之番組頭――表火之番
 御貝役・押太鼓役
 黒鍬頭――黒鍬之者
 浜吟味役
 掃除頭――掃除之者・桜田御用屋敷掃除之者・紅葉山掃除之者
 徒押
 挑燈奉行
 中間頭――中間目付・中間
 小人頭――小人目付・小人
 駕籠頭――駕籠之者
 台所番
 目付支配無役世話役
 桜田御用屋敷門番人
 (これらは、天保[1830-44]末年頃の状況を示したものの一部である。)
                                −つづく。

Qongly - 2001/07/06(金) 15:02<

忍びと符牒

 サクラさん。とんちんかんさん。
 実は江戸期からある集団は、特に工・商・芸関係は幕藩体制維持のための
「忍び」「目付」「必殺」などの仕事を役として持っていたいたと考えられ
ます。被差別者も下層は番太(警察官)・目明(刑事)ですが、「お役人様
」と頭を下げざるを得ない歴史でした。各県警内部では今でも多数派ですが、
先進国のうちで「警察官労働組合」のないのは日本です。
 警察の腐敗と堕落をなくすためにも是非、強い組合を作って欲しい。
TVでは刑事とヤクザや悪漢の使用する語が同じのような印象です。符牒を
使うからといって元、忍びとは限りませんが、呉服屋(といっても古着屋。
番太→古着屋→呉服屋が圧倒的に多いみたい)の符牒で使用頻度の高い数
字ですので、示します。Eを除いて明治期です。
   1  2  3  4  5  6  7  8  9  10
A  俵  笑  酒  中  如  才  事  敷  蔵
B  元  千  夕  吉  大  才  末  平  川  上
C  元  千  原  勇  吉  大  才  末  平  川
  材木屋・大工の符牒
D  本  ろ  つ  そ  れ  た  よ  山  き
E  はん ろ  つ  そ  れ  た  よ  やま きわ
 AとBは異なる系譜、Bは太物(反物)や足袋を売る呉服屋でCも同じ系統。
Eは2チャンから収録したペンキ屋符牒で、Dと同じ系統でしょう。数字の
うち1と6は「暮ムツ」や東京六本木(近くに青山という葬儀場と墓場まで
準備されています)の如く「殺す」「死」の意味ですから、この系統の忍者が
「必殺」指令を受けた時は、1と6を示す符牒が使われたと推測します。
 私娼「饅頭舟」の縄張りだった葦茂る湿地帯・浅草に「治安のために便利
です」と売込んだのは、新羅系か置部系の賎民とされる「てて」「てて筋」
の庄司甚内でした。政治献金で幕府幹部を動かし、安くて直接交渉可能な、
小×君より人気のあった「夜鷹」は、目明(岡引)を使い弾圧・捕縛して
吉原永代奴に。「亡八」や伊賀者崩れの「町乙名」どもが「会所」で女郎
候補の人身売買に関与。男は「高いものを買わされました」。
吉原は華やかな所でしたが、女にとって、そこは「生き地獄」でした。
吉原遊女の「投げ込み塚」の上で国技の相撲をやって喜んでいます。
それゆえ、私は相撲を「酷技」と記します。

にっちょ - 2001/07/06(金) 14:57<

美味

箱ふぐ
こんなに、美味しいサカナは他にございません。
調理方法
腹を裂き内臓を取り出す(ほとんど腸と肝)
味噌、長ネギ(刻む)、酒(少々)を加え分量は好みで
箱ふぐの空になった腹に、内臓共々戻します

磯などのたき火の残り火に、くべます。逆さまに丸焼き。
見た目真っ黒でグロテスク。でもクセになる美味しさ。
一度お試しあれ。(箱ふぐは内臓を食するものです)

とんちんかん小僧 - 2001/07/06(金) 13:04<

皆さん、レスありがとうございました。

 Donglyさん

>ここの餡餅は美味!!

 私、甘党でモチ好きなので、この言葉が目に焼き付いてしまい
ました。うまそうですね。食べたくなってしまいました。

 おミヨさん
 京都の西陣の織り元等の呉服屋系統もですか。
 色々な情報網によって知られていない事が、わかっていく
事は、すばらしいことですね。

 randyさん
 
>網〇史観を使ってみたら、いかがでしょうか

 今すぐにって、使用するのは無理(難解)でしょうから、
もう少しレベルアップしてから、ガンガン使いますので。

 サクラさん

>江戸城の御庭番をしていたとかの黒鍬屋敷というのが
>在りますが、やっぱり、忍者だったのですか?

 黒鍬之者…ルーツは戦国時代の土木集団ですが、元々は農耕の
     日雇い人の称である。それが戦争で城を築いたり、
     濠を掘ったり、道をつけたりなど、土木作業にたずさわ
     って功を立てたので、いつしか土工集団―工兵の代名詞
     になった。(『軍法極秘伝書』より)
 
 忍者では、なさそうです。武田信玄が作らせた釜無川の堤防
(信玄堤)は彼らの足跡を現在に残す有名な遺跡です。

ピンクのトカゲ - 2001/07/06(金) 07:33<

イッテキマ―ス。ガンバリマース!

一週間、仕事から離れるって事で、この一月、仕事・受験勉強とも多忙でした。ふと息抜にと思って、『サンカ』で検索かけたら出てきたこのサイト。試験直前のイライラ解消できました。スミマセン不純な動機で・・・
Dongulyさん
あなたのサイトから『俘囚』経由で『風琳堂』のサイトと繋がってるんですね。去年は、二次試験終わって一月ぐらい風琳堂主人の『女神』探索に付き合わされました。
サクラさん
何でピンクかって?
それはですね。私が高校生のとき、バイト先で知り合った憧れのおねさんがいましてね。
もともと爬虫類ぽいって言われてたんですが、私が二十歳そこそこの頃、ピンクに紫が混じったバティックのシャツにラルフローレンのリザードのタッセルを履いていまして、それで『ピンクのトカゲ』って言われるようになったんですよ!
さぁ午前中に、残りの仕事回して、昼から試験受けに上京しますか。
じゃぁ皆さん一週間ご無沙汰します。これからもピンクのトカゲChanを宜しく!!

玉置神社広報の会 <http://www.ne.jp/asahi/network/tamaki/> - 2001/07/06(金) 07:07<

霊峰 玉置山・玉置神社読本

玉置神社はいかがでしたか? 玉置神社広報の会という私的なページで玉置神社を紹介させていただいています。残念なことに玉置神社のかなりの古文書が流出してしまっており、殆どが伝承となっています。
僅かながら天理大学や奈良在住の方が所有していることが判っていますが、古文書、伝承、なんでも結構ですのでお教えください。

やぞー - 2001/07/06(金) 00:35<

カメツリ

みなさま、こんばんわ。
ホントに暑いです。
3日ほど山小屋を留守にして、昨日戻ってきましたが、
閉め切った小屋の温度がハンパではなかったです。
ロフトで50度もありました。
多分、ダニも死に絶えたのではと期待しております。

おユキちゃんの名前が涼しさを感じさせてくれます。

きょうかいさん、ご丁寧なメール、ありがとうございました。
前にチャットにてサクラさんとの会話で、
僕が「きょうかいさんって好き好んで自ら賤民に出自を求めていて面白いね(ここの人の殆どがですが?) 」と言うと、
「それは本当に自分のことを大切にいている方だからだと思う」というようなことを言っていました。
メールを読ませて頂き、本当にその通りだと思いました。
お返事は明日にでも書かせて頂きます。

>出自を由緒正しい所に繋げるのは常套手段です。

自分に自信がないからでしょうね。

おミヨさん、サクラさん、夏ばてしないようにね。


10年ほど前に和歌山県の飛び地である北山村、奈良県の下北山村の辺りをうろついたことがありました。
その時に妙にサンカの匂いみたいなものを感じていました。
それから随分月日が流れて、サンカを取り上げたHPを運営するようになってから、
図書館で北山村・上下北山村村史(誌)を調べてみたことがありました。
その時のことを2000/08/18(金) 00:29 の掲示板にも書き込んでいますが、
下北山村村史にはサンカのことを、『カメツリ』と呼んでいたことが書かれてありました。
そして割合に詳しくサンカのことや村人との交流みたいなものが書かれてありました。
今まで、色んな村史(誌)に目を通してきましたが、
サンカのことを詳しく書いてあったのは下北山村村史が一番だったかも知れません。
一度、探して読んでみて下さい。

サクラ - 2001/07/05(木) 23:51<

夜中お見舞い申し上げます

きゃーおミヨさん!
      おひさしぶりです。
          元気そうでよかった...

おユキちゃんも声聴けて...ほっ!
      ほんとうに、皆さんの話はその人その人の想いが伝わって
          読むのに一生懸命になってしまいますよね。         

あのね、
きょうかいさんの「風の大国」に
     自分のおなか見てはっとしてしまった..
       あはは、違うって...安心安心(^^)
           ここって、一字訂正できないんだもん..ね

ここのBBSの風の王国はおとずれる人もなく...
     でも、ひょっとして、一つのテーマを語るのに
           適してるようにもおもいました。
               真夜中の会議室もいいのかも?

それにしても、ピンクのトカゲ様
     なぜにピンクなのでせうか?
        ブローチにしたらかわいいかも!?
             なんてしょうもない事考えているのは
                  この暑さのせいでしょうか?

今宵も、インターネットカフェのPCの前
  自宅のPCの前の貴方に
     そして、和歌浦で哲学している犬たちにも
         ドイツで音楽している貴方にも
               夜中お見舞い申し上げます。
                     皆様、ご自愛下さいませませ...  

PS・とんちんかん小僧さん
    我が家の菩提寺の近く、東京の白山に、
    江戸城のお庭番をしていたとかの黒鍬屋敷というのが在りますが、
    やっぱり、忍者だったのでしょうか?

