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2001年06月17日(日)23時15分までのKumanolifeGuestbookへの書き込みです。


きょうかい - 2001/06/17(日) 21:42<

まむしコリコリ

池袋で食べました。
1、カウンター上のクリップに頭を固定する。
2、そのまま皮をむく
3、確か、ここで首から下だけを切り離す。まるで白い紐
4、10センチ位に短く切断。まるで、動くべったらづけ(こんな気色の悪いもの見たことない)
5、それをミンチに。
6、ニンニクたっぷりのハンバーグの出来あがり。
7、骨コリコリ、目をつぶって飲み込みました。うううう
   
   昭和50年ころ

とんちんかん小僧 - 2001/06/17(日) 14:05<

ネタがいっぱい!

 きょうかいさんへ

>加門七海興味津々です。

 それは、それは私的に嬉しいことです。以前、紹介した本で『大江山幻鬼行』
には、決して詳しくはないですけど、サンカや金山衆についても触れていますし
長編ものじゃないので一気に読めるので、おススメです。


 ヤゾーさんへ

>そんなにがんばって書いたらネタが尽きてしまいませんか?

 いえ、いえ、いいえ。何か、書きたくって、書きたくって仕方がなかった
んですよ。ネタは、まだまだありますし、たまに…って、まだ先のことです
けど忍者ネタ以外の話も書こうと思っているので心配なさらないで下さいま
せ。ネタがありすぎてコワいぐらい!?

おミヨ - 2001/06/17(日) 13:49<

マムシ料理

群馬にマムシ養殖場があり、そこでマムシ料理を出しているそうです。
以前テレビでやっていました。
場所思い出せません。

トウトウ酒 マムシの粉末はいっています。
健康にサカズキに一杯のんで、私は効き過ぎて二日酔いになり、二日酔い止めのドリンクのみました。^^

下谷万年町にも、とうとう酒のお店(?)で以前マムシドリンクとお料理だしていました。
ちいさなお店で地下1階にあり、ちよっと雰囲気怪しげで興味ありましたが、3ヶ月前ぐらいに気に入って
いる古本屋さんの帰りに、あのお店は・・・・・と思い出し探してみましたが、新しいビルになり変り、
見当たりませんでした。残念!
ちなみに私わ、虫類はダメですけん。

マムシは八代亜紀の演歌も好きでしょうか?
熱めの燗で肴はあぶったイカがいい〜〜〜。。♪       イヒッ^^

やなぎむしさん 薬疹大丈夫ですか? お大事にーー。。

 

Dongly <http://www1.odn.ne.jp/cam22440/oma-6.htm> - 2001/06/17(日) 11:55<

山歩きの方で

歴史や民俗も考えた名古屋の山男のサイト。
登山近くの地域の民俗資料を読んで入山してます。
修験、忍者、生地師、サンカ(サンガ)、旧家の話も出ています。
もちろん熊・大蛇の実在も登場。参考文献はありません。

 目次の1,2・・・
  1)大峰山 修験道の山旅 29ページ
  2)白山巡礼   38ページ
  3)南アルプス深南部の山々  28ページ

 本を買うと金と保管場所が必要ですが、これはロハです。

 ヤナギムシさん NA-MIさん おミヨさん ヤゾーさん
蛇の多いような所で、髪毛を焼いて蝮を寄せ集める実験を
しましたが、30分で、30匹位集合したそうです。
人間よりも集合は正確?上のサイトの天竜川流域では、スル
メと髪毛をあぶってその香で蝮を集めるといいます。
 思うに、人毛(それも女性の髪毛ない)とスルメに、更に
酒でも熱燗にすれば、興奮して沢山集まるはずです。
 濃尾平野ではサンカは生の蛇を食べるとあります。
この辺りのサンカ資格テストには当然、蛙と蛇の肉団子、蛇の
生食いが出題されますから、必ずマスターして下さい。

 



   

NA-NI - 2001/06/17(日) 09:28<

蝮談義ですか。

ヤゾーさん。おはようございます。

>実は僕はマムシを食べたことがあります。
>炭焼きを手伝っている時に炭焼きの爺さんが捕まえてきたのを炭火で炙って食べました。
>わりと美味しかったです。

貴重な(?)ご体験を。蛇の類は未だ食べたことがありません。

>それまではマムシを見ても怖いともなにも思わなくて、
>むしろ大人しい蛇で可愛い顔をいているんだなくらいしか思っていませんでした。
>向こうも僕に敵意がないことが分るのか、近付いても逃げることなく、
>むしろ愛嬌を振りまいたりしていました。
>ところが一度食ってからは、マムシを見る度に「美味しそう」と思うようになり、
>近付くと威嚇するようになり、直ぐに逃げるようになりました。
>えらいものです。これは本当の話しです。

私は、シマヘビは割りと好きです。噛まないし、渓流釣りにいって川原の藪を漕ぐと足元で「ガサッ」と音がして彼のヘビが逃げていきます。
さらに私はヘビを食べる岩魚が大好きです。うひひ。

Donglyさま。
>夜這には焼山寺(修験の山です)の頂上まで行った

福岡に八木山峠というのがあります。私は=焼山ではないかと思いますが。あの山塊の南には宝珠山がありましたか。修験の山です。

>(嘘!!。祭の夜の男女のパーティーは愛媛に今でも・いや
>今だからやってます。このために会社を休んでまで参加した若者がいます。
>実に頼りになる青年です。)といいますから、検証したい、「本読んでるだけでは不完全燃焼」。
>いわゆる学者と異なり、「庶民の眼の高さに合わせて」「体を張って」検証していくのが野史研究会です。
>もっと若く、そしてもっともっと好色ならば、と歯ぎしりする夜が続きます。
>民俗学にすぎないのですが鋭い「意欲的な」人妻がいますので「代打」をお願いしようかな。

八切氏のサンカ本とともに何とも刺激的ですね。フィールドワークに欠くべからざるものですか。

おミヨ - 2001/06/17(日) 08:31<

マムシ獲り名人

サンカがセブリを張る時、まずマムシ退治からやらねばなりません。
で、どーーしますか?
マムシ獲り名人は、人間の髪の毛を燃やすのです。
そうすると、藪や草叢に棲んでいたマムシは匂いにつられて、のこのこでてきます。
そこで一網打尽。高値で売れるのです。
マムシは人間の髪の毛の燃えた匂いが、だいすきなのであります。

名人になると、マムシの匂いでその辺にいるかどうかよくわかるそうです。

木地挽きの内職で、マムシを粉にして飴で煮詰めて作るマムシ飴があるそうです。

ヤナギムシ - 2001/06/16(土) 22:50<

それでは!!

それでは、わたしも蛇の話
  いまから、12・3年前の話です
 もう、雪がなかったから5OR6月の頃でしたでしょうか
比良山に登山した時の話です
  私の友人は、日本拳法3段・空手それに中国拳法おまけにボクシングまで
  こなす猛者やねんけど・・!!
蛇と化け物が大の苦手の人です

     山道に入るとチョロチョロ蛇が横切るのです
 友曰く・・いやな道ヤナ!!
  1回が2回5回が6回9回が、10回
   おい・・おれ我慢でけへんねんけど!!
友が言いました
   ほんま蛇多いな!!

  その時初めて、気がついてんけど・・・
  まわりの山の斜面・・
    ガサゴソなんや、音が聞こえるんです





どひゃーーーーーーーーーぁ
   みなさん信じれますか
  山の斜面ぜんぶ・・蛇ですねん!!

  おまけに、蛇のピラミッドができてるんです
     もちろん、生きてます

何千、何万の蛇が(すこしオーバー)でも数千はいました
  こんな、経験したら・・大金持ちになるんやと
    土地のひとがゆうてました

  ともは、今日はとっても無口
   なんでかな??


        それと・・この話ひとにしたら・・・・


  金持ちになられへんねん・・やて


        一昔前のおはなしでした

   やなぎむし・・ヤナギムシ

Dongly - 2001/06/16(土) 20:27<

虫にも色々

アレルギーの方、同情します。私もアレルギー体質です。ところが昔は
身体に回虫を飼っていた人が多く、回虫の御蔭でアレルギーがなかった
そうです。あおばな垂らしててもアレルギーではなかったのです。
回虫は、人間→回虫の卵→人糞→野菜の肥料→漬物→人間の循環です。
 回虫の卵入りの人糞を家庭菜園の野菜にかけて育て、それをサラダか
漬物で食べるとよいのです。薬代は0。熊野あたりでこれを実施すると
間違いなく、アレルギーの人が多く集まり、格好の「村おこし」になる
かも。国も医療費削減でいつかは取り組むでしょう。
 都会でやると保健所がやかましいので、アレルギー医療用で実施です。
 ただ感心しないのは「虫」地名。「むしょ」→「刑務所」ですから。
山歩きで猪の糞を踏まないようにしましょう。猪の糞には蝮の骨が入っ
てる事があり、「糞」づけて蝮に噛まれたと同じ状態になるそうです。
 植物では虎杖の模様が蝮の縞模様ですが、この模様が体に現れ、目に
見える色はすべて青色だそうです。いいかえれば蝮と同じ視界になるわ
け。蝮は小さくても向かってくるそうです。20匹位に襲われた方がい
ます。もっと恐ろしいのは赤色を持つ「山かがし」で、普通は彼から逃
げ出しますが、噛まれると脳が腐りまもなく死ぬそうです。
 私へび年ですが、大〜丈夫です。

もんむー - 2001/06/16(土) 16:54<

黒猫・白猫

エミール・クストリッツァ監督作品「黒猫・白猫」をビデオで見ました。

日本ではあまりなじみのないユーゴスラヴィアのコメディー映画なのですが、
これがすこぶるおもしろい映画でした。ドナウ河畔に暮らすジプシー達のは
ちゃめちゃな生活を描いたストーリーです。

この映画ではジプシーの人達が自ら出演しているのですが、これがバイタリ
ティーあふれるいい演技をしていて小気味いいです。というか演技とかじゃな
くて、そういう人達なんだろうなと思いました。

映画「ガーディアン・エンジェル」(自警団とは無関係)ではユーゴのジプシー
の子供達が貧困故に人身売買の対象とされている現実が描かれていて、彼らの
生活も実際はたいへんなんだろうなと思うのですが、一方でそこぬけのバイタ
リティーの持ち主であることがわかって、なんとなく親しみがわきました。

でわでわ

ヤゾー - 2001/06/16(土) 14:00<

マムシは勘が鋭い?

たなまさん、はじめまして。
失われた民とその謎に満ちた文化を一緒に探究いたしましょう。
今後ともよろしくお願いしますね。

ヤナさん、利田ヤゾウ、釣りバカが誘いに来たので今から大崎へ釣りに行ってきます。
大きなイサキを釣ったら写真で自慢するから楽しみに待っててね。

NA‐NIさん、きょうかさん、Donglyさん、実は僕はマムシを食べたことがあります。
炭焼きを手伝っている時に炭焼きの爺さんが捕まえてきたのを炭火で炙って食べました。
わりと美味しかったです。

それまではマムシを見ても怖いともなにも思わなくて、
むしろ大人しい蛇で可愛い顔をいているんだなくらいしか思っていませんでした。
向こうも僕に敵意がないことが分るのか、近付いても逃げることなく、
むしろ愛嬌を振りまいたりしていました。

ところが一度食ってからは、マムシを見る度に「美味しそう」と思うようになり、
近付くと威嚇するようになり、直ぐに逃げるようになりました。
えらいものです。
これは本当の話しです。


KEIJUさん、ノートパソコンとデジカメを使って旅先から写真日記をアップすれば
みんな喜ぶと思いますよ。きっと沢山の人が見にきます。

Dongly - 2001/06/16(土) 12:06<

蝮酒は女心

 一本持っています。地元産のオリジナルで義理の父が割竹に挟んで捕まえ
焼酎に入れた20年もの。ただしプロの「蝮除:むしよけ」(サンカ)は
一度漬けた焼酎を捨てもう一度新しい焼酎に漬けます。漬っぱなしは蝮毒が
当る事があるそうです。下戸の私、蝮酒美味いと思います。
 我が町昔、法蓮草と蛇、繁華街へ出る路地商人の多い所と聞いていますが
、我家裏山に猪が出てくるので、彼の大好きな蝮は殆どいません。

 東洋一(何でか忘れました!)の温泉徳島神山町に資料購入で行きました。
資料がなく、ホテルは止め民宿に泊まりました。何かないかと眼をギラギラ。
同じ宿の、広島からきた八十八ケ所廻りの先達(守り本尊は不動)をやってる
人と20分話した後、「君サンカだろ」と追及しました。もちろん、彼は真実
を徹底追究する熱い思いの敵ではなかったのです。また「山姥」が「口を赤く
塗って出てきた」といいますから鉱山があった事は間違いなく(また一般に
「山配」名の酒や和菓子名産もあります)、山老女でなく、山姥=山女郎の
私説を証明・補強する事になりました。夜這には焼山寺(修験の山です)の
頂上まで行った(嘘!!。祭の夜の男女のパーティーは愛媛に今でも・いや
今だからやってます。このために会社を休んでまで参加した若者がいます。
実に頼りになる青年です。)といいますから、検証したい、「本読んでるだ
けでは不完全燃焼」。

 いわゆる学者と異なり、「庶民の眼の高さに合わせて」「体を張って」検
証していくのが野史研究会です。もっと若く、そしてもっともっと好色なら
ば、と歯ぎしりする夜が続きます。
 民俗学にすぎないのですが鋭い「意欲的な」人妻がいますので「代打」をお
願いしようかな。

KEIJU <http://www.geocities.co.jp/Hollywood/7353/> - 2001/06/16(土) 09:52<

ただ今徳島です!

昨日山の中の町 神山町へ行ってきました! それはすばらしく美しい田舎の風景!!
またおどろおどろしい ところも! ここにはあるでしょうねえ
サンカのにおいが!!!   何か神山関係の面白い情報誰か知りませんか??
ヤゾーサン live情報出してくれてありがとう!!

きょうかい - 2001/06/16(土) 09:51<

まむしプカプカ

  やなぎむしさん
>北島酒造の御代栄
         できれば大吟醸・・しぼりたてのひやおろし

  ありがとうございます。行ったら探してみます。

やぞーさん NA‐NI さん
 まえに、マムシ酒の造り方聞いたことあります。
 あれは、わざと空気を少し残して生かすんだそうです。
 それでマムくんは、つねに頭を上にしてプカプカと・・・
 そのわけを聞いたのですか、忘れてしまいました。
 ちなみに、そのかた九州出身で名は、山梨県の旧名。
 誇り高き人でした。

NA‐NI - 2001/06/16(土) 05:51<

マムシ

やぞー様

>>飲むときに噛まれることがままあるとか聞いています。
>命がけのマムシドリンクですか?なんだか面白いです。

私は怖いですね。皮をひんむいて、枝に巻きつけて焚き火に炙って喰う人の心境がわかりまへん。
これって食べ過ぎると蛇のギトギト油が目に蓄積されて油が瞳を覆っちゃって見えなくなるとか。。。
 
おっと、マムシドリンク?エキス?のお話でしたね。ごぞんじでしょうが、大瓶に漬けられているマムシは実は生きているんですわ。時々顎をアウアウ動かしていたりして。どうか細心のご注意を。

ところで、八切氏は三角氏を「体制側べったりの人間」と批判されていたようですね。三角氏の東(関東)のサンカの研究にたいして西(東海)の研究とか対立しておられたようですね。記憶の紐解きなので違っていましたらご指摘を。

また、サンカ語を体系的に編纂した文献というのはあるのでしょうか?断片的に単語は少し学べるのですが、曖昧もこもこでよくわかりません。

たなま - 2001/06/16(土) 03:51<

初めまして

以前からサンカに興味を感じていていた者です。
でも慌ただしい日常に追われてるせいか書店周りもままならず、
多くの文献にも目を通さずにいままで来てしまいました。
そして偶然このHPを発見し、興味深く拝見しています。
失われた民とその謎に満ちた文化は人工的環境に埋没しきった
僕にはとてもロマンチックな気分にさせてくれます。
以前はサンカにまつわる地をドライブがてら訪ねたりしたもの
ですが、知識不足が足を引っ張って遥かな過去を概観出来ない
自分に敗北感を覚えたりしたもんです。
所詮は死に絶えた者、なんて勝手な理屈をつけて遠ざかったり
したこともありましたが、結局舞い戻って来てしまいます。
出来ればまた再び近江の里を訪ねてゆったりした時を過ごして
みたいと夢想しています。

ではでは突然の書き込み失礼いたしました。
また寄らせていただきます。

ヤナギムシ - 2001/06/16(土) 01:16<

追伸

きょうかいさん・・・近江の旅きょうかいな!(くさーーぁ笑)

    近江のうまい酒・・思い出したので書いときまっさ

   好みもおますやろけど・・北島酒造の御代栄
         できれば大吟醸・・しぼりたてのひやおろし〔まだ早いか!?)
           純米吟醸クラスでお楽しみください

                   いらんことを・・やなでした

ヤナギムシ - 2001/06/16(土) 00:57<

薬は恐い

こんどの薬・・ステロイド系だって!
   まえに、おやじが飲んでいた同じ類のくすり・
    そおや・・ムーーンフェースとかに・・なっていた・・あれや!!
  すこし・・こわいやつや!!
  そやから2日分しかくれへんかった
   
  きょうかいさん・・お心使いありがとうございます
   ヤゾー・海の魚逃げへんわい!!
          ・・・・・と・・おもうんやけど?