ヤナギムシ - 2001/07/05(木) 23:24<

day after day

来る日も、来る日も・・
  日は繰り返される

    なんにも、語らない人々
     だまって・・ただ見ている・・
      真実・・・は、・・

    ただ、黙ってみているしかない
        インデアンの長老のように・・

  深いシワだけが、真実を見つめようとしている

       day after day

          

randy <http://www12.freeweb.ne.jp/sports/randy2/> - 2001/07/05(木) 22:18<

無題

>とんちんかん小僧さん

思い切って網○史観を使ってみたら、いかがでしょうか
商売人や専門業種の民のカテゴリは自由民なわけで、それに別角度か具体性が入れば。。。
ある意味、寺社仏閣との繋がり(神供人など)がわかればキッカケになるような。。。
なんて上手くいくかなあ???

おミヨ - 2001/07/05(木) 22:13<

皆様 おあつーございます。


とんちんかん小僧さん
薬種商や呉服店も、忍びの情報網として利用されていた。
隠密が諸国み向けて出発する時、千代田城から直接、大丸呉服店や越後屋呉服店の奥座敷に入り、
そこから任地に出発したという。呉服屋の系統にある織り元、染物、古着屋なども、忍びに関連
した家がおおいと。「万川集海」その他の忍び関係の古文書を伝承する、忍びの家系で大原家
京都西陣の織り元、大原勝井家などが一例である。名和弓雄「忍びの者、流転の系譜」より

やぞーさん
調査 取材ご苦労様です。

ヤナギムシさん
北海道でも動物の虐待・・・・・・・・・・・言葉がでない。

Dongly - 2001/07/05(木) 21:22<

なるほどTHE風月堂

とんちんかん小僧さん。
 老中水野の探索御用隠密元締が風月堂!!昔、その選挙のバイト応援
された方からの話ですが、候補者は代々風月堂の庭子だった、という話。
『朝日と読売の火ダルマ時代』の正力松太郎と同じコースで、ミエミエ
プレーで有名。風月堂が「上忍」ならこの方は「下忍」となりますが。
 しかしどう見ても・聞いても世論の95%は「下品」といいます。
 紀州からサンカ大名浅野(八切説)についてきた三河屋。老主に郷
土史屋が聞取りしましたが、1970年代でも教えなかった筋金入り。
間違いなく隠密系。三河屋家紋は菱形の中に沢山の菱形がある「別所」
家紋で、サンガ屋とも読めます。ここの餡餅は美味!!
 とにかくお御用「菓子屋」は「おかしい」となります。
 *忍びの仕事は「必殺」もありますので、甘い物は武器です。

ふぁる - 2001/07/05(木) 17:12<

もろもろ

よくある系図の捏造と同類だと思うのですが、出自を由緒正しい所に繋げるのは常套手段です。
信用できる継承は、唯一、行動様式、もっと判りやすく言うと、習慣に現れる独自性です。

ある集団が、大昔から山で暮らしていて、遠隔地との交流手段を持っていたのであれば、それは
ひとつの文明を形成していたに等しい、揺るぎの無い生活をしていたと言えるでしょう。
それは、交流手段の符牒を維持できている事から、そういえると思うのです。

交流が薄まった時、全く別の集団との交流が生まれた時、以前から持っていたその符牒を使うでしょう。
それが変形していくでしょうが、目的は同じ筈、また、孤立してしまった集団にとっては符牒が特別な
意味を持つ振る舞いとして保存されていくでしょう。

今、その中からくみ出せる要素は集団にとっての「意味」あるいは「価値」であって、時間的なものは
物証が残っていない限り、よほどの事件と結びついていないと、推測する事さえ赤面ものです。
(今浮かんだ例としては、ゾロアスター教の初めと、皆既日食の関係とかは、何年何日までわかる。)

在野の研究者による昂揚感に支えられた研究成果が重きを置かれないのは、この辺を忘れているか、
思慮の外にあるか、だからでしょう。
無形の習俗を取材する記録自体が希少になっています。せめて考証だけでもちゃんとありたいものですね。


そう言えば、すふぁらでい、アシュケナージ・ジューの話、アーサー・ケストラーの事とか出てましたね。
あれの訳本が問題です。だって「宇野正美」ですよ。私も持ってますが(「ユダヤ人とは誰か」)、文脈は
まともそうなんで、不安です。

正統ジューは今やリビア、アルジェリア、エチオピア国内で細々としてます。
パレスチナを占拠している輩は迷惑な盲信者しかいませんね。あれは決して「選民」の資格なし。

ヤナギムシ - 2001/07/05(木) 16:43<

いやな話

大阪で・・
  つながれた犬の両目にエア・ガンの玉
   手術で玉をとりだした
  もちろん失明・・
    言葉がない・・・

  言論・表現の自由をいいことに・・
    少年雑誌にあふれる、暴力・・
  だれか・・止めてくれ

マタギが山に入る時・・山ノ神に祈る
  命を奪う行為に対する・
  気持ちの整理のため・・・か?

 つながれた動物の気持ち・・・・
  そんな動物を撃つなんて

     ほんとうに許せない

             情けない・・涙

きょうかい - 2001/07/05(木) 15:55<

タオルをくびに巻きつつ暑中見舞

黒須紀一郎の「元禄蘇民伝」が、菓子屋の話ですね。
黒須小説の描く、くノ一は、なかなかです。
そういえば、「風の大国」の女の人(名前失念)も超カッコよかった。
みな、知と愛と自由の象徴なのだ。
小説の女に負けない、いい男にならなくては・・

とんちんかん小僧 - 2001/07/05(木) 14:18<

忍びの者たちのその後は? (3)

 副題: 菓子屋が忍び?

 流転という言葉の範疇(はんちゅう)にははいらないが、忍びの者
に関係深い職業の一つに、菓子屋がある。なぜ、菓子屋が?と怪しむ
人も多いと思うのではあるが、昔の菓子屋は、その材料になる砂糖の
産量が少ないために、全国組織をもっていて、砂糖の産地から、一年
分を各自が買い占めてしまうのである。一年分一緒に買わないと、生
産されて品物のだぶついている時は安くても、端境期(はざかいき)
になると値が高くはね上がる。少しずつ砂糖を買っていては、菓子の
値段が一定せず、端境期になって高くするわけにいかないので、一年
分を確保するといわれている。
 このためには全国的な組織をもつ組合(?)が必要なのである。この
全国組織は、そのまま情報網として利用できるから、菓子屋の元締めを、
幕府をはじめ各大名は、忍び御用に使うのである。菓子はその当時は、
高級品であって、菓子屋の主人は、お城に出入りしたり、宮中や貴族の
邸にも自由に出入り出来るという便利さもあったからである。
 老中水野越前守の探索御用隠密の元締めは、風月堂菓子舗のご主人で
あった。
 また、東京都文京区本郷三丁目の近くで、有名なお菓子屋「ふじむら」
は加賀百万石、前田家お出入りの高級菓子店で、赤門(御守殿門)で有名
な前田家下屋敷近くに昔から店を構えていた。これは、御用商人という
つながりだけではなく、「ふじむら」の主人は、前田家の諜報を司る忍者
の頭であったからである。
 ある雪の日、お城から退出してきた「藤村」の主人は、敵国の忍者が、
雪うさぎの術を使って、お城に忍び込むのを見破り、一対一のはげしい
斬り合いになった。苗字帯刀御免の藤村の主人は、前田の殿様から賜った
佩刀(はいとう)[藤島在銘]を抜いて、はげしく斬り合う中、佩刀は二つ
に折れて、敵の忍者をとり逃がしてしまった。家に帰ると、かじかみこご
えた右親指が斬り落とされているのに気がついた。夜が明けるのを待って
城近くの昨夜の斬り合いの現場で、斬り落とされた指は回収されたが、氷
のように凍りつき、うす紫の美しい色になっていた。藤村はその、うす紫
色を羊羹(ようかん)に用いた。前田公は別の刀を与えたのはもちろんで
ある。
 ……しかし菓子と忍者のかかわりあいは、まだまだ解明できない謎の一つ
である……。           
                              終わり。

おユキ - 2001/07/05(木) 12:35<

暑いですねぇ〜

やっと花粉症の季節が終わったと思ったらもうこの暑さ。
人間が自然に優しくなかったので、自然も厳しくなったのでしょうか?

サクラさん、すぐにお返事できなくてごめんなさい。
読むのに一生懸命で書くのを忘れていました。

職場の冷房はそうでもないのですが、
休み時間に利用しているお店の冷房がきつくて、
外に出た時の温度差がこたえまする。

新しい方の書き込みが増えて、私には一層難しくなりましたが、
とても大切なことが書かれている思いがして、
がんばって読んでいます。

Dongly - 2001/07/05(木) 02:12<

野鍛冶サンカか?

ヤゾーさん。自分の事を「あ」「わ」と言ったのは山口県だそうです。
 最近愛媛県南部の数箇所、松山市砥部町あたりでも老人の中に、自分を
「あ」とか「わ」と言い、相手を敬語的に「おまえ」というそうです。
カムイの子さん。
 近所の神社秋祭に山県郡の神楽団がきます。オロチが出てくると「頑張れ」と
声を掛ける老人が幾人かいます。島根出身の片でしょうか?それにしてもです。
また菅原道真の段では、道真が京に舞い戻り復讐するという筋もありました。
 三次市に住んだ事があります。「サンカの里」はワイナリーで有名な「×若」
辺りでは?戦前、箕作りが来て、別の日に六部(六十六部のこと)が来たそうで
すが、良く見ると同一人物だったそうです。「1,2,3・・」を「ひーふーみ
ー」と数えた祖父(百済系)も黄幡池(タタラ用でしょう)の傍に黄幡祠を持ち、
正月に餅を供えてたと聞きますし、江戸期末に世羅西町長田から来た野鍛冶のよ
うでしたが。一段と高い所にあり本家とも言われますが隣家を苗字にかこつけてか
「かみ」と呼び鍛冶屋をやってたらしく古文書があるそうです。
この町には祖父と同姓が多く、町長をやった者がいます。私の祖父は他人を嫌がる
ような態度は微塵も見せない男でしたが、なぜかサンカだけは嫌ってたようです。
 以前この町に町史を購入に行った際、同和関係の管理職が出てきたので色々尋ね
たのですが、せせら笑うような対応がド頭に来て、言ってはいけない事ですが!
ついつい「あなたサンカでしょう」とやりました。

とんちんかん小僧 - 2001/07/05(木) 01:16<

ピンクのトカゲ様

 本当に、こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
 
>ワガママで申し訳ございませんが、

 いえ、いえ、また、じっくり教えていただけるのを待って
います。国家試験、合格を願っておりまする。

NA-NI - 2001/07/05(木) 00:40<

やぱり休憩を⇒そうですね。

Donglyさま。

実は私にとって、非常に関心深いことなのです。
ですから書いてくださったご返信のような内容を聞きたいと内心願っておりました。休憩をとおっしゃっていましたのに引っ張ってしまってすみません。

私の申し上げているのは、赫々然々のケースがあるから採用すべきではない、ということではなく、
あらゆる角度からのアセスメントという意図があります。
場面と「種判別法」をもちいる人々同士の信頼関係、それから。。ちょっと発言を控えますが(出すぎているかもしれないので)、ま、あえて一言で言えば「当事者自身がが向き合える状況」ということを踏まえるということが実現には必要ではないかと自分なりに思うのですが、どうでしょう?

休憩ですね。いやぁ、すみません。あともうひとつ言わせてください。
「判別」もさることながら「癒し」も必要です。「癒し」とはここでは例えばやぞーさんがおっしゃった、

>自分の中のサンカ的(それはアイヌであっても同じことで)なものを、
>蘇えらそうというものなのかもしれませんが

のあたりでしょうか。

やぞー - 2001/07/05(木) 00:03<

只今、調査中

みなさん、こんばんわ。

只今、利田ヤゾウのお達しで、面白い話しを調査中です。
それは、テント暮らし(所謂、ホームレス) の老人がいて、
仕事があるときには建設現場で働き、 余暇には竹細工をして、
作ったものを安く近所の人に売っているとの噂で、
もしやサンカでは?ということです。

僕のところからも結構、離れたことろなので、
その近くに住むトモダチに、その老人の所在を確かめて貰っていましたが、
昨日、確かに竹細工をする老人がいたことを確認したと連絡がありました。
老人の所在が分り次第、利田ヤゾウと相談して取材なり聞き取り調査を開始します。
その時には、Donglyさんにもご協力をお願いするかも知れません。


>考えたらねられへん
>            貧乏くさ

笑った

ピンクのトカゲ - 2001/07/04(水) 23:20<

とんちんかん小僧様こちらこそ宜しく

こちらも穂の国の古代史調べた範囲でしか知識はありません。煙火については、穂別の祖・朝廷別王=本牟津別(火内別)の関係から、大伴細人については、母方祖父の登美那賀(富永)伝承との関係から(富永氏は、系図上は、三河大伴氏。富永氏と甲賀平松氏は、同族とされる)調べたに過ぎませんが、こちらのワガママで申し訳ございませんが、詳しくは、二次試験終わってからでよろしいでしょうか?

ヤナギムシ - 2001/07/04(水) 23:04<

・・・

日本もそろそろ・・独立してもええのんちゃうやろか・・糞野郎から
 中国の元も値上げしたらええのに

しかし・・不景気やね・・
  ふぐの肝・ロープ・・どちらが楽かいな
  
   若い人は、リストラでのこって・・忙しい
    忙しいひとに・・暇な人の気持ちは、わからない・・

  むかしの人達・・みんな乗り越えてきた!!
    友よ・・君だけじゃない

     また・・安酒をあおろうじゃないか
           たまには・・おごるから

麒麟カップ優勝・・おめでとう・・??
  ビール1年分・・いったい何本なんかいな・・

        考えたらねられへん

             貧乏くさ

とんちんかん小僧 - 2001/07/04(水) 21:19<
 ピンクのトカゲ様へ

 ごめんなさい。
 私、ホント、本からの知識からだけなので語りあう
なんて事は…できないかもしれません。
 知らない事ばかりなので、よろしければ、三河煙火
の淵源、大伴細人等について、より詳しく教えてもら
えないでしょうか?

もんむー - 2001/07/04(水) 20:28<

追伸

件の対談は「風の王国」(新潮文庫版)の302ページで引用されています。

また、税所厚による、仁徳天皇陵の鳥の糞掃除(発掘?)については、

森浩一「巨大古墳の世紀」(岩波新書)に詳しいです。

でわでわ

もんむー - 2001/07/04(水) 19:47<

「風の王国」中の対談

五木寛之「風の王国」の中で、昭和2年7月の文藝春秋に掲載された柳田国男、
尾佐竹猛、芥川龍之介、菊地寛による対談が引用されていましたが、その全文
を古本屋でみつけました。

「柳田國男対談集」(筑摩叢書26)昭和39年11月15日初版発行

この中に件の対談が「銷夏奇談」という題名で36ページにわたって収められて
いました。

当時堺県令であった税所厚による古墳の不正発掘及び出土品の横領疑惑に触れ
たこの対談ですが、五木氏はこの疑惑に触れた部分の全てを作品中で引用して
おり、新たな事実は残念ながらありませんでした。

その他の内容について列挙しておきます。

怪談の型と時代
お札の降る話
本所の馬鹿囃子
日本人の想像力
天狗と神隠し
憑霊と発狂
河童・○(むじな)・狸
宝探しと文化奇習・蕃習さまざま
島を買う話
殺された人に会う
役立った探偵小説
因果はめぐる五十年
事実は小説より奇

このように民間伝承、文学、裁判、事件、裏社会など広汎にわたって語られて
います。特にとある金融機関の破綻をめぐる疑惑については伏せ字が多く、具
体的なことがわかりづらいのですが、かなりつっこんで語りあっています。

でわでわ

利田 - 2001/07/04(水) 16:18<

かめつり

「かめつり」という言葉にピンとくる人いませんか?
「亀を釣る人」という意味らしいのですが、

利田 - 2001/07/04(水) 16:15<

やぞーへ

下の馬鹿な書き込み消してください。
すでに、回答は書いてありました。

ピンクのトカゲ - 2001/07/04(水) 12:41<

とんちんかん小僧様

7日から13日まで東京で国家試験受験しております。終わりましたら、三河煙火の淵源、大伴細人等、語りましょう。では、来週末まで

とんちんかん小僧 - 2001/07/04(水) 11:59<

ピンクのトカゲさんへ

 そうですか。
 私は、あくまで文献をもとに書いているだけですので、
それが真実であるのか、虚偽であるかは分かりません。
 ただ、今は忍者に関することについて勉強中なので。

Dongly - 2001/07/04(水) 09:48<

やぱり休憩を

どうでしょう。NA-MIさん。
 私の「種判別法の確立」は法律ではなく、判別技術です。
 目的は「自分とは何か?」に応える事、および「単一民族説」に抗して
「学術研究」に役立てる事です。現在は日本人の多くやマスコミはが単一
民族と考えています。私が「低頭」「高頭」の測定道具を借りた時も体育
・健康研究者からは「人種判定」などはその学会でも「差別」と言う非難
があったと聞いています。彼らはこの差異を飯の種にしているのに。人種
により体力に差異があるのに、また体力の差異を無視したスポーツはあり
えないのに。シノガラやイボロの末裔が活躍してるではありませんか。
 現実の運動に「思い入れ」をすると、「自由な研究」は進みません。
 部落史研究に解放運動の制約がある事をお気付きでしょうか。「新しい
教科書運動」も政権を担う側の思想の貧困さを補う最後の役割でしょう。
運動について言うならば、例えばアイヌ運動の主体になるのか、心の中で
支持しながらも現実の差別の前には運動主体を迷惑と考え非難するのか、
現状を打開する目的ならば当然前者です。後者からは何も生まれません。
一般化できるかどうか分りませんが、世界地各地のゲリラと民衆(非戦闘
員)の関係をよくみれば明らかでしょう。
「現実」は別の日には異なる「現実」になるから、「現実」と一応別個に
研究を進めねばならないと思います。柳田國男も時代に制約されました。
もっと制約の少ないこの時代に生きていたならもっと凄い成果を彼は残した
と思います。また研究はいつの時代にも、その時代よりも先を見た研究が
必要でしょう。私の場合、20年位先か?の日本における歴史的・思想的ペレ
ストロイカを意識しています。一言では「日本人とは何か?」です。そのた
めに後の世代が使えるデータベース作りが私個人の、本業以外の仕事です。
もちろん時代の制約を十分考慮しながら。

ピンクのトカゲ - 2001/07/04(水) 07:59<

花火師=忍者?

トンチンカン小僧さんが、三河の花火師には、忍者の子孫が多いとの話。東三河に生まれ育った私ですが、はじめて聞く話です。東三河平野部及び遠州の東部に掛けて現在も祭礼で奉納される手筒煙火は、自分の揚げる煙火は、『竹取』、『油抜』、『縄巻』、『火薬の詰』の全工程を自分の責任でやるのが原則です。もっとも現在では、警察許可の関係で社務所等で行われた作業は、火薬取扱の許可を受けた煙火工場で行われていますが・・ 昔から東三河では、煙火製作は、一般人がやっているわけですから、東三河の平野部は、みな忍者の子孫ということになってしまいます。むしろ、三河地区で煙火が盛んになったのは、家康との関係が考えられます。この東三河、遠州の一部、それに、西三河の額田、足助を加えた地域では、いわゆる『勧進的』=お祭り弓が盛んな地域です。詳しくは、私の弟弟子(日置流雪荷派)のサイト『弓祭り』に譲りますが、該地域には、「元康」名義の「弓の許可書」が伝えられています(家康のお膝元と去れる岡崎には、許可書がないことに注意)。彼のサイトの中の『神事におけるお祭り弓の考察』という項目では、サイトの趣旨から外れるため言及は、していませんが、岡崎を抜かした抜かした該地域を家康の勢力範囲としています。最初の話から話がズレましたが、家康の出自の謎の鍵の一つとなるのでは

NA-NI - 2001/07/04(水) 01:17<

気が進みませんが。。

やぞーさま

>それに、例え人種判別法が確率されたところで、暴力的で差別的なことにはならないと思います。
>宮崎駿さんなんかでしたら、もし人種判別法が確立されたら、きっとアイヌ人に近いということになるの
>かもしれませんが、
>同じように隣のおじさんがアイヌ人に近いということになったからって差別するでしょうか?
>まして人口の約50パーセントの人が中国人や韓国人と共通の遺伝子を持っているのですから、
>その他の場合も同じだと思います。

ここで気が付いたのですが、「法」というのは「法律」ではなくて「方法」の意味ですか?
しかし、何のために確立させるのかわかりません。
人種・遺伝子と民族・部族・社会的集団は別個の概念ですからね。
ルーツを調べるためならいろいろな手法が考えられると思いますが。
日本人に限って遺伝子さまざまだといいますが、
アイヌ民族だって韓国人だってウイグル人だって遺伝子的には単一ではありません。
ある集団が遺伝的・人種的にある特徴を有し、単一である、というのは一種の偏見ではないでしょうか?