  きょうかいさん・・近江の酒・・ええ酒が多いです(飲みすぎに注意)
    確かあの辺り・・鉄砲鍛冶でも有名でなかったかな??

  楽しんできてください
             やなでした

やぞー - 2001/06/16(土) 00:07<

ぼくも ねむねむ

NA-NIさん、こんばんわ。

>飲むときに噛まれることがままあるとか聞いています。

命がけのマムシドリンクですか?
なんだか面白いです。

ヤナさん、風邪も薬も気をつけてね。
早く元気にならないと、魚さんが逃げてしましますよ。

とんちんかん小僧さん、そんなにがんばって書いたらネタが尽きてしまいませんか?

おユキちゃん、僕も里美八犬伝の映画を見たことがあります。
そういえば忍者みたいでした。
タヌキは見てると優しそうなので、犬の子でも猫の子でも育てそうですね。

きょうかいさん、こんばんわ。

>来週、土日、奥琵琶湖の隠れ里マキノへ旅行します。

そうですか。
それは楽しみですね。
気を付けて行ってきて下さいね。
また面白い発見でもありましたら教えて下さい。

眠り姫のサクラさんですか?ぷっ(笑)いや失礼。
僕もここのところ眠くてしょうがないです。
この季節は夜更かしせずによく寝た方がきっとよいのでしょうね。

眠り姫 - 2001/06/15(金) 23:29<

ねむねむ

気持ちのいいビデオみたせいでしょうか?
      心地よく雨が降っているからでしょうか?
             世の中の事件に疲れてしまった為でしょうか?

眠り病のように夜は寝ている、日々が続いています...

ここはロムしてるのだけど、すぐにねむねむ

          くらべれば タヌコにまけぬ 寝る子のサクラ
    

ねむねむ   お・や・す・み・な・さ・い                         

きょうかい - 2001/06/15(金) 17:02<

こんどは加門七海

 とんちんかん小僧 さん
加門七海,興味津々です。
今度読もうとねらってます。
網野氏の『蒙古襲来〜転換する社会』も読んでみたい。
網野さんのは、足掛け10年くらいざっと目を通しているので
なんとなく、想像してます。
 紹介ありがとうございます

とんちんかん小僧 - 2001/06/15(金) 15:47<

忍び者伝達者

>忍者のお話、いつも楽しく読ませて頂いてます。

 おユキさん、ありがとうね。
 忍び者については、何故か他人事に思えないので、皆さんに
ちゃんと知ってもらいたくて書いてます。
 サンカについては、好きだけれど、よく知ってる人が語るの
が筋だから、忍び者伝達者として、これからも見守って下さい。

きょうかい - 2001/06/15(金) 13:20<

酒と車窓と近江

 昨日、隆慶一郎初めて読みました。
「時代小説の愉しみ」です。おもしろくって
また他のを探してみます。どなたか、紹介してくれた人
ありがとうございました。
小林秀雄たちとのエピソードなど笑い転げました。

「日本酒は一期一会、うまかったらとことん飲むべし」隆慶一郎

 来週、土日、奥琵琶湖の隠れ里マキノへ旅行します。
 あの辺は初めてです。
 京都→湖西線マキノ→泊→長浜→米原→帰路の予定
 どこかおすすめの処があれば、教えてください。

 ヤナギムシさんへ
 大変同情いたします。
 私の家族にも喘息もちの薬アレルギーがいて、以前アレルギー発作で
 病院に行き、もらった薬で呼吸はよくなったのですが、副作用で
 不整脈を起こしました。呼吸困難か心拍ドキドキかという、二者選択は
 つらいものです。彼女は、結局、いわゆる「健食」で自分に合うのを
 見つけてきて、強くなりました。ただ、科学物質には弱く、喘息までは
 いかないけど、よく目が痒くなるといいます。(家具の塗料のホルムアルデヒドなど)
 早く良くなるよう、お祈りいたします。
 
 

おユキ - 2001/06/15(金) 12:55<

里見八犬伝

タヌコちゃんたちは相変わらず少しおバカさんなんですか(笑)
なんだか私みたいで親しみを感じます。

ヤナギムシさん
夏風邪は拗らしたら厄介ですのでお大事にして下さいね。

とんちんかん小僧さん
忍者のお話、いつも楽しく読ませて頂いています。
私は忍者と聞くと里見八犬伝を連想してしまいます。
映画の影響かも?

伏姫と飼犬八房との間に八つの玉が生れ、それぞれの玉を持って生まれた八犬士たちの物語。
伏姫は拾ってきた犬・八房(やつふさ)をとてもかわいがりました。
この八房は昔捨てられタヌキに育てられていたそうです。
だからタヌコちゃんも少しはお利口さんなんです。

とんちんかん小僧 - 2001/06/15(金) 01:41<

忍びの実態と幻想(おまけ)

 みなさん、おこんばんは!(もう寝てるよね)
  
>とんちんかん小僧さん、楽しんで読んでます。

 おミヨさんにそう言ってもらえると、とても嬉しいです。
 はりきちゃおっと!

 min-minさんも、加門ワールドにはまったようですね。
 加門七海本どれも、良いので皆さん買って下さい。

 ここからは、少し頭の中を真っ白にして、読んでいただきたい。
 これから書くことは、以前私が、ヤゾーさんに、教えていただいた時に、
冗談だと思っていたので完全に否定してしまった事を“ある本”の中から
見つけてしまったことが始まりである……。

 かつての忍者は、奇怪で、不気味で、そしてたいそう楽しいものだった。
 “かれ”は一見してそれとわかる忍者装束で登場し、九字を切ったり、
呪文をとなえたりして、たちまち煙とともに消え失せ、あるいはヘビや
ガマなどに化身してくれた。近頃、そんな“かれ”にめったにお眼にかかれない。
 しらじらしくも、煙は火薬であり、小動物は化身したかに見せかける
道具にすぎないと解釈され、目立つように、忍術伝書や忍具を発表され
たりするので、“かれ”はきっと恥ずかしがっているのだろう。それゆ
え“かれ”が、映像であれ、舞台であれ、活字であれ―もっともそのほ
かに出ようがないのだが―ふと見せる顔は、ひどく憂鬱で、なにか人間
の深淵みたいなものをのぞかせるばかりである。
 この上の文は、どの本からの記述かは、教えられないですが、この著
者もまた、服部氏(次回、書きます。)の系統の家柄の方です。
 やはり、これを見つけた時、本物の忍者っていたんだなと思うと体の
奮えがとまらなかったです。
 

ヤナギムシ - 2001/06/15(金) 01:23<

ヤクシン

咳が止まらず・・またDRへ・・
  フームフム・・薬を変えましょう!!
酒を、控えて喉の消毒もそこそこに・・薬はきっちり飲みました
  流石名医・・見立てはバッチリや!!

今日は、眠れそうや・・と思ったのは昨日の夜やった!
  なんや?かいいねん(痒い)・・今日はおかしい!!
   と・・思たんわ・夕方のこと
 お昼のやきめし・・こぼれたん食べたからかいな?
  手首がかいい・・
   口元も・・背中も足首も・・ひやーーーぁ・・かいいのん
なんでや・・薬の本でそのくすり・・調べたら

      副作用ありました・・薬疹

            むりな釣り行きが・・まだ祟ります


         かいかいい・・ねん
                    やなでした

NA-NI - 2001/06/15(金) 00:37<

サンカ

紀伊国屋で復刻三角寛氏著作集があって、6集を見たら武州のサンカの写真が載っていて、今更ながらイメージとしてきちんと捉えることができたきがいたします。本日、図書館書庫に八切止夫氏のサンカの本を発見、借りて参りました。氏の本はこれが初めてになります。

>被差別部落でも、「普通の」農民も、昔は竹細工したこともあります。
調査する限り、
>竹細工しながらの川魚漁師、竹細工しない藤蔦細工・

竹細工といえばハヤトもそうです。エミシ同様に強制移住されたハヤトはしばしば、竹の密生地付近に置かれました。竹細工を盛んにしていた彼らは大和王権からもその生産を望まれたようです。

>各地に兼業の蝮取り中には「蝮ドリンク」にも売るものあり

岩手県紫波町(大迫町に近い地区)の直売所で一升びんのマムシ漬けを見たことがあります。秋田でもよくされていて、飲むときに噛まれることがままあるとか聞いています。

ヤゾー - 2001/06/15(金) 00:10<

光れ! 泥だんご

Donglyさん、こんばんわ。

>彼らは「金」以外何を考えているのだろう。

心のどこかでお金や名誉よりもセブリ生活を求めていたりして?
サンカって本当の豊かさを知っていたような気がすることがあります。

おミヨさん、とんちんかん小僧君、こんばんわ。
笛師銀兵衛の話しは面白いですね。

>タヌコちゃん、ヤマガラさん元気かなーーー。

タヌコちゃんたちは相変わらず少しおバカさんです。
いつまでたっても同じことに驚いたりしています。

min-minさん、こんばんわ。

>いよいよプロバイダーの変更を検討しなければならんでしょう。(^^;)

やはりそうでしたか。
サーバーのパンク状態も大変ですが、
ハードディスクのトラブルはもっと悲惨です。
今、僕は泣きそうになりながら、そのトラブルと戦っています。
日頃のバックアップはこまめにしておきましょう。


テレビのドキュメンタリーで、子供に光る泥だんご作りを教えて、
子供が夢中になる心理を研究している学者の話しをしていました。

番組の中で、学者が作った光る泥だんごを、泥だんごを作っている最中の幼児に渡して、
その反応を見る実験が行われたのでした。
面白いことに、光る泥だんごを渡されたすべての幼児が、
貰った光る泥だんごを手放して自分の泥だんご作りに精を出すのでした。

僕も小さい頃、泥だんご作りに夢中になったことがありましたが、
その時の無心で作っていた記憶が蘇りました。

要は自分で作ることに意味があり、自分で作ったから愛着もあるのです。
只の泥だんごなのですが、何日もかけて手塩にかけて丸くて光るまでに仕上げた泥だんごは、
大人になれば忘れてしまいがちな価値観があるのかもしれません。

そんなこと言ってどこではありません。
ハードディスクをなんとかしなければ。

min-min - 2001/06/14(木) 23:21<

RE:繋がらない

ヤゾーさん、みなさん、こんばんは。min-minです。

繋がらない、といえば我がHPは@nifty(ニフティー)がサ−バーなのですが、
一昨日の夜(11時以降深夜まで)、昨夜、そして今夜ともほとんどパンク
状態で繋がりません。
いよいよプロバイダーの変更を検討しなければならんでしょう。(^^;)

とんちんかん小僧さん、

加門七海の『東京魔方陣』を買って読み始めたとたん、ぶっ飛びました。
うわははは。あれは通常のσ(^^)は手を出さんカテゴリーですが、何故か
面白い!どうしてもこうしてもkumanoが絡む・・・。

おミヨ - 2001/06/14(木) 21:26<

みなさま おばんです(オバンと読まないでね)

とんちんかん小僧さん 楽しんで読んでいます。
出雲鉢屋の笛師銀兵衛は笛師であり、その名が銀兵衛すなわち銀(しろがね)ノ兵衛で鉱山師
でもあつた。この笛師たちは、諸方の戦場での謀略戦にかり出されていた。敵を欺くための
歌舞音曲や、虎落笛に似た一種の警報合図としての笛で、それは、山の峰峰にひびき渡り、
谷間や山麓に呼応し、森や村にも共鳴音を呼び合って行くという無気味なものであったと。
虎落笛は、季語が冬であるように、冬の烈風が柵や竹垣、電線などにふきつけて笛のような
音をたてることをいう。(杜山悠)銀兵衛さんで思いだしたので書いてみました。



とんちんかん小僧 - 2001/06/14(木) 19:08<

鉢屋衆 (後編)

 笛師銀兵衛(ふえしぎんべえ) [生没年不詳] 
 
 彼は、笛師を表稼業とした、鉢屋忍群の忍者である。中編と重なりうることも
ありますが御容赦を。
 文明18年(1486)正月、三河万歳に変装した鉢屋一党が、尼子方に属して、
塩冶掃部介(えんやかもんのすけ)が守る、出雲(島根県)月山富田城を攪乱
(かくらん)工作の奇襲攻撃で落城させた。
 この時、尼子経久から月山富田城奪回戦に際し協力するように求められた鉢屋
一族は、相談の結果、忍法にすぐれた笛師銀兵衛が当面の責任者と決まった。
 銀兵衛は、笛師の祖先である、天香山命[あまのかぐやまのみこと]=(石凝
姥命[いしこりどめのもこと]を祀(まつ)っていた。代々が、笛師を表稼業と
する鉢屋衆だった。
 笛師とは天照大御神が天の岩戸にかくれた時に、天香山の竹をとって吹いたの
がはじまりだという。古い家柄である。
責任者を引き受けた時の席上、銀兵衛は、
「サムライの家に騒動が起こり、ためにサムライの家が、興廃しても、鉢屋は
知らぬことだ。鉢屋に大切なのは、それによって、国中に鉢屋の力を漲(みなぎ)
らせる事が出来る」 といっている。
 月山富田城は尼子氏のものになったが、銀兵衛は早々に城下を退いたという。
 経久が期待した尼子への忠義など、鉢屋一党にはなく銀兵衛は、笛師にもどった
だけである。

とんちんかん小僧 - 2001/06/14(木) 17:11<

鉢屋衆 (中編)

 鉢屋弥三郎(はちややさぶろう) [生没年不詳]

 出雲の尼子氏の庇護を受けた鉢屋一党は平安末期から忍びを駆使した
窃盗団だった。 
 江戸時代初期の仮名草紙作家である浅井了意の『御伽婢子(おとぎ
ぼうこ)』に「ひたちのくに秋津郡より名誉の窃盗(しのび)の者来れ
たり」とある。「名誉のしのび」という文字に注目すると、忍者も盗賊
も同等としているのだろうか。
 尼子経久が毛利氏から富田月山(とだがっさん)城奪回を狙っていた。
 当時、庇護されていた鉢屋弥三郎、笛師銀兵衛(この人は後編で)ら
一党は、文明18年(1486)正月に、三河万歳に化けて、月山城大手門前
に集合した。忍びが専門の連中にとって、三河万歳に化ける事など容易
い。陽忍の一つ、妖者(ばけもの)の術といい、むさいものや、非力な
下賎ものに姿形を変えるまでもないのだった。毛利方では、例年のこと
で、もう万歳が来たかと城内へ招き入れた。これを狙っていたのが鉢屋
一党だ。毛利方の油断をみて放火し、これを合図に決起した尼子方は少
ない人数だったが攻め入った。首級はこの時、450ほどあったという。
圧倒的な勝利である。
 尼子氏の再興をかけた山中鹿之介らの奮闘むなしく、尼子氏が滅ぶの
はずっと後の事である。

Dongly - 2001/06/14(木) 15:41<

おしえてサンカ

 って何でしょうか?三角寛の箕作りだけでしょうか?サンカでない
被差別部落でも、「普通の」農民も、昔は竹細工したこともあります。
調査する限り、竹細工しながらの川魚漁師、竹細工しない藤蔦細工・
秋田角館が有名な桜皮細工、四国山中に山蜂取り、各地に兼業の蝮取り
中には「蝮ドリンク」にも売るものあり、今は鉄工所か金物屋昔はブリ
キ屋さんの野鍛冶、堤(池)番・今は河川で不法係留取締役兼の貸ボー
ト屋・釣具屋・えさ屋・釣具メーカー、昔春駒や紅勘やチョンガレで今
は××プロダクションや芸能人・政治家への紹介業、昔山番・野番・店
守で今警察官・警察幹部、昔ニガテで今薬屋・薬剤師・××薬メーカー
、いかだ師は製材所・木屋で今は建材屋・建築メーカーか、などなどに
サンカ系あり。会社社長・高級官僚・政治家にも多いといわれる。
彼らは「金」以外何を考えているのだろう。
もちろん大多数が「社会」や「世界」を忘れた会社人間で、時々思い出し
たような自然志向・自然食志向だが、思考だけが多く、気質は争えない。
 環境運動や住民運動の一つでもすれば能力を発揮するかもしれないが
惜しいことだ。
サンカとサンガは同類異種。鉢屋(飯母呂)とサンガも同類異種。
みなさん自分なりに系統を少しづつでも分類・整理してみませんか?