それに違う問題点をあげましょうか?
ある遺伝的特徴で民族集団を判別しようとすると、系譜をもっているのにその集団への帰属意識・アイデンティティを他者が不当に否定したりすることには繋がらないでしょうか?
例えば、カナダのハイダ族だけど、見てくれは白人にしかみえないとか、チェロキー族だけどコーカソイドだという人は世界に結構いるのではないでしょうか?
エミシの末裔だと誇りに思っている人が、大陸系の顔立ちということで「お前はエミシではない。」なんて言われるケースも出てきたりして、脅威に思うエミシ系もいるだろうな。

カナダの学者さんが先住民の問題のひとつとして、このような人たち(北米先住民)のアイデンティティの確立の問題もあるのだ、と話してくださったことがあります。

やはり私が思うにはこの仕方はいろいろな立場、境遇のかたがたの意思への配慮に欠けるのではないかと思いますが。
これは私の考えですが。

それから私はDonglyさんの休戦のご意思を受けて、この件はそろそろ語りたくないのですが。。

やぞー - 2001/07/04(水) 00:09<

ピンクのトカゲさん、はじめまして。
それにしても、とても重要なお話を聞かせて頂きまして、
ありがとうございました。
例え一部であれ、香具師の親方をヤゾウと呼んでいたことや、
香具師の場割にサンカ文字(豊国文字)が使われていたとのお話は、
とても重要な証言だと思います。
また、生業を桶屋としていたというお話も納得できるものを感じます。
今後とも、よろしくお願いします。

>ヤゾーさんが被差別部落とサンカについて親密な関係があった旨書かれていましたが、

実は、匂わしたことは書いてはいましたが、ハッキリとは書いてはいませんでした。
サンカと被差別部落が重層していることは確実にあると思いますが、
被差別部落とは関係なく賤民視されている場合や、
全く、被差別民ではない場合も結構あるように思います。
色んな意味で力を持っているのは賤民視された側だとは思いますが。

カムイの子さん、はじめまして。
これまた、非常に重要なお話です。

>なぜ差別を受けたか小生が思うに他民族国家の中でもっともバランスとれてたんでしょう。

全く同じことを考えたことがあります。
日本人特有の遺伝子の割合が約5パーセントで、
サンカと被差別部落人口が占める割合も概ねそれくらいになるのではと考え、
バランスがよいから、マイノリティということだけではなく、
差別されていても、国民から圧倒的な支持を受ける人を輩出するのではとも思ったことがありました。
問題は縄文人をどう捉えるかだという気もします。
今後とも、よろしくお願いします。

NA-NIさん、こんばんわ。
主旨としては、賤民と言われようが、なんと言われようが、
サンカの生き方の中に、今僕たちが失いつつある何か大切なものを感じ、
自分の中のサンカ的(それはアイヌであっても同じことで)なものを、
蘇えらそうというものなのかもしれませんが、
なんの末裔であろうが、その意識も誇りもない人にまで、
そのことを強制する積もりはありません。
それに、例え人種判別法が確率されたところで、暴力的で差別的なことにはならないと思います。
宮崎駿さんなんかでしたら、もし人種判別法が確立されたら、きっとアイヌ人に近いということになるのかもしれませんが、
同じように隣のおじさんがアイヌ人に近いということになったからって差別するでしょうか?
まして人口の約50パーセントの人が中国人や韓国人と共通の遺伝子を持っているのですから、
その他の場合も同じだと思います。

みなさん、こんばんわ。
今日も暑かったですが、早くから夏ばてせぬよう気をつけて下さいませ。
利田ヤゾ〜ウ、おミヨさ〜ん、顔を出してくれないとさみしいぞな!

ヤナギムシ - 2001/07/03(火) 23:39<

kekekeke

ええやないか・・・!!
 むかし・・わたしたちが・・
   こんなええ時代に・・生活できるようねごた・・人が居たこと
    自分を投げ打ち・・後世に夢を残してくれた人がいたこと

         感謝しています・・

               本当の日本とは!!


                     ・・・・・・?  



                   

カムイの子 - 2001/07/03(火) 23:27<

本当の日本とは?

初めまして小生は日本民族学を研究しているものです。
DONGLY先生のホームページを拝見し、ついついボードを叩きたくなり
叩いています。小生は本当の日本についての隠蔽された真実を探求する旅に出発した者です。
そこで、出会ったのが、セブリでありサンカであり古事記でした。
昔々、日本は大和朝廷以前は、他民族国家でポルネシア・華人・アイヌ・騎馬民族・百済・オロチ族
(朝鮮北東からソ連のアルタイ山脈に住みアルタイ語族に属す)などから、形成された島國でした。
だが、オロチ族は鉄を製鉄する技術に長けていました。そこで、古事記の登場です出雲に大和のオロチ(大蛇)が出雲の人々を苦しめてイザナギ・イザナミの子であるスサノオがクサナギの剣でオロチを退治
したことになっていますが朝鮮系のオロチ族が出雲の民や女に対し乱暴さに見かねオロチ族に酒を飲ませ
たのちにスサノオがクサナギの剣でオロチ族を退治した説があります。(山本 建造先生)
研究の為、島根県・鳥取県・広島県・山口県の日本海側で小生なりに調査したところ、4県の方言の中に
ハングル語によく似た言葉が数多く混じってきます。又、現在でもとても部落問題に力を入れています。
広島県の三次市にサンカの里と名がついた場所があります。山の尾根づたいに生活して独自の文化やシャーマニズムでの価値観で生活をしていたと思います。では、なぜ差別を受けたか小生が思うに他民族国家の
中でもっともバランスとれてたんでしょう。よって大和朝廷を納めた中國系の藤原氏が恐れたのではないかと小生は考える又サンカのネットワークが日本中に張られてたと思うし本当はもっとも高貴な種族(イザナギ・イザナミ)の子孫なのかも知れない・・・・・・・・ と小生は考える。
次の機会に四国についてメールします

とんちんかん小僧 - 2001/07/03(火) 21:36<

忍びの者たちのその後は? (2)

 甲賀地方には製薬関係者が多く、全国に向けて薬販売の行商を
行っている。なぜならば、忍びの者は製薬と薬品の使用はお手の
ものではあるし、家伝薬を伝承している家も多い。
 しかも行商していれば、全国に顧客をもっているから、製薬と
販売は最も容易な転職ではなかろうか。
 次に転職可能なのは花火師である。忍びの者にとって火術は表
芸である。
 特に黒色火薬を基礎にした合図用打ち上げの狼煙(のろし)な
どは火術の中に数十種あるし、伝書をもっている家が多い。現在
、三河地方は、花火の盛んな地方であるが、三河の花火師には、
忍者の子孫が多い由である。
 各地の呉服屋・古着屋は、忍びの者に関係のふかい職種である。
 小田原北条氏に仕えていた忍者、鳶沢甚内は、現在の富沢町(
旧町名は鳶沢町)で古着屋をひらいて名主となり、配下の忍びに
江戸中に古着屋を開かせ、その頭取りになった。
 やはり北条氏に仕えていた忍者、庄司甚内は吉原遊郭をひらいた。
 群馬県高崎宿の、慈上寺と清海寺は虚無僧寺であるが、世上では
風呂寺とよばれていた。この風呂寺の開祖は忍者の風車といい、相模
国三浦郡から移住してきて、風呂寺をひらいた。同様に江戸の風呂屋
の経営者も、忍びの者や、町奉行関係が多かった。
 というのは幕府の政策の一つであった。つまり、物騒な忍びの者を
、懐柔して、犯罪の摘発と防犯に利用するため、古着屋、宿屋、遊里
などの職種を、忍びの者に優先的に許可し、交換条件として密告によ
る協力を義務づけた。
 戦国から江戸にかけて、忍びの者は造園師(庭師)に化けて、大名
家や貴人の邸宅に入り、庭つくりや、庭の手入れをしながら、情報を
収集するという方法を、好んでつかった。
 その技術と顧客を生かして、庭師に転職した忍びの者もあったそう
である。
 思いきって転職できなかったり、資金のない忍びの者たちは、虚無
僧になったり、遊芸人、奇術曲芸師になったり、香具師になったりし
たといわれている。
 維新後、忍びの者たちの中には、その情報収集の技術と、探索や逮捕
の技術を生かせるというので、警察関係に入った者が多いと伝えられる。
 また、生活に困った忍びの者たちが、江戸城の堀に潜水して、鯉を手
づかみにして見せ、通行人から見物料をとっているのを見たという、老
人もいるという。