おミヨ - 2001/06/14(木) 12:23<

雨が降ってもGood after-noon.

「火田民」について
NA-NIさん ヤゾーさん Donglyさん有り難うございました。
2チャンの金太さんの「サンカだそうです」の話し「火田民」と関係はどうなんでしょうか?
と思ったもんで聞いてみました。

ヤナギムシさん、あの事がトラウマに??? 何????
春之助君は元気ですか?

きょうかいさん「・・民俗学」もうナンバ8までお読みになったんですか?進んでますねーーー。。
「・・・・火ダルマ・・・」ワタスも注文しましたよ。

タヌコちゃん、ヤマガラさん元気かなーーー。。
犬娘も元気かなーーー。。

ヤゾー - 2001/06/14(木) 00:23<

繋がらない

きょうかいさん、こんばんわ。
ゾロアスター教なんて、凄く日本に影響を及ぼしているかもしれませんね。

ヤナさん、こんばんわ。
イサキが釣れているので土曜日に雨でなければ大崎へ釣りに行きます。

Donglyさん、こんばんわ。
「××首相はサンカ出身、サンカと客家は酷似する」という内容で宇野正美氏が講演を行います。
東京は6月19日18:00 JAビル9階ホール 2100円、予約不要
大阪の日程は、お問い合せ下さい。
0795−52−7082リバティ情報研究所
との情報をメールで頂いたことがあります?
>ただ天皇一族の人種だけは知りたいです。
時代時代で人種も入れ代わっている気もするのですが?
案外、国津神の血が濃いような気もします。


あちこちのサーバーが調子が悪いのか、それとも僕の使っているサーバーが悪いのか、
繋がらないところが沢山あって困っています。
みなさんはどうでしょうか?

Dongly - 2001/06/14(木) 00:03<

天皇家のことや

古代は判りません。唯一の誇かもしれませんが、私は天皇家と全く無縁です。
 ただ天皇一族の人種だけは知りたいです。どなたかヒントをお願いします。
というよりも庶民の事で手一杯。人種については古事記や日本書紀やその解
説本を勉強しないとダメでしょう。八切止夫の本が判りやすく、彼の場合は
時代小説ですら人種を意識していますし、関連地名や呼び名が重要でしょう。
 八切本サンカの部分は信憑性を感じますが三角寛の焼き直しが多く、もっと
重要なのは彼の史観の方だと考えます。ただ引用文がない所があり残念です。
 楠木は新羅か百済系?の散所の者、畠山は・藤堂は確か別所の者(元は東北
在住のエミシ)の筈です。十年位前に読んだので覚えていません。記憶の良い
人に確認してみます。芸能人・スポーツ人・高級官僚・大会社社長・政治家の
うちの巨悪犯や、凶悪犯ならその素性をBBS上で記してもよい(ただし仕返し
の危険は大あり)と思います。その他の方の事は書かないのが常識でしょう。
例えば、考古学の森浩一氏は熊襲末裔、「隠された十字架」の著者はアイヌの
混血をそれぞれ公言し、民俗学の宮本常一氏は彼の著作を精読すれば家船末裔
の推定は出来ます。中国では背の高かったあの毛沢東は漢人ではなくロロ族
(鳥居龍三説)、トーショー平は漢人を自称していますが八家(はっか)族。
もちろん八家=漢人もありますが。そして在日の華僑の会は大部分は八家だ
という説もあります。
 もちろん中国では八家を調べたり、研究したりすると、目を白黒する
だけではすまず、じきに目は白くなるそうです。
 ただ一般に「藤」がつくのが藤原氏関連は偽りが殆どで、藤原氏は
伊勢以西では少なくとも公家筋ではないようです。三重県ならば藤原町を
詳しく調査すればわかります。

ヤナギムシ - 2001/06/13(水) 23:26<

けけけけ・・け

やーー・・暗闇、わたしの友よ!
  語り合いにまた・・わたしは訪れてきた
    静かな沈黙の世界へ・・・


   あの事がなかったら・・沈黙と暗闇は素適な世界だった
        なぜか・・今・・明かりのない世界で
          眠れなくなってしまった

            TORAUMA・・・って本当にあるんや


    酒・・そして音楽・・
       しとしとと降る雨!・・・・・

     外を走る・・・ドップラー音・・・

            ・・・・・・ヤナギムシ
  

きょうかい - 2001/06/13(水) 14:58<

拝火教

おくめさん こんにちは
日本書紀 孝徳白雉654四月の条
「吐火羅國男二人女二人舎衛女一人被風流來于日向」
トクヮラ国の男二人、女二人舎衛の女一人が風に遭って日向に漂着した
斉明天皇3年657
「覩貨邏國男二人女四人漂泊于筑紫。言、臣等初漂泊于海見嶋」
トクヮラ国の男二人、女四人が筑紫に漂泊した。彼らの言うには
『私どもは、始め天見嶋(奄美)に漂泊しました』
トクヮラとは、
1、 トカーレスターン説(アフガニスタン北部)
2、 東南アジア説 井上光貞(タイのメナム川下流)、竹内理三(ビルマ)
3、 伊東義隆(ゾロアスター教徒説)ペルシャ文化渡来考 岩波書店
 とりあえず、正史?の既説を並べました。
                     つづく

ヤゾー - 2001/06/13(水) 00:08<

おくめさん、はじめまして。

三重の人なんですね。
昨日、七里御浜の辺りへふら〜と遊びに行ってきましたよ。
鬼ヶ城も見てきました。

>ササン系渡来人−−坂上田村麿−楠木正成/北畠氏/後醍醐天皇−忍び−藤堂高虎−忍び−???

僕には詳しいことは分りませんが、坂上田村麿は百済系に間違いないように思います。
それと坂上田村麿は原住民系を征伐した人で、後の人は渡来系であっても原住民系と融合した人のように思います。
今夜は眠いので、明日にでもササン系渡来人について調べてみます。
donglyさんはじめどなたか助けて下さいまし。

おくめ - 2001/06/12(火) 19:41<

初心者です

全部読んでませんし、読んでも判りませんが、以下は初心者の勘です。

ササン系渡来人−−坂上田村麿−楠木正成/北畠氏/後醍醐天皇−忍び−藤堂高虎−忍び−???

私は鈴鹿山麓の村落の出身です。なんか大柄で顔の濃い人が多いです。私の父、祖父、祖父まで
も男は身長180以上、女も160以上は当たり前でした。名前は古市といいますが、これは
百済系という説あり。

なんか、滅茶苦茶書いてますね。ごめんしてくださいまし。

ヤゾー - 2001/06/12(火) 19:27<

タイ亡命中ギタリストKEIJUライブ情報


6月20日(水)和歌山市内新和歌浦 BAGUS  HATTA&KEIJU DUO 
6月21日(木)京都 タクタク DUO 075−351−1321
6月23日(土)京都 拾得 服田洋一郎バンド  075−841−1691
6月24日(日)長野市内 GAO 服田洋一郎バンド 026−232−1854
6月25日(月)名古屋市内 TOKUZO 服田洋一郎バンド 052−733−3709

ヤゾー - 2001/06/12(火) 19:25<

遠足

みささん、こんばんわ。
きょうかいさん、ぽんさん、お久しぶりでした。

今日は少し遠出して、鬼ガ城、花の窟神社、ウミガメ公園、リス公園、え〜とそれから、
徐福公園、阿須賀神社、神倉神社を見てきました。
写真を沢山撮ってしましたので、これから整理してページにします。



>わが愛するタヌコちゃんに化かされに行ってみたい...

愛する余り、姿まで似ないでね。
ゴメンナサイ。もう言いません。

>『神皇正統記』畠山親房は別所出身といわれています。

南朝を支持した北畠氏は系図偽造により村上源氏の子孫ということになっていますが、
実は北畠の党という万歳師からでた一族だといわれているようですね。

>「サンカ民族のメッセージだ」

当初、ペトログラフを解読するのにサンカ文字を解読コードにしたら、
結構読めたという話しは面白いですね。

とんちんかん小僧 - 2001/06/12(火) 18:27<

とんちんかん・ブック・コレクション・Vol,2

 きょうかいさんもチェックされていたようですね。
 見落としていました、すみませんです。よかったら、買って下さいませ。
 
 今回、紹介する本は、
 一冊目は、『幽』『妖』『怪』『奇』の四字がキーワードになってます。
 荒俣宏著『本朝幻想文学緑起』 工作舎 2800円+税

 次の本は、『呪』『闇』『陰陽師』等です。
 二冊とも豊島泰国【とよしまやすくに】著の
 【図説】 『日本呪術全書』 3200円+税
 『安倍晴明読本』      1500円+税 ともに原書房より出版。

 その次の三冊は、『妖怪』がキーワードです。妖怪好きの人なら
もう既にチェック済みかもね。

 日本怪奇幻想紀行 妖怪/百鬼巡り 一之巻 1700円+税 角川書店
   同      妖怪/夜行巡り 五之巻 1700円+税  同

 上の本の主な執筆者は、多田克巳氏、加門七海氏、村上健司氏、
諏訪春雄氏、藤巻一保氏他。読むにつれ、単なる妖怪本とは、異なるもの
だと実感するでしょう。
 
 最後は、京極夏彦氏の『百鬼夜行−陰』 980円+税 講談社
という、妖怪小説です。
 また、良い本があったら、随時紹介しますので。
     

とんちんかん小僧 - 2001/06/12(火) 14:53<

加門七海

 サクラさんにmin-minさん、レスありがとう。
 網野氏の『蒙古襲来〜転換する社会』は、一家に一冊必要不可欠だと、私思いました。

>ところで加門七海さんてどんな作家なんですか?

 加門七海…東京生まれ。多摩美術大学大学院修了後、美術館の
      学芸員として勤務。92年『人丸調伏令』で小説家と
      してデビューする。日本の風水を独自の視点で研究、
      都市に仕掛けられた結界を解き明かした『大江戸魔
      方陣』『東京魔方陣』などで、熱狂的な読者を得る。
      主な著書に『くぐつ小町』『うわさの神仏』『晴明。』
      『呪(しゅ)の血脈』など、多数。

 min-minさん、加門さんの本は、ノンフィクションものにしろ、小説にしても
まるで、自分が本の中に入り込んでるかのような、一体となれる本です。
 加門ファンになって、丸5年です。どれも、いいですよ!

利田 - 2001/06/12(火) 14:22<

サンカ文字?

山之口の六字岩

 位山と岩伏せ山には、暗い原生林のなかに、人家ほどもある大きな岩が群がって岩肌を重ねるように露出し、訪れる人を驚かせます。それぞれ“位山巨石群”
“岩伏山巨石群”と呼ばれ、この一帯は神仏の宿る地として、地元の人たちからあがめられているのです。
 岩伏山の巨石群の一つに、“六字岩”と呼ばれる切り立った大岩がありますが、この岩のことを地域の古老たちは、
「あの岩は“阿弥陀岩”と呼ばれておるが、小学生のころ、大岩の切り立った面に“南無阿弥陀仏”の字が現れる─といってな、受持ちの先生と見に行ったことがある。字は、はっきり分からなんだが、そこんどこだけ苔が生えて、何か書かれているように、黒ずんでおったの覚えとるな。その“南無阿弥陀仏”の六字から“六字岩”とか“阿弥陀岩”とか、名前をつけたんであらまいか」
 と、岩伏山を指さして、その大岩の姿を思い浮かべるようにしていました。
(萩原町教育委員会・編「はぎわら文庫」第12集「萩原の民俗信仰と芸能」より)
 平成8年9月24日、「南飛騨古代文化を語る会」(舩坂長樹会長)のメンバーは、日本ペトログラフ協会の代表者と共に、この神秘のベールに包まれた六字岩の調査を行いました。巨石の上面の腐葉土の下から、数多くの盃状穴や山窩文字などが現れ一同を驚かせました。
 「流星と宇宙直列では?」「サンカ民族のメッセージだ」「春夏秋冬の太陽の方向を示したもの」・・・・と悠久の時を超えて超古代へのロマンがひろがります。
(平成9年 夏号 第5号)

dongly - 2001/06/12(火) 12:50<

間違えて

すみません。訂正します。畠=白+田 ではありませんか!近視+
遠視=私の目のせいです。私に責任はありません。
 白には1)長崎キリシタン語で神仏を奉ずる者、2)盗賊・女盗賊
とあり、「白波三人男」で知られます。多いのは」3)別所関連で、
白山(しらやま)、白峰、白子など枚挙にいとまなしです。白衣は
八十八ヶ所参りの死装束と死の直前お世話になる方の衣、明治期まで
の喪服で、褌も腰巻も汚れてても白、奴豆腐も白(坊主の作るゴマ豆
腐は黒色)、車も白色が多く、奥様だけが「しろない」と白のエプロ
ンをかなぐり捨てました。別所心の深層心理でしょうか。
 どっちにしても庶民に土地所有権なるものが出来たのは明治期以後
で明治以前の土地所有(権)について、歴史や法律の専門の方に聞い
ても関心なしか無知の場合が多く、不明です。
 だから 自分の田→畠 はありえないと思います。
 畠山みどり 緑といえばば白波と同じ意味もあり、何かやって
ますか?『神皇正統記』畠山親房は別所出身といわれています。

ぽん - 2001/06/12(火) 10:47<
ご無沙汰しております。
古いレスですが、ぽんは、子だぬき養育中のメスです。

ところで、私の旧姓は、畠が付くんですが、そういう違いがあったのですか。
私は、秦氏と関係あるのかなあなどと考えていました。
畠の字を使う名字は、裏日本(この言い方使っていいですか?)に多いみたいですよ。
関東では、たいてい「ああ、畠山みどりの畠ですね」(今は通用しないねえ)とか
「北畠親房」を思い出す人が多かったです。
思う人が

min-min - 2001/06/12(火) 08:39<

本の紹介ありがとう

とんちんかん小僧さん、こんにちは。本の紹介ありがとうございます。

>>サンカ、海の民、飛礫(つぶて)、賎民etc…
>>キーワードになるものが、いっぱい。

もうやたら“そそられる”キーワードで思わず買いに走りました、この本を。(^^)/

 網野喜彦著『蒙古襲来〜転換する社会〜』小学館文庫 1000円+税

ところで加門七海さんてどんな作家なんですか?

                    min-min@横浜

Dongly - 2001/06/11(月) 22:52<

分けの分らないとき

は漢字で感じて見たいな!はたけには畑と畠の2字あり。
皆さんお得意の算数で考えますと、
  火+田=畑 
 で焼畑です。これ日本に意外に多く、地名でも人名でも
判るし、蕪(かぶら)・小豆・蕎麦などいっぱいの食物が
あります。大豆というよりも、ビールの恋人枝豆も。
本来、火田民=畑民といわれる山岳農民。火遊びの大好
きな方はこの筋かもしれません。
  畠=自+田
 で農耕民は自分用の食料は、畠でまかなった事が判る。
 田は水を張り作物を作る所で、米作農民の口に入らな
かった米です。日本の奴隷制度はこの水田から始まった
の説があります。水田にホト・クボと同じ意味あります。
昔農民は田圃のクボにホトホト手を焼いたともいいます。
非農耕民に、なぜか「田」の付く苗字が多いようです。
という風に学校で教えてくれたなら、自分のことだから
大学入試で日本史を勉強してたのですが・・・。

サクラ - 2001/06/11(月) 22:46<

きゃ!ゲストハウスですか...