ピンクのトカゲ - 2001/07/03(火) 13:07<

Donglyさんへ

今まで両祖父の伝承をもとに郷土史の再構築を試みてきました。7日の金曜日から工業所有権関係の国家試験の論文二次試験があり、息抜にパソコンをいじっていたところこのサイトに出会いました。これからもいろいろご教授願います。ヤゾーさんが被差別部落とサンカについて親密な関係があった旨書かれていましたが、実体験として同感できます。私も中学高校とワルやってまして、そのときのツレが部落出身でそのスジではかなりの名門のようです。彼も今は、40そこそこで年商10億の会社の社長に収まり、今も一緒に飲んだりしています。実際彼と一緒に部落出身者と飲む機会も多いのですが、家がテキヤだったということもありみな身内のように付き合ってくれます。そこで、彼の周囲から聞いた話を一つ。菅江真澄の『えみしのさへき』に牛窪村の喜八なる人物が登場します。私は、その牛窪(現在は牛久保)に住んでいるのですが、真澄はこの喜八を我が父母の住むところの近くの人だといってます。喜八家は、当時の宝飯郡牛窪村中代田(現在の豊川市代田町あたり)にあり、ここから友人の部落までは、一キロほどです。また、真澄の学問の師といわれる植田義方は、吉田札木(現在の豊橋市札木町)のひとですが、札木から南へ500メートルほど行ったところに白山神社があり、彼の部落の飛び地がありました。また、真澄の死亡を伝えた地として三河國渥美小国入文がしられていますが、渥美郡には、該当する地はなく、三河國八名郡入文とすると直ぐ隣がやはり被差別部落になります。このことを彼の母方の銅鐸と被差別部落の関係について一言ある伯父(彼の母方の実家は、遠州引佐郡で銅鐸出土地としても知られる被差別部落の白山神社の禰宜)に訊ねたことがあります。真澄の本名・白井姓が上記三部落にないということについてです。そしたら、彼の伯父は、そこまで解っててなんで解らんのといい、東三河の電話帳をもって来て、○○市に白井姓があるだろうといいました。目から鱗が落ちた思いをしました。東三河の真澄研究者に問い合わせたところ、顔面蒼白になったことを思い出します。それと、渡来系の反主流派ということも、やわりワルをやっていた時分のツレで在日でゾクの頭をやっていた(現在は司法書士)のが、いましたがヤツラとも今でも仲良くさせてもらっています。これからも宜しくお願いします。

Dongly - 2001/07/03(火) 12:17<

やっぱしサンカ関連

ですか。三河の国。ピンクのトカゲさん。地図をざっと見ても設楽郡あり、御作、
箕直、三ヶ、蒲郡、串原、阿蔵、藤岡、刈谷、小田木など別所・サンカくさい
地名、豊明、豊根など新羅くさい地名がある事、三河は「サンガ」と読めるしと
言いますと文献主義の名古屋の研究者(在日三世)に聞いたところ、「根拠も
ないことぬかすな!」といきなり怒鳴られました。初対面でしたが、ぐーと我慢。
今に見てろの気持ちでした。
丹波と三河の縁、日下部氏、狭穂彦の件、ありがとうございました。
中国地方では、アラハバキは客神・門神でしょうか熊野関連神社に、捨てられた
ように祀られています。

ピンクのトカゲ - 2001/07/03(火) 10:23<

始めまして

『山窩を考える』拝読しました。サンカの核になったのは、縄文系の人々であり、そこに渡来系の反主流派(例えば、新羅系)の人々も加わったとの説、私も同様に考えています。実は、私の家は、曾祖父の代まで愛知県の豊川流域(東三河)の香具師の親方(祖父は、親方と言わず、ヤゾーといってました。)祖父(1903年生)は、香具師と博徒が一緒くたになり、暴力団化するのを嫌い香具師から手を引きました。幼いこと祖父から寝物語に聞いた話の具体的内容までは、今となっては、思い出せませんが、大学の一般教養で民俗学の授業で異形の人々の話になったときに、幼い頃聞いた亡き祖父の話が蘇りました。その後、サンカについての文献等でサンカ文字をはじめて目にしたときは、驚きに変りました。私が文字を覚えたか覚えないかのときに祖父が香具師が高市(タカマチ=縁日で店を張ること)の場割に使う文字として教えてくれたものだったからです。これが香具師全般に言えることかどうかは今は確かめようもありません。香具師をやっていた曾祖父の代までは、生業を桶屋としていたようで、タガ等、竹細工の要素があるからです。ただ、朧気な祖父の話から香具師と薬屋は、『神農』を祀ること、『蟇の油売』等、大道芸と香具師との繋がり、甲賀に対する滋賀、伊賀に対する四日市、飛騨に対する富山のごとく製薬と忍者は関係が深いこと等から香具師とサンカが何らかの関りがあったと思います。また、祖父は、テキヤを香具師と書くのも『かぐや姫』との関係からであり、『かぐや姫』とは、丹波の大県主・由碁理の孫の事(古事記の記載では、由碁理の曾孫の大筒木垂根の娘・迦具夜姫)だと言っていました。丹波・竹取翁等サンカとの関係を示唆させます。また、私の住む東三河は、律令制以前は、『穂國』と呼ばれ、穂の国の開祖は、古事記開化条で丹波道主王の息子・朝廷別王とされています。古事記開化条は、崇神を正当化するため、丹波道主家の系図を改竄するために編まれたとの仮定、及び垂仁条の狭穂彦の乱の狭穂彦の子孫(日下部氏)が記載されているのに丹波道主王の子孫は、朝廷別王を除き記載されていないこと、それに、祖父が皆が『出雲の話』としてるのは、丹波の話だといっていたことから記紀の崇神・垂仁条の出雲の記事を丹波と仮定すると、丹波道主王は、実は、狭穂彦であり、古の東三河・穂國の祖・朝廷別王は、悲劇の皇子・本牟津別王ということになります(この件については、郷土史会等で発表したこともありますが、いずれ、ホームページを開設し、開示するつもりです)。東三河の特殊性ということもありますが、丹波との繋がりは深かったと思います。一方、母は、八人兄弟で四番目が男、あとは、女(母は五番目)で、伯父が家を出てしまったため、一番下の妹が跡を取りました。五年ほど前に亡くなった母方の祖父(1896年生)が亡くなる一年ほど前から母の実家に伝わる伝承を私に聞かせてくれました。母の実家は、豊川下流域の戸数70軒ほどの集落でそのうち、30軒ほどが冨永及び富永でこの冨永及び富永の本宗家ということです。富永家は、南北朝から信玄最後の城攻の地とされる1505年城主・富永千若丸夭折まで野田の城主であり、菅沼家に乗っ取られ、城主の近親者は首を刎ねられた事から城主に近かった者は、富の『テン』を取り冨永としたこと、野田城主となる以前は、石座神社(読みは、「いわくら」式内社、新城市大宮鎮座)の神官であり、富永の名は、トミノナガスネヒコのトミナガに由来すると話していました。石座神社の祭神は、天御中主ということになっていますが、山一つ隔てた額田郡石原の分社の祭神は、天照国照日命とニギハヤヒを思わせます。なお、富永氏が城主だった野田垣内城は、富永氏没落後、豊川の流れが変り海倉淵と呼ばれ、『椀貸伝説』が残っています。東北の『安日伝承』を記した最古の文献・藤崎文書が、富永氏没落の翌年・1506年に書かれたこと、石座神社をはじめ、古の穂國には、三河一宮・砥鹿神社(世襲神官は草鹿砥(日下部)氏)及びその奥宮・本宮山、竹生神社(新城市)、北設楽郡豊根村の熊野神社とアラハバキ神が末社に鎮座すること等、東北との繋がりも強いと思われます。

ヤナギムシ - 2001/07/03(火) 00:29<

宇宙船

なんか?・・・場違いなのかな・・
  へへへへへ・・
箱ふぐってご存知・・
昨日二匹釣りました
   カニのような?外骨格なのかいな??
スペイス・ワアー・・スターウオーズの宇宙船みたいなあれです
     そして、あのスピード・・はよ逃げんかいな?
  ほんま・・かわいいです・・
 皮の粘膜に毒があるそうですが・・内臓には毒がないとのこと!!
     肝が、思い切りうまいとのこと!!
  それに、あの文様・・着物の模様にしたら最高ですよ
   亀甲模様です・・

    潮風に打たれ・・
      梅雨の雨にもうたれながら・・
        自然と会話する・・

  夏の日差しの中・・1時間・磯の上で眠る
     手も( ̄ー ̄)も、赤く焼けている・・ヒリヒリ・・

      なぜか・私にはこの方が合っている

     ああああああーーーーぁ

どんぐりさん・・NA−NIさん・・とんちんかん小僧さん・・
    熊野の風・・
     熊野の風って


      本当に気持ち良く吹いてますよね
       いつまでも、この風が感じれますことを!!

   箱ふぐ・・無毒かどうか確認してから食べてね!!

                       ・・・ヤナギムシでした

NA-NI - 2001/07/03(火) 00:26<

趣旨から外れるのですか?[2]

やぞーさま。
>NA-NIさん、よく分る話だと思います。
>これからは、それぞれのルーツに誇りをもち、お互いが尊重できることを目指したいですね。
>その為にも、Donglyさんのいう人種判別法の確立が必要なのかもしれません。

常に差別に置かれてきた人は名乗れる状況が生まれない限り、脅威に感じるんだと思うのです。
また、曖昧なアイデンティティにいて、ボーダーラインにいる人々に取っては自分がアイデンティティを勝ち得るという意思を持っているのならいいのでしょうが、他者がいたづらに持ち上げたりするのは不遜だと思います。
マイノリティの方が自分の出自を他者に取り上げられて、言われて「俺も日本人だよ。」というのはそこの心理があるからではないでしょうか?

名乗れない状況というのはもっと様様でしょうけど。そこを他者によって暴かれるということになれば、それは暴力的で差別的になりえないでしょうか?

そう、ある意味この場で話をするのは不適切かもしれませんね。

>それにしても、NA-NIさんも、夜更かしですねぇ...
>あはは、人のこと言えない...サクラでした

私は仕事帰りにインターネットカフェで書いています。
この方が時間がとれますので、最近忙しいのです。今日は仕事早く終わりましたが。

サクラ - 2001/07/03(火) 00:06<

こんばんわ...

donglyさん、min-minさん、NA-NIさん、こんばんわ
      今日もあつくなりましたけど、いかがお過ごしでしょうか?
           温泉で一風呂はこんな季節には気持ち良いでしょうね。
                 温泉じゃなくっても、お風呂上がりのいっぱいが楽しみ...
                     でしょう?やなさん!