いいですねぇ
ぜひ、kumanoの河童のげんさんになってください。
ここ何百年か、かぼちゃの馬車に乗ってないので、
かぼちゃ・大根・人参で飾ったブルドーザーで
お出迎えなんていうのも魅力的!!!

わが愛するタヌコちゃんに化かされに行ってみたい...

とんちんかん小僧様さ〜ま
>これも、加門さんの本ですけど、大江山の鬼について書かれたものです。
>加門七海 『大江山幻鬼行』 祥伝社文庫 381円+税

なんか気になる本ですねぇ...読みたい!

きょうかいさん
同感...まぁ気になったところから、ぼちぼち行きましょうか?
やぞーさんが、ここに出てくる本の名前はリストアップしといてくれるでしょうから...

フーテンのkeijuさん
今度は何処まで飛んでいくのかな?
東京に飛んできた時のkeijuさんのライブを聴けて、ほんと良い時間もらった。
アジアの風とkumanoの風を聴けたような気がします。

きょうかい - 2001/06/11(月) 21:43<

入力過多

おミヨさん
やっと、「鳴けない山鳥の詩」読みました。舞台の場所は、
学生時代にスキーで行った所の近くでした。あんな物語が
あったのですね。しかし本の中で、サチは、あまり心中を
語りませんね。それで余計に読後に重さが残ります。
 また、おもしろい本教えてください。
 でもこの掲示板見てるだけで、情報過多になっています。
 これカキコしてるそばから、とんちんかん小僧さんが、
 おもしろそうなのを紹介してる!
 昨日、遅ればせながら「朝日と読売の火ダルマ時代」を
 注文しました。
 ヤゾーさん
 以前、お聞きした クドのことが、歴史民俗学8号に 
竃と境界[クド・ホド・ホトを中心に]狩野敏次という方の
論文で出ていました。クドは、竈の煙だしの穴の意と竈自体を
指すようです。神を、どんと焼きのごとく煙で送り出すことから
神聖なものであり、かつ女陰も意味するようです。
 九度山、保土ヶ谷・・な、なんて素敵な名前

とんちんかん小僧 - 2001/06/11(月) 20:57<

とんちんかん・ブック・コレクションより、お知らせ。

最近、購入した本ですけど、サンカ、海の民、飛礫(つぶて)、賎民etc…
キーワードになるものが、いっぱい。

 網野喜彦著『蒙古襲来〜転換する社会〜』小学館文庫 1000円+税

次に紹介する本は、将門、紀伊(熊野)、天海、呪術師etc…。

 加門七海三部作 『平将門魔方陣』 500円
         『大江戸魔方陣』 580円+税
         『東京魔方陣』  540円+税  all,河出文庫

 これも、加門さんの本ですけど、大江山の鬼について書かれたものです。

 加門七海 『大江山幻鬼行』 祥伝社文庫 381円+税

 どれも、私的には、最高に面白い本でしたので、本屋さんで、読んで
みて気に入ったら買ってください。

NA-NI - 2001/06/11(月) 18:35<

2ちゃんねるで。。。

見つけました。サンカ系のスレです。
文字傍点の状態でENTER1回押しただけなんですが、送信されてしまいました。
すみません。

NA-NI - 2001/06/11(月) 18:32<

2

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=min&key=991634884&ls=50

ヤゾー - 2001/06/11(月) 18:25<

夢を語りましょう

seburiさんが投稿してくれると、
僕だけでなく喜ぶ人が沢山いるのです。
もし何かの間違いで、僕が超ゴージャスヨットを手に入れた暁には、
みんなで南大平洋の島々を巡りましょう。
兎に角、なんでもいいかか夢をみないといけない、語らないといけないと言われたので、
好きなことを言ってるヤゾーなのでした。

>「火田民」についてご存知のかた、おしえてください。

おミヨさんのご期待にそえるように調べてみましたが、
焼き畑をやり地力が落ちて来るとまた別のところに行くといった人たちだというくらいしか分りませんでした。
また日帝の支配下で土地を失った農民たちは深い山の中に入り火田民となったりとありましたから、
サンカとはまた違った人たちのように思います。

>僕の場合コンサートだったりするのだけど

そのうちに山の中でコンサートしましょう!
その時は、タヌキは葉っぱのチケットで勘弁してあげてね。

>吉田松陰・西郷隆盛

う〜ん、さすがにDonglyさん、説得力が違います。
ある本には山陰の“えた”を“はちや ”というとあります。
また明治維新では、その“はちや”の人々が忍者として暗躍したとありますが、
その場合の“はちや”とはサンカのことなのでしょうか?
本当にこの国の歴史は訳が分りません。

Dongly - 2001/06/11(月) 16:04<

吉田松陰・西郷隆盛

 つぎは状況証拠です。1)安政の大獄で投獄、江戸の骨ヶ原?で処刑されましたが
、彼の片手を鷹がくわえて弟子の所に持ち帰った話。出来すぎです。刑吏か死体処理
に仲間がいたと見るのが常識でしょう。2)福岡藩に有名な学者・亀井南冥がいまし
たが、その娘も学者です。彼女は賢すぎて貰い手がなく放浪。松陰は優秀だという
理由で塾に入れようとしました。ところが塾生は事で大反対。八切止夫は男ばかりの
塾生には褌をかう金も無く見せたくない部分が見えるからを理由にしていますが。一
説には彼女が被差別部落出身ともします。とにかく、彼女を歓迎した松陰は偉大だっ
たと部落史にあります。
 広島の××代議士は全く関係の無い、別系統です。
 明治の元勲、伊藤や桂なども別所系の賤民出身である事は間違いないようです。
 西郷に関連した事実としては、彼の配下の益満が江戸総長吏・矢野家に密使とし
て訪問し、「同じ仲間だから」と薩長側への加担を要請しています。親分の素性も
いわなければ迫力はないと思いますが・・・。益満も鹿児島の谷?町の出身です。
 また西郷は台湾か朝鮮を侵略して、被差別部落や雑多な賤民を移送しようとした
という説もあります。
 明治維新は「解放思想」をエネルギー源としたとしても、少なくと生き残った連中
の生き様は「NOBLILITY OBLLIGATION」ではなく、今の政治屋も継承していますが、
成り上がり思想にもとづく、差別の再構成と己の懐肥大化です。
 蛍の覧舞。蛍の多い所は、アルカリ土壌で別所が多いような気がします。町にいる
蛍を新潟出雲崎では「街娼」や「私娼」の事です。この「乱撫」も楽しい!!?。
天狗。新潟出雲崎では山伏頭(親分)です。江戸期の役割は山岳警備で、天狗岩とか
修験場で天狗面を被り見張・番人です。関ヶ原前後には「白本尊」として家康に加担
し、また藩によってはその勢力を背景に家老まで上りつめています。江戸期はニセ
山伏以外の御用山伏には各藩とも触れを出し優遇しています。

NA-NI - 2001/06/11(月) 04:00<

バッタリー水車

おミヨさま
>日本のサンカに類するもので、朝鮮の「火田民」があると本に書いてあったのですが、
>「火田民」についてご存知のかた、おしえてください。

火田民については知りませんが、岩手県山形村にあるバッタリー水車は火田民も同じような物を使っているとか聞きます。焼畑農耕を主な生業とする民と思われますが、いかがですか?
ちなみに東北においては2種類の焼畑方式があるとも聞きます。
レスになっていなくてスンマソン。

seburi - 2001/06/11(月) 01:00<
こんばんわ
またまた久しぶりにカキます
最近やっと三角寛サンカ選集第四巻“犬娘お千代”を
買って読みはじめました。
この間まで、鈴木光司さんの「シーズ ザ デイ」を読んでました
鈴木光司さんといえば御存じだと思いますが
リング、らせん、ループ、バースデイの4部作の作家です
この4作とも僕は、とても好きです。
映画の影響で、オカルトと思われがちですが、けっして違います。

この新作「シーズ ザ デイ」は、船(結構ゴージャス)で
生活を始める主人公の偶然とはいえない
人間のドロドロ、グチャグチャのつながりが出てきます。
おもしろかった!
すこしサンカを感じますよ!!

でも三角寛サンカ選集は、おもしろいですね〜
以前図書館とかで見たものより
メチャクチャ読みやすい!
僕は勉強不足なんでやっぱり現代仮名づかいはうれしいです
なんか取り留めもない文章ですみませんでした。

フーテンのKEIJUより - 2001/06/11(月) 00:50<

良いねえのサンカ アナログネット!

MINMINさんの言うような 空間すばらしいと思いますねえ。 やはりこのネット上だけの仮想空間
だけでは やはりなかなか表現しきれない 部分がありますよねえ。
あの達磨さんがした 以心伝心じゃあないけど 会って 感じて 初めてわかる部分と言うのが
ありますから。 まあ出てくるのがいやな人もいるでしょうが、まずネットの広い広い空間でひかっかた同士 アナログにねえ!! 僕の場合コンサートだったりするのだけど 
あのせわしない都会であっても 音楽が手伝ってくれるのだけど
熊野の山の静寂の中 酒を傾けて何かを感じあったりしたら ええと思いますねえ!!!
いけいけyazoo!!!!

やぞー - 2001/06/10(日) 21:45<

こんばんわ

>事実は小説より喜なり
>龍馬は賎民「坂の者」出身と考えます。

明治維新の大きな原動力の一つに賤民の解放思想あり、
吉田松陰のルーツも賤民であったという話しは聞いたことがあります。
また西郷隆盛は南朝方菊池家の末裔でやはり被差別者ではなかったとの話しもあるようです。
結局、一部の賤民が維新の元勲として支配階級となり、
差別政策はそのまま変わることがなかったというのが明治維新の一つの側面なのかも知れません。

>蛍の乱舞は、一人で見たい!!

南紀の地磯で夜釣りをしていると、たまにホタルを見かけることがあります。
最初はなんで海にホタルがいるのだろうと不思議に思いましたが、
山からいきなり海となる土地柄なので普通のことなのだそうです。
一度、磯へ続く山道を歩いていたら、沢山のホタルが乱舞していて、
自分は今なにをしているのだろうと不思議な錯覚に見舞われたことがありました。

>天狗の相撲とり場

自然のものなのか人工のものなのかは分りませんが、
山の天辺が平らになっているところはよく見かけます。
聞いたところによると大昔の祭祀跡や護摩を焚いた跡も結構多いようです。

>そして大切なのはネットワークなのです。

そういったネットワークやコミューンって日本で言えば70年代が全盛期だったと思います。
20代の頃にとても憧れました。
また違った形でそういうものが生まれてくるといいですね。


Keijuさん、東京でライブするんだったら、
次回から、ここでも宣伝してみてはどうですか。
ここは半分以上が東京からのアクセスなので、
少しは宣伝になるかも知れませんよ。

とんちんかん小僧 - 2001/06/10(日) 15:07<

鉢屋衆 (前編)

 鉢屋角兵衛石念(はちやかくべえせきねん) [生没年不詳]

 鉢之屋流の初代。 飯母呂(いぼろ)石念の長子。 幼名を大二郎という。
 大陸から日本に移住し、同化した一種族といわれている。京都あたりに住み、
多彩な職業についたが、軽業(かるわざ)の才がありまた弓馬、格闘技、諜報、
ゲリラ戦等の忍びに優れていました。
 平将門の謀反に与(くみ)した山陰飯母呂一族は、関東の筑波山に安住の地
を与えられたようです。しかし、天慶(てんぎょう)3年[940]に平将門が
敗死すると都を追われた。角兵衛は父石念の指示に従い、一党とともに都の北
八瀬(やせ)の岩屋に隠れ住んだが生き延びるために忍びの術を役立て、強盗
団となっている。
 だが、ある時、名僧空也上人[平安時代の天台僧。903〜72]の住まいに
忍び込み諭されて、四条あたりに苫屋(とまや−苫とは、すげ・かやなどを編
んで作り、家や舟の屋根をおおうむしろの事。)を建てて住むようになった。
 それで苫屋鉢屋とも呼ばれる。上人の教え通り、念仏を唱え、托鉢で(たく
はつ)で生計をたてた。鉦(かね)のかわりに、鉢を叩いて歩いたことから、
“はちやもの”と呼ばれるようになる。鉢屋の語源である。
 鉢屋をたばねていた者を代々角兵衛といい、石念の名を継いでいった。
 そののち、山陰地方(因幡、伯嗜、出雲、石見)にも鉢屋一党は流れて
いったようです。

min-min <http://homepage2.nifty.com/TUBA/> - 2001/06/10(日) 14:31<

kumano network の構築を

ヤゾーさん、こんにちは。

>サンカを通して知り合うことのできたかけがえのない人たち。
>そんな人たちと一緒に自然を楽しんだり、過ごしたいと思うことがあります。
>一緒に釣りに行ったり、夜中に

十年ほど前から北海道の友人と似たような構想を練っております。以前はサンカの存在
など全然知りませんでしたので、先ずは自分たちの周りの友人達(けっして仕事仲間で
はありません。遊び仲間のことです)に持ちかけようか、というものでした。
候補地は大体決めています。北海道でも暖かい土地のひとつである余市近辺。
リンゴの北限ということは、やはり暖かいのです。
離農農家を山ごと買ってしまい、建て増し可能なログ・ハウスを建てるという計画です。
自分達もゲストも含め、ありとあらゆる趣味、娯楽を享受できるよう考えています。
それも自然の中で遊ぶことを大前提に。
例えば、裏山での山菜取り、渓流釣り、海での磯釣り、船釣り、スキューバ・ダイビング。
冬のスキー、スノボー、スノー・モービルも忘れてはいけません。

アウトドアーばかりではなく、友人と今までに集めた内外の書籍(両人とも冒険小説大好き
人間なので、蔵書の中味はやや偏向ぎみか)の公開。その為の読書室の確保。
そしてミニ・コンサートができる音楽ルームも是非ほしいところ。
などなど、構想はふくらむばかりで未だに現実化はしておりませんが、常に志だけは忘れず
に!と思ってます。

そして大切なのはネトワークなのです。全国に、いや全世界に似たような「こころざし」で
ハウスを持ち、互いに交流できればなんと楽しいことでしょう。
年に一度はkumanoで「フクロアライ」なんて持てば最高ですね。(^-^)/

最近思うことは、こうしたインターネットを通して今までに知り合うことが出来なかった
方々の“めぐりあい”があり、常時こうした情報のやり取りが可能となったこと。
しかし、これはあくまでも「仮想空間」でのお付き合いであり、別の表現ではデジタル的
交流なわけです。
一方、ときに実際にお会いして親交を深める昔ながらのアナログ的交流も大切にしていき
たいと思います。「ゲストハウス」構想はまさしくこのアナログ交流の本場となり得るで
しょう。

                                 min-min@横浜

もんむー - 2001/06/10(日) 00:07<

天狗の相撲とり場

東日本の山中には「天狗の相撲とり場」などと呼ばれる場所が多く点在してい
るそうです。「天狗の相撲とり場」とは山の頂上付近にある平らな土地のこと
を言います。まわりは林の中なのに不思議とそこだけがいつも綺麗で平に整っ
ているそうです。

奥羽山脈の中に黒森山という小高い山があります。そこにも「天狗の土俵」と
呼ばれている場所があったそうです。昭和の初めころ、山口村の後藤運太郎氏
は松茸狩りに出かけたおり、その近くで得体の知れない大男に遭遇したそうで
す。声をかけても無視され、そのうちいなくなってしまいました。運太郎氏は
彼を天狗だと思い、恐くなって夢中で家に引き返したそうです。

他にも月山、白髭山(天狗の栗畑)、荒神山、二口峠、醍醐村慈恩寺の裏山、北
村上横山村向川寺の裏山などにもこうした場所が存在し、天狗にまつわる伝承
が伝わっています。
(宝文社刊 日本山岳風土記「天狗の相撲とり場」丹野正より)

山中の平たい場所なら、キャンプにも好適地である可能性もあり、実際そんな
こともあったのでは、と想像してしまいました。

でわでわ

ヤナギムシ - 2001/06/09(土) 23:10<

桜が咲いて60日

ほたる・・です
  蛍の乱舞の見れるのが・・です
   蛍の乱舞は、一人で見たい!!