こんなに暑くても、やぞーさんは山の中の小屋で、
      木々に囲まれて、さわやかな風を楽しんでいるのでしょうか?
         タヌコもヤマガラも元気でしょうか...kumanoの山で...
            タヌコは夏ばてでやせるなんてないんでしょうか?やぞーさん

それにしても、
       NA-NIさんも、夜更かしですねぇ...
                   あはは、人のこと言えない...サクラでした    

PS.おミヨさん、おユキちゃん...夏ばて、冷房病にかかってませんか?
    ゆりかもめはききすぎていて、寒いよ〜    長袖が離せない季節になりました...(^^)

やぞー - 2001/07/03(火) 00:03<

亀ケ岡文化と荒吐(アラハバキ)信仰と五右衛門風呂

歴史では、6世紀頃に漢字が伝わってくる以前には日本に固有の文字がなかったことになっています。
が、しかし、バット(ちと古かった)、縄文晩期である亀ケ岡文化の土面に刻まれた入れ墨のような文様は、
アヒルクサ文字で解読すると内容のある文章になるといいます。

それは「吾(あれ)をばまつれ 饗(あへ)をばまつれ」と読めるそうです。

2001/06/30(土) 17:59  Donglyさんの
>倭は分りません。敢えてなら自分を「あ」「わ」と呼称する人達の意では。
の書き込みに関連していますね。

亀ケ岡文化とは、西日本に弥生時代が始まった当時もなお、遮光器土偶文化を守り続け、
その範囲は紀元前200年頃まで、今の兵庫県の辺りから北海道にかけて、
日本列島の3分の1を占めていた文化だといいます。

また偽書とされている東日流外三郡誌に登場する荒吐(アラハバキ)信仰は縄文人の信仰が色濃く投影され、
荒吐神の姿は遮光器土偶であるといいます。

また、江戸時代までは氷川神社にアラハバキを祀っていて、
アラハバキをスサノオの別名とする意見もあるようです。

>まとまりがない文章ですが、ナーバスな部分です。

NA-NIさん、よく分る話だと思います。
これからは、それぞれのルーツに誇りをもち、
お互いが尊重できることを目指したいですね。
その為にも、Donglyさんのいう人種判別法の確立が必要なのかもしれません。

>こらまた失礼しました

植木等さんみたい!

一年間、谷水を薪で沸かす五右衛門風呂に入りましたが、
それだけで天国のように気持ちが良かったです。
お湯が柔らかく良く暖まり爽やかでした。
それに引き換え、湯がチクチクヒリヒリ刺激的で、あまり気持ちよくないなと感じたのは、
太陽熱を利用したお湯でした。
お湯の質は、薪>重油、灯油>ガス>太陽熱でしょうか。
これは僕だけでなく同じことを感じている人が結構いて、
だから五右衛門風呂を未だに使っているのだと言います。

NA-NI - 2001/07/02(月) 21:45<

趣旨から外れるのですか?

>NA-NIさん。 ちょっとこのBBSから外れそうなので、この話題は休戦に
しませんか。

私は論戦する意図で申し上げたのではないのです。私としては重要だと思われたので話したのですが、
本来の出自・系譜と、社会的に「日本人」にされて(しばしば排斥されて)、ボーダーを彷徨う人々はマイノリティグループに限らずいると思われるのです。
このことは避けては通れないと思います。いろいろな意味で。サンカなどを取り上げるのでしたらサンカの方々も同じようにナーバスなところがあるのではないのでしょうか。おっと、休戦ですね。
確かに重い話ですね。

とんちんかん小僧 - 2001/07/02(月) 21:31<

忍びの者たちのその後は? (1)

 伊勢の神宮文庫所蔵の古文書の文中に、「右の者共段々に困窮に
仕り、術などの心掛け、等閑(なおざり)に相成候。この他、二軒
改没(離散し亡ぶ)仕り候」 と、寛政初年の記録がのこされてい
るが、忍びの者の流転の系譜ほど謎につつまれ、調べにくいものは
ない。
 なぜなら、「私の家系は何々藩の侍で……」という昔話はよく耳
にするが、「私の家は代々、忍者でして……」という自慢話はあま
り耳にしない。
 もっとも伊賀、甲賀の忍家で、名家の人の子孫は先祖を誇りにし、
昔ながらの惣(そう。同名の者が集まり組合をつくる)を組織し、
一年に一度集まることもやっておられる。
 忍者の子孫だという人には、忍術を売り物にしているタレント、
香具師(やし)、軽業師、法術家などが多いようである。
 忍びの者が、驚天動地の活躍を見せ、日本の歴史さえ転換させた
のは、何といっても、戦国時代末期までである。
 戦国乱世が忍びの者の檜(ひのき)舞台であった。泰平が続けば
、忍びの者の必要はなくなり、その威力の影もうすれるのである。
 忍びの者は、毎日の訓練が必要であり、常日頃からの布石が必要
、地理地勢の研究、方言の研究など必須事項である。泰平がつづき
忍びの者の必要度が減ってくると、このような用意は、馬鹿らしく
てやってはおれぬ、ということになる。毎日毎日血のにじむような
訓練も、お呼びがなければ無駄骨折りで、家族も養わねばならず、
野良仕事だけでは貧困にあけくれるだけである。
 徳川家や、諸大名に仕官して扶持をもらっている忍びは、内職で
もすれば、どうやら食べられるが、在郷の忍びの者は、段々飢えて
くる。種々な職業に転出して何とか生活して行くことになるのであ
った。

dongly - 2001/07/02(月) 20:33<

こらまた失礼しました

お許しください。MIN MINさん。
NA-NIさん。 ちょっとこのBBSから外れそうなので、この話題は休戦に
しませんか。白旗でも、赤旗でもない、サンカの旗(茜色です)あげて。
ヤゾ−さん。サンカ関連文書では「小屋」でなく「小舎」となっています。
 少々の間違いは、というズボラ人間です。間違いを正してるうちに人生が
THE END です。
 ところで全く読んだ事ない平岩弓枝の人気小説『御宿かわせみ』。読まれた
方は感想教えて下さい。読まないで書くのもいけないのですが、この宿への人
の出入りからすると、公事宿かサンカ宿の実話を反映してるのではないでしょ
か。この御宿の人物配置などを見ると考えさせられます。
 どこかのBBSで見たのですが京都にあった公事宿・小川家の使用人は伊賀者が
多く、この公事宿を利用した訴え人は裁判に負けなかったそうで、かつこの家に
は抜け穴があったそうで小川家がサンカと疑われてるようです。
 「公事宿(くじやど)」は、訴訟のため地方から来た当事者を泊め、訴訟の
 補佐もした宿屋。一般客も宿泊できる。【江戸宿】ともいう。大阪で料理屋
 も兼ねたを【郷宿:ごーやど】という。 野史呼び名辞典より。
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ◎暑くなりました。どこかサンカ(的)温泉はないでしょうか?
  入って一汗流したい。瀬降風呂みたいな谷水水沸かす宿を一個所だけ知って
  います。湯舟は山を削った穴で湯は「臍の下」までしかなく変わっていました。

min-min - 2001/07/02(月) 18:23<

???

Donglyさ〜ん、

>>>外れそうなので中断(休戦?)しませんか。MIN-MINさん。

             人違いじゃないでしょうかぁ??? 

Dongly - 2001/07/02(月) 16:37<

BBSの趣旨から

 外れそうなので中断(休戦?)しませんか。MIN-MINさん。
 いかがでしょうか。

もんむー <http://www2u.biglobe.ne.jp/~REKISI/index2.htm> - 2001/07/02(月) 11:51<

失礼しました

ここです。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~REKISI/index2.htm

でわでわ

もんむー - 2001/07/02(月) 11:49<

八切止夫作品集

八切止夫作品集が公開されていますね。

まだ読んでませんが。

でわでわ

NA-NI - 2001/07/02(月) 02:26<

難しい問題です。

>人種判別法の確立を

私は、これには異議があります。もし、確立されるのが是でありますなら、
それは様々な民族、集団の人々が自意識としてカミングアウトをして、「これこそ必要だ」という、世論ないし、コンセンサスでも出来ることが必要ではないのかと思います。
いずれにせよ。今の社会的状況・心理的状況などをきちんと学んで自発的な変容を見守り(語弊がありますが)、変に干渉しないことが一番大切ではないかと考えるこのごろです。
同じグループでも人によっては、個人的人間関係その他の状況で話せる場合があるのでしょうが。

傍の人間が進めていくとしたら、良かれと思うことでも、それは一種の強制・差別になってしまうのではないのでしょうか?
また、自分自身のルーツがわかっても、人によってはアイデンティティを勝ち得ることは大変困難です。
「日本人」の生活・文化様式で生活してきていると、自分の出自にそのまんまアイデンティファイしようとしても、そう簡単に出来るものではありません。
また、民族・種族と周りが持ち上げても「私は日本人として同じ日本の住民として生きているのに困る。」と思う人もたくさんいます。

かくいう私もあるアイヌの方に叱責を受けたんです。「自分のルーツへの誇りは大切にすべきだと思う。しかし、おれはアイヌだからっていつもアイヌアイヌ言っていないだろ?俺は日本人として生きているし今住んでいる土地の人間としていきている。お前のその態度(私のルーツを殊更に話題に持ち上げたりすること強制的で差別的でもある。俺の言っていること間違ってないだろ?経験を踏まえて言っているんだ。」と。

また同族で名乗れない人が名乗れる人に対して名乗れなかったり、自分の子供に出自を悟られるのを恐れて、名乗れる同胞に絶縁状を送ったりするという現実もあります。(これは民族名を挙げる必要はないでしょう。アイヌ民族ではありません。)

まとまりがない文章ですが、ナーバスな部分です。

ヤゾ− - 2001/07/02(月) 01:17<

鉄鍋もって何が悪い!