    ひと気のない川原にセブリ・・・眺めていたい
      
          桜の乱舞は、狂気に似たり
              ほたるの・・乱舞は・・・??


               ・・・・    

Dongly - 2001/06/09(土) 22:35<

事実は小説より喜なり

 「必殺仕掛け人」にはそれなりの相通ずる「もの」があったようです。
信長死の直後、徳川家康は同人種の伊賀者の手を借りて逃げ帰りましたが
、関が原の戦の後に彼らはが家康から江戸に土地を与えられ町乙名など町人
階層の取締役を任されたそうです。それが江戸町人の中心です。明治に入っ
ても彼らは徳川家さま々だったようで、薩長の人間への反発は相当なもの
だったようです(これが江戸っ子の持つ特有の伝統的保守性を生み出す源の
一つかも知れません)。その謎の一端は競り人伊勢長日誌「やっちゃば伝」
にあります。商売人としての隠語がその証拠です。どの商人も江戸期は多く
は幕藩体制の走狗となり情報収集・密告役を果たしました。
 もしかしたら芭蕉の俳句も隠語では何か別の意味を持ものかも。
四国でもブームで坂本龍馬を担ぎ上げてます。高知梼原町で龍馬の脱藩ルー
トを案内して貰ったことがあります。この町内ではメイン通路を通り、愛媛
に入ると肱川に出て川舟に乗り、瀬戸内に面した長浜で舟から下りたといい
ます(少し記憶違いがあるかも)。冗談でしょう。小説ならともかく、江戸
期の治安体制からはとても不可能です。各村境には番人がおり、国境(藩境)
には番人が「鷹の目」で、川舟は肱川沿いに「鵜の目の」舟番所があって、
なお舟頭もまた犯罪人や指名手配人に関する密告は義務だからです。
で脱藩は無理です。
唯一の可能性は龍馬が番人共の仲間で、そのネットワークに頼った事しかない
のです。仲間なら脱藩の手引きも当然、指名手配の情報もすぐ手に入りますし、
夜は番小屋で女は兎も角、酒の一杯はでたでしょう。南愛媛ではいくつかの町
が「わが町こそ龍馬脱藩ルート」と争っていますが、各町の中には「わが祖先
が龍馬を泊めた」「誰々の娘が夜の世話した」という方はどなたもないようで
す。今の三菱の創立者・岩崎との関連を考えるなら、なお思いが深くなります。
龍馬は賎民「坂の者」出身と考えます。京都にある同じ墓地に龍馬・中岡真太
郎(土佐北川村出身)の墓がありますが、古代からの思想の如く、龍馬墓は最
左翼で真太郎墓は最右翼です!!。地獄では金は通用しなかったようです。

やぞー - 2001/06/09(土) 18:25<

ほんやら洞のべんさん

>芭蕉の立ち廻り先を調査すれば、完全な証明に接近できます。

江戸時代くらいまでは、初対面でも同じ仲間(民族)だと分れば、相互扶助みたいなものがあったのでしょうか?
つまり江戸時代くらいまでは、それぞれ民族の違いを意識していたということがあったような気がするのですが?

>河童のげんさん

う〜ん、他人とは思えないような名前です。
僕はよく河童に似てると言われたことがありました。
そして、げんさんというあだ名もありましたのです。

でもどちらかというと『ほんやら洞のべんさん』に近いです。
“分る人は笑って下さいませ”

べんさんの好きなSeburiさん、元気ですか?

私事ですが、最近、理解を遥かに超えた体験をいたしまして、
細胞の一つ一つから脳味噌まで少し混乱していますので、
しばらくはまともなレスがつけられそうにありません。
ゴメンナサイ。

KEIJU - 2001/06/09(土) 16:14<

ゲストハウス計画!!

それいいですねえ!! 大賛成!
四国の山の中 河童のげんさんという 変わった方の話を聞きましたが
すごい広大な土地と そこにでかいゲストハウスを持っているそうで
最寄の駅に着くと トラクターで作った ゲスト用運搬車で 太鼓をたたきながら
迎えにきてくれるという話を聞きましたが!
ヤゾーも見習って やってみますか???

とんちんかん小僧 - 2001/06/09(土) 15:15<
 Donglyさん
 レスありがとうございました。
 お返事遅れてすみません。


 おミヨさん
 レスありがとうございます。
 
 
 次回は鉢屋一党について書く予定です。
 忍者話、まだまだ続くような感じがしますので今後ともよろしくお願いします。

おミヨ - 2001/06/09(土) 13:23<

「火田民」

とんちんかん小僧さん、Donglyさんの忍者の話し面白いです。
楽しんでいます。

ところで、
日本のサンカに類するもので、朝鮮の「火田民」があると本に書いてあったのですが、
「火田民」についてご存知のかた、おしえてください。

min-min - 2001/06/09(土) 08:59<

訂正とお詫び

みなさん、こんにちは。

五木寛之氏のデビュー作は『海を見ていたジョニー』ではなく、『さらば、モスクワ愚連隊』でした。訂正してお詫び申し上げます。
また、先に掲げた同氏の著作のほかにも多くの傑作がありましたがそれらは割愛させていただきました。
他のお勧めしたい初期の作品としては、
『蒼ざめた馬を見よ』
『男だけの世界』
『狼のブルース』などでしょうか。

ところで、昔のバンコクといえば、今や「仮想戦記もの作家」みたいになってしまった谷恒生が、まだバリバリの海洋冒険小説を書いていた頃、ちょっと毛色の変った半分・ドキュメント風小説『バンコク楽宮ホテル』という小説を出してます。
その中でKEIJUさんが住み付いた頃のバンコクで有名をはせた“旅のつわもの”達のエピソードが語られていたと記憶します。残念ながらその本が今手元にないので確認できないのですが。

話題は更に横道へ・・・
僕が最初にタイに足を踏み入れたのは1975年6月。バンコクはもちろんその当時より大都会でしたが、片や今じゃリゾート地で有名なパタヤはまだ一介の漁村のようでした。
この片田舎の漁村がまたたくまに急成長した理由はベトナム戦争当時、米兵の休憩地となったからです。
僕が最初に訪れた時はまともにホテルと呼べるものは唯の一軒だけでした。あとはいわゆる「バンガロー」と呼ばれた簡易宿泊施設でした。
そんな簡易宿泊施設を現地で除隊した米兵のひとりが買い上げ、経営していたところに転がり込んでいたのですが、それはそれは毎日種々雑多な人々が出入りし、楽しかったものです。
こんにちパタヤを訪れるとそこには当時の面影の片鱗すら見出せません。(^^ゞ

KEIJUさんの書き込みを拝見して、とんでもない昔のことどもを思い出してしまいました。

でわ、でわ。min-min@横浜

KEIJU - 2001/06/09(土) 01:41<

青年は荒野を目指す

で主人公が往年の有名JAZZMSICIANに会うくだりがありましたねえ
ぼくも BKKで生活しはじめた直後 とある イタリア人シンガーに誘われBANDに参加しましたが
かれはイタリアで60‘にTEOREMIというすごいBANDのリーダーだったのですね
カンツオーネをバックグラウンドにもつ彼は いわば今のヘビメタの歌い方の元祖みたいな存在だったのです。 しかしマネージャーにだまされ 破産宣告を受け 当時ベトナム戦争のさなか 逃げるようにしてベトナムのキャンプに歌いにきたと言う人なのですが この小説とストーリーが重なってしまい
なんか この主人公になったような気がしたことがありましたねえ。
PAGANと言うアルバムを一緒に作った SAMははやはり そのナホトカ経由のヨーロッパ行きで
向こうに住み着いた人だったのですよねえ! もち年は一回り上ですよ

そういえば、当時BKKのチャイナタウンにJULYHOTELという長期滞在の日本人のたむろしている安HOTELがあって
そこには60‘の左翼崩れの人がたくさんいましたね! まあ変な人ばかりだったのですが
一人 一空さんと言うおじいちゃんがいたのですが そのほうではかなりの大物だったと そのHOTELの住人に聞きましたが とっても僕には優しい人で 色々ないいはなしを聞かされました。
とっても変な場所でしたよ!! あのころのBKKはいえ

夢織のヤゾー - 2001/06/09(土) 00:05<

夢題

みなさん、こんばんわ。家出ヤゾーが帰ってきました。

昨日、用事があって根来寺の近くまで行ってきました。
そこで最近、何度か根来衆のことが話題になっていたので、
少し足を伸ばして根来寺の写真を撮ってきました。
最新情報にアップしています。

最近、感情の起伏が激しく、些細なことで自分を見失った行動をとってしまう、
そんな状態の人が多いようです。
明るく、楽しく、朗らかに生きたいものです。

ゲストブックからゲストハウスへを計画中

サンカを通して知り合うことのできたかけがえのない人たち。
そんな人たちと一緒に自然を楽しんだり、過ごしたいと思うことがあります。
一緒に釣りに行ったり、夜中に河原の温泉へ行ったりと......
また綺麗な河原を見つけてセブリごっこをしたり、
焚き火を囲んで話をしたりと......

それで、その為のゲストハウスを建てたいと思っています。
できれば今僕が住んでいる掘建て小屋程度のものではなくて、
台風が来ても傾かない(そんなの当たり前か)、部屋も沢山あって、
立派な風呂もあるのが理想です。

いつでも好きな時に来て、好きなだけ居れて、
身の回りのことはメンメシノギというのはどうでしょう。

今の僕にはお金もなければたいした仕事もありませんが、
何人かの人が真剣にそうなったらいいなって願ってくれたなら、
何年か先に実現するような気がします。

Dongly - 2001/06/08(金) 23:09<

松尾芭蕉は目付

この説に賛成です。野史呼名辞典から引用しますと、1)伊勢で元「村里の有名な家の者」
で、伊賀者や旧郷士であり、平時は農民だが変事には農兵と化す。勘定奉行の配下で、
一般には無足人の状態。2)サンカ伊賀者、伊賀北の服部党、伊賀の百地氏。この流れに
能楽の観世氏、百地丹波は大和猿楽の太夫元。1)2)から見ると、百済系かつ別所系で、
当時諸国を平気で廻れるのは官許の証で、百済系徳川家にご奉公の「隠し目付」でしょう。
また芭蕉自身にいての例証を3つ。
「ばしょう」とは佐渡ケ島で弓張提灯を意味です。皆さんご存知の言葉に「提灯持ち」が
あります。また山形と宮城の国境にある旧家に立ち寄った時、この家を「ぼー人の家」と
名づけています(過去のスポーツ新聞)。「ぼー」は人偏+棒のつくりの漢字を使ってい
ます。すなわちこの峠の旧家も道番・往還番であることが分ります。
「俳句」はこの漢字からも元々明らかに非人文化です。
 芭蕉の立ち廻り先を調査すれば、完全な証明に接近できます。
 

ヤナギムシ - 2001/06/08(金) 22:05<

桜が咲いて

桜が咲いて60日・・・
  何のことか判りますか?
レフトアローンわたしの、大好きなJAZZ・・の1曲
  真っ暗な山の夜道・・小川の水音のする橋の上にそーーと車を、止めた
     ハザードを、点けてボリュームをあげた!!


      桜が咲いて60日の答えが・・見えた!!・・・!!!!
                    
             やなぎむし・・ヤナギムシ

           

きょうかい - 2001/06/08(金) 21:39<

ぼくの新宿は「木馬」

新宿といえば、高校3年のときはじめて行った「木馬」を思い出します。
リクエストは、ワンパターンのジャッキーマクレーン+マルウォルドロンのレフトアローン。
いまでもこの曲を聴くと思考停止します。JBLの馬鹿でかいスピーカーとニッカの水割りを
思い出します。かつて、木馬は有名なライブハウスだったと聞きましたが、ご存知の方はお話聞かせて・・
 しかし、ヤゾーさんの漂泊話は、酒やりながら聞きたいですね。
 顔が痛くなるほど笑えそうな気がします。ぼくのまわりには、
 そんなエライ人いなかったから

 五木寛之は、風の王国と廣松渉との対談を読みました。廣松渉の
 物象化というのに興味があって読んだんですけど、漂泊ということと
 深くつながりがあるように思います。
 物象化;本来、現実でもモノでもないことが、人々の集団的思いこみによって
     現実化、モノ化してしまうこと。例えば、狭義には、国家、歴史など
     広義には、意識を含むこの世のものすべて。

とんちんかん小僧 - 2001/06/08(金) 20:22<

俳聖松尾芭蕉は忍者の出だった!

ヤゾーさんと皆々様へ
>芭蕉が忍者と近い関係にあった話…

 この話は、いまにはじまったことではない。芭蕉の不明の部分を含む足跡をみれば、
不審に思わざるをえないからである。
 芭蕉が故郷の伊賀(三重県)から江戸に出て来たのが29歳のころで、俳壇の地歩を
得つつも、水戸家の上水道工事の監督(土木技術の心得があった)などをして、やが
て旅から旅の暮らしを送り、46歳になって『奥の細道』の長大な行脚(あんぎゃ)に
出ている。
 当時の感覚でいうならば、老人に近いだろう。自らも、早くから“翁(おう)”と
称していたぐらいだが、紀行記述によると、約半年の間に15ヵ国を回遊している。
総行程は600里(約2400キロ)にのぼり、1日10数里もの山野跋渉(さんやばっしょう)
もあった。
 考えられない健脚であり、スピードである。ここから、芭蕉は漂白詩人の仮面をかむ
って、本当は諸国探索を行っていたのではないかという憶測が生まれた。
 じつのところ、芭蕉の生家は、柘植(つげ)村[現、伊賀町]在住の無足人だった。
 明治初年の“伊賀無足人取調帳”には、同村に、松尾姓のニ家のあることが認められる。
 芭蕉の生母はまた、忍家百地(ももち)氏の娘だといわれています。
 これは、百地氏系図には別説があって、百地伝左衛門保次(やすつぐ)という人の子が、
「藤堂新七郎様御家来へ養子に参り、芭蕉と改名」
とある。芭蕉を百地家の出身としている。真偽は不明だが、いずれにしても、高名な忍家
とのつながりがあるのだろう。
 しかし、あくまで、出自においてであって、ただちに忍者とよぶには躊躇(ちゅうちょ)
せざるをえない。なぜなら、何者が、何を、どう探れ、と芭蕉に命じたかどうかが、不明
だからである。そのことの不確かなものは、忍者とはいえない。
 多分、忍者としてではなく、情報伝達者として全国を行脚したのでしょう。

min-min - 2001/06/08(金) 18:20<

五木寛之

KEIJUさん、こん**は。

>>五木寛之 独特の漂白感がある 小説ですよねえ 
>>僕みたいな いわゆるヒッピー的な 生活をしている 者にはかなり影響を与えた
>>小説家と思います

KEIJUさんより一回り上の世代の僕ら、あるいは更に上の世代はもっと彼の影響を受けたかも知れません。
デビュー作は確か1967年の『海を見ていたジョニー』。翌年の『青年は荒野をめざす』で当時の若者達
に衝撃を与えました。
引き続き1969年の『デラシネの旗』、1970年の『白夜物語』が上梓されました。これらの作品に触発されて、一体どれだけの若者がナホトカア経由のシベリア鉄道でモスクワ、そしてスカンジナビア半島へ抜けて行ったことでしょう。このヨーロッパへの格安ルートは一部のものたちは知っていましたがこれらの作品群ですっかり有名になってしまいました。
70年安保の敗北的終焉と相まって、その政治的空白を海外に求めた当時の多くの若者達はデラシネ(根無し草)となり世界を漂白したのです。
五木寛之氏自身もこうした海外を漂白する若者達に共感する傍ら、次第に視点を国内に、己自身に向け始めたと思います。自らに関しては『青春の門・筑豊編』を上梓したのが1970年。これより10年を越える長きに渡り『青春の門』シリーズは続くことに。自立編では早稲田に入学した頃の著者自身がみずみずしく描かれておりますね。
その後、どうした経緯か不明なのですが、1979年の『鳥の歌』で“サンカ”的な存在を意識し、翌年の『戒厳令の夜』で一挙に「山窩の世界」を登場させました。そして5年後の1985年にはあの『風の王国』を発表し、以降ぷつりとこの「サンカ的世界」から遠ざかったような気がいたします。
これ以降の同氏の著作はあまり読まないのですが、より宗教的な精神世界に入ってきた感じがしますね。


ヤゾーさん;
>>田舎で育った人間にとって歌舞伎町で野宿して過ごした半月間は、もの凄い貴重な体験であり、
>>よい経験だったと思っています。

>>以上、『青年よ家出は楽しいぞ!』でした・・・(^_-)☆

これって何時頃のことでしょうね。年代が違うかも知れませんが、’71年には寺山修司の『書を捨てよ町へ出よう』なんてぇのもありましたね。ご存じですか?ひょっとしてこの言葉通り実践しちゃったのかな。

でわ、でわ。min-min@横浜



とんちんかん小僧 - 2001/06/08(金) 15:42<

楠木正成と観世父子

 やぞーさまとみなさまへ
>楠木正成と観阿弥、世阿弥親子が血縁関係にあり、共に忍者(サンカ)と
>深い関係にあったこと

 何百年かのちに、あらゆる芸能を集大成する天才が現われた。猿楽(能楽)
の観世父子である。
 観世父子が歴史に登場する以前に南北朝時代がはじまる。
 そのころ、猿楽はそれぞれ、<座>と称する芸団組織で、独立繁栄をめざしていた。
 独立といっても、元来、座衆相互の横の組織であって、本所領主と座衆との縦の組
織でもあり、具体的なかたちとしては、神社の祭事組織と深い関係をもっている。
 ようやく本題に入りますが、これが真実であるか、虚実であるか分かりません...。
 上野市に保管されている、「上島氏文書」によると、

 一、観阿弥は伊賀杉の内の服部信清の三男で、のち長谷の猿楽師のもとへ
   あずけられた。
 ニ、観阿弥の母親は、河内国玉櫛庄楠入道正遠の娘である。
 三、観阿弥の妻は、伊賀小波多の領主、竹原大覚法師の娘である。
 四、観阿弥の伯父は、服部行心入道で、所領が大和結崎にあった。

 これによると、母親が楠入道正遠の娘ということである。
 楠正遠は正成の父親と伝えられている人物である。古来、正成ほど有名で、
正成ほど素性のわからない人物はいない。
 しかし、僅かに伝えられている『楠木氏系図』によれば、先祖は橘諸兄で
橘氏、正成の父は正遠とある。
 とすれば、観阿弥は楠正成の甥ということになる。個人の伯父、甥関係のみ
ならず、楠一族と服部一族とは婚姻関係にあったということになる。
 ただ、まだこの文書を証拠づけるものはないとはいえない。
 楠木正成について、よく<悪党>という言葉をきく。しかし、この場合の
悪党は山賊、海賊、強盗の類いではなく<本所敵対者>といい幕府の敵では
なく寺社領に対する反発から、この時代、何度となく悪党の横行があったと
される。
 また、楠木正成は伊賀忍者四十八人を召抱えていたといわれている。神出
鬼没の活躍は正成自体忍者的である。

おユキ - 2001/06/08(金) 12:57<

今年もツバメが来てくれました

みなさん、こんにちは。

今年もいつもの場所にツバメが巣を作っているのを見たら、
なにかほっとします。

ツバメの子育てが始まって、ヒナが巣立ってゆくのを見ると、
もうすぐ夏がくるんだなって思います。

そんな季節感を感じさせてくれる生き物が周りから減ってきているのが悲しいですね。

サクラ - 2001/06/07(木) 22:38<

かたつむりのように...

とうとう東京も梅雨入りしましたね。
アジサイの咲き掛けた花を覗きながら歩いたけれど、
カタツムリは見つけられませんでした....カタツムリもいなくなったのかなぁ...
それとも、ゆっくりみもしないので、きっと見つけられないのでしょうね。

NA-NIさん
レスありがとうございます。
いろんな角度からのお話に、耳傾けたいと思います。
喜怒哀楽の日々の中、迷いながらもかたつむりの歩みのごとくに、
歩いてみたいと思っています。
NA-NIさん、またいろんなこと教えてくださいね。

ふぁる - 2001/06/07(木) 20:21<

異聞


>楠正成と世阿弥・観阿弥親子が血縁関係にあり、共に忍者(サンカ)と深い関係にあったことや、

北方謙三の南北朝シリーズの佐々木道誉を描いた「道誉なり」では、芸能と世情の間に漂う雰囲気が
見事に描かれていました。この中でも、芸能民と山人との関係がほのめかされていました。
今手元に無いので原典が何か書けませんが、細部の史実はおいといて、彼の歴史描写は魅力的です。

KEIJU - 2001/06/07(木) 19:34<

新宿家出少年へ!

ほうほう!!歌舞伎町に家出????
僕の高校のときの通学路は ゴールデン街を通っていくのですが
もしかしたらあの時の??????・
どこかですれちがっていたかもねえ!
さらに僕の幼稚園のころまでは 退役軍人の手足のない方が ハーモニカを吹いていて 
路上に立ていたりとか それはそれは あらゆる人の坩堝でしたよ。
懐かしい空気を思い出します。

NA−NI - 2001/06/07(木) 18:05<

こんばんは。

>NA-NIさん、こんばんわ。
>お気持ちはよく分りました。
>臆することなく投稿して下さい。

お心遣いありがとうございます。このbbsはここの雰囲気、勝手があると思うので、
変に攪乱するようなことがあってはいけないとおもったので、私なりに気を遣っていますが、
基本的には述べるスタンスはそのままです。

このことは私にとって極めて重要な課題ですので、もうちょっとこだわります。

<サクラさん>
>コインの裏表には裏でもなく表でもない中間が厳然として存在し、
>長い年月に裏が表に、表が裏に、まつろわぬものがまつろい、まつろう者がまつろわぬ者になった
>歴史の変換が何度もあって、複雑に入り組んできたのではないでしょうか。
>人の心の記憶にも、陰と日向が入り組んで、
>縄文も弥生も何もかもの記憶が一人一人に刻み付けられているのではないのかと...
>そんな記憶の糸口が陰で在るならばそこから記憶の糸をたどってみよう...
なにか、みえるかも知れないから...

う〜ん。私が思うには、「中間」というものがそもそも「裏」や「表」に対するものではなくそれはそれとしてただ存在してきているんだと思うんです。「中間」ということでおっしゃる「糸口」になるのでしょうが。。「それ」は「それ」としてあったものを何かと対比して比較して「下位」に不当に置かれてしまっている。それが歴史的事実としてあるいえ、今もって現在する問題だと私は思うのです。
ところで「記憶」というところに私は注目しています。
記憶は意識・認識であり、系譜でもあると勝手に思っていますが、それは現在してときに衝動として突き上げてきます。その衝動を元に、あらゆる人に発信して状況がどう展開していくか見ています。少なくともその衝動・記憶は偽りではないかな、という手ごたえです。しかし、課題はまだまだあり、今は力をそがれている、または、しっかりした足場に立ちきれていない状態です。

もんむー - 2001/06/07(木) 13:12<

鳥の会

KEIJUさん、こんにちわ

僕自身、廃刊の経緯はよくわかりませんが、作中でサクさんが模索していた伝
書鳩による通信や鳥形文字などの自由なコミュニケーションというものは現代
においてインターネットがそれを実現してしまっており、いまさらこの作品を
封印する意味などほとんどないように思います。

また人手不足の地方の人達を手伝う活動もボラバイトという形である程度結実
しているように思います。もちろんこの活動が公安当局の興味をひくとは到底
思えません。

ボラバイトについて
http://www.sankanet.co.jp/

ただ興味深いのは、ひと昔前のこの作品に「インターネットのようなもの」へ
の希求が感じられることです。もっとも登場人物達が感じていた閉塞感がイン
ターネットが普及した現代においてますます増大していることは、注意すべき
ことかもしれません。

「鳥の会」のような活動が当時、実在していたのか興味深いところです。

でわでわ

ヤゾー - 2001/06/07(木) 10:21<

おはよう、KEIJUさん。今日は良い天気です。

『鳥の歌』の廃刊については信頼している方から次ぎのメッセージを頂いています。
真相は僕には分りませんが、僕の周辺でも結構評判の良い『鳥の歌』が廃刊になったことには、
やはり何らかの理由があったのではと思っています。

まさか文庫版も廃刊になったのですか?
だとしたら問題ですね……。
他に五木さんの著書で廃刊になったものはあるのでしょうか?
圧力かな……。
それとも、五木氏の意志、なのかな……?
圧力のかけ方にも、いろいろとありますからね……。
つまるところ、この事態を五木氏がどう思っているかですよ……。

以下は過去の掲示板を見て下さい。

>僕の子供のころは いわゆるさんかてきな 人がたくさん新宿にはいましたねえ。

昔の新宿って不思議な魅力がありましたね。
僕は学校嫌いの家出魔でしたので、高校入学一月余りで家出して新宿でしばらく過ごしたことがありました。
独りではなくて、高校に入学してから知り合った奴と一緒にです。
そいつとは今でも親友なのですが、
当時体重140キロ、それも筋肉質で、おまけに人相が無茶苦茶悪かったので(今では仏様みたいな顔をしてますが)、
流石にその筋の人に捕まってタコ部屋にも入れられることもなく、無事に親や先生に保護されてしましました・・・(-_-;)
ホームレスみたいな人と仲良くなって食べる物やタバコをよく恵んでもらいました。
田舎で育った人間にとって歌舞伎町で野宿して過ごした半月間は、もの凄い貴重な体験であり、
よい経験だったと思っています。

以上、『青年よ家出は楽しいぞ!』でした・・・(^_-)☆


>行方不明の「三角寛」のオリジナル資料が発見されたそうです。

メールでは現在交渉中とありましたが、利田ヤゾウも関わっているんですか?
是非、利田ヤゾウの手で表に出して頂きたい。
なんだか大きな流れを感じます。

では、今からお出かけしてきます

KEIJU - 2001/06/07(木) 05:31<

HI!! YAzo-

鳥の詩 楽しく読ませてもらいました! 僕もMIN MINさんと同じく 
これが当局の手によって発禁になったと考えるのは 考えすぎと思いますね。
五木寛之 独特の漂白感がある 小説ですよねえ 
僕みたいな いわゆるヒッピー的な 生活をしている 者にはかなり影響を与えた
小説家と思います。 僕のようなものの見方(五木さんの小説に対する)といわゆる
YAZO=さんの見方にはずいぶんと 違いを感じますが。
この漂白感は そういう生活をしたもので ないとわからない部分があるのでないでしょうか??
固定されたところから見る 場合と 移動しているとこから見るねえ。小説の相対性理論のような???

彼は僕が唯一はまった 
日本人の小説家です 彼の青年は荒野を目指す に触発され
日本を出た部分もあります。 また彼の描く舞台は 僕の育った新宿がよく出てきてね。

僕の子供のころは いわゆるさんかてきな 人がたくさん新宿にはいましたねえ。
個性的な顔をしたねえ。実に良い顔をしていましたよ 今思えば!

利田 - 2001/06/07(木) 03:35<

うちの犬娘は元気です

おミヨさん。始めまして
何時も貴方の博学さに敬服してますです。

その読書量のパワーを分けてくださいませ。

トンチンカン小僧様。
「川に沿って」最高ですか?最高です。
以前、番組のBGMに使いました。自己満足だけですが。

マラソンランナーの中山竹通の父が殺された。スポーツ新聞に父の顔写真出ていたけど、
「サンカ顔」でしたね。新聞見て「オオオオオオオー」と思いませんでしたか?

小×首相がサンカなんだって。
だから、田×××子と仲が良いのかな?ハンセン病に同情的なのかな?

今日、ビッグニュースが入りました。行方不明の「三角寛」のオリジナル資料が発見されたそうです。
ワクワク

ヤゾーです - 2001/06/07(木) 00:05<

情報時代とは

NHKのお昼の番組を見ていたら、
五木寛之さんが金沢から生放送で出演していました。

番組の終わりに、今の日本人は心も魂もカラカラに渇いていて潤いが必要であり、
情報時代の情とは、愛情や友情の情が伝わる時代であって欲しいというようなことを仰っていました。

明日は山田洋次さんが山口から出演するそうで、
五木寛之さんがアナウンサーに山田洋次さんへよろしく伝えて下さいと言ってましたが、
お二人にはどこか共通したもの、同じ匂いを感じていました。
小説と映画という世界は違いますが、なにか共通したテーマを感じることがあります。


ぽんさん、こんばんわ。
とっくりぶら下げてるタヌキは雄タヌキですが、
ぽんさんはどちらなのでしょう?

おミヨさんはとても優しい女性に違いないと、
うちのピー子とポン太が申しております。(^>^)(^*^)

とんちんかん小僧君へ
楠正成と世阿弥・観阿弥親子が血縁関係にあり、共に忍者(サンカ)と深い関係にあったことや、
芭蕉が忍者と近い関係にあった話しなどありましたらお願いいます。

とんちんかん小僧 - 2001/06/06(水) 22:44<

御礼

 min-minさんへ
本、教えていただきありがとうございました。 
また、探して読みます。


おミヨさんへ
またもや、貴重な情報ありがとうございます。

>忍者の闇に溶けこむ衣装の色は真っ黒じゃありませんね。
>なに色でしたっけ?