>鍋釜・合羽・油紙・竹小屋などを持っています。
>別の文献で藩側は「鉄鍋など持って生意気だ」とほざいています。

アハハハ、ほざいていますは傑作でした。

僕はサンカの作る箕や竹細工にその能力の高さを感じます。
その立派な生産者であるサンカが鉄鍋もって何が悪いちゅうねん。プンプン。
そっちこそ偉くもないのに偉そうに刀なんかさして、どっちが生意気だと当時抗議したら張付け獄門ですね。

Dongly - 2001/07/01(日) 22:46<

サカント唱無宿非人

 共近年所々数多罷在、食事用鍋釜等其外合羽・桐油之類 等不当之
 品所持、何所に而も竹木取合小屋掛いたし桐油等を以雨風を防候故
・・・・・・盗賊召捕相役候内サンカ之者毎々在之、非人袖乞之者者
 不具者又ハ多病二而人之働不成、・・・・・・・・・
 
 卯十月
  賀茂郡御役所
             割庄屋頭取
             割庄屋御苑 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 という1855年(安政二)の古文書が、現在の所「最古」とされ
ているようです。これは東広島市八本松の旧造り酒屋竹内家(旧割庄
屋筋)にあったものです。竹内古文書から神代文字ノ−ト(私のHPの
最期のページに展示中)や高杉晋作の書などがあります。
 最初の「サカント」は広島県史・資料編ではサンカと「偽造」してい
ます。1)当時の役人はサンカとサカンの区別できなかった?。2)サ
ンカは無宿(宿がないのでなく戸籍がない)非人に分類されます。江戸
期は古文書で無宿非人を探がせばサンカが出てくる筈です。3)鍋釜・
合羽・油紙・竹小屋などを持っています。別の文献で藩側は「鉄鍋など
持って生意気だ」とほざいています。3)彼らを革田(庶民は四ツ呼称
が多い)に取締まりさせよ、と命令してます。革田が公用語である事が
分ります。4)サンカは文献に出てこなくても江戸期に定着民の中では
通用してた語である事が分ります。明治期島根の警察官が文書で「山窩」
としたのが始めとされてました。5)すべての賎民を非人とエタに部類
したのは江戸期ですが、これで少なくとも江戸期からはサンカと後の被
差別部落(明治には特殊部落、後には同和)とは区別してた事が分りま
す。◎サンカ不在説を支持する方がいますが、不在説者がそうであるよ
うに文献や本だけの知識です。戯言です。愛媛で実地調査する方はサン
カに当る事が多いので何か文献はないかといいます。現実や実際を見る
べきでしょう。
 他に山県郡や竹原市にも「サンカ」が出てくる公文書があります。
各県で県の古文書館で調べるとサンカ文献があるのではないでしょう
か。まず県史資料編です。手分けして調べてみませんか。近年では地元
新聞を捜しましょう。

やぞー - 2001/07/01(日) 18:00<

出雲

>このウガヤ族含む出雲王朝と『日本原記』に、確かありましたが。

そういえば、サンカ(山窩)という名称は出雲地方が発祥ですね。
しかも、出雲地方(中国地方)にはサンカの資料も多いと聞きます。
偶然なのでしょうか?

利田ヤゾウ。
資料読みました。
貴重な資料だと思います。

例え、どんな意図があって書かれた文章であっても、
その中に僅かでもサンカの実相を伝えるものがあったなら、
サンカに対する想いは強くなるばかりです。

Dongly - 2001/07/01(日) 00:23<

サンカのルーツは

このウガヤ族含む出雲王朝と『日本原記』に、確かありましたが。
そうですね、メールでまたご教示下さい。

やぞー - 2001/07/01(日) 00:21<

うおおおおお(ヤナさんか!)

魚釣りから帰ってみれば利田ヤゾウから50ページほどの資料が届いていました。
どうして、なんで、このようなものが手に入るのか......
やっぱりあなたは偉大でした。

きょうかいさん、こんばんわ。

>ハザール帝国の謎」アーサー・ケストラーですか。

いいえ、もっと分かりやすそうな本でした。
スファラディとアシュケナージについてはそんな感じで書かれていたように思います。

>多分参考にはならないでしょうが、おもしろかったので紹介します。

もんむーさん、こんばんわ。
それ結構、笑えました。

Donglyさん、こんばんわ。
少し前にNHKの番組で、百済に倭人を葬った古墳があると、
韓国の研究者が言っていたように思います。
もっと真剣に見ておけばよかったですね。
メールの返事、明日書きますので御容赦を。


randyさん、こんばんわ。

>これ以上は管理人様のご迷惑になると思いますので、メールにしたいのですが、
>いかがでしょうか?

アハハ、ダイジョウビです。

今日の釣りはキツカッタです。
重い荷物を持って行きづらい磯まで歩きました。
おまけに2回も魚さんにもてあそばれ仕掛けもろとも引きちぎられました。
だから坊主でした。
もうバタンキューします。

randy - 2001/06/30(土) 22:17<
>Donglyさん

ありがとうございます。実は全てではありませんが、大体読んでいるか、概略は掴んでいました。
唐は藤原(とうばら)だと思います。過去ログでの質問も拝見しました。白村江では唐と新羅の連合軍が
百済・倭に対して勝ったわけで、支配者側は多分その両者でしょう。唐だけが支配者というのはいかにも
片手落ちだと思います。これ以上は管理人様のご迷惑になると思いますので、メールにしたいのですが、
いかがでしょうか?

もんむー <http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/language/zoku.html> - 2001/06/30(土) 19:30<

多民族国家日本

多分参考にはならないでしょうが、おもしろかったので紹介します。

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/language/zoku.html

でわでわ

Dongly - 2001/06/30(土) 17:59<

不勉強ゆえに

古代史は主張できません。randyさん。歴史素人の私が購入して眼を
ざっと通した本名の紹介でお許し下さい。他に積読が一杯あります。
八切止夫『日本列島原住民史』『天の朝古代史』
角林文雄『倭と韓』学生社
鹿島昇『ニギハヤヒ渡来の謎』新国民社
澤田洋太郎『カヤは日本のルーツ』神泉社
金達寿『古代文化と「帰化人」』新人物往来社
学者シンポ『カヤはなぜほろんだか』大和書房
網野善彦/川村湊『列島と半島の社会史』作品社
朴○植『日本原記』情報センター などで後は契丹古代史。富士宮下文書
戸上駒之助・鹿島昇の難しい本ばかりで、読めても、こなせません。
 日本での(古出雲族+ウガヤ)VS(荒カヤ+百済)は『日本原記』にあり
、個人的にはこの仮説の流れで話をすすめますが。
ただ神武以前に王朝があった事は『記・紀』にもあるようだし一番隠したか
ったのはカヤ系王朝でしょう。
 倭は分りません。敢えてなら自分を「あ」「わ」と呼称する人達の意では。
 それにしても孝明までの天皇家の人種知りたい!!
 一時期百済人が在位したは明瞭だが、他は新羅、突厥、唐の漢人?記紀では
平安以前は新羅で、その前は神話化され、平安以後は唐や百済でしょうか?
「単に豪族争い」とする学者もいますが、それにしても出自をはっきりするの
が仕事の筈です。歴史の重要性を真剣に認識してるのか、疑問に思います。
中国人は漢人が天皇家に入ったなら平安期で、中国に帰国の研究者は爛(ただ)
れた『源氏物語』の世界は完全に<唐の風俗>と論文でいいます。



きょう - 2001/06/30(土) 13:51<

訂正

西方ユダヤ人→東方ユダヤ人
 スミマセン

きょうかい - 2001/06/30(土) 13:33<
 やぞーさん
>イスラエルにおいて原ユダヤ人といわれる人たちは差別されていて、
一般的には新ユダヤ人が政治的にも経済的にも優位にあるそうで、
しかし、ユダヤを支配するロスチャイルド家は原ユダヤ人なのだという話しを何かで読んだ記憶があります。
 「ハザール帝国の謎」アーサー・ケストラーですか。
 ホロン革命で有名なこの著者は、この本を出版してから謎の自殺ととげました。
 ハザール帝国 8〜10Cころの国 政治的理由によってユダヤ教に改宗
        後のアシュケナージ(西方ユダヤ人)の祖となる。現在のイスラエルの主流派

  鹿島 昇「裏切られた3人の天皇」入手しました。ゆっくり読もうと思います。

randy - 2001/06/30(土) 12:11<

ご回答ありがとうございます。(^^)

>とんちんかん小僧さん

近所の本屋を回ってみましたが、ありませんでした。これから注文しようかと思います。

>Donglyさん

小生にはちと難しいレスでございました。無学の風来坊ゆえお許し下さい。(^^;A
ただ倭人と百済人が対立した構図があったという点がわかりませんで、宜しかったらもう少し教えて
下さい。問題があるならばメールでも構いません。【和訓栞】に「神功紀に百済をくだらとよめり。
旧多羅(くたら)の養成るべし。多羅は韓国の地名なり。」とありますが、某書によれば多羅国は
熊本にあって、倭国連合の領域内にあったとされます。そこで倭と百済は結構親密な関係だったのでは
ないかと思っていました。

ヤゾー - 2001/06/30(土) 10:45<

獅子亭さん、はじめまして。
インドネシアからの書き込みありがとうございます。
とても面白いお話を聞かせて頂きました。
とてもお詳しいようで、また何か教えて下さい。
今後とも、よろしくお願いします。


>単一民族?? わかりきった嘘をつきとうす この国は いったいどうなっているのでしょうか?
>いわゆる先進国と言われているのに このタイとどっちが 原始的なのか

KEIJUさん、こんにちわ。
分かりやすい言葉で、それでいて本質にせまり、心に訴える文章ですね。
どうやら単一民族?などと無理矢理言い出したのはそう古くないようで、
明治時代に伊藤博文が、天皇を『万世一系』とした帝国憲法を定めてからのようです。
それで、特に賤民とされた人と関係が深いと思われる、政治的・軍事的敗者側の歴史が抹殺されたようです。
悲しいことは、それらの首謀者の殆どが賤民から出たと思われる伊藤博文を始めとした明治の元勲たちのようです。
今でも大きな被差別部落のあるところからは、一握りの実力者を出し、市町村のポスだったりすることが多いです。

とんちんかん小僧さま、『鉢屋秀吉』貸してくだされ!

30年近くサンカに興味を持ち続け、山を愛するヤマギムシさんの文章が好きです。

Donglyさん、
サンカとサンガ、「縄文土着系」と「渡来半島系」がいたとして、
お互いにどんな関係にあったのでしょうね。

ふと書いてて思ったのですが、
イスラエルにおいて原ユダヤ人といわれる人たちは差別されていて、
一般的には新ユダヤ人が政治的にも経済的にも優位にあるそうで、
しかし、ユダヤを支配するロスチャイルド家は原ユダヤ人なのだという話しを何かで読んだ記憶があります。

関係ないですか?

心はお魚さんのもとに飛んでしまっているのでもう駄目です。
雨も降らなさそうだし昼からヤナさんの分も魚さんと遊んできます。

Dongly - 2001/06/30(土) 10:03<

人種判別法の確立を

randyさん 
 光仁が百済人とすれば自称南朝系の大室寅之祐(明治天皇、妻も柳原姓?!)百済系。
柳井市石城山は百済工人を招いて築造、墓は百済部(くたなべ)にあり、田布施には奈良
地名あり、90年台末でも当地で「お前ら倭の者と我ら百済の高貴な者とは」は迫力満点
です。柳井←揚津は百済人(柳がシンボル)居留地で、空海は別所(田布施には別府あり
)支配の観音像を彼らに管理させました。百済番人を「キジ」→木地、と呼んだ筈です。
 岸・佐藤の兄弟首相が日本原住民系を見下した歴史的・文化的背景が見えてきます。
別の意味でやっぱり正しかった「安保粉砕!岸(キジ)を倒せ!!」という方もありや。
 質問ですが関東・王磯・入間郡辺りの高麗系は別所・産所に入ったのでしょうか?有名
な高麗系H姓「サンカ説教強盗」大工で出てきますが。また徳島県H町に日本三大薬師(こ
れ何で三大?)の1があり、他は島根平田市の一畑薬師、群馬の浅間薬師といいます。
隠れファンさん 
 出典があれば教えて下さい。このBBSで既出ですがサンカも多人種。調査(文献では未
見)によればサンカとサンガに区分できます。前者が箕作・すなどり系(目印は笹や竹
?)、後者が山稼・鉱山・芸能・宗教系・飛脚(茗荷・椿が目印?)。組織性から後者
は修験形で戦闘団・スパイ団・殺し屋・薬行商にもなったようです。地図の国見・三国
・三坂・晴海・物見・三見・三春・山見に中世期に配置の後者でしょう。江戸期は城下
外れ・鉱山や藩境地名に再配置のようで、山に残った治安部隊員は、天狗=山伏=山岳
警察隊。誘拐・嘱託殺人・道案内なども必修仕事です。また山奥か城下僻地に旧殺し屋
集団と思しき異職種集落の痕跡があり、「必殺仕掛人」のモデルでしょうか。末裔が
TV出演する事もありえます。 ただサンカとサンガの違いと共通項や接点が不明です。
keijiさん 賛成。多人種といっても証明は後廻にして、まず判別法を確立しましょう。
「人権」なる概念は高々50年前導入で、ちいとも根付いていません。「正史」に代り
二千年来の人間史解明(同時に本格的人権回復です)なる大事業のためには不可欠で
す。法によっては、従って現在の行政や公教育によっては人権尊重が実現できません。
歴史の真実のみの力で、「心」から達成しようとするのが野史研究会です。
商社勤務の方が書いた「顔で人を見分ける法」がありですが自宅で紛失中。まず眼から
いきます。シーボルト文書「シーボルトと日本」第×巻にある原住民・中国人・朝鮮人
・南方系の区別あり。若い内なら潤んだ眼でも、血走った眼でも判別できそうです。
 ただし学者のように「異形」「常民」のような非科学的判別は止めましょうね。

KEIJU - 2001/06/30(土) 03:58<

タイに戻って

ふっと思ったのです! この国はいろいろなところから 人種が混ざっている国でして そのルーツも何もかもはっきりわかっているのですね。顔見てもはっきりわかるし。
でも日本の場合 まったくそう言ったこと うしろに隠されていると言う現実! 
顔見てもやっぱわかりますよねえ   
単一民族?? わかりきった嘘をつきとうす この国は いったいどうなっているのでしょうか? いわゆる先進国と言われているのに このタイとどっちが 原始的なのか とても単純に疑問に感じてしまったわけです!  

とんちんかん小僧 - 2001/06/30(土) 02:37<

鉢屋秀吉 Part3

 randyさんへ

 『鉢屋秀吉』は、今月の6月15日に発売されたばかりなので、大きな
本屋さんに行けばあると思います。価格は税込で1890円です。内容が
内容だけに決して高くないと思いますよ。


 Donglyさん、長い間お待たせしました。
 次回からは、忍びの者たちのその後について書きますので、お楽しみに!

獅子亭 - 2001/06/30(土) 01:20<

傀儡発祥の地

はじめて書き込みます。
西宮神社の西にNTTの建物があり、その敷地の一角に「傀儡発祥の地」としての像が奉られています。

西宮神社の宮司さんは、伊勢の猿田彦神社の縁者の方です。
蛭子、猿田彦、傀儡、百太夫、白拍子、何かヒントになりそうです。

傀儡舞の伝承者が現在筑紫舞として伝えています。
また機会があれば書き込みします。
現在インドネシア住で、資料が手元にありません。

ヤナギムシ - 2001/06/30(土) 00:41<

ピピピノピ

おもいでぽろぽろ・・
  宮崎 駿さんのTVやっていた・・
   同年代のわたしも・・あの時代に帰って一言・・

   パイナップルの場面で思い出しました

  死んだばあさんに連れられ・・市場に行ったときのこと
    なんか、買うたろか?
     うん、あれこおて・・
   指差したのは、マスカット・そおですあの・・青いぶどうです
     それまで・普通のしか見たことのないわたしは・・興味津々!!

  どんな味やろか?・・ワクワク
    ばあさんが言いました・・止めときいつものんに しとき・・・

 いやや・・あれが食べたいんや!!
  ほんま・・しゃあないな・・!!
   そんなゆうねんやったら・・こおたろか

ばあちゃん・・おおきに・・新聞紙につつんでもろて
    急いで家に帰った・・

   はよあろてぇな!!(ワクワク)
ひとふさの中から、一番大きいのを、むしりとるや
  ひとつぶを、すかして見た
 なんて、神秘的な輝きなんやろー

   初めてのものに対する・・子供の心わかりますか!!?
皮を、少しむいた・・!!
 指に汁が・・
    流れた・・
     もったいな・・・ぁ

  あわてて・口をもっていった

     やった・・最初のひとくちや・・

      ムムなんか・・チャウ

  想像した味とチャウ・・
   思い切り口にほうばった・・チャウ
  チャウやんこんなんチャウ
     おもわず・ばあちゃんの顔をみた!!

 なぁ・・せやから・止めときゆうたやろ・・
      市場のおっちゃんにたのんで・・かえてもらおー・・と

      デラウエヤー・ベリーAがやっぱりくちにおおてる

            やなでした

          

やぞー - 2001/06/30(土) 00:03<

嬉しい出来事

>天皇制のしばりがあるために歴史学者や民俗学者は「真実の歴史」から遠ざかり、
>民族学が日本で育たないと思います。

そうですね。
天皇という個人と天皇制を分けて捉えていました。
今後とも、ご教授お願いします。

>西宮(にしのみや)の“エベッサン”では、百太夫という神が登場する。
>これが百神で、文楽や阿波・淡路の人形の神でもある。

西宮神社の末社である百太夫社をサンカのエラギである傀儡や白拍子が信仰したとのことですね。
百太夫社の祭神は男根型の道祖神であり、オシラ神とも関係しているそうです。

>気楽にやっていこうと思いまして、最近HNを改名しサイト名も変えました。

はい、分りました。
これからはrandy さんでいきます。

>サンカにも「縄文土着系」と「渡来半島系」がいるとの文を読んだ
>ことがある。前者はみづくり・鉱山開発(砂鉄・砂金・鉱業)などに
>たづさわり、後者は芸事・略取などの方面に特化していったとか。

この話しは面白いですね。


今日、嬉しい出来事がふたつありました。

ひとつは、夕方、小屋の外で空を眺めていたら、
近くの木にヤマガラが飛んできました。
チ〜チ〜と甘えた声で鳴くので目で追うと、
巣箱から巣立っていったヒナが少し大きくなって帰ってきていたのです。
嬉しくなって、おいでおいでと口笛を吹くと、
僕を目掛けて飛んできて頭にとまりそうになりました。
嬉しくて泣きそうになりました。
今年の秋には再び、ヤマガラが懐いてくれて幸せな時間が過ごせそうです。

もうひとつは、
とても信頼している方から久しぶりにメールが届いたことです。
本当に大切に思っている人からのメールは嬉しいものですね。
その方のメールの一部を紹介します。

PS
 Donglyさんの『小×』『眞×子』評は、
 かなり的を得ているのではないかと感じました。

 いたずらにサンカを賛美するのではなく、
 おかしいことはおかしいという、こういったDonglyさんのような視点が、
 これからは必要になってくるのではないでしょうか?

 今一度、ご考慮ください。

隠れファン - 2001/06/29(金) 23:19<

韋駄天掲示板にこういうのがありましたよ。

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[18248] Re:[18247] 2ちゃんから投稿日 6月29日(金)18時43分 投稿者 八神邦建 削除

サンカにも「縄文土着系」と「渡来半島系」がいるとの文を読んだ
ことがある。前者はみづくり・鉱山開発(砂鉄・砂金・鉱業)などに
たづさわり、後者は芸事・略取などの方面に特化していったとか。
 その辺を混同するとまずいことになるんでは? 田×元首相がサンカ
系の支援を受けていたのは、そっち方面を研究していれば、まずぶち
当たる情報だから、とりたてて驚くにはあたいしない。

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[18247] 2ちゃんから投稿日 6月29日(金)16時18分 投稿者 傍観者 削除

部落・サンカは影の支配者か?

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2001/06/29(金) 12:42 ID:OzcniClc
また戦後の財界は「番×会グループ」というサンカ系!の財界人が私腹を肥
やすために政治を牛耳る(角×もその駒の1つ)とあります。この本に出て
来る財界人の多くがサンカ系○○のようで、直接は部落出身、イツキサンカ