以前、質問されてましたね。答えを書くのが、送れてごめんなさい。
 
 たしかに、闇の中で黒色は溶けこんで見えないかというと、闇の色は
真っ黒ではなくて、黒は溶けこまず、はっきりと識別されます。
 着物は、茶染、ぬめり柿、黒、紺、花色です。これらは、世の中に数
多く存在するので紛れるのに都合のよい色のようです。


 利田ヤゾーさんへ
 ヤゾーさんより、お借りしたラビのテープ最高によかったです。
 特に、『川にそって』という曲が大好きになりました。
 MDへ、この曲だけ3回録音しました。今も聴きながら書いてます。
 いいッスね。感動しました。ありがとうございました。

おミヨ - 2001/06/06(水) 20:01<

無題

おユキちゃんにそういわれると恥ずかしいんだけど
私も「季節のない街」と「青ベカ物語」しか読んでいないんです。(^0^)

マンガで「浦安鉄筋家族」浜岡賢治 は「青ベカ物語」の人物達の体臭が色濃くでているとか。
これも読んでいません。(^0^)


歴史読本スペシャル”87−11 「日本史 有名人の子孫たち」に根来衆がでています。
根来伝右衛門正成が牢死して根来風がふいたと・・・・。

6千年前の漆すごいですね。



とんちんかん小僧 - 2001/06/06(水) 14:47<

忍者とは何か  (その1)

 戸部新十郎『忍者の謎』より抜粋。

 わが国では、聖徳太子が、“志能備(しのび)”を側に置いたのがはじまりと
され、諸流の祖として源義経、楠木正成(くすのきまさしげ)、甲賀三郎、
伊勢義盛らの名が並ぶ。また『孫子』の兵法をもととし、山伏修験から起こった
ともいう。
…また、諸藩に設けられた忍者団の名称に、“偸組(ぬすみぐみ)”[加賀藩]や
“黒脛巾組(くろはばきぐみ)”[仙台藩]など、盗賊を思わせるものもある。
 忍者の行う忍術が偸盗術(ちゅうとうじゅつ)と異なるのは、命令者により、
ある目的のために偸盗術を使うところにある。これに対して盗賊は、偸盗のため
に忍術を使う。…結局忍術と偸盗術の違いは、命令者のあるなしにかかわること
なのである。
 たとえば、相洲ラッパを率い、小田原北条氏のために働いた風魔小太郎、
甲州スッパを率いて武田氏に尽くした高坂甚内(こうさかじんない)らは、
それぞれ主家を失うとともに、新興地江戸を盗み荒らして、単なる盗賊と
化してしまった。

ぽん - 2001/06/06(水) 12:05<

タヌキの写真ありがとうございました

ヤゾーさん,タヌキの写真ありがとうございました。
タヌキって、本物は鋭い顔つきですだなあて、いつも思います。
やっぱり、私に似ているのは、とっくりぶら下げてる方です。
私もご飯大好きです。

ヤゾー - 2001/06/06(水) 00:05<

縄文うるしの世界

NA-NIさん、こんばんわ。
お気持ちはよく分りました。
臆することなく投稿して下さい。

おミヨさん、昨日、トンチンカン小僧に会いました。
忍者の本のことをとても感謝していましたよ。

おユキちゃん、僕は『季節のない街』しか読んでいないのです。
だからこれから『青べか物語』を読もうと思ってます。

min-min、こんばんわ。
トンチンカン小僧がmin-minさんの読書録をプリントアウトして持っていまいた。
雑賀鉄砲衆がゆく(上・下)を最近手に入れたそうです。

ということで、3、4日山小屋を留守にします。


縄文うるしの世界

縄文の遺跡から鮮やかな赤色の漆や朱の物が多く出土しています。
それは漆の利用が縄文時代前期から始まり接着剤としても使われましたが、
主に塗料として赤色や黒色の顔料を溶かして使用されていたからです。
中でもベンガラ(酸化鉄)や朱などの赤色顔料が好まれ、
土器・弓・櫛・皿・籠などに用いられました。
鮮やかな赤漆は太陽の力を現したともいいます。
漆塗りは漆の木の栽培や樹液の採集と精製、塗装などがからみ合う
高度な技術が必要だといわれています。
石川県三引遺跡で出土した6千年前の日本最古の漆塗りの櫛には、
現代と同じ重ね塗りの技法が使われていたそうです。

min-min - 2001/06/05(火) 23:48<

“事故”レス

とんちんかん小僧さん、こん**は。

根来衆でもどちらかというと「根来忍者」の方に
ご興味があったようですね。早とちりでゴメンな
さい。
ということで、先のσ(^^)の発言は適当に“見流して”?
くださいませ。

min-min - 2001/06/05(火) 22:42<

RE:根来衆(根来忍者)について

とんちんかん小僧さん、はじめまして。min-minと申します。

亀レスになってしまったのですが、根来衆についての関連書物ということで、
一冊だけ紹介させてください。と言いながら実は僕も未読なのですが・・・。

題名:『鉄砲無頼伝』
著者:津本 陽
発行:角川書店(文庫) 2000.2.25
価格:\590
内容:種子島に鉄砲が伝来したと聞き、さっそく種子島へおもむき入手。
   それを根来寺に持ち返り量産を開始した津田監物の波乱万丈の生涯
   を描く。

ということで、僕も入手して読むつもりですが、もしもとんちんかん小僧
さんの方で先に読まれましたら是非感想をアップください。m(__)m

min-min 横浜

とんちんかん小僧 - 2001/06/05(火) 16:41<

忍者<陰の一族>  (その2)

 戸部新十郎『忍者の謎』より抜粋。

 上古では、 
<鬼>
だった。畏れられ、疎外されたにちがいないそれは、折口信夫説によれば、
「おにとは大人(おおひと)のことであり、征服された先住民のこと」
であり、柳田國男説によれば、
「国津神が二つに分かれ、大半は里に下って常民に混同し、残りは山に入り、また
は山に留まって、山人とよばれるもの」
である。
 それぞれニュアンスは異なるものの、畏れられ、疎外されていた神、または人で
あることがうかがえる。
 たとえば、天孫族によって征服された出雲族などが想定されるが、意識するしな
いにかかわらず、体制反抗の姿をもって示される。そうでなかったら、直接、反逆
や盗賊のかたちで現われる。
 羅生門の鬼、大江山の鬼、茨木童子など童子を名乗るもの、鬼同丸などの丸を
名乗るもの、雑多な鬼たちの横行である。
 童子たちの素性は、衰亡した土地神の末裔(まつえい)で、比叡山に奉仕する
もののなれの果て、という所説がある。
 童子という呼称はまた、江戸時代の“なんとか小僧”を名乗る盗賊につらなる
ものかもわからない。
 それはさておき、彼らは肩まで垂れる大童(おおわらわ)の髪をしていた。これを、
<四方髪(よもがみ)>
といった。これは後世の忍術における変装術の一つでもある。
 もっと明確な、先住土着民のグループをさすよび名もある。
<土蜘蛛>
である。
 そのイメージは、能や歌舞伎で表わされるように、塚にこもり、良民に仇なす
〈敵対して害を加える〉妖怪でしかない。事実、良民に仇なすといわれても仕方
のない所業を繰り返していたのだろう。
『常陸(ひたち)風土記』には、こう書いてある。
「茨城の国栖(くず)、俗称土蜘蛛。または八束脛(やつかはぎ)、山の佐伯、
野の佐伯と称し、土窟に住み、服従せず。茨を土窟につめ、ここに追い込み殺す」
 国栖は『神武記』に登場する吉野の国栖と同じものだろう。彼は神武帝に対し
、土着神の末孫、石穂押別命(いしほおしわけのみこと)と名乗ったという。
 八束脛は身体強大を思わせるし、佐伯は“塞(さえ)ぎ”の意味で、体制勢力
をさえぎり、従わないことの象徴ととれる。

おユキ - 2001/06/05(火) 12:55<

山本周五郎

『青べか物語』と『季節のない街』を文庫本で買ってきました。

勤め先の人に山本周五郎さんの話しを向けると、
普段から優しくて憧れていた先輩が山本周五郎さんのファンで、
沢山読んでいたことが分りました。

その先輩が山本周五郎さんを読むようになってから人に対して優しくなった気がすると言います。
おミヨさん、ヤゾーさんから優しさを感じるのがよく分った気がしました。

おミヨ - 2001/06/05(火) 12:30<

色の民族学

Donglyさん有り難うございました。
「さいか」が「雑賀」なら隠語ではありませんね。
なにかの隠語ととらえていました。

赤色は清めの機能と非常に関係あるのではないかと、また、火事の時、赤い腰巻を振回すのは魔除けの
意味があるんだそうで・・・。
山の民は柿色の衣装で、藤布を柿渋で染めるのが山間部の仕事の一つで、この為に山伏や悪党は柿色の着物をきて、一つのグループの標識になっている。馬借が一揆をおこした時もみんな柿色の帷子と着物で、近世
には渋染め一揆があり、柿色の着物を着るのは何らかの意志表示があったのではと・・・。

サンカの衣装はどこからきているのでしょうか?

とんちんかん小僧さん
忍者の闇に溶け込む衣装の色は真っ黒じゃありませんね。なに色でしたっけ?

歯のはなし
職場で右翼大好きな韓国の○さんが、いつも右翼の話しのお相手していたら、「○○さんは赤でしょう?」
と問われたので「いえ、私は無色で無派です」と答えたら、すかさず自分の歯を指さして「無歯?」って
きかれて爆笑したのを思い出してしまいました。

NA-NI - 2001/06/05(火) 09:32<

承知いたしました。

>>次回、資料を提示いたしましょう。訴訟は有名なはず。
>いいえ、その必要はありません。

承知いたしました。

>>あと、アイヌ関連サイトで「更科源蔵」氏(北海道の詩人でアイヌ研究家として有名。故人)のサイトを発見し、感慨深く拝見させてもらいました。
>と、僕が書いた「感慨深く」という意味は郷里・札幌市で小・中・高と同窓生であった同氏の息子さんと、
>その父上に関する極めて個人的な思い出に浸ったからですので、敢えてこの場で故人が生前訴訟された内容を掲げられる必要はありません。

このようなことを思って、min-minさんに対して申し訳なく思い、心苦しかったのですが、名誉をきずつけられたアイヌ民族の人たちも多かったと思います。アイヌ民族に関連して、看過すべきではないことと思いましたのであのような発言をしました。これも「裏」のお話とも関連してくるかとも思います。

なお、前々回で改行なしでの書き込み、失礼いたしました。字数オーバーで投稿できませんでしたので。
以後、読みやすい投稿心がけます。

やぞー - 2001/06/05(火) 00:23<

赤米とタヌキの好物?

赤米とは、縄文後期に大陸から伝わったといわれる米で、
稲の原種である野生稲の特徴を受け継いでいる生命力抜群の米です。
白い米が作られるようになっても、結婚式等お祝い事には赤飯を炊く風習は現代も生きており、
神饌米として受け継がれてきたことには何か秘められた理由があるのかもしれません。

ところでタヌキの好物はなんでしょう?

1 ドッグフード 2 パン 3 ご飯

なんとご飯が一番好きなようです。
ご飯を見つけるとえらい勢いで走ってきて、
ガバッと大口を開けて銜えこんでは、
少し離れたところへ持って行って美味しそうに食べています。
おかずをあげたくなります。


>私自身はおっしゃる通りの辺りです。

Donglyさん、分りました。

>TOSHIDAさんへ それは偶然ではないと思いまーす。
>利田ヤゾウの「歯が疲れた」にのけぞり。

6月4日は虫歯の日。
歯医者へ行って治りましたか?

>ヤナギムシさんは、素敵なおじ様!

クックックッ........

min-min - 2001/06/05(火) 00:17<

RE:更科源蔵氏

NA-NI様

>次回、資料を提示いたしましょう。訴訟は有名なはず。

いいえ、その必要はありません。

>>あと、アイヌ関連サイトで「更科源蔵」氏(北海道の詩人でアイヌ研究家として有名。故人)のサイトを発見し、感慨深く拝見させてもらいました。

と、僕が書いた「感慨深く」という意味は郷里・札幌市で小・中・高と同窓生であった同氏の息子さんと、その父上に関する極めて個人的な思い出に浸ったからですので、敢えてこの場で故人が生前訴訟された内容を掲げられる必要はありません。

min-min@横浜

NA−NI - 2001/06/04(月) 22:03<

更科源蔵氏

次回、資料を提示いたしましょう。訴訟は有名なはず。

NA-NI - 2001/06/04(月) 22:00<
きょうかいハトさん、min-minさん、こんばんは。ご返信どうもありがとうございます。

きょうかいハトさん:>Aのためには、@の方法で迫るということは、特に矛盾してないように思えますが、いかがですか。
もちろん@だけでは、十分ではないと思いますが。
min-minさん:>確かにコインの裏表の関係でしょう。しかし、「コインとは何か?」と問われた場合、表側だけがコインだ!
と言われ続けるならば、いや、裏も見よ!と叫んでも当然なのではないでしょうか?
―お二方おっしゃるとおりのプロセスを経ることは大変意義があると思います。
しかし、多くの場合、「『裏』に光を当てる」と言いながら、依然として『裏』のままに位置付けているケースが多いと思います。
違いますか?その最初の段階にとどまり続け、どうどう巡りをしてはいませんか?エミシの場合、
現状の多くそんな気がします(少しづつ歩を進めていることは認めるけど)。
何のために「光を当てる」のでしょう?『裏』に位置付けることで実は『裏』を満喫したいと思っているのかもしれない。
非日常的ですし、好奇心がかき立てられますし。
『裏』と位置付けられてきた民や社会の実状や歴史的過程などをきちんと理解することはとても重要だと思います。
しかし位置付けられてきた当のものは本来、
『裏』でも『表』でもないと思いますがいかがでしょうか? 支配者の概念の領域でない、
本来の位置付け(少なくとも傍目の人間は再認識)ということが実は大事なことではないのでしょうか? 
当の民や社会は日本の下位や辺境に位置付けられてはいても、実相は下位でも上位でも辺境でも中央でもないはず
(と差し出がましく言う前にご本人方の自意識はあるかも。
エミシは欠落していると思う)です。どうかお二方、お気を悪くなさらずに。
私はエミシの復権に関して私なりの問題意識を持っているところから来る発言です。
自分自身考えを深めたいとの願いもあります。その意味でも、レスをつけてくださったことにはとても感謝いたしております。

>僕はエミシに対して特別の思い入れを持つ人間ではありませんが、「辺境」からのベクトルでの取り組みが何故「罠」になるのでしょうか?
―その取り組み方に終始する限り、「中央」側の発想・概念に囚われ続ける、ということです。
確かに意義はあるのですよ。しかし、「中央‐辺境」図式自体から飛び出さなくてはいけない、と思います。

きょうかいハトさん: >@ によって目からうろこが落ちて→A、B、Cとなっていくこともあるように思うのですが。 
生意気言ってすみませんが、ご教授を
―わたしもあると思います。

min−minさん: >ここで何をおっしゃりたいのか理解できません。少なくとも近代国家が形成されてから、
各国間の国境を無視しようとしてもそれは無理というもので、間違いなく現存するものです。
そうした国境を全て無視して「現代日本人」のアイデンティティー云々という仮説はどのような意味をもつのでしょうか?
―無視するという意味ではありません。それはそうおっしゃる通りで、それを踏まえての発言でありましたが、舌足らずでしたか。すみません。
私がいいたいことは指標として、「グループ」と「国民」を弁別できるか否かというところです。
日本人というグループで、日本国民と、いうのは日本人=日本国民と違います。
現在、現状は後者ですが。何を申し上げたかったかご理解できますでしょうか。もし、不に落ちませんでしたらご指摘ください。

Dongly - 2001/06/04(月) 21:41<

どうでしょうか?

おミヨさん★隠語というより「陽語」でしょうか。
サイカは1)「雑賀」で古は「左日鹿」「狭日鹿」と記し、討伐された騎馬民
族系で、日本原住民の末裔、2)足利時代「参賀」で石山本願寺の鉄砲隊。と
野史呼び名辞典にあります。
南愛媛に多い「清家:せいけ」姓は東北・俘囚長の清原氏由来だとの調査報告。
建築業界は建設省を中心に、非人系・狭義同和系に分れ、談合の歴史を固持して
る事は世界的に有名。何と五洋建設なんてイヤ!米国では日本の住宅建材費半額、
工期も短く、納期が遅れたら罰金の契約で金をくれます。今の住宅政策では金有
者だけが対象。リストラになれば家族と別れ、青シートのサブリです。石垣以外
の護岸工事を辞め(××君と同類のセメント××君ご免ネ)、川を綺麗にし、
誰でもセブれるようにするが本来(の瘡生会)の政策(思い)でしょう。
外国では和風建築も検討してる模様で、住宅・公共工事の貿易自由化が待ちます
「既知街」は2チャン的です。建設省国土地理院認可の地図では、安房・阿波・
久留美、柿、苔、扱、新家、半家などを推奨してます。
なお同じく別所関連ですが、一字の「吉」も手ごろです。

サクラ - 2001/06/04(月) 21:14<

あはは、利田やぞーさん

心の広い利田やぞーさん、
  サンカを愛し、釣りを愛し、ラビを愛する利田やぞーさん
    うーん、心の広さに敬服!!!あはは!

きょうはとっても良い天気
アノさんに、利田やぞーさんが今日は25分でカレーライスが食べられますように!
ってお祈りしました。(やっぱり20分ってお祈りしたほうがよかったかなぁ??)
それから、やなさんの風邪も早く治りますようにって...
次は大漁になりますようにって...

donglyさんさっそく赤米の話ありがとうございます。
私も興味しんしんで、紀和さんの世界に入っています。
本では赤米は山間部の水が冷たいところでも栽培できるので、
山辺の民も食していたのではないかと書かれています。
もちろん、東北地方でも遅くまで栽培されていたのではないかと思います。
私の食べた古代米は新潟県南魚沼郡塩沢町産のものでした。赤米と称していましたが、
見た目は真っ黒ですね。白米に混ぜてたくとお赤飯そっくりの色と香りになりました。

コインの裏表には裏でもなく表でもない中間が厳然として存在し、
長い年月に裏が表に、表が裏に、まつろわぬものがまつろい、まつろう者がまつろわぬ者になった
歴史の変換が何度もあって、複雑に入り組んできたのではないでしょうか。
人の心の記憶にも、陰と日向が入り組んで、
縄文も弥生も何もかもの記憶が一人一人に刻み付けられているのではないのかと...
そんな記憶の糸口が陰で在るならばそこから記憶の糸をたどってみよう...
なにか、みえるかも知れないから...

おミヨ - 2001/06/04(月) 19:34<

すみれの種

ヤナギムシさんは、素敵なおじ様!
釣りは丸坊主でしたのね。ご苦労様です。
送って頂いた「すみれの種」明日ごんべぇさんやります。
花が咲くのが楽しみです。
★の牧場その他も明日ゆっくりみますね。。
そしてサクラさんにかけまく!!!

Donglyさんおせえて!
過去ログの三越とさいか屋の「さいか」の隠語の意味がわかりません。
三越は分かるんですが。ずーと気になっていました。御願いします。

建設業界もサンカしのがら系統。裏でがっちりつながっているとか。

「既知街部落」やはり並木座でみました。最初のナレーションだけ覚えていて、あと忘れっちまった。

利田ヤゾウの「歯が疲れた」にのけぞり。

Dongly - 2001/06/04(月) 17:41<

正視できぬ正史

ヤゾーさん★日本原住民の定義の議論は会でもしていません。論客の方の議論もぜひ
お願いします。私自身はおっしゃる通りの辺りです。八切止夫の著作や大田竜『日本
原住民序説』を年頭においていますが、研究会では古代史をやる者がいないせいで、
平安期エミシ・エビス以後を対象にしています。しかも、ガックリ・ビックリ・ヤッ
パリの事多く、冷静さを失わぬ庶民のレベルです。勿論、知的=痴的な事も追求。
現地調査では、目に見える・手に取れる・匂いのする高さから追求しています。
縄文系はa.眼窩が窪み・b口元美しく・c顎の鰓張・d一重瞼・e雑食、とされますが
私はb以外は縄文系みたい?民族研究用にと人種判定具(既製品は数十万円なので
、低頭・高頭を計る器具)を竹で作ろうと思いましたが、未開発。
 サクラさん★我家では黒米で「赤飯」を作りますが、小豆入りより美味い。入歯
でも詰まりません。赤米は出雲銅剣の出た所・愛媛宇和町、黒米は比婆郡高野で作
っています。赤しゃぐま・平家の赤旗・ライ病者看護人の赤い服・赤前垂・赤手拭
・赤鍋・赤札・北海道赤平・サンカ赤腰巻・・なぜ赤なのでしょうか?
 MIN-MINさん きょうかいはとさん★「正史」の用法には正否の判断(価値観)が
あり、何か正悪の基準がある事になります。権威ある学会の通説に従う、公権力の認
可した歴史ともいえます。ただ権威・通説は意味あるもので、自己崩壊か・破壊の対
象とみる事・する事が可能なら、小気味よい存在です。あれだけ雁首・金・時間・労力
をかけて熱心な歴史ファンに答えられないのは困ります(読売ジャイアンツ?)。
自然科学ですらテーマ決定・方法論の上で限界があるとシステム論者はいいます。
例えば、産業化された医学ではライ病研究は学問上マイナーです。
裏表も主体が決めるもので、庶民からは裏が表です。史料がない(当然です!あれば
学者が飛びついて、独り占めし門外漢を排除します)ので職業的専門家よりも難しい
(高度?だから震える!)事になります。
「裏」を正視・凝視し、乗り越え、金銭が主人公となる時代に終止符をうつことが
21世紀最大の課題だと、いう思い込みからは大きな仕事でしょうか。

min-min - 2001/06/04(月) 17:28<

NA−NIさんへ

NA−NIさん、こんにちは。min-minです。レスどうもありがとうございました。

>「正史」と称される歴史は常に権力を掌握したものが捏造したものと言っても過言では>なく、我々は常>にその裏面史、あるいは「叛史」ともいえる歴史に光りを当てる必要が
>あるのではないでしょうか。

>>「裏面」「叛」とはすなわちコインの裏に過ぎないのではないでしょうか?

確かにコインの裏表の関係でしょう。しかし、「コインとは何か?」と問われた場合、表側だけがコインだ!と言われ続けるならば、いや、裏も見よ!と叫んでも当然なのではないでしょうか?

>>東北のエミシの末裔、またはエミシに思いを馳せる人々は「中央」‐「辺境」の図式に>>囚われているこ>>とに気づかず、「辺境」からのベクトルでの取り組みを展開しようとし
>>ています。それは罠だと思います。

僕はエミシに対して特別の思い入れを持つ人間ではありませんが、「辺境」からのベクトルでの取り組みが何故「罠」になるのでしょうか?

『国家の矛盾は「辺境」にこそ顕著に現れる』とも言われます。例えばお隣の中国の「辺境」である新疆ウイグル自治区やチベット自治区で何が行われているか。そして中東の更なる「辺境」であるイラク北東部のクルド民族に何が起こったか。アフガニスタンのタリバンが世界中の非難を浴びながら何故「石窟立像」破壊に走ったのか。
これらは全て世界の「辺境」で起こりつつある事象で、「中央」からの視座ではけっして「真実」が見えてくるものではありません。
したがって「辺境」からの情報発信、「辺境」からの反逆の狼煙が意味を持たない理由はないはずです。

>>歴史と系譜における認識が深まれば、アイデンティティに変化が生じると思いますがい
(長いため中略)
>>これは大和日本との密接な拘わりを捨象・否定するという意味ではありません。

ここで何をおっしゃりたいのか理解できません。少なくとも近代国家が形成されてから、各国間の国境を無視しようとしてもそれは無理というもので、間違いなく現存するものです。そうした国境を全て無視して「現代日本人」のアイデンティティー云々という仮説はどのような意味をもつのでしょうか?

>あと、アイヌ関連サイトで「更科源蔵」氏(北海道の詩人でアイヌ研究家として有名。
>故人)のサイトを発見し、感慨深く拝見させてもらいました

>>この方、チカップ美恵子さんはじめ、アイヌ民族サイドの訴訟と猛烈な抗議によって発
>>狂してなくなったとか聞きましたけど。

すみません、勉強不足でアイヌサイドから何を訴訟され、抗議を受けたのかは分かりません。ただ、同氏が「発狂死」したかどうかは同氏が享年84才であったことから推察しますと、発狂云々以前に老衰または病気で亡くなられた可能性も十分ありますね。

min-min@横浜

とんちんかん小僧 - 2001/06/04(月) 15:07<

忍者<陰の一族>  (その1)

 戸部新十郎著『忍者の謎』より抜粋。

…一口に忍者といっても、天地造花の神ごとき存在から、ちゅう盗の姿まである。
けれども、忍者に対して反応する言葉は、おおむね一致している。
<怪奇、不気味、暗黒、冷酷、非情、秘密性、閉鎖性、異種、徒党、邪悪、下賎>
などといったものがある。
 これらをひっくるめていえば、
<陰>
 ということになるだろう。“陰に生きる者”あるいは“陰の一族・一党”といういい方もある。
字義通り、暗くて、不気味である。
 陰とはしかし、元来、光を受けてできたものである。どこかに光があたれば、どこかが陰になる
理屈で、相対的に不幸な部分と考えていい。
 その意味では、彼らは“陽の目を見ない”あるいは“世に入られない”連中だということができる。
 この陰の発生について、あらかじめ考えておきたい。
 まず、俗に、
<隠れ里>
 とよばれるところがある。たいがい深山幽谷に位置し、容易に人を近づけない。
 合戦に負けたか、圧政から逃れたかした一族・一党が、外敵を防ぐにも、食糧を得るにも便利な村里を
設け、独特の風俗習慣を育て、ときには厳しい掟やら、優れた技芸やらを保って、ひっそり暮らしたとこ
ろである。
 始終そうやって、外界と交渉を断って暮らすことが可能なら、それはもう一種の桃源郷のようなもので、
とくに“陰”とはいえない。事実、近年までそれに近いいくつかの秘境を数えることができた。
 が、ある日突然、あるいは徐々に、外界社会が入り込んできて、隠れ里が隠れ里でなくなることになる。
 住人たちは、余儀なくそれまで断ってきた外界と交わるようになるが、彼らには長年なじんできた自分
たちの習俗がある。
 一般社会からいえば、
<異風> 
 である。そんなものを身につけて現われれば、疎外されるようになるのも、自然の成り行きである。つまり、陽の目の下で、陰の生活を強いられることになる。
 そこで彼らのある者は、下層に置かれても一般社会に溶け込もうとし、またある者はむしろ異風を守って、団結しようとする。復権を願う心と、
 少なからぬ怨念が入り混じり、暗く、陰湿な生態が生まれる。これが陰の一族・一党といわれるものの一つの発生経過を示している。

きょうかいハト - 2001/06/04(月) 13:27<

アイデンティティ

NA‐NIさんへ
>@我々は常に>その裏面史、あるいは「叛史」ともいえる歴史に光りを当てる必要が
  あるのではないでしょうか。
>A歴史と系譜における認識が深まれば、アイデンティティに変化が生じると思いますが
  いかがでしょう?
 
   Aのためには、@の方法で迫るということは、特に矛盾してないように思えますが、
   いかがですか。もちろん@だけでは、十分ではないと思いますが。

>B歴史と系譜における認識が深まれば、アイデンティティに変化が生じると思いますが
  いかがでしょう?
>Cそれらを認識したうえで、…・・というアイデンティティを選択するという
  のもあるのでしょう。
 
@ によって目からうろこが落ちて→A、B、Cとなっていくこともあるように思う 
    のですが。
  生意気言ってすみませんが、ご教授を

Donglyさん、いつもありがとうございます
>「播磨国揖保川沿いにて昔石を売り歩く者ありけり。里人この石を購い、手でつるつるになでなでし、痛む所・疼く所・走る所に押し当て、治しとぞなむ。今も数多の年寄
り持ちけるなり。すなはち病を治すに用ふなり」
 これもっと知りたいのですが、「野史研究会」購入できますか。

TOSHIDAさんへ

  それは偶然ではないと思いまーす。

NA‐NI - 2001/06/04(月) 04:30<

こんばんは。

みなさまこんばんは。

>「正史」と称される歴史は常に権力を掌握したものが捏造したものと言っても過言ではなく、我々は常に>その裏面史、あるいは「叛史」ともいえる歴史に光りを当てる必要があるのではないでしょうか。

ひねているようにとられるかもしれませんが、私は異なる考えです。「裏面」「叛」とはすなわちコインの裏に過ぎないのではないでしょうか?東北のエミシの末裔、またはエミシに思いを馳せる人々は「中央」‐「辺境」の図式に囚われていることに気づかず、「辺境」からのベクトルでの取り組みを展開しようとしています。それは罠だと思います。
歴史と系譜における認識が深まれば、アイデンティティに変化が生じると思いますがいかがでしょう?
もっとも、それらを認識したうえで、「現代日本人」というアイデンティティを選択するというのもあるのでしょう。私は後者はとりませんが。
私は国境・県境などを発想として(政治的とは別)取っ払ってしまうことを前提に考えたほうがいいと思います。日本という国があるなしにかかわらず、サンカやエミシ、アイヌはそれとして存在してきているのではないでしょうか?(アイヌモシリは少なくとも現在の日本国とロシア共和国とに跨っている)。
これは大和日本との密接な拘わりを捨象・否定するという意味ではありません。

>五世紀の大和地域における百済人と日本原住民との関係は、大航海時代以降のイギリス人とオーストラリアのアボリジニ、
>あるいはイギリス人と北アメリカのインディアンと同じものだといってよかった。
日本の原住民には満足な衣服もなければ文字もなく、
>まったくの原始状態にあった。そのような野蛮な未開地へ、
高度かつ大規模な
>先進文化をもった百済人が集団移住をはじめたのである。
>それが五世紀のはじめころ、そこから本格的な日本列島の開拓がはじまったのである。
その開拓は、宗教・技術・政治などすべての分野での開拓であり、
>いくつかの分野に限定された開拓ではなかった

私はオ・ソンファ女史に一目を置いていましたが、大変落胆してしまいました。
彼女はジョン・ヨノク(田 麗玉)女史の従軍慰安婦の発言へのご批判で何を述べられたのでしょう?
人のこといえませんね。まったく支配者側の視座の一方的な見方です。
また、百済人=現代韓国人ではないのにどこかそれを前提にしているというのも見え隠れするというのは言い過ぎでしょうか?ルーツがあるのはいうまでもありませんが。

>本をよく見たら(よく見なくても)アイヌモシリでした。
>阿呆な僕の勘違いでした。

普通、アイヌモシリ/AINUMOSHIRと表記すると思いますが、RはRでRIではないのです。
確か名詞に二種類あって、接尾辞 -iが付く場合があったかな?アイヌ語のRは前の母音の影響で、Rに同じ
母音が後置されているように聞こえますが、実際はRの音の特徴で、母音は実際ついているわけではないという内容を知里真志保氏著作集で読んだ記憶があります。

>あと、アイヌ関連サイトで「更科源蔵」氏(北海道の詩人でアイヌ研究家として有名。故人)のサイトを発見し、感慨深く拝見させてもらいました

この方、チカップ美恵子さんはじめ、アイヌ民族サイドの訴訟と猛烈な抗議によって発狂してなくなったとか聞きましたけど。
和人の偏見と差別が、どれほど書籍・マスメディアその他を通じて世に跋扈しているか見直さなくてはいけないと思います。これらの状況を告発されているアイヌ民族の方がいらっしゃいましたね。

とんちんかん小僧 - 2001/06/04(月) 02:40<

根来衆(根来忍者)について

根来衆について、もっと知りたいんですけど何か良い本ありませんか?
私がもっている本(下に順に記す)以外で忍者本及び根来衆について書かれた書物があれば
教えて下さい